10年の抱負

 2年半ぶりに、

 ケニアにいた頃の同期の桜と、

 会って話した。


 

 アフリカにいた頃。




 小生は18歳で、

 煙を吹きながら、

 常に何かに怒っていた。



 野郎は21歳で、

 一見斜に構えて見えても、

 誰より本気で生きていた。



 

















 あれから10年。

 一筋縄ではいかない3650日を、

 双方が歩んできたことになる。







 野郎は、

 アフリカでの6年を経て、

 残りの4年を日本の大学で過ごした。

 とても懸命に、

 彼は学んだのである。





 小生は、

 間断なき紆余曲折の末、

 10年を、

 自らを裏切らずに生きた。

 やみくもでも全霊で。

 































 小生は28になり、

 野郎は31になった。









 互いにとってこの10年が、

 価値のあるものであったことが明らかで、

 嬉しかった。







 

 挫折と再起と決断と覚悟が支えた、

 10年だった。

 今振り返る10年を、

 想像する力も、

 材料も、

 なかった10年前。

 文字通り、

 全部が、手探りだった。










 ぶっちゃけると、

 小生は、

 18からこっち、

 自らを試す事で、

 自らを少し知る作業を、

 10年の間続けてきたに等しい。

 それは、
 
 練磨とかそういうものとは趣を異にする、

 もっと不確かな確認の連続である。







 お蔭様で小生は、

 自分がどーゆー生き物か、

 だいぶ掴めた気がする。

 



 掴めねばどうこうというわけはなくとも、

 掴まねばならなかったわけは、

 どこまでできるのか、

 見極めるのに必要だったからだが、

 それには、

 崖っぷちから飛んだらどうなるか、

 身をもって知るしかなかったので、

 そうしたという感じである。





 馬鹿で心外だが本望といえば嘘にはならない。






 満足である。






 よき10年だった。

























 






 

 





 





 
 



 









 10年後、

 小生たちは、

 また、

 1日として同じ日のない3650日を経験し、

 10歳加齢している。




 

 たった3650日で、

 人は10歳、

 年をとる。






 


 

 

 
 今度は、

 確かめる事に投じた10年で得られたものを使って生きる、

 3650日だ。


















































 その月日が流れたとき、

 小生は、

 「 不惑の38歳 」でありたいと思う。

 






 10年前、

 不惑の28歳の自分を望んだように。
















 十露盤なんかに囚われず、

 大事なものを、
 
 ちゃんと掴める、

 惑いのない男に。
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by 201V1 | 2006-03-04 02:50 | カテゴライズ前・生ログ
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