続・10代


サバイバルナイフを手足の如くぶんまわす、

若かりし頃の201V1。

アフリカン・ライフ。

ここまでは前に話した。





今もあまり怖いものはないが、

昔は今よりまして、怖いものがなかった。

厳密に言うと、怖いと言う感覚を伝達するべきニューロンが根こそぎ千切れていた。

ようするに、詰まるところがティーンの蛮勇である。




金と銀のどっちがどっちかイマイチ区別の付いていない時分、

幼稚園の頃から柔の町道場の厄介になり、

始終大人に投げまくられ、終日畳に叩きつけられてきた小生は、

痛みに対する恐怖が極めて薄い。

教師という教師に半殺しにされながら義務教育を送っている。

いわゆる「 痛がり屋 」とは無縁の気風である。



東西南北の区別が付く頃には

既に受身が染み付いていたので、

普通なら「 死ぬ 」場面でピンピンしている。

これがたたり、若い頃は「 自分は死なない 」という確信を持って生きていた。




15歳の時、時速60キロで自転車にまたがり、

勢いセダンに体当たりをカマした時、

セダンは大破し廃車になったが、

小生は顔面を18針縫っただけだった。

楽勝である。

肝魂ひとつで戦車にだって勝てる気がしていた。





17の時、サッカーの試合中カウンターを喰らい、

リベロなのにも関わらず防御をほったらかしにしていた小生は、

あわてて宙を飛ぶボールを追いかけ、

寸でのところで追いつけず、

埒がねえので全力疾走しながらオーバーヘッドキックでクリアを試みた。

当然、そんな無茶をやれば後頭部から地面に落ちて首がへしゃぐ。

かまわず、やった。

空前のプレイだった。

イタリアでもあんなプレイは見れっこねえ。

選手生命以前の「 以後の健常 」をかけたプレイだ。

小生は、ニュートン力学に勇ましく挑んだ。

結果クリアは成功したものの、

案の定、モロに後頭部から地面に激突し、意識が三十六天に飛ぶ。

臨死である。

時速30キロで疾駆しながらオーバーヘッドを敢行すれば、

地面に激突する際の頭部の速度は60キロに達する。

ジャーマンスープレックスの比ではない。

しかしながら、小生は無事だった。

3日くらい、吐き気と戦うハメになったが、医者にもかからず屁の河童。

楽勝である。

地球ですら、小生の息の根は止められぬ。

惑星ですら、この命は断ち切れぬ。





アフリカに渡った直後、猛スピードで走行中のバスから落ちた。

止まっていると思ったんである。

地面に足を付いた瞬間、

「 ありえねえ威力 」の足払いを喰らった。

慣性の馬力である。

空前の速度で吹っ飛ばされて地面に叩きつけられ

6~7メートル、コンクリの上をグルングルン転がったが、

そのまま立ってアイスを買いにキヨスクに寄った。

一部始終を目撃したケニアン達は、

「 カラーテ!カラーテ!アチョー! 」とか盛り上がっていやがり、

調子に乗った小生は道路でフラフラ踊ってみたが、

その際ミニバスに更に跳ねられ、

サイドミラーで側頭部をなぎ倒された。

まあまあ痛かったが、無傷であった。

楽勝である。




そういう次第で、

10代の頃の小生は、「 自分はどうやら死なない体らしい 」とタカをくくっていた。

26歳になった今日ですら、

ツキノワグマ程度なら素手で倒せると信じている阿呆である。

当時はグリズリーだってナイフ一本で仕留めれると過信していた。

ようするに、人生をナメていた。

強盗に襲われたのは、そんな時期である。





こういっちゃあなんだが、

小生は、襲われるのに慣れている。

軽い戦争体験があると思ってくれて相違ない。

高校時代、実に色んな獲物で背後からどつかれた。

凶器のデパートみてえな青春である。

鉄パイプやブロックの味は知っている。

「 火花 」ってなあ「 本当に見える 」が、意識がある限り人間は死なない。

ギリギリで急所を交わす。

死にはしねえ。

小生はそんなふうに、いつかくる「 強盗との対決 」を侮っていた。

返り討ちにしたる。と。





留学して3ヶ月ほど経った頃、

丁度土地に慣れてきて、ぶいぶい遊び始めた頃だ。

ナイロビ校外の宿舎(小生は留学生だった)から西へまっすぐ伸びる国道を

小生と仲間の3人の日本人はエチオピア料理屋に向かって歩いていた。



国道は東西に走っており、

東に宿舎、西にエチオピア料理屋って按配。

双方を隔てる距離は1キロほど。

そこを小生たち4人はよたよたしている。

これから強盗に襲われるとは夢にも思わず、へらへらと。



最初に捕まったのは先頭を歩く小生だった。

3人組の強盗は、挟み撃ちするカタチで我々を襲った。




アフリカでは、煙草の種火をライターではなく、

煙草の先端の燃え草で分かち合う習慣がある。

擦れ違った人に、火を分けるのは日常的な光景だ。





「 火をくれないか? 」

って言いながら、暗闇から出てきた男に火種を分けるのは至極普通のことだった。

「 いいよ 」ってんで

近づいた途端にとっ捕まった。




自分の右の上腕を、男の左手が鷲掴みしたのを感じた直後、

スワヒリ語で「 金を出せ 」って言葉が聞こえ、

腹に50センチくらいの刃物がグイっと押し付けられた。




あの時の戦慄を、小生はきっと生涯忘れない。

光物ってなあ、打撃系の獲物とはまったく違う異彩を放つ。

ありゃあ明確な「 殺意 」をもった獲物である。

全身の毛が逆立った。

染み付いた習性ってなあ恐ろしいもんで、

「 金を渡す 」云々以前に、反射的に体が動いた。







「 あぶねえ! 」





叫びながら、掴まれた右腕を外側から内転させ、

男の左手を切ったそのまま刃物をはじき、

流れるように小生は反転、そのまま逃げた。




それまでに何度も「 生き死にの際 」ってのを見てきた小生は、

このときもやはり、「 死に際の走馬灯世界 」に入る。

1歩走り、

2歩目を踏み出すところまでは無心。

完全な脊髄反射で逃げ出した。

そこでハタと我に返った。





「 仲間は無事か? 」





埒のねえ問いが鎌首をあげる。

ひどく時間が進むのが遅い。

脳のクロック数が100倍くらいにハネ上がってる。

2歩目を踏み出し3歩目を終えるまで、えらい押し問答があった。

刹那の葛藤である。






「 仲間は無事だろうか? 」

「 捕まってやしねえか? 」

「 立ち止まろうか? 」

「 立ち止まる?馬鹿いえ。あの刃物を見ただろう 」

「 強盗の目を思い出せ。ありゃあ人殺しの目だ 」

「 伊豆のチンピラとはワケが違う 」

「 殺されるぜ? 」

「 じゃあ、見捨てるのか?仲間を? 」

「 馬鹿抜かせ。そんなマネができるか 」

「 南無三。俺はあそこに戻る。皆を助ける。 」




時間にしたら僅か零コンマ何秒の話である。

しかしながら、マジでこのぐらい複雑な問答を小生はしていた。

1歩がえらい長かった。

普段いくら偉そうに「 男伊達 」を気取っていようが、

小生は所詮、刃物で斬られた経験のない治世の時代の人間だ。

バールとナタでは戦慄の質が全く違う。

無様に動転した。

考えられない醜態だ。





3歩目。

小生は踵を返した。

回転しながら懐に手をやる。

ナイフがねえ。

最悪。

宿舎に忘れてきた。

視界にとっ捕まってるDが見える。

Dの背後には、既に点になりつつある、残りの仲間の後姿があった。




どうやら小生は、エチオピア料理屋の方角に逃げたらしい。

「 あぶねえ 」って第一声で仲間2人は逃がせた。

宿舎の方角に。

問題はDだ。

くそったれ。

突っ込むしかねえ。

とび蹴りを食らわせてDを逃がす。





ステゴロなら3人までならなんとかできる。

下はコンクリ。

投げれば決まる。

しかしながら、目の前の強盗の持ってる獲物は「 鬼 」みてえにデケエ。





今でも思い出す。

小生はこのとき、こう思った。





「 俺は死ぬな 」




思い返すと、この緊急時によくよく色々考える奴だと思う。

小生は、びびっていた。

完全にびびりこんにゃくモードである。

奮い立つ為に、問答が不可欠だった。

なにがなんでも死地に向かう闘志が必要だった。




ぶっちゃけよう。

ジョナサン・ジョースターを知らなかったら、

小生は絶対にDを助けになんか行かなかった。

全部、JOJOの呪いである。





「 俺は、仲間を見捨てて逃げるほど、腐っちゃいねえぜ 」





勇気を振り絞る場面にゃあ、幾度も出会ってきたが、

このときばかりはギリギリのところで踏ん張り、

半ばヤケクソで突進したのを覚えている。

Dの名を叫びながら強盗目掛けて走り出す。

ほとんど漫画だ。

気分は特攻隊である。




「 うおおおおお 」




突っ込み始めた途端だった。

Dが自力で強盗の手を振り解き、逃げに転じる。




「 うお? 」




強盗3人が一斉にこっちを向いた。




「 やばい 」




ヒーローになるはずが、一気に「 狩られる側 」である。

思わず噴出してしまった。

面白すぎる展開だ。

なんだこれは?




笑っている場合ではない。

下手をすると死ぬ。

うまくいっても多分死ぬ。

ようするに、捕まると軽く死ぬんである。




「 戦うか? 」





なんて事はカケラも考えなかった。

そんな闘志はDと一緒に彼方に消えた。

三十六計逃げるが勝ち!



かといって宿舎への道は強盗が塞いでいる。

逃げる前に殺される。

エチオピア料理屋は遠い。

小生は持久力がない。

途中で捕まる。

国道を横切ればなんとかなるかもしれん。





車の往来も確認せず、国道に走った。

車を紙一重で避けながら横断する。

玉が車くらいあるドッチボールだと思えばいい。

違うのは、当たると死ぬ点だ。

今更、生きるの死ぬのかまってられん。





轢かれそうになりながら、渡った。

後ろも見ずに宿舎へ走る。

九死に一生って夜だった。















今でも、よく思い返す。

あの時、Dが強盗の腕を振り解かなかったら、

自分はあのまま突っ込んでいたか否かを。





「 五分だな 」と思う。






俺ぁ寸でのところで退き返したかもしれない。

仮に突っ込んだとして、生き残れる公算もまた「 五分 」だろう。

とどのつまり、胸を張って生きれる可能性は3割ねえワケだ。

下手をすると2割を切る。

胸糞の悪い勘定だ。





あの事件を境に、放浪時代の小生は多少は慎重になった。

夜道を歩くのを極力避けるようになった。





命が惜しいってのよりも、

「 試される 」のがイヤだったからだ。

気骨の真贋を問われるって局面に出会うのを、何より恐れていた。




この「 恐れ 」は、以来4年ほど続くことになる。

暗黒時代の到来だ。

自分の気骨を信じられない時代である。





小生にとって、15歳からこっち、

「 何かがなされるべきときに、自分がそれをなせるか否か 」ってのは、

生き死に以上に重要な問題だった。

今でもこれは変わらない。

それが生きる死ぬのって瑣末な事柄の前で揺らぐ事実に、

19歳の小生は愕然とし、恥じたのだ。




恥ずかしかった。

怯んだのが。

命を僅かでも惜しんだ自分が、許せなかった。

愛想が尽きた。




その後、いろいろ馬鹿をやり、無茶をやり、

26歳の今、再び自分を信じてやれるようになっている。

ただし、そんなもんは気力が充実してる時だけだ。

気炎が満ちてりゃ肝魂は座っていてくれる。

生きる死ぬのしゃらくさい。

猛獣とだって裸一貫、目潰し狙いでやりあえる。

だがしかし油断すりゃ、

あの時みたいに生きるの死ぬので狼狽する、タワケた自分が現れる。

油断のならん自分がいる。





外出時、眉間にしわが寄り顔つきが豹変するのはこのためだ。

家の中にいるときとは、歩き方まで変わってくる。

お蔭様で、緊急時には脚気より早く対応できる。

引ったくりの御用なんざ朝飯前だ。







2年半前、黄昏の歌舞伎町。

開店前に昨日の客が飲んだ瓶の始末をしに外に出る。

目の前を、刺青を背負ったタンクトップのゴツイ兄ちゃんが走っていく。

追ってきた中年のサラリーマンが「 引ったくりだ 」と叫ぶ。

500メートル程追っかけてって背後から背骨に思い切り蹴りをくれた。

「 クラブ愛 」の近くから、「 メトロプラザ2 」の遥か先まで追いかけた計算になる。

前につんのめってスッコロブ兄ちゃん。

そのまま後ろからチョークをかまして落としてもよかったが、

頭に「 刃物の記憶 」がちらつく。

相手のリバーサルに重ねて、拳の一撃を加えようと路線を変えた。

得意の逆突きを顔面にねじ込んでやる。

腰を落として相手が立つのを待った。

猪木VSアリ状態である。

騒ぎを聞きつけたパトロールのお巡りが、小生の脇をすり抜けて体ごと突っ込んで行く。

武道も何もあったもんじゃねえ、がむしゃらだ。

逮捕術の片鱗すらない。

むしゃぶりついて、2人がかりでハガイ締めだ。

職務とはいえ、素直に「 すげえ 」と感動した。






その後も、なんの因果か、妙なトラブルによく巻き込まれた。

大抵対岸の火事に「 そこまでだ! 」ってん割り込んで

やおら喧嘩に発展するいらねえトラブルだ。

今年の2月も沖縄のクラブで女に迫る悪漢相手に一投げかました。

その度に、一瞬刃物の記憶が頭をよぎる。

相手の両手が見えない限り、刃物の間合いで距離をとる自分がいる。

グラップラーの小生にとっては、本来は不得手な距離である。

お蔭でケリが達者になったが、揉め事のたびに苦笑する。

刃物の陰はどうにも消えぬ。






実際、刃物の間合いで立ち回ると、まず素人の拳なんぞ喰らわない。

リスクが激減するのはいい。

だがしかし、気に入らぬ。

なにかが違う。

戦術的には問題ない。

死ぬの生きるのも乗り越えた。

なされるべき時になすこともできるだろう。

問題なのは、容易に踏み込めぬ間合いの壁である。

クソッタレの白刃の呪いだ。




見事にケチがついた人生だ。

乗り越えるのには度胸以外の何かがいる。

小生は、齢26にして、まだそれを見つけていない。




刃物の間合いを越えれるか?

小生にとっては、結構でけえ課題である。

余人が聞けば、笑うだろう。

それでも小生は挑む。

昨日の自分を乗り越えたいがため。




嫌な思い出である。

早々に断ち切りたい呪いだ。





次の機会、小生は再び挑む。

刃物の間合いに。

押し切る。

今度こそ、ぶっちぎる。

敵さんにゃあ申し訳ないが、付き合ってもらうぜ、クロスレンジの殴り合い。









30までに乗り越える。

刃物の間合いをぶっこ抜く。






人生ってなあ、面倒である。

ケジメをつけなきゃならねえ事柄が満載だ。

それでも越えねば、きっと満足にはくたばれない。

俺ぁそんなもんは真っ平御免だ。






「 克己 」






刃物の間合いなんてゆう、くだらない事柄で思い知らされる「 克己 」の難しさ。

七面倒だがやらねばなるまい。




人の真価の問われるところ。

よりにもよって、ドツキアイの中でやらねばならぬこの因果。





まぁ、なんつーか、ここ12年、啖呵を切りに切ったツケであろう。

人生ってなあ、こうやって帳尻が合わさっていくのかもしれん。





勘定の合わない閻魔帳を携えて、死出の旅へと出る無様。

地獄の長官に威風堂々と啖呵を切るにゃあ、それじゃなんとも始末が悪い。




10代。




人がくたばるまでに生涯をかけて清算する、因果の生まれる戻らぬ時代。
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by 201V1 | 2004-09-15 10:55 | カテゴライズ前・生ログ
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