道教との戦い



えー、現在、道教とガチで戦っている小生。

ひさびさに本気で脳味噌を回転させています。

全力で「 考える 」のは実に3年ぶりです。

普段は「 勘 」が頼りです。( 頼むから考えろ





現在製作中の漫画が、三国時代の仙界が舞台ってことで、(理由は特にナイ←いつも

後に道教として発展を遂げる神仙道に対する造詣を深める必要がありました。

で、1万5000円分、道教関係の本を買いました。

どれもガチガチの専門書です。( 大馬鹿者




で、ですね、方術関係は大体分かった。

てゆーか知ってたし。( おい

小生は呪術のエキスパートである。

世界中の呪術魔法の大抵のことには通じている。( ほかの事を学べ




問題は、「 神話 」です。

よーするに「 中華の神々の世界 」の構図・勢力図・系譜ですね。

以前から「 どうもオカシイゼ。中国の神サマたち 」ってつねづね思っていたのですが、

やっぱり土台オカシカッタ。

今更ながら、やっぱりもう一度勉強してみてよかったと痛感してます。

このままでは大恥をかく所でした。




えー、結論から言うとですね。

いわゆる「 神怪もの 」と言われるファンタジーな中国文学において、

もっともメジャーであるのがイワズモガナの「 封神演義 」なワケですが、

マジで左脳をフル回転して検証してみるとですね、

これがまったくの出鱈目なワケよ。( 俺はたまげました。




現代の作家が漫画やら何やらで、あらたに「 古代中国神怪もの 」をやろうとするとき、

封神演義に「 資料的価値 」があるなんて思って創作を開始すると、

物語は間違いなく破綻します。

何故か?

それは封神演義が、時代考証から仙界勢力図から何から何まで

すべて「 無視 」して「 でっちあげ 」られた身もふたもない話だからです。爆




まぁなんつーか、

封神演義を水戸黄門に例えるとですね、

助さん角さんがバズーカや波動砲で武装して鬼退治をする話です、封神演義は。(超大味

これにですね、国崩しと封神プロジェクトの要素が加味されていると考えてもらえばいい。

ここまではいい。ファンタジーだから。(いいのか?

問題は、鬼が新撰組だったり、ジャンヌダルクだったりするトコロにある。( おそろしい作者の無分別





で、仮にこういう「 埒外な水戸黄門 」を真に受けて、同時代の作品をつくるとどうなるか?

無論大変なことになります。

黄門様が梅干を食べて巨大化、ラリアットの一撃で熊本城を破壊し、

脈絡もなく「 本土決戦じゃ!」とか豪語する「 本格時代小説 」が造られてしまうわけよ。

大河ドラマとかになった時にゃあ、国家が転覆します。

傾国の伝奇小説です。( うるさい





ぶっちゃけ創作者にとってこれほどの恥辱はありません。

本気で冗談を書くなんてのは万死に値する愚行だからです。

正に小生は九死に一生を得たことになります。

あやういところでした。






えー、中国の神々ってのは、少々複雑です。

端的に言うと「 中華創世記 」と「 道教(仙人思想) 」がミクスドされてコアをなし、

まわりに「 仏教 」がかぶさってます。

で、この上に「 実在の人物 」が神に封じられ今に至ってる。

どーゆーことかと言うとですね。

時代時代によって「 神々の世界の版図 」が激変するワケよ。

つまりまったくもって普遍性がない。( こわい





封神演義は明の時代(1368~1644)に書かれた紀元前11世紀のお話です。

実に2000年を越える隔たりがあるわけよ。舞台の時代と書かれた時代の間に。

で、問題になってくるのは「 紀元前11世紀の仙界 」が、

「 明代の仙界観 」で描かれているって致命の一撃になります。







まずですね、「 道教 」の発生は三国時代( 紀元3世紀 )です。

つまりこの時点で論理的には「 仙人 」って概念は思い切り破綻します。

ですが「 仙界 」から「 人界 」に仙術が「 渡った 」のが三国時代と捉えれば

多少の無理はあるものの封神演義ってなあ成立するわけ。(なんとかね







しかしながらですね、封神演義には「 仏教 」の神々が登場するのよ。メインキャストで。

仏陀が生まれたのはキリスト生誕の500年前です。

よーするに封神演義の時代に「 仏系の仙人 」なんて存在しえません。

もう、なんというか無茶苦茶です。

やりたい放題。

ひどいのになると遥か後年に「 実在した 」英雄豪傑まで登場する。神の一員として。

明代に信じられていた「 仙界 」がそのまま紀元前11世紀に適用されてるワケ。悲

いいかげんにしろよ。作者。( 封神演義は作者不詳です )






つまりですね、封神演義は断言してしまうと「 子供だましのお話 」に過ぎないわけです。

設定やらなんやらが考えられない位、無茶苦茶なのよ。泣

読み物としては面白いけど、資料的な価値はゼロというかマイナスです。

非常に危険な「 古典 」といえます。笑





つまりだ。

封神演義で語られる「 仙界の姿 」ってなあウソなんである。

まるっきり出鱈目なのだ。

だからマジメに専門書と格闘して「 仙界の版図と系図 」ってのを勉強しなければ、

リアリティのある「 神怪もの 」は描けないのだ。

ファンタジーにだってリアリティはいるのである。





というわけで、再び道教の勉強を進める小生。





面白すぎて眠れない。
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by 201V1 | 2004-08-23 23:34 | カテゴライズ前・生ログ
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