暴走する小生を御そうとしてくれる2人の若者へ。




ぐらはとちん。びんご!

それが「 礼 」です。

ド阿呆共がその一線を越えるなら、小生が出張ります!(・・・・・出張らなくいいから





ひろちん!さんくす!

しかし小生が「 怒る怒らない 」は労力云々の問題ではないのです。( 浪花節←バカ





2ちゃんには小生もよく行きます。ゆえにあそこがそんなに非道なトコとは考えてません。かの地は民草の声が集まる場所です。

ただね、ネットサーフィン初めてかれこれ6年経ちますが(意外に長い)、どうにも匿名性をタテに嘲弄を繰り返す手合いに対する怒りが鈍磨しない。笑

ある種の怒りは、ある種の人間にとって、いくら経験を積んでもナカナカ鈍磨しない模様。で、小生はこの手の案件に鈍磨しないってコトは、人がコンパクトにまとまっちまった「つまんねえオトナ」にならない為に、すげえ大事なことだと考えてるの。自分のこれからを考える時にね。




「適度に抑える」

「労力の無駄」




ぬう。





そのほうが合理性に長けますし、確かに適切な対応でしょう。

でもね小生は抑えない。

エネルギーの浪費を眼中に入れない。

決して気持ちを抑えないのがこのブログの骨子です。

小生はブログ運営者たる自分に、このルールを課しています。






小利口なやり方じゃあない。頭の悪いやり方です。でもね、絶対にブレーキは踏まない。和魂要塞には徹頭徹尾、ブレーキはない。

実際には人生において踏んだほうが利口な局面って相当の場面であります。小生もふざけた野郎ではありますが、一応社会の荒波でドロを啜って今日に至ってる大人です。現実には何度も自分を抑えて抑えて生きてきてます。笑

でも小生は、要塞のテキストに魂をぶっつけるとき、絶対にブレーキは踏まない。アクセルをどん尻まで踏み抜きます。容赦もしない。シャーシに穴を開ける気概でドカンと行く。

たとえどんなにリスクがあろうと。

どんな時もノーガードで打ち合うってのがこのブログを貫く土性骨なのです。

合理不合理・適切不適切なんてソロバンで、やおら骨抜きになるわけには断じていかない。







表現媒体として、数多くあるブログのうち、和魂要塞が「 異彩 」を放っていられる理由はここにあるのです。

201V1は、絶対にブレーキを踏まない。

連歌を消さないのもこのため。

あらゆるコメントを消さないのもこのため。

よって過去のどんな自己矛盾を孕んだテキストも

非公開になることは今後も決してありません。

小生は、そういう気概でテキストを書いてる。

和魂要塞を続けてる。





なぜか?





この「退かない。抑えない。」ってゆー姿勢が、人間にとって極めて大事だからです。

正確には、この姿勢で文章を書き続ける人間が世界には必要だからです。

だから小生はどんなにそれが非合理でエネルギーの浪費でも、全力でエンジンを回す。

死力を尽くしてエンジンを回す。

世界には、絶対にブレーキを踏まない男の姿勢と文章と物語が、常に不足してます。

だから小生は書く。

魂の命ずるままに。





世界に足りないパーツを見つけることが、

人の生涯の命題です。

自分の命で補える、世界に足りないパズルのピースを見つけ出すのが生涯です。

自分の魂のあり方を掴むのが、生き方を掴むことです。




小生は、見つけています。

断じてブレーキを踏まない人間の文章と物語を紡ぐことが、

小生の命の使い道です。

鰐口という男の魂の在り方は、これ以外にはありません。






62億の人間がチキンランをするとき、

その何人かは、最後の最後までフルスロットルで壁に向かって突進しなきゃならない。

突進する人間が同胞の中にいることを、ブレーキをかけた仲間に知らしめるため。

「 ブレーキをかけないって選択 」があることを証明するために、

馬鹿が命懸けで土壇場で尚アクセルを回すんです。

ただそれだけのために。






人はね、大人になるにつれて、

イヤでもブレーキを使うことを知らなきゃいけなくなっちまう。

暮らしの為に。

愛する人の明日の為に。

力を温存する為に。

余計なトラブルを回避する為に。

そうやって怒りも戦う方法も忘れてく。

忘れてしまうのです。

本当に、どうやって戦うのか、忘れてしまうんですよ。

それを再び思い出させるのが、

皆がかつての自分をその背中に見る、規格外の馬鹿なんです。






2人はね、今高校生だよね。

ちょうど、自身が既に大人として扱われるに足るチカラを身につけてきているのを自覚して、

立派な大人たらんと克己心が頭をもたげ、

「 コドモチックな部分 」を捻じ伏せようと気張る年代。




小生は、そのころまだまだ「 コドモチック 」に生きていた。

エネルギーの浪費や合理性・効率性なんてまるで眼中になかった。

そんなもんは全部度外視して、「 押し通る 」って気概で生きてました。

血達磨になりながら。

人より成長が遅かったからね。




でもね、そんな「オトナチック」は、

遅かれ早かれ社会にでれば否応なく身についてしまうんだよ。

「 社会不適合者 」って自分を受け入れるのが我慢ならないなら、

イヤでも人は、「 抑えるコト 」と「 合理性 」を身に着けなきゃいけなくなる。

そうやって、怒り方も戦い方も忘れていくんだ。






小生は、何度も忘れたよ。

怒り方も、戦い方も。

君たち2人はきっとまだ覚えてるんだろうね。

怒り方も戦い方も。

でもね、多くの大人はそうじゃない。

自分の足で生きていくために、怒り方も戦い方も忘れていくんだよ。

誰もそんなことを望んじゃいないのに。

忘れていってしまうんだ。








小生はね、幸運なことに、ドコまでいってもコドモチックな部分が残るタイプの人間だった。

だから忘れかけては思い出し、完全に忘れてはどうにかもう一度思い出し、

なんとか今日まで怒り方と戦い方を覚えてる。

だからこそ、確信をもって言えるんだよ。

「 ブレーキはふまねえ 」って。









和魂要塞のコアな読者には、

これだけ攻撃色の強いサイトなのにも関わらず、

小生よりもずっと年上の賢者たちがいる。

小生なんかより、ずっと確かな経験則を勝ち取り、多くの試練を越えてきた先駆者達が、

マジな気持ちで小生の咆哮に耳を傾けてくれてる。

フツウに考えたらありえねえ話だ。

若輩もイイトコの、なんの実績もない馬鹿野郎の叫びに、先人たちが耳を傾けてくれている。

なぜだと思う?

それは小生がどんなときもブレーキを決して踏まないからだ。

皆、馬鹿の背中に、失った昔の自分を見てるんだよ。

かつて全部を度外視して怒って、リスクを無視して戦っていた自分を。

きっとちゃんと怒って、なりふりかまわず戦えたはずの自分を。





無論、おふた方もご存知の通り、

小生は根本的に段違い馬鹿なので、

土台、自分の気持ちを「 抑え 」たり、

「 合理性 」を重視できるマトモな人間じゃない。

だから無理やりフルスロットル馬鹿を演じているってわけでもない。

だがね、

「 抑えた方が適切」「これは無駄な労力」って考えが頭に浮かんだからって、

てめえの仕事をほっぽりだして、油揚げに飛びつくほど超のつく馬鹿でもないの。







小生は、段違い馬鹿でいい。







なにがどうあっても、最後の最後まで容赦なくアクセルを踏む。

皆が思い出せるように。

自由だった日々を。

自由だったはずの自分を。

そこから明日と戦う力を掘り起こせるように。







俺はね、心の底から思う。

ソロバンなんか捨てちまえってね。

まだ10代だろ?

「 抑え 」とか「 浪費 」とかゆー言葉なんか、こんな時に使っちゃダメだよ。

2人はまだ、ズタボロになるまで、自分の魂の命ずるままに爆走したことはないはずだ。

大人になる前に、子供の心と身体のうちに血達磨にならなきゃ。

じゃなきゃ一生、燃え尽きれなかった子供の心が、君たち2人をさいなむことになっちまう。



「 コドモチック 」をぶっ殺すのは、社会に出てからイヤってほどやることになる。

2人が飛び級しようとしてるプロセスは、人生でめちゃくちゃ大事な段階なんだぜ?

クールを装うのなんて、後からイヤってほど強いられるんだ。



まわりのコジンマリした世界観に閉じ込められちゃいけない。

コドモチックを燃焼させずに埋めちゃならない。

ちょっとだけ、先に生まれた段違い馬鹿からの切なる思いです。





ぬう。

ちょっと偉そうかね?

まぁ、小生は元来傲岸不遜な身の程を知らぬ阿呆なのでそれは許されるとしてだな?(許されねえよ

ご両人、ちょっと想像してみたまえ。

「 ヘアピンでブレーキランプの点灯しまくってる和魂要塞 」











・・・・・・・読みたいか?


そんなフヤケタミミズみてえな文。笑







==============ぷれぜんと・ばい・片道剛直球・大リーグボール201号
[PR]
by 201V1 | 2004-07-25 00:16 | カテゴライズ前・生ログ
<< 世界の中心で愛を叫ぶ 荒らし共、覚悟しやがれ。 >>