言霊の拳(その2 最終回)


とゆーわけで、ますます子供達に嫌われまくりの201V1。正に飛ぶ鳥を打ち落とす勢いで人気が下落。没落。落花生。しゃらくさいので先に進む。


まずはじめに、「子供の十八番」である「大人は汚い」とゆー見解の粉砕に入る。まずこれを打倒しないことには真実の世界地図は描けない。








=市街戦・突入=







総員、攻撃態勢を維持しつつ、くさび形陣形へ移行せよ!

我が軍はこれより敵部隊の正面突破を敢行する!

鬨の声を!


ウアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!!


将校から、一平卒に至るまで、努々忘れることなかれ。女体帝国の存亡は、この一戦にかかっている!

目指すは敵本陣!バイオモドキ砦陥落である!

武楽器隊!前進!

進軍ラッパ!!!

死して次代の礎となれ!帝国に栄光あらんことを!

全軍・突撃!!










=大人は汚いか?=


リアルな世界は、奇麗事で問題が解決する観念世界とは決定的に違う。そこには幻想の世界には存在しない、圧倒的な権力と暴力がある。人がリアルに生きることを選ぶとき、この2つの外部圧力の影響を受けずに生きるのは不可能である。リアルにおいては、崇高な正義と思想が、唾棄すべき愚劣な権力と暴力の前に、いとも容易く粉々に打ち砕かれる。

リアルな空間においては、すべての象徴は形骸化し、アトに残るのは実行力のパワーバランスしかない。そこに観念の入り込む余地は絶無である。






あるのはただ、人を支配するチカラをもつ人間と、支配者に翻弄される人間である。








この事実は、あらゆる階層の人間の、どんな言い訳も受け入れてくれはしない。

人は否応なく、このゲームへの参加を余儀なくされる。

そしてこの勝負に「試合放棄」という選択肢はない。

この試合で「タップ」はない。

たとえ敗北を認めても、ギブアップはできない。

レフリーがいないからだ。

闘技者が、試合続行不可能な怪我を負おうが、意識を失おうが、泣こうが喚こうが、絶対に敵の攻撃は止まない。そしてこの攻撃からは、「自らの死」という最後の手段をもってしても開放されることは決してない。

大人の棲む「リアル」とは、そういう世界である。

審判の存在しない「死合い」に、ルールはない。

あるのは個人が胸に抱く、それぞれの「掟」である。





全ての闘技者たちは、ルールのない戦場へ、それぞれの「掟」を胸に、挑む。

生き残りをかけた無慈悲な戦いに、それでも殆どの大人は、自らに「掟」を課して、尚勝負を挑むのである。






この勇気が、わかるか?

この行為の意味が、わかるか?

ガキどもよ。

大人たちは、ルールなき戦場へ、自らに「掟」を課して尚、それでも挑むのだ。

この一片の崇高さを、お前は本当に理解しているのか?

そういう「男と女」に対し、全体どの口が「汚い」なんてコトバを浴びせれるのか。

ルールのない戦場で、「掟」を課して戦う人間に、これ以上何を望むのか?

お前の「清濁」の基準はなんだ?

この世界にガキの納得がいくルールがあるとでも思っているのか?

ふざけてもらっては困る。

この世界にルールはない。

せめてそれを心に刻んだ上で「汚い」というコトバは吐け。

しのごの喚くその前に、手前も土俵に上がって来い。

升席から腰を上げろ。

その上で、殴り合いの中で「汚い」と吼えてみろ。

それがどんな無意味な行為か、てめえらは身に染みてわかるだろう。

戯言で、拳の乱打は止みはしない。

腹をくくって、我らのリングに上がることだ。

一切の容赦はないものと思え。








=炸裂!言霊の拳!必殺!魔手肝つかみ!=



伝令    「敵部隊分断に成功!切り込み隊が敵本陣に突入しました!」

将軍    「すわこそ!いまこそ勝機じゃ!馬をひけい!」

伝令    「敵本陣総崩れ!撤退を開始します。シンガリは榊原!」

将軍    「全軍に告ぐ。これより我らは修羅に入る!全ての迷いを捨てよ!」

将兵    「雄雄雄ぉぉぉぉぉ」

将軍    「一切の禍根を残すな!一寸の虫に至るまで、動くものことごとくを根絶やしにせよ!」

副官    「捕虜は無用なり!ただただ火の玉となって存分に斬り倒せ!」

将軍    「決死隊・抜刀!毘沙門天の加護あらんことを!全軍・突撃!!!」








人の生は闘争である。闘争こそが生である。

ならば、いったい何の為の「闘争」か?

なぜ人は戦うのか?




「    人は戦う。思い通りに生きるために。思い通りの世界を作る為に。   」




全ての人間は、共通の動機で戦いに身を投じ、異なる目標を生涯をかけて目指す。そこに必然として「闘争」が生まれる。

今日の世界地図はそうして作られた。人のそれぞれが属する国家や組織も例外ではない。その結果として、その道具として、今、そこにそれはあるのである。




子供にはこの単純な「世界のあり様」が理解できない。

世界に「揺ぎ無い真理」があるかのように考え、発言する。

人間に「正気と狂気」があるかのように考え、発言に及ぶ。




馬鹿をぬかしてもらっては困る。

あるのは「揺らぎ続ける真実」と「一千の狂気」という森羅万象だけである。

「それぞれの真実」に殉じる「数十億の狂信者」が、己の全てを賭けて争うのが「世界」である。

それが「リアルな世界」だ。

それぞれの「真実」に、「貴賎」も「善悪」も「優劣」も「清濁」もない。

同価値の、同等の、それぞれの「想い」があるだけだ。

そして人に許されるのは、自己の「想い」に全てをかけて、それを阻害するものを粉砕し、反するものを滅殺し、「想い」を現実のものにするために、戦うことだけである。





















「ガキどもよ。思い通りに生きてみろ。」






人はどこまでも自由である。たとえ手足をもがれようと、五感を奪われようと、牢獄にとらわれようと、何人も魂まで奪い取ることは出来ない。




君は自由だ。

何をやってもいい。全ての権利がある。

殺人も、盗みも、傷害も、強姦も、詐欺も、虐待も、侮辱も、裏切りも、責任の放棄も、支配も、国家転覆も、人類皆殺しも、全てを行う正当なある権利が、君にはある。

君は何者にも縛られるいわれはない。正真正銘・自由である。

















だが、覚えておけ。

君が、強姦や虐待を「よし」とするセクトの人間として、その「想い」に殉ずる時、必ずそれを「阻もう」とする意思をもつ人間がいることを。

君のような「人種」を、全力で滅ぼそうと決意し、生きている人間がいることを忘れるな。

君は自由だ。すべての権利がある。なんでもやれ。だがしかし、世界の一方には、それを決して見逃さない人間がいる。「想いを遂げた君」に、あらゆる犠牲を払って命を捨てて、手痛い鉄槌を喰らわせる人間がいる。

ゆめゆめそれを忘れぬことだ。

我々は、決して君を見逃さない。必ず我々の眷属が、君に地獄の苦しみを味あわせてやる。安らかさととは無縁な、絶望と惨めさの中で、君の生涯に終止符を打ち、君の築いた全ての財産と、君の愛するすべてのものを、永久に君から奪ってくれよう。

我々の眷属は確かに少ない。だがしかし有史以来連綿と受け継がれてきた「精神」の前では、君の存在など塵芥のようなものだ。一切の抵抗は不毛と知れ。

その覚悟があるならば、好きにやりたまえ。ただし我々は、生涯をかけて君に鉄槌を下す。













「鉄槌を下さんとする」君へ。

正義を振りかざすのは簡単だ。奇麗事を声高らかに叫ぶのは容易だ。だが忘れるな。敵は狡賢く、連中は手ごわい。君も無傷ではすまないぞ。必ず大切な何かを失うことになる。そしてそれを、人生のどこかで再び取り返すのは難しい。敵はそれほどに強い。その上に際限なくわいてくる。戦いは永久に終わらない。

君は戦いの中で知るだろう。君が「鉄槌を下す・狩る者」であると同時に、「狩られるもの」であることを。この世界にヒーローはいない。いるのは戦士と奴隷だけだ。戦争で倒れるのは、善人でも悪人でもない。敗者が死ぬのだ。この戦いに絶対者はいない。傍観者も存在し得ない。君が万人のために剣をその手にとるとき、拳を血に染める時、君もまた「狩られるもの」として、一千万の悪意にさらされる。






幻想の中で、夢物語をやっているのとはワケが違う「リアルな世界」に、君達は飛び込んだ。

ゆめゆめ忘れぬことだ。

君もいつか、地獄を見る。

どのセクトの戦士として生きようと、傍観者を気取る奴隷として生きようと、君が「想い」を抱く以上、決して闘争からは逃れられない。

君は生涯、渦中にある。

社会性に埋没しようが、どう足掻こうが、この事実は変わらない。

















勝どきを上げよ!



「  すべからく人は、思い通りに生きるために。思い通りの世界を作る為に。戦う。  」















議論の余地など、リアルにはない。

議論の殆どは茶番である。

人の心を揺るがす「演説」と議論は別物だ。




行動せよ。粉砕せよ。「想い」を現実のものにするために。

戦え。抗え。「想い」を勝ち取る為に。





「善だの悪だの」しのごの喚いていられるのも今のうちだぜ?

リングでものをいうのは、拳だけだ。

ゴングは1回きり。インターバルはねえ。

ゲンコツも握れねえ坊ちゃん嬢ちゃんに、出番はねえ。

「てめえの思い通りに生きれるか」が全部だ。

青臭い屁みてえな意見なんざ、だれも聞いちゃくれないのさ。

だから、歯ぁ食いしばって、黙って押し通ってみな。




ガキの戯言に付き合ってくれる奴ぁ、戦場にはいねえ。

それがいやなら、さっさとママのとこに帰るべきだ。








ママが恋しくねえ「怖いもの知らず」は、くじけそうになったとき、こう唱えてみるといい。











「  断じて行えば、鬼神もこれを避く  」



全てを覚悟して升席を立ち、「掟」を胸に、「想いの土俵」に上がった勇者へのハナムケだ。

存外、足掻き続けりゃどうにかなる局面だってあるんだ。

頑張るってのが、どんなもんか、きっとわかる。







さぁ、そろそろ幕の時間だね。

「生に価値がない」なんて法螺はもー2度と吹けねえだろう。

戻るぜ。戦場に。




「想い」をもぎ取りに、振り返らずに行こう。

幻想はもう、昨日の世界だ。
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by 201V1 | 2004-05-24 00:22 | ■議論
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