ビバ・第二部

 さて、

 赤ん坊が家族の一員になって2週間が過ぎ、

 幾分情勢が落ち着いてきたし、

 そろりとブログでも再開するか、

 面倒くせえことこの上ねえけど。


 

 ってんで、

 収拾不能な程度を遥かに超えて、
 
 混乱の極みの只中まっしぐらであった旧・要塞を、

 とりあえず、

 チェルノブイリよろしく石棺にぶちこみ、

 心機一転を図った小生。







 ふっ、

 存外気分は爽快である。



 

 
 ざまぁみろである。(滅茶苦茶


























 思えば、

 埒外なブログであった。




 だいたいにして、

 およそ記事の管理というものを、

 徹頭徹尾度外視されて殴りかかれた構成というか、

 全部。



 
 執筆の阿呆が、

 無闇矢鱈かつ出鱈目に

 勢いで記事を殴り書いた始末は、

 人知の及ぶところではなく、

 管理者としての小生は半泣きである





 あまねく記事の根底にあるものの大体が気分という出鱈目。

 気分以外の全部が弾みというのが動機の一切合切であり、

 土台カテゴライズを視野に入れて書かれたとは思えず、

 構成その他に至っては、

 書いたら書きっぱなしで遂には読み返しもしねえという、

 札付きの杜撰。






 文字通り3段構えのいい加減であり、

 管理する手前としては、

 正直、

 やれん。

 やってられん。





 現実問題、把握できん。( 何が全体どうなっちゃってるのか











 と、
 
 いうわけで、

 チビの生誕を山車に、

 振り出しから新造・格子・太夫と遣り直すことにした次第である。












 一回まんま叩き潰してみたところで、

 発見できる面白そうな玉は存外結構な数があり、

 その一つにして最大が過去のテーマの焼き直しになる。




 ブログ開始からすでに2年。




 人間が悪しきにつけ良きにつけ、

 心変わるには十二分な月日である。



 少なくとも、

 小生にとってのこの2年間は、

 気心が練られるには不足のない、

 滅法な年月であったと考える。

 





 2004年春、

 ブログをはじめたとき、

 小生は未だ、

 少年期に生きていた。






 右も左も定かでない中、

 一寸先が闇だろうが奈落だろうが、

 知ったことか糞でも食らえと、

 出刃を振り回して悶えている馬鹿が、

 まさしく和魂その人であった。







 2006年秋、

 小生は、

 自分の人生が、

 遅まきながら青年期に入ったことを知っている。






 ずいぶんとまぁのんびりとやってきた青年期であるが、

 心安きは尋常ならざるものがあり、

 少年期のザラザラした感じとは無縁のところに青年期というのはあるようだ。

 もっと透き通った感じの中に青年ってなあるらしい。

 


 そういうわけで、

 常人が10代の終わりから20代の前半に通過するはずの時期を、

 小生は実に10年遅れで体験することになった。

 余人は知らず、

 小生にとってのそれは、

 まさしく据物斬りの時代の幕開けである












 ここにきて、

 腰を落としての、

 魂魄の力が試される歳に至ったわけである。








 最早ここに至っては、

 俄の一切はお呼びではない。








 果たして、

 俄しか知らぬ手前に、

 斬れるかなと思う。

 腰を決めたまま、

 斬るべきもののみを、

 斬り続け、

 いつか斬れるはずのないものも、

 斬ることができるかなと思う。





 餓鬼のころは、

 好きなところに討って出て、

 出刃でも呑んで、

 身体ごとぶち当たっていけば事足りた。

 ドテッパラにダンビラをぶち込んでやりゃあ格好がつく、

 てんで簡単な世界だったが、

 これからは、

 腰を定めた据物斬りが一生の稼業になるのだ。




 

 夢を訊かれれば、

 以前と変わらず、

 そりゃ生き方だと応えるが、

 昔の夢が、

 火の玉としてのそれであるなら、

 今日の夢は明らかに違う。




 

 いつか、斬れるはずのないものを斬れるところに至りたいとおもう。





 人間なんざ、

 何体ぶった切ったって、

 たいした事じゃあないのだ。





 人間なんざ、

 所詮は切れるように出来ている。





 問題は、

 斬れないはずのものを、

 斬れるかどうかなのだ。
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by 201V1 | 2006-08-31 00:35 | カテゴライズ前・生ログ
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