生者は生者の領分で


上の文句は、

当該ブログの管理人たる鰐口某が日頃「 常用 」している文言である。

いわずもがな、これは「 我、終生神仏に依らず 」の精神を込めた言霊だ。



よーするに、「 浮世は生きてる人間の始末で決まる 」という、

艶のねえスタンスで、

鰐口某は、神仏に中指をつき立てて、生きる死ぬの生きている。




ピンチの時に口からでるのは、

「 神よ! 」でも「 仏様! 」でもなく、

常に「  野郎! 」である。



しかしながら、もう片方でこの馬鹿は

先祖崇拝に極めて近い思想も獲得しており、

相変わらず、度し難い阿呆といえる。






分別のない鰐口某は、

「 この世は誰のものですか? 」と問われた時、

間隙をおかず、

「 この世は死者のもんでもある。生きてる人間の自由にはさせねえ 」

と、

やはり果てしなく喧嘩腰で応えるのだ。






鰐口某はいう。

俺ぁ思うんだが、

この世界ってなあ、先人が血達磨になりながら、ようやく築いた世界であって、

昨日今日生まれた人間が、

手前の裁量で好き勝手に切り刻んでいいもんだとは、微塵も考えられん。

ふざけるんじゃあねえぜ。

この世界ってなあ、死んだ人間のものでもあるんだぜ。

我が者顔が過ぎると、閻魔に代わって首捥ぐぜ?




人が、何者かの暴虐に対して「 そこまでだ、バカヤロウ 」と叫び、

かかわるとロクでもねえことになるのが、

火を見るより明らかな修羅場に、

「 くそったれが 」って欲も得もなく、四の五の言わず、身を躍らせる時、

それを最後まで完遂させる原動力になるのは、

それぞれ、人様々である。




しかしながら、

現代の政に携わる連中には、

どうもここら辺の「 死者の国でもあるんだぜ 」という発想が、

余りにまるでねえような気がする。




口を開けば「 未来の為 」「 将来の為 」「 国民のため 」。

現実には「 てめえは利権が欲しいだけだろうが 」と突っ込みたくなる手合いさえ、

「 国民の未来の為 」とか、まるで興味もねえクセに、お為ごかしを吼えやがる。




八百屋の親父のお客様が「 町の人 」なら、

政治屋のお客さんは「 国民 」であり、

教師のお客は「 ガキ 」である。

大工の客は「 その家のヌシ 」であり、

漫画家の客は「 読み手 」だ。




「 お客様は神様です 」なんて台詞ひとつで、

てめえの稼業が「 大義を得る 」ような風潮を、

俺ぁ「 うつけどもが、何をぬかしやがる 」と断じよう。

そんあもんは当たり前の話であって、

さかしらに「 振り回す 」ような気概じゃあねえ。




その「 稼業 」を作り上げた先人の人生を、

鑑みねえゴタクなんざ、俺ぁたくさん、耳ダコである。

「 お客様 」しか眼中にないような連中を、俺ぁどうにも信用できん。

「 お客様の為 」とぬかしけつかる手合いには、

どうにも身代を預ける気にゃあなれないんである。

俺が選挙にいかねえのは、一重にこのためである。




「 この国をここまで作り上げた先人に、顔向けできるのかよ。このままで。」



そういう気概で政治に参加している奴ぁ、

政治家にも官僚にも多分1人もいねえだろう。

どいつもこいつも、

「 この世は生者のためにある。未来を作ろう 」なんて薄っぺらい寝言をほざきやがり、

「 死んだ人間 」のことなんざ歯牙にもかけやがらねえ。

だれがこの国を作ったと思っていやがるんだ。

昨日今日生まれた人間の顔色を窺って、

天下百年の政ができるわけがねえだろうがバカヤロウ共。




ぶっちゃけると、

俺ぁ現行の「 20過ぎたら誰でも選挙権獲得 」って制度を、

「 馬鹿の水増し 」と考えている。

「 生きてる 」って一事で国政への参加を許し、

「 死んでる 」って一事で国政への一切の参加を経つこのシステムを「 悪法 」と断じる。

土建屋政治で票を稼ぐ<クソ自民党>を易々とのさばり続けさせる、

この愚劣極まるくそったれな選挙制度を唾棄すべきものと断じる。

どいつもこいつも「 生きてる人間の幸せ 」しか考えず、

「 死んだ人間の人生 」を丸ごと馬鹿にして生きていやがる。

多少なりとも、「 この世界は死んだ人間のものでもある 」って発想があれば、

「 生きてる人間の苦労 」なんぞ省みず、

世論を無視してガシガシ建て直しをやれるはずだろうが。





この世界は、生きてる人間が好きにしていいもんじゃねえぜ。




「 お客様 」のことを大事にするのはいい。

やりゃあいい。好きに。

だがね、「 死んだもの 」にだって「 この世に口を出す権利 」ってなあ、あるんだぜ。



「 今は亡きお客様 」の声を、耳かっぽじって聴きやがれ。

「 今は亡き、手前の稼業の先人 」の声を脳味噌ほじくりなおして聞きやがれ。



会いにいけるのかよ先人に。

そんな「 生者の顔色ばっかり窺い続けるしみったれた面構え 」で。



俺達しかいねえんだぜ。

この世界にゃ、くたばっちまった人間は意見できねえ。

生きてる人間の両肩には、死んだ人間の何世代分もの人生がかかってるんだ。

生きてる人間の命には、何千世代もの人間の人生がかかってる。

「 生クセエ連中 」の顔色なんざ知ったことかよ。

この世界が誰のものか、もう一辺、膿み爛れた脳味噌で考えてみやがれ。




クソッタレの政治家どもへ。

手前らは、選挙権を持ってる、生臭い連中の顔色を窺って生きればいい。

だがな、

俺ぁ、断じて貴様らとは同じ泉の水は飲まん。

チカラを蓄え、

直に死者の国の威をもって、手前らのノド笛に出刃ぁ突っ込んでやる。




生きてる人間が、どれほど偉いんだよ。

笑わせるんじゃねえや。




死者は口をきけねえ。

だからって、調子こいていられるのも今のうちだぜ。

俺が必ず手前らのどてっ腹に風穴を開けてやる。




必ずだ。

必ずチカラを蓄えて、その腐れた度肝を根こそぎ引っこ抜いてやる。



まっていやがれ。

逃がしゃあしねえ。

生者は生者の領分で、必ず帳尻を合わせてやる。




手前らの好きには、断じてさせん。

この世は死者のもんでもある。
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by 201V1 | 2004-10-01 14:53 | カテゴライズ前・生ログ
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