すべての隊員を一定期間で、一定レベルまで押し上げる。

 

 軍隊の基本である。

 



 派遣会社奉公時代、

 俺ぁ柄にもなく、人を鍛えるポジションにいた。

 我が事ながら、全体何様のつもりだったのかと思うが、

 突き詰めたところで、行き着く先は、銭ずくの仕事であり、

 それ以上でも以下でもない、生業であり、稼業である。

 要するに、業なんである。(完結

 




 しかしながら、

 およそ人を育てるという行為において、

 「 学校 」ほど手を抜いている機関もないだろうと、

 人を全霊を投じて育てねばならぬ立場に経った自分は、

 ほとほと呆れた。






 比較論として、

 抜き差しならない状態にある中小企業の人材育成担当者(おれ)と、

 自分自身の出会ってきた数多のコンニャク教育者たちの、

 「 鍛えるのだコイツラを 」という人材育成の気概には、

 もの凄まじい温度差がある。




 限られた時間と、

 絶望的に足りない期間と、

 逸材の真逆みたいな素材たちという、

 三重苦まんまの大制約の中で、

 人を鍛えるのは、実際大変な難儀である。

 しかしながら、

 給金と場を、

 ひとたび貰ったからには、

 人間、死ぬ気にならねばならぬ。( 極端





 まぁ、なんというか、

 死ぬ気になる必要なんぞ実際には絶無なんだが、

 せめて役に付随する機能に関しては、

 水準以上の性能の確保に血眼になって当然と思う。

 一人前の人間を名乗りたいならば。である。






 軍隊は、この意味において、まず手を抜かない。

 容赦もしない。

 素晴らしいと思う。




 そこには、

 昨今巷に氾濫している、

 「 個性重視の教育 」なんていう、

 身の毛のよだつ化け物の温床となる発想は、微塵もない。




 徹底した「 機能重視の教育 」がそこにはある。




 身体能力の高低や、

 精神的強度の優劣や、

 嗜好の傾向なんぞという、

 個人の都合が、

 所詮は個人の都合であって、

 危機や窮地は一切考慮などしてくれないという、

 圧倒的な現実を大前提に、

 軍隊は人を鍛える。




 生き残る力をつけさせるために。




 なんて優しいのかと思う。




 






 個性なんてのは、

 教育なんてものを振りかざさなくても、

 勝手に伸びるもんである。

 邪魔さえせずに、

 機会ときっかけさえ与えれば、

 人の個性は勝手に育つ。
















 
 思想は、それぞれが血反吐を飲み込みながら練ればいい。




 個性は、機会だけ与えてやれば、そいつ自身さえ気づかぬうちに顕れる。




 機能は、叩き込んでやれるものだ。




 仕込む側の仕事ってのは、

 まさにその、

 機能の追加と強化なのだ。

 思想を注入することでも、

 個性を助長することでもない。

 それを意識して行うのは、

 侵略であり、

 蹂躙だ。







 そんなことも解らないまま、

 得意顔で鞭を振るう人々。





 この国の為に、去んでくれ。





 餓鬼どもの明日を奪う、悪意なき簒奪者。





  


















 どうか、僕たちの子供に、本物の教育者と出会える幸運を。




 生き残る力を叩き込んでくれる、本物の先生に出会える機会を。



 どうか。
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by 201V1 | 2005-04-13 13:23 | カテゴライズ前・生ログ
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