トラバーとコメンターとロムラーと



セメンティックな記事へのコメントは、気力を要する。

非常な気力が必要だ。

書き手の奏でる響きに見合う音を返せるかどうかは、

書き手の真摯さに比肩する誠意と気概が自分の中にあるかどうかにかかってる。




彼が彼女が欲する次の言葉を、考える。

自分のなかにある真実の引き出しから、奏でられた響きと対になる音を探す。

記事によって、自分という人間の中で響いた音の中で、真に価値のある音を探す。



ソクラテスは言った。

「 しかるべきときに、しかるべきことを、しかるべき方法で、しかるべき人に、しかるべき言葉で伝えよ 」と。



見つかる時もある。

見つからない時もある。



見つかった時、僕は書く。

書き手への、僕からの言葉をコメント欄に。

真摯な歌には真摯な姿勢で

砕けた文体の中の悲しみには愉快な姿勢で慈愛の音を、ありったけの気持ちを込めて書く。



見つからない時、阿呆な自分を呪いたくなる。

手前は四半世紀も全体何をやってきたんだと、自分を駑馬したくなる。

無力に苛立つ。

歯噛みしながら、記事を読み直し、しばらくPCの前で固まって、

歯痒さに苛立ちながらそのブログを閉じる。

「すまねえ」と心の中でつぶやきながら、画面を閉じる。




コメントは、感想文じゃない。

返信だ。

書き手が投じてくれた石が呼ぶ波紋。

読み手は心の湖面に広がった波紋を、書き手に返す。

記事とそれへの返信はこの関係を可能にする。

書き手と読み手の姿勢が、その成否を決めるのだろう。

なあなあで書き、なあなあで読み、なあなあでコメントを書いたっていい。

やり方は自由だ。

ただそれは、理想の関係にゃあ程遠い。

本来は、書き手の姿を映す湖面たるべき読み手は、

広がった波紋のその色を書き手に伝えなければならないハズだ。

読むとはきっとそういうことだ。

それを言い聞かせるたびに、自分の力不足と意気地の不足に歯痒くなる。

「バカヤロウ」とつぶやく。






そんな無力感と戦いながら、

ある日長いコメントを書いた。

異質なコメントだ。

僕はその長いコメントで、そのブログの記事から感じる「 秘められた想い 」に関して、

「 こう感じるんだ?違う?」なんてオッカナイことを思い切りストレートに書いていた。

「 ほんとはこうなんでしょ? 」って。





すげえ蛮勇。

そう思う。

馬鹿じゃないとこんな越権はやらない。

余程の馬鹿しかこんな無体はやらない。

他者分析は人の領分を越えた行為だ。

同じ空気を吸えない電脳世界でこれをやるリスクは、既に身をもって思い知っている。

文面から、すべてを読み取る才能も資質も、土台鈍な僕にはない。

あるのはパラノイア的な強い思い込みだけだ。

人を見透かす千里眼は、僕にはない。

結末は最悪になる時のほうがずっと多い。




でもやった。




彼の魂が、それを望んでいると、僕の魂が告げたからだ。

自分の魂は思い込みが強い。

冷静とは程遠い気の触れた魂だ。

和魂より、本当は荒魂にずっと近い。

信用すれば火傷する。

わかっちゃいるが、コレより他に、決め手になる材料が手前の中の引き出しにない。

選択は毎度毎度、賭けである。

気の触れた絶対者が、僕の判断を最後に決める。

末恐ろしい人生だ。

それでも何度痛い目をみても僕が自分の声に従うのは、

この馬鹿が人生の節目で、何度か決定的な正しい判断を下してきたからである。

こいつは諸刃のキチガイだが、怪我する覚悟で信用するにはギリギリ足りる。

気のいい暴君だ。





記事への評は、

突き詰めると人物への評に転じてしまう。

文には書き手の生涯が移されるからだ。

隠せる人は、相当の巧者だろう。

ほとんど全ての人間は、自分の色を隠せない。





いつのまにか、

僕は記事を通して、人物評をやっていた。

蛮勇だった。





通じたことがわかった時の喜びは、

半端なもんじゃなかった。

彼の中で自分の言葉が価値を得たのがわかった。

書いてよかった云々よりも、

彼が「 嬉しい 」と書いた一言で、心が震えた。

嬉しかったぜ。






僕はロムラーです。

気力不足で思うようにコメントできない。

書くべき返信にチカラを注ぎきってしまう。

「 求められている 」と感じなければ、容易に書き込めない。

楽しげな記事への番が廻ってくるころにゃ精も根も尽きている。

果てしなく持久力のない筆圧。







わずかなブログが、気ままにコメントを許してくれる。

そんなブログですら、殆どの記事には「 石 」が入っていて、

即座に色をつたえようと勝手に暴走を始める自分。






そーゆーワケで、僕はロムラーである。

トラバも滅多にしない。





僕はロムラーなんである。




みんなごめんね。書き込みできなくで。
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by 201V1 | 2004-07-29 10:35 | カテゴライズ前・生ログ
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