者共、死地にて対決せよ。



和魂要塞は、確信犯である。

小生には、あらゆる道徳を虚構と断じる用意がある。

己の絶対服従する倫理にすら、ハラの底じゃあ中指突き立てて生きている。

じゃなきゃ世界とノーガードの殴り合いはできねえ。

それができなきゃ、クソ世界との喧嘩になんか勝てやしねえんだぜ。




倫理と道義に固執する執念が、善悪さだからぬ価値の地平に、小生を立たせている。




業と真っ向勝負を挑み、人間を語るには、最早それしかないからだ。

どんな目をして、世界に啖呵を切るつもりなのか?

世の論客の全てに問いたい。

思考する全ての人間に改めて問う。

あんたの魂ってなあ、億千万の倫理渦巻く地球の引力に惹かれちゃいないか?

魂を引っ張るクソみたいな倫理観に焦点を当ててちゃ、

宇宙を丸ごと覆ってる人の業の巨大加減は生涯かけても捉えられない。

帰属倫理のどこに一線を引くかなんてのは、駄法螺以外の何物でもないんだぜ。

それでいいのかよ?

そんな手垢のついたキナクサイ場所で、人間を語る気なのか?

かんべんしてくれ。

あんたの魂が泣いてるぜ。

腹括って、飛べ。大地に蹴りくれて跳ねるんだ。

あんたが人を歌うべき場所はそこじゃない。

恐れるべきなのは、既存の倫理と融合することで自我を保とうとする依存心だ。

地に足がついてなきゃ不安かい?

倫理からの独立ができなけりゃ、俺らは終生社会の奴隷だぜ。

そんな傀儡の目をして、堂々世界に啖呵を切るのかよ?








「 奈落の底から世界を睥睨せよ 」










そうじゃなきゃ、世界も人も語るに堕ちる。必ずだ。




つれってってやる。

善悪さだからぬ、価値の地平に。

こっから先は、地獄だぜ。

自己同一性を一端捨てなきゃ、地平線は越えられない。

だが、あんたが本当に人間の業と向き合う気なら、越えるしかない。

逸脱するしか手段はない。

なぜならあんたがしがみついてる「 自我 」そのものが、

あんたを雁字搦めに縛ってるからだ。

見えないだろう?

なにも。

動けないだろう?

どこにも。

それはあんたが自我に縛りついてるからだ。

とっくの昔に気がついてるはずだ。

自分に首輪がついてることを。

宙ぶらりんになっちまうのを恐れるな。

人間一度は必ず脳味噌ぐちゃぐちゃにしなけりゃあ、自我の先には進めない。

連れてってやる。

人の故郷に。

俺たちが世界に啖呵を切るべき本当の場所に。

あんたが真に独立できるどうかは、あんたの決意の度合いにかかってる。

世界と真っ向殴りあう準備があるなら、あんたは必ず自由になれる。

死ぬ覚悟で喰らいついてこい。

自己崩壊の先に、あんたの住むべき世界はある。









人は、混乱を心地よく思わない。

人は、何かを信じたがる。

人は、安心を求める。

知らず知らずのうちに、子宮の中に戻りたがってる。

それが乳臭い俺たちだ。

認めようぜ。

それができないから、俺たちはいろいろ別のことをやるんだよ。

人生ってなあ、不安との戦いだ。

生涯ってなあ、虚無との追いかけっこだ。

それを埋めるためならね、人間はなんだって信じる。

なんだってやる。

混乱を回避する為に、人は何かに帰属し、自我を何かで支える。

何かってのは倫理を土台にした埒のねえ規律だ。

どうしていいかわかんねえから、俺たちは規律を求めるのさ。

それはね、傀儡のハートだぜ。

わかってんだろ?

自分のなかに、自由を求めながら規律を求める妙な葛藤があることを。

何が正しくて、何が悪いことなのか?

どこまでは許されて、どこまでが許されないのか?

許されるって何かね?

知らず知らずのうちに、観念の世界にお伺いを立てちゃいないか?

それこそが、奴隷の安息って気持ちなんだぜ?

善悪をとっぱらい、

信念をとっぱらい、

愛をとっぱらった後、

君の中に何が残るのか?

当ててやろう。

残るのは、虚無だけだ。

そこが魂の住まいだ。






虚無感を恐れるがあまり、人はありもしねえ「 道 」を持ち出す。

指針が欲しいんだ

生きていくのに。

虚無感を本能的に恐れる心が、世界にベラボウな数の倫理をもたらした。

よもや、人の信念を、環境や経験が作り出すなんて考えちゃいないだろう。

俺たちそれぞれが抱く善悪の境は、

それぞれの望む生き方は、

虚無の産物だ。

なにもありゃあしねえんだ。

たいそうなゴタクをのたまったところで、真実は変わらない。

認めろよ。

虚無の産物の自分を。

築き上げてきた誇りや、貫いてきた生き方すら、根っこにあるのは傀儡の心だ。

人間は、服従を求めてる。

差し出したいんだ。

自分の存在をでっち上げた信念に。





自分の信念や誇りを、

自分が最も侮蔑する種類の人間の生き方と比較してみな。

一体なにが違う?

根っこにあるのはどっちも虚無だ。

世界に言わせりゃ、どっちも虚無に恐れおののくあまり、

手前を埋没させれる、安心させてくれる何かで必死に自我を取り繕ってるタコに過ぎない。

人間に限界はない。

自我の先に世界はある。

タコ壷の中にいる限り、海の形はわからねえ。

自我を支えてる取り繕った虚構を捨てろ。

何かにすがるなんて生き方じゃ、世界は見えねえ。

見えねえんだぜ。

盲でなんとか打ち勝てるほど、世界の腐れ加減は甘くねえ。

俺たちが戦わなきゃいけない敵は、倫理にすがる足手まといの自我なんだ。

作り出した虚構の尽くを捨てて、

自我の崩壊する死線を越え、死地にて世界と対決せよ。

そこには善悪なんかねえはずだ。

くだらん倫理なんかないはずだ。

あるがままの世界がそこにはある。

そこが人に自由を約束する「 定からぬ世界 」だ。

君が1番見たかった景色である。

人の故郷がそこにある。








元始の世界は混沌だ。

くだらねえkルールなんざありゃしねえ。

手垢のついてないサラの世界に君はいる。

生まれる前、

クソみたいなシガラミに縛られる前、

君は確かにここにいた。

「 定からぬ世界 」に。

真に自由な世界から、君は来たんだ。

善悪の発生し得ない相関なき孤高が、万人の故郷だ。







まわりにゃ誰もいないはずだ。

探してみな。

故郷に尚存在するものを。

それが本来の貴方だ。

クソ現世に毒される前の無垢なる貴方がそこにいる。

独りの貴方がそこにいる。





目ぇ凝らして見てみな。

故郷の自分を。

いい顔してるだろうが。

善悪未だ定まらず、倫理なき世界で孤高を保つ魂のツラだ。

見えるか?

自分のカオが。

見えるか?

故郷の景色が。

確認できたらようやく準備は整った。

見つけにいかなきゃなんない。

「 すべてが定からぬ世界 」で尚、意味を持つ貴方にとっての本懐を。

何年かかったっていい。

手にして帰るんだ。

倫理と道義を越えた確かな真実を。

じゃなきゃ貴方は現世に戻っても、再び世界と自我の奴隷になる。





世界は業腹だ。

縦割りで断じられるよーにゃできてない。

やろうとすれば、必ずイカサマな自我の独断で切ることになる。

自我がそれほど大事かね?

善悪がそれほど大事かね?

そんなもんにすがってるようじゃ、ド強え世界にゃ太刀打ちできない。

人間は語れない。

善悪を問う不毛を知り、その上で人に美醜を問え。

無駄骨だぜ。お前さんの気骨は。

誰も支えられない。自分の血肉だけのケチな骨格だ。

つまんねえ背骨だ。





これ見よがしに愚にもつかねえ骨骨ロックを尚歌うなら。

何遍だってヘシ折ったるぜ。

馬の骨。













業と向き合うことを選ぶのか?

それとも自我にしがみつくのか?

戦士の意気地か?

奴隷の安寧か?







逝け同胞よ。

自我の崩壊する己が故郷で真実を見つけて帰って来い。

恐れるべきは、自我にしがみつくことで虚無から逃れようとする心だ。

それじゃ人間は語れない。

人の本質は、「 定からぬ世界 」に存在する。






見つけられなきゃ、あんたは一生自我の奴隷として無為に生きることになる。

そいつは虚無の傀儡だ。

魂が泣くぜ。善だの悪だの瑣末なところで休んでちゃ。

そこはあんたの住処じゃない。

故郷じゃない。

もっと自由だったはずだぜ。

小事に憂う以前のあんたは。















手前の信念にすら、中指立てて生きるんだ。

そのとき貴方の信念と自我は、真実の意味で価値を得る。

故郷に起源する無我の片鱗を知る魂として。




逝けい。

自己崩壊をかまして来い。

虚無との邂逅を恐れるな。




本当の自分なんていないなんて戯言になんざ付き合うな。

いるんだぜ。

モノホンの貴方は。





定からぬ世界に。
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by 201V1 | 2004-09-01 15:15 | カテゴライズ前・生ログ
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