スタンド・バイ・ミー


~ ファイターが希求するもの ~



人が生涯をかけて世界と喧嘩するとき、

打ち砕かれた身体を支え、

血反吐にまみれながらそれでも立ち上がり、

折れた拳で尚もゲンコツを固め、

諦めることなく

最終ラウンドまで渾身の正拳を敵の喉笛に叩きこみ続けるには、

なにが1番大切なのか。

小生は、それを知っている。



















~それは後援者か?~



よき意味での後ろ盾があるとき、彼等の視線が闘士の姿勢を正しくする。

闘士に、腰の据わった会心の突きを繰り出させるのは、後援の視線である。

後援者は人によっては信仰する神々や先祖かもしれない。

肉親や友人の視線が、闘士の姿勢を正す時もあるだろう。

けれどもそれは、1番じゃあないんだ。

人は、誰もいない孤独な場所で、尚も戦地へ足を運ぶ底知れない気力を持っている。





~それは支持者か?~



ファンの声援が、大合唱が、

死地にある闘士に再び精気を呼び覚まし、

自分が戦う理由を思い出させてくれる。

支持者の一言が、敗北を受け入れようとする揺れる心に喝を入れ、

折れかけた闘志を再び蘇らせてくれる。

けれども、たったひとりの支援者なしでも人はひとり奮い立ち、

恐怖と不安を退けて、忘我と敗北の誘惑を断ち切る気概をもっている。

人は強い。

果てしなく人は強いのだ。

人はたったひとりでも、戦場へ立ち返る勇気をもっている。







~それは信奉者(シンパ)か?~


自身の喧嘩に賛意をしめし、

力を尽くしてくれる士が傍らにあるとき、

闘士は存分に自身の意思を確認することができる。

そこには闘士が自己の決意を幾度も確かめることのできる機会がある。

それは至上の幸福だろう。

信奉者の存在は、ただそれだけで、

闘士の心を、確かな信念へと日々昇華させていく。

けれどもシンパには、

彼ら自身が独立して存在する勇気を持たない限りにおいて

闘士の繰り返す過ちを改善させる力をもたない。

そして自由意志をもったものは既にシンパではないのである。

ひとはそれを同志という。









~それは同志か?~


志を共にする人間と肩をならべることは、

すべての闘士の夢だろう。

しかしながら、その想いには一抹の甘えがある。

人は、個別に生きて個別に死ぬのだ。

土俵には、2人一組で登る余地などありはしない。

悲しいがね、これが真実なんだよ。

人はリングの上では1人である。

たとえ同じ戦場にいても、ひとはそれぞれの戦いに身を投じている。

繋がり、絆を深め、互いの魂に触れ合っても、

人はそれぞれの責務において同じ空の下で個別に戦うのだ。

渡り鳥のように、編隊を組みながらも、

それぞれがそれぞれの身体を明日に運ぶ為、

自らの翼で風を切るのが人の姿である。

人は、いつも1人で飛ぶ。

人は1人でも飛べるように、できているのだ。






~それは同胞か?~


同胞の想いと、同胞への想いが、

闘士が闘士であり続けれる理由である。

同胞は生者かもしれないし、死者かもしれない。

そのどちらでも、同胞がいる限り、彼らと共にある限り、

闘士は闘士であり続けることができる。

戦う人間であり続けることができる。









だがね、

一番大事なものはこれでもないんだ。

知ってるかい?

人は独りでも戦える。

独りでも戦い続けることができる。

僕たちは、そういう風にできてる。

個別に生まれ、個別に戦い、個別に死ぬチカラをもってる。

夢の途中で独り、前のめりに死ぬチカラがある。






でもね、それで本望なのかい?

勝つ為に始めた戦いだろう?

負けることを前提に始めた戦いなんかじゃなかったはずだ。

君は、勝ち取りたいからこの道を選んだんだろう?








生涯をかけた喧嘩に、

勝つことを闘士が望む時、

もっとも大切なものは何か?






それは後援者でも支持者でも信奉者でも同志でも同胞でもない。

戦うだけなら彼らのうち、たった一人でも傍にいてくれたら十分だ。

喧嘩はずっと楽になる。

人は、戦うだけなら独りでできる。








だがね、それじゃあこの喧嘩にゃ勝てないんだよ。







僕らが喧嘩の相手「に選んだバケモンは、すこぶるタフで頑丈だ。

生半可なことじゃブチ破れないカッタイ頭蓋で腐れた脳みそを守っていやがる。

拳で殴れば殴った分だけ、確実にこっちのゲンコツがイカれる。

無傷でしのげるラウンドなんかありゃしないんだ。

これはそーゆー喧嘩である。






KO勝ちなんか、ハナッから望めやしないニッガイ勝負。

そのくせコッチのノックアウトは朝飯前に襲ってくる。

1ラウンドで満身創痍大納言。

判定でしか勝機の見えない戦いだ。

だから勝つには最終ラウンドまで戦い続けにゃならない。

人が世界に打ち勝つには、それしか方法はありはしないのだ。







この喧嘩に1番必要なのは、

闘士がもっとも必要とする友は、

後援者でも支持者でも信奉者でも同志でも同胞でもない。







必要なのは最終ラウンドまで戦う覇気をくれる、自己の半身である。

それをボクサーは「 セコンド 」という。






闘士の抱える傷に知悉し、

新に負ったダメージを瞬時に見抜き、

クセとリズムに精通する、

真実を見抜く瞳をもつ者。

拳闘屋の仮面の下の素顔を見抜くチカラをもつ者。

そしてそのすべてを見通しながら尚、闘士を叱咤できる者。





闘士は得てして

後援者や支持者、信奉者や同志同胞を求める。





でもね、そうじゃあないんだ。

君が勝つ為に本当に必要なのはセコンドなんである。



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今夜、全てのファイターに。






君に必要なのは、

君の帰還をコーナーで待ち、

君を常に元気つけ、

目に入る血を止めてくれるセコンドだ。






どこかにいるよ。

君と出会うために生まれたセコンドが。

君がそのセコンドとともに闘う為に生まれたように。






僕らは個別に生まれて個別に死ぬ。

リングのなかじゃずっと独りだ。



だがね、支持者や同志や同胞はいるよ。

リングの外に。



そしてコーナーには、君と共に戦ってくれるセコンドがいる。









独りだけど、独りじゃないんだ。










最終ラウンドの終了を告げるゴングを

いつか君が耳にするとき、

コーナーポストを振り返ったその場所に、

だれがいるかはわからない。








でもね、覚えておこう。

僕らが最後まで世界と打ち合えたのは、

その人が血を止め続けてくれたから。

その人が、ちゃんと本当のことを見ていてくれたから。








今日、あなたが愛し愛される人が、

あなたの後援者や信奉者ではなく、真実を見届けるセコンドであることを祈ります。






今夜、この星の全てのファイターに。












幸を。
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by 201V1 | 2004-07-18 23:55 | カテゴライズ前・生ログ
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