愛し合いされることの奇跡
俺とBLOGの関係


不倫についての私見。

当該ブログの常連客「 ひろちん 」に頂いた「 散弾核・和魂節 」。

この勢いを維持したまま、オブラートなしで一発ぶち上げてみようと思う。

皆様、目ン玉ひん向いてよくよく御一読あれ。

今回、小生はまるで容赦はしねえ所存だ。






まずだな。

社会的道義性だの契約だの、そんな犬も食わない瑣末なことはどうだっていい。

カトリックじゃあるまいし、カビの生えたエセ哲学で愛を語るなんて馬鹿は俺ぁゴメンだ。

そんなもんは、へちゃびれた腐れモラリストの妄言だ。

各文化がでっちあげた千変万化の婚姻制度に

自己を悪戯に埋没させることで正義を振りかざす快感に酔うド阿呆の戯言である。

弱さ強さだ?

心の強度に愛が関係あるのかよ?

善悪?

善悪だと?

坊っちゃん、嬢ちゃん、寝ぼけてると電動ドリルで脳味噌ほじるぜ。

愛を気安く薄っぺらな善悪なんぞで割り切るんじゃねえよ。

聖人君子にでもなったつもりか。

屁ぇこきやがれ。

目ぇ噛んで泣け。

善悪さだからぬ地平の果てに、憎愛ってなあ、あるのだ。

憎愛ってなあ、理屈を越えたその先にある人間の業である。

ソロバンはじく要領で、血反吐も吐かずに好いた惚れたを悠々と語るんじゃねえ。

憎愛を、己のちっぽけな物差しで計る愚行に潜む恥を知れ。

貴様らは人間をまるで知らない。

善悪論を持ち出すことで、人の業から目を逸らそうとしてる。

恥をしれ。ボケ野郎共。





愛し合いされる奇跡を、

よもや「 当然 」だなんて思ってるわけじゃあるまいな?

もしもね、「 夫婦者 」ってのが愛し合いされるものだって先入観をカケラでももってるなら、

そんな戯けた思い込みはドブに打ち捨てちまいな。

いいかね諸君。

腹くくって事実を見ろ。

夫婦ってなあ、そんな上等なもんじゃねえ。

愛し合ってる夫婦の存在が奇跡の産物なんだよ。

まずは事実を受け入れろ。

幻想を捨てろ。

社会に刷り込まれたクソ先入観を捨てるんだ。

「 夫婦=愛し合う 」なんて図式はクソだ。

まやかしだ。

愛し合うってなあ、奇跡である。

そんじゃそこらの馬の骨が、おいそれと掴めるモンじゃねえ。

寝ぼけろ凡俗。

手を繋ぎ合ってりゃあ「 おしどり夫婦 」なんて妄言はうんざりだ。

本当のところは、当人たちがよくよく知ってる。

この結婚がクソだってことは、既婚者の殆どが骨の髄まで身に染みて知ってるんだ。

皆思い知ってる。

こんな人生を望んでたわけじゃねえってな。






いいかね。

愛し合うことってなあ、それはそれは難儀だ。

人を愛するのはドデカイ器が要る。

愛されるのにもデカイ器が要る。

愛ってなあ、万人が鼻歌交じりにできる芸当じゃない。

認めろよ。

世の中の殆どの夫婦者は、マトモに愛し合ってなんかいねえ。

愛し合ってなんかいねえんだ。

わかるだろうが。それくらい。

繕いの言葉なんかクソの役にもたたねえぜ。

この事実の前じゃあよ。

殆どの夫婦者は、愛を知らぬまま老いてくたばる。






互いのことを知ることもなく老いてくたばる夫婦のほうが圧倒的に多いんだ。

50年。80年。同じや屋根の下に暮らしながら、

互いのことを知らぬまま、死ぬ。

殆どの人間は、こうやって、独りで死ぬんだ。

ひとりで死ぬんである。

結婚云々をしたり顔で語る前に、まずこのクソみたいな真実を受け入れろ。







夫婦ってなあ、

愛し合えない2人にとっちゃ牢獄も同然だ。

修復が可能?

なめるなよ?

誰にものをいってんだ?

俺達ちゃ、いい大人だぜ?

そんな場渡り的な妄言で納得するのは、青いカイワレ野郎くらいのもんだ。

ソリが合わない異性とソリを合わすなんて離れ業ができりゃあ、

世界はずっと今よりマシだ。

現実を見ないイカサマ論客に用はねえ。

クソしてコタツで窒息してろ。





世界はクソだ。

全てはここからしか始まらない。

大局的に物事をぶった切り、何かを人が語るとき、スタートラインはここしかない。

クソじゃないものなんざ、マトモに世界を考える人間の脳裏にゃあ、

1カケラだって浮かびやしねえ。

結婚?

夫婦?

ほとんどの場合、上の言葉は不幸の代名詞にしかなりゃしねえ。

人間、全員が全員立派にできてりゃ世話はない。

世の中ってなあ、不幸のオンパレードよ。

幸福が奇跡って真実をまず覚えとけ。







不倫なんぞをカンペキに肯定できる道理も、否定できる道理も世界にゃ全くありゃしねえ。

ねえんだぜ、イカ野郎共。

人が愛を求める気持ちを否定することは誰にもできない。

子供を裏切ることを肯定する道理は世の中にはない。

まずはそれを腹に入れろ。

その上で決意表明ってなあやるもんだ。

憎愛は善悪さだからぬ地平の果てにある。

馬鹿げた論説は不要だ。

問題は覚悟である。

選択じゃない。

覚悟だ。






ぶっちゃけて言わせて貰うがね。

人生ってなあ、実は選択なんて大した問題になんかならねえ。

結婚に価値がある?

結婚に価値がない?

不倫に価値がある?

不倫に価値がない?

どれも不毛だぜ。

選択なんかまるで意味がないことだ。

人の人生に価値を生むのは行為じゃない。

行為に望む覚悟の度合いが価値を生むのだ。



愛と覚悟だけが、人の生に価値を与える。



善悪さだまらぬ、価値の地平には、ただ、愛と覚悟だけがある。



この言葉の意味がわからないようなら、

わかるまで何年でも考え続けることだ。

じゃなきゃ君の人生は本来の半分も到達できないまま無為に終わることになる。










善悪さだまらぬ、価値の地平へ。

挑め。兄弟たち。

君らはね、不幸かもしれない。

確かに不幸だ。

愛し合えない異性と夫婦者を続けなきゃなんない。

これほどの不幸もそうそうねえと思うぜ。




周りはね、どーこーゆーだろう。

いいだの。

わるいだの。

好きなんだからしょうがないだの。

子供をうらぎるのかだの。

さっさと別れろだの。

いろいろ勝手なことを言うだろう。

知ったことか。

行け。兄弟。

善悪さだまらぬ、価値の地平へ。






人の生に価値をもたらすのは、愛と覚悟の二つしかない。








根本まで突き詰めた時、

人間には善悪も法も道徳も破滅もねえ。

あるのは愛と覚悟の二つだけだ。




ハナムケを。

背徳の戦士たち。

君の崇高なる愛と覚悟に祝福を。
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by 201V1 | 2004-09-01 01:06 | カテゴライズ前・生ログ
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