お電話の相手

 最近、よく、お電話がかかってくる。

 俺ぁ基本的に、

 電話に出ないが、(どっかーん

 この稀有な24歳からの、

 電話は、

 必ずでる。








 本日は2時間もお話をした。

 内容はかなり濃い。

 そして面白い。

 彼の質問が、

 ケッタイなんである。





 「 鰐口さんは、何を目指しているんでっか? 」



 
 ほう。

 ケッタイだが、

 それ以上に、

 面妖な。







 質問にではない。

 手前の口から即答された文句にである。






 「 俺ぁ、関与されなくなるために、今を生きている 」





 そうなんである。

 軽輩が求めるものは、自在なのだ。

 だから今、

 俺ぁ頑張っているらしい。





 社会という、

 気の触れた猿の芋洗いの、

 只中に在ってなお、

 自らの人生を自ら掌握せしめんが為、

 俺ぁ、

 気の触れた猿の芋洗いの、

 只中に、

 身を投じようとしておるんである。




 不細工な自由人となることを徹底拒否しつつ、

 その上で、

 自在たらんとすれば、

 地獄の業火を

 「 ぬるい 」

 と断じうる、

 豪壮なる精神の充実を図らねばならぬからだ。



 人間は、

 成長の方法論として、

 有史以来、

 百練自得以外の術を、

 知らぬ。



 実体験の伴わぬ如何なる論理にも、

 実現力は絶無である。



 俺ぁそのことを知っている。



 










 



 捨てるために目指すのだよ。


 要らなくなるために必要なのだよ。


 関与されなくなるために、関与せねばならぬのだよ。









 そういう話が通じる年下の若者を、俺は彼以外に知らない。




 通じるとは、

 相通じるということである。




 宙に浮かない言葉。



 そういう言葉を吐ける24歳がいるとは、夢想だにしなかった。



 かつて、

 24歳の俺は、

 こんな意識を、

 もてたであろうか。



 否である。




 











 破格の24歳、ようも現れた。







 





 
 4年後の自分と、

 8年後の彼を思い、

 少し笑う。







 面白そうな、

 32歳となった、

 二人の男の子の比較の絵である。





 

 こいつと一緒に喧嘩をしてみたいと思った。





 敵でも味方でも、

 きっと俺の限界が試される。




 敵も味方も、手強いほどに、面白い。




 敵を薙ぎ倒す光景も、

 矢玉を喰らう瞬間も、

 視界の中に、

 こういう奴が必ずいれば、

 命はもっと輝くからだ。




 



 いよいよ面白くなってきたじゃないか。

 


 やはり男は戦である。






 


 魂の質量をぶつけ合うほど、

 命を実感できる、

 冥利なんぞ、

 世界にはねえ。




 比べられる相手が現れた時ほどに、

 魂が震える瞬間はない。





 



 今夜の電話のお相手は、そういう年下の男の子である。






 




 こういう奴となら、

 敵でも味方でも、

 なんだっていい。






 喧嘩をしてえと心から思う。



 

 
 こういう奴になら、関与されてもかまわねえ。
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by 201V1 | 2005-09-07 02:26 | カテゴライズ前・生ログ
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