漸進・馬力本願

 どっこい、それでも人は、蒼天の下、地を行く。

 

 気がつけば、真夏。

 炎天直下の、

 コンクリートの渓谷で、

 過労死目前の馬車馬よろしく、

 粉骨する自らを鑑み、

 入道雲の隙間から、

 天を仰ぐ。





 「 馬力本願! 」





 余人の三倍の速度で社会復帰を目論み、

 スパルタ式再起動を導入すると、

 全体的に肉体はどのような始末になるのか。

 実際にやってみると「 馬鹿 」の一言に尽きる。



 体脂肪率は3パーセントを切り、

 筋肉が寄り合わせた鉄線のような具合になる。

 文字通り、死線を彷徨うリハビリである。



 0.1トンの男性を、軽々とお姫様だっこできる自分。

 マレー熊程度ならば、きっと徒手空拳で殺せる。



 熊、秒殺。



 生涯、最強の時期であろう。




 尚、現在の仕事には、

 何処まで突き詰めて考えても、

 微塵も筋力はいらない。( 馬鹿 )

 









 

 





 災害復興支援を経ても、

 この辺のピントの狂い加減は依然健在だが、

 8ヶ月渡って駐屯した戦地・中越での暮らしは、

 小生を変えた。






 人は、

 いろいろ考え、

 想い、

 語るが、

 在るのは只、

 成果でも、

 思い出でも、

 感慨でもなく、

 事実を受け入れる人々でいい。

 





 前を見据えて、退路を断って生きることも、

 後ろを振り向いて、活路を見出す事も、

 ハナから同じことだ。




 
 

 







 歯車としての機能が要請され続ける瞬間の連続が、

 人の生涯であるならば、

 命は、

 必ず尽くす価値がある。










 要請される事柄の取捨選択に、

 人生の精髄があるならば、

 答えは極めて明快だ。





 儒者の寝言に付き合って、

 ズタボロになる事で得られるものより、

 俺ぁ自在を選ぶ。




 いつか終わりの来る人生で、大切なことはそういくつもない。

 手に入れることのできる大切なものが少ないからだ。




 
 今、戻ってきた自分を知る。




 15歳のとき、

 俺ぁまさに自在であった。





 





 
 
 あの頃の俺ぁ、まっしぐらに、命を謳歌していた。

 夢も糞もなく、

 まっしぐらに、生きていた。






 
 夢が生き方であるなら、

 人は自在でなければ

 夢を実現できないことを、

 長らく俺ぁ忘却し、

 足掻いていた模様である。





 



 自在でなければ、

 撃ち落せない敵がいる。





 研ぎ澄まされた切っ先でしか、

 穿てない壁がある。





 余計な衣を脱ぎ捨てて、

 真っ裸でぶち当たらねば、粉砕できない層がある。











 一糸纏わずマッパで生きる。





 
 マッハ・マッパ!

 音速裸族!

 エレクト!( しなくていい )





 



 裸で生きて尚、

 美しくあるために、

 人は魂を磨くのだ。






 愛する人を愛せる人間になるために。

 愛する人の愛を無駄にしない人間になるために。







 違うか。

 諸君。




 

 全裸で踊れ。





 命を尽くせ。




 魂を磨け。






 世界六十億が笑っても、

 俺は貴様を祝福しよう。





 
 
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by 201V1 | 2005-08-19 17:52 | カテゴライズ前・生ログ
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