人生その3


とゆーわけで帰還。

久々に見るお江戸の空。

仰いでみて思うこと。

「 緑がすくねえなあ。 獣の気配がしねえなあ 」

「 ここじゃ人は生き難いだろうなあ 」

「 窮屈だなあ 」

とゆー身もフタもねえ感慨。




来春から、再びコンクリの森で暮らすのかと思うとかなりメゲルが、

住み慣れた故郷の駅でなら

「 我慢できねえこともねえ 」とか思い直して奮い立ってみる。

なんつったって人生である。

四半世紀しか生きちゃいねえ。

こっからが勝負である。





とゆーわけで、

「 人生その3 」である。





ぶっちゃけた話、

「 手前ごと 」で汗水を流して働くほど、俺ぁどっこい因業じゃあない。

だいたいにして労働という労働が嫌いである。

銭をもうけて虚飾にふけるなんて遊びは知らん。

一生フーテンでいい。

ひとりぼっちなら。

独り法師ならば、浮世で手前がやらにゃあいけねえことなど

微塵もねえといっていい。

のたれ死に上等である。

しかしながら、そうそう死んでもいられない。

俺ぁひとりじゃねえんである。





浮世の要は眷属である。











「 眷属 」ってなあ、

どこまでを「 自分の一部 」とするかって感覚である。

「 私の人生 」ってのが、「 どこまでか 」は、その感覚が決めていく。






自分を心から愛してくれた人間すら「 道具 」みてえにあつかう奴もいれば、

見も知らぬ人間の窮地に「 ほらよ 」って手を貸す奇特な奴もいる。

人間てのは外道から酔狂人まで色々で、

「 どこまでを自分ごと 」にしちまうかも人それぞれが決めていい。

手前で決めた自分ごとの境界までが「 あんたの人生 」である。





俺ぁ正直、どこまでが手前か、計りかねながら、今日まで生きてきている。

一言でいやぁ、それぁ無様の二文字に尽きる。

連戦連敗の、負け戦のドミノ倒しといっていい。

手前の器を見極めきれず、受け止めきれない鉄砲水に立ちはだかって、

度胸一つで勝てるもんだとタカをくくって挑んできた始末がそれである。

黒星のしし座流星群みてえな空だ。







手前自身の人間力と、自由になる銭っこの両方が、毎度決まって致命的に足りなかった。

背伸びしたって追いつきゃしねえ。

ろくろ首でもなけりゃあ到底届かない場所に、なんとかしてえもんがある。

肝も弾もなく、それで喧嘩に勝てるほど、世の中は甘く出来ちゃあいねえのだ。

神かがりな力もねえ、石を投げりゃあ当たるような洟垂れ小僧の一騎駆けで

どうにかなる世界なんてねえ。

ただ毎度、手前の無力と馬鹿に嗚咽して終わりである。

なにも景色はかわらねえ。







それでもワルシャワ労働歌は言う。

「 砦の上に我らが世界を築け 」と。




そして、その言葉どおり、「 つくるもの 」ってのが現われる。

時空を越え、海を越えて。

なにくそ。ってね。





維新までの吉原は、

幕府の創った士農工商の外にあるエタ非人(不可触民)に分類され、

「 人間 」を剥奪された傀儡子・山人が築いた「 砦 」であった。

この砦によって「 身分を消された非人たち 」は市井に帰る基地を得た。

それはユダヤにとってのイスラエルによく似る。

※平安期の奴隷階級・奴と、江戸期以降の部落差別者との間に血統上の関係はない。江戸期以降の「非人」の源流は、漂泊の中で芸によって暮らしを立てた戦国期の和製ジプシーである。現代の古典芸能関係者と部落差別者は元来は同一の祖先を持つ。




駆け込み寺は、

マムシのような亭主の魔手から女たちを逃れさせる為に

社会が生んだ施設であり、城である。









赤い旗の下に集った義勇兵にとっての同胞(私たち)は、

圧政に苦しむ労働者だった。

ユダヤや吉原者にとっての同胞は、

差別と迫害に苦しむ一族だった。

比丘尼にとっての同胞は、

同じ女たちだった。






要は眷属である。

手前の命の時間ってなあ、そのために使うもんだ。

じゃなきゃあ、どのつらさげて、くたばれる。

人生は、冗談ごとではすまされない。

四半世紀生きてきて、ようやく気がついた自分にとっての「 生きる 」である。




人はそれぞれ。

「 どこまでが自分ごと 」か、「 眷属 」かは、それぞれが決めていいなら、

俺、手の届く限りやるまでである。

どこまでもくそもねえ。

力と銭の続く限りやりゃあ済むだけの単純な話である。









先人たちが残してくれた、眷族を守る仕様が、今の時代にゃ残っている。

足りないのは、人間力と銭である。

まずはそいつを捥ぎとるにゃあならない。

ものの順序ってなあ、それである。





若い頃、それがわからなくて足掻いてた。

よくわからねえ青春だった。




ちょいと早い気もするが、駆け足で壮年へと走りたい。

急がば回れとよく言うが、

街頭に群がるガガンボじゃあるまいし、そうそう油も売っていられん。




一足お先にオッサンへ。




















青春よ、さらば。
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by 201V1 | 2004-10-20 01:58 | カテゴライズ前・生ログ
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