201V1式痩身術その1
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小生は昔から体重がなかった。

華奢なんである。メレンゲのよーに。(馬鹿








「おっさん」になりつつある現在も、「身の丈・172センチ」にして「目方・○○キロ」という痩身を維持している。(実体重を書くと大多数の女性陣が退くので伏せる)

・・・・・ってゆーか、伏せてもどーよ?ってんで、バラすと「犬単位」でいえば「中型犬2匹」くらいか?(全然分かりません)


うるっせえなあ。くそったれが。じゃあ何?だいたい50キロの月間誤差+-2キロでいいよ。(怒

ああ?何だぁ?ちくしょうが。へちま野郎が。特設リンクの「珍念」はその「3倍」だよ。(暴発





とゆーワケで、なんか荒れ模様の要塞ですが、馬鹿は放っておいて続けます。


小生は見てくれは「55キロ」くらいはあるんですが、実体重はそれから「5キロ」ほど削ったくらいしかありません。なんで?ってゆーとですな。若かりし頃に「大病」を患った所為で、内臓の脂肪が丸ごとゴッソリなくなってるんですな。丸ごと。



念のため「憤怒痙攣」じゃありません。へらへら。



別の「よく死ねる風土病」です。(おぃ



賢明な読者諸兄は「略歴編」で既知の通り、小生は10代の終わりに、アフリカとインドを2年ほど無帰国で浮浪しており、その間に「5回」ほど「マラリア」に罹患している。で、今回はそのお話であり、それをNGO時代に引っ掛けて語ろうという、壮大な野望というか無謀というか暴投である。


もぅ疲れたので寝るが、(え?)とにかくそーゆー物語である。



本格的な更新は明日になるが、辞書サイトで「NGO」と「マラリア」のふたつを予習しておくと吉であろう。


今回は、「お笑い路線」でいく。原点回帰である。



期待して待て。以下次号。(←やりたい放題







『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『


とゆーわけで、5月16日づけ。しもつかり。おみおつけ的、更新。



色々はしょるが、小生はアフリカに飛んだ。高校を卒業した春である。式の5日後には「空の人」になっていた。雲が低い。あたりまえだ。ここは空だ。だが妙な気分では、ある。

「下賎のものどもよ、睥睨してくれるわ」


とゆー具合。相変わらずの不遜。倣岸極まる世界への態度。そーゆー気概で母国を立つ。ケニアに行く。こんな痴れガキのいく海外である。もちろん退廃しか待っているわけがないんであり、ろくでもねえ物語がやおら開幕。


渡航の名目は「語学留学」である。「語学」ってツラかよ。ってんで、勿論スワヒリ語なんぞ眼中になく、小生は徹底して遊んだ。勉強なんかまるでしねえ。瞠目すべき不真面目加減である。

まず、授業中は寝ている。部屋でである。日が暮れて、のそのそ起床、夜の街へ突進。呑んでは踊り、踊っては呑む。兎に角意識がある間中、酔っ払って踊っていた。リンガラミュージックという品のない曲にあわせて、バーでおどり、クラブでおどり、路上でおどり、泊まってもいねえホテルのロビーで踊っていた。まさに親のカタキを討つように、踊った。


踊っているうちに6ヵ月が経過してしまい。卒業が来てしまった。わちゃあ。踊ったのが祟り、スワヒリ語なんて「挨拶」しか喋れねえ。「ハバーリ?ムズーリ。」で知識の井戸は即、枯渇。現地人との会話はすべて「英語」でやっつけていた為、英語は話せるよーになったが、「スワヒリ語?なにそれ?」の世界である。上達したのは「おどり」である。「おどり留学」である。(たわけ


これでは「マズイ」ってんで、急遽見たこともねえ「教科書」を引っ張り出すが、小生は「語学」が土台ニガテである。高校時代、「得意の数学」と「ニガテの英語」の偏差値の差は、「55」あった。にわかに信じがたい話だが、英語の偏差値は「25」である。(検出するセンターもどーかと思う)


英語は中学の最初にコケ、「be動詞のあとに進行形がこない」という「受動態の妖術」に翻弄され、それ以降「にゃかった」ことにして生きてきた。大学受験の直前に再び「妖術」に戦いを挑み、調伏したが、したところでどうにかなるレベルの「学力」ではなく、最終的に「40」まで届かないまま英語の戦いは終わった。


終わったが、仮にも「現役の受験生のフリ」をやっていた小生の「英語」は、上は30歳までいる「留学仲間」のなかでは「まだマシ」な方ではある。「英語」は「不確実だが新鮮な記憶」ではある。そのうえ小生はよく喋る。まぁ、息次ぎ以外はたいてい何事かをほざいている。だから6ヵ月の「おどり」で「英語」は話せるようになったが、「スワヒリ語?何語?」の世界である点は不変である。


で、やってきました卒業テスト。最早ぜんぜん勉強なんかしていねえ。


スワヒリ語の最終試験を「100満点中、5点」という「学校創立以来空前の赤点」でクリアした小生は、学校を出ると「ねんごろの留学仲間」と一緒に「恋の逃避行」に入った。まぁ、例によってすべての歯車をまわすのは「女」である。



行き先は隣国タンザニアの小さな島、クイーンのボーカル「おかまフレディ」生誕の地、「ザンジバル島」である。ザンジバル島の特徴を述べると、「島民は全員英語が理解できるが、英語で話しかけるとスワヒリ語でしか返ってこない」という凶悪な島だ。つまり、「言いたいことは伝えられる」が「なに言ってんのかわかんねえ」世界がザンジバルなんである。


全般的に生活の尽くが「埒がねえ」ので、小生はスワヒリ語と真面目に向き合うことにした。このままでは生きていけぬ。「痔の薬」を薬局で所望し、かわりに「下剤」を渡されて帰ってきてしまう現状を考えると、「たぶんいずれ死ぬ」というか「近いうちに殺される」。


生きるための「スワヒリ語」である。学ぶ動機の格が違う。小生のスワヒリ語は、島の滞在中にメキメキと上達していった。


2ヵ月後、母校のあるケニアの首都ナイロビに戻ってきた頃には、友人の「キクユ族」や「ルオ族」の青年達が、「なにがあった?」と腰を抜かすほど饒舌に、「文法の怪しいスワヒリ語」が話せるようになっていた。



語彙やボキャブラリーはない。なんたって脳の容量がねえからね。文法は出鱈目。順法意識ねえのでね。(ぎゃふん

だがしかし、「無法、天に通ず」。

兎に角、ネゴシエートの能力が尋常ではなくなった。ザンジバルでの修行を経て、小生は「交渉の達人」と変貌していたのである。

この国の、だれよりも低料金でタクシーに乗れた。現地人より安い値段でタクシーに乗る。すべての値段が交渉で決まる途上国で、交渉能力の高低は、第二の「為替レート」であり、交渉次第でものの値段が10分の1まで下落する。「英語使い」の時代から、小生の交渉能力は「非常識」に高かったが、「スワヒリ語使い」となった今、そのチカラは天にも届く勢いで、「歩くデフレスパイラル」と異名をとるほどになる。すべての知人が、交渉の度に小生を呼んだ。小生、完全に天狗である。


しかしながら、語学ではどーにもならない現実がある。交渉の余地がないケースである。

ザンジバルから戻り、女が一時帰国を果たした日。母校に戻り、倉庫に隠しておいた「旅費」を取り出そうとすると、影も形もなかった。


「とられちゃった。」



夕暮れの中、1人ぼっちで呆然。

ア然。

晴天の霹靂。

赤壁の戦い。

孟徳死す。である。



「軍資金」がない場合、「交渉」の余地はない。「無一文」でこのさき、どーやって生きろとゆーのか?途方に暮れるとはこのことである。天狗の鼻は萎えていた。


「一文無し」で「賭場」に出かけることはできる。
しかしながら
「おあし」がなくては「賭場にすらいけねえ」のが浮世である。(深い



小生はその時、背後に「死神」を感じていた。鎌が首に刺さっていた。


『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『とうびい・こんてにゅ。本日中に更新。




で、更新である。未来への行進である。猫前進である。(無視可
でね、今、ちょっと資料をさかのぼって事実を確認したところ、5年前に書き上げた原稿用紙7000枚に及ぶ「旅行記」の記録と照らし合わせたところ、「上記の記憶」に甚大な混乱があることが発覚。なにか時間軸の記憶がごっちゃになっている模様。まぁ、でも大筋に影響はないし、物語的にも破綻は多分起きないので続投する。小生は、たとえ肩が壊れても投げる。投げぬく。(←激カッチョ


鎌が首にささったまま、小生は考えた。

「死んじゃうぜ?」



死んじゃうんである。留学ビザでケニアに燻っている小生に、就労の権利はない。すなわち働けぬ。金が稼げぬ。収入は恒久的にないんであり、強引に働けば捕まる。だいたい平時でも働きたくねえのに、そんなリスクを犯して働く、労役に尽くす、汗を流す。なんてのは正気の沙汰ではない。断じてサボりたい。額に汗なんて身のケがよだつ。出来ればずっと踊っていたい。

つまり働いてどうこうする。などという正攻法は「ない」んであって、何か抜け道はないか?うまい具合に転ぶ話はコロがってはいねえか?どうよ?全体?(はたらけよ


「親から金を引っ張るか?」


無駄である。だいいち、盗られた金である「25万円」自体が、わずか一週間前に実家から送ってもらった金であり、都合4ヶ月分の軍資金なんである。もともと「25万」で4ヶ月間生きれるのかは、この際忘れるとして、しのご言っても親はこの先4ヶ月は「話にならん」のである。第一盗られたのがバレたら、俺はお袋に「蛆虫扱い」をうけ、親父に「間接を極め」られ、帰国した暁には間違いなく一族に「愚鈍」のレッテルを貼られること請け合い。恥辱である。三千世界探しても、これほど「拭い難い恥」はなかろう。だいだいにして、こんなことが露呈すれば、今後ますます金を引っ張るのがムズカシクなってしまう。それは困る。


「保険金詐欺しかねえのか?」


すでに語学学校の卒業と同時に、海外旅行の保険会社から金を引っ張っていた小生は、この「旨み」を知りすぎるほどに知りすぎてしまい、知りすぎた勢いでゲットした「18万円」はわずか5日間で綺麗サッパリ使い切ってしまっている。大体その「保険金」を受け取ったのが「先々週」であり、ザンジバルから帰ってきた直後という「この間の話」である。何に使ったのかまったく覚えていないが、どうせ飲み代に決まっている。この馬鹿は「呑む・踊る」以外に金の使い方を知らぬ。



「売るか?」


何かを「質」に入れるしか手はないが、「売れるようなもの」は金輪際ない。というか過去に遡ってみても一向に見当たらぬ。金は全てアルコールに化けた。で、アルコールは白昼夢の維持に浪費され、今日この手元にはない。最終手段の「女を質にいれる」にしても、折り悪く「彼女は帰国中」というこの局面。七転八倒。八方ふさがり。いよいよにして四面楚歌。全体どーしろというのか???


「たれかに借りる」

という手も浮かんだが、土台バックパッカーなんて生き物は「貧」であり、「貧な奴ら」なので友人達はアテにならぬ。だいたい巨万の富を持っていたとしても連中のことだ。「貸す約束」をした翌日には赤貧にあえぐような「鈍」であり、「鈍な奴ら」なのでアテにはできん。1番むかつくのが今現在、自分自身が現役バリバリの「貧」で「鈍」で「愚」という「三重苦」だが、これは忘れて今はとりあえず現状の打破に努めねば死ぬる。


「お。あそこがあったな」


いよいよ死ぬ公算が高くなってきた土壇場で、小生は死中に活を見出した。どうやらこれなら生き延びれそうである。とりあえず「死なねえだろう」とタカをくくった小生は、「まぁ、何にしても金はいる。」ってんで新たに書類をデッチアゲ、2度目の保険金の申請を行い、実際に金が入ってくるまでの「2ヶ月間」、生命を繋ぎとめるために、北へと向かって旅立った。


目的地は「ガリッサ」。荒野の寒村である。



まだ学生であったころ、ガリッサには1度行った事があった。ちょっと昔に留学仲間の1人が、町にある天理教系NGOの食客をやっていたんである。

その時には、ガリッサのさらに「北の果て」にある「難民キャンプ」に「後ろ盾なし」で視察に行き、国連に捕まったりといろいろ酷い目にあったが、まぁそれは忘れて「ガリッサ」である。あそこなら「喰わせてくれる」っぽい。顔見知りだしなんとかなる。とゆー粗い計算をした小生は、廃棄寸前のバスに8時間揺られ、ガリッサに着くやいなや「アポなし」でNGOに突撃した。


「やっほー」



底なしの阿呆である。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\とう・びい・こんてにゅ。以下日付変更前に更新。まて次号。
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by 201V1 | 2004-05-26 21:55 | ■ダイエット
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