努力するものたちの共栄圏 
 
 子供の頃、

 正義の為に、

 己の一念を通す為に、

 ほかの全てをかなぐり捨てて、

 血達磨になりながら、

 戦ったことがある。

 

 




 若い時分、

 報われるべきものが報われず、

 報いを受けるべき人間がそれを受けない、

 数多の途上国を、

 放浪したことがある。






 700人のアルバイトと共に、

 上司と二人、

 身体を壊しながら、

 精神を磨耗させながら、

 埒外な規模のキャンペーンを2年に渡り、

 回したがある。






 1000人のボランティアを率いて、

 災害と闘い、

 それによって生活基盤を破壊された人々を、

 救おうとし半年ががある。






 今、

 大都会東京の、

 コンクリートの渓谷で、

 50人の派遣社員を率いて、

 数字と戦う自分がいる。









 




 








 いろんな人間に出会った。

 有能な人間と、

 低能な人間と、

 無能な人間がいた。


 


 最初の種類の人間は、世界が必要とする人間であった。

 二番目の種類の人間は、一山幾らでしか、値が付かない類の連中であった。

 三番目の種類に至っては、存在するだけで害悪を撒き散らす生ゴミに近かった。



 
 彼らの間にある差異を生んだものが、

 いつしか、

 気概にあることに、

 俺ぁ気ついた。




 有能な人間は、

 有能たらんとして、

 これまでの半生を、

 歩いてきていた。




 低能な人間は、

 有能たらんという意識に、

 明確な欠如のある、

 ふやけた半生を送ってきていた。




 無能な人間は、

 機能の点で、

 自らを測ることを放棄するという、

 冗談ごとでは済まされない生き方を、

 続けてきた手合いだった。








 俺が望むのは、

 世界の明確な2極化である。






 人が、

 真に公平な世界を手にするためには、

 必ず、

 容赦のない、

 二極化した世紀が要る。





 約束された時代の名は、

 努力するもの達の共栄圏であり、

 断じて、

 報われるべきでないものが報われ、

 報いを受けるべき人間が報いを受けない世界では、

 ないはずだ。




 世界に、

 不当な平等などが、

 存在していい如何なる天理も存在し得ない。



 あるべきなのは、

 公正な、

 報いである。




 小生の27年は、

 この帰結点に達するためのものであった。





 奥歯を削る気概を持つことを放棄した、

 如何なる人間の心情にも、

 斟酌する用意は、

 小生にはない。




 実現すべき世界は、

 築くべき砦は、

 守るべき人々は、

 限られて然るべきである。




 













 平等な世界の崩壊が加速することを望む。

 




 公平な世界の扉が開かれることを望む。







 その時、

 人は、

 自らの生き死にを、

 再び圧倒的な現実感と共に、

 その胸に抱きながら、

 時を刻む誉れを手にすることが出来るはずだ。






 絶望的に二極化した世紀を得ずして、

 民主主義は、

 次の段階には到底到達し得ない。





 21世紀が、

 そんな世紀であることを願う。




 報われるべき人間が報われ、

 報いを受けるべき人間が報いを受ける世界を

 実現するために、

 時代は、

 報われるべきでない人間が決して報われない世紀を、

 欲している。



 








 真の公益とは、この立場からしか語れない。








 




 努力するものたちの時代を。






 俺ぁ真に望む。





 
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by 201V1 | 2005-09-03 03:25 | カテゴライズ前・生ログ
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