くよくよしたって始まらねえぜ。


~ くよくよしたい  ~







「  人間は、好きなことしかしない生き物である。  」

自分でキメておいて、果たして今更「 どうか? 」なんて思うことが許されるのか?

人としてどおか?

どうよ?小生?

そんなコトは知らん。

知らぬ存ぜぬ。

しらんぷいぷいの、ぷい。( 魔法

ビバ・自己疑心暗鬼。





「 好き 」って言葉の持つ意味は、広範かつ多岐に渡る。

多分に渡っているハズである。

そして限界まで「 好き 」を拡大解釈した時、

やはり人間は、

「 好きなことしかしない 」のである。

いい詭弁だ。

やはり小生の自論は、一点の非の打ち出の小槌。

論理的にはボロボロでも、心は錦である。





しかしながら、世の中には、くよくよしない人間もいる。

そうすることを選ばないタイプの、パッパラパラノイアがいる。

連中は、( というか自分は、)

なんで、くよくよしねえのだろうか?





伊達や酔狂で狂気を貪っているいるわけではない為、

人並みにに凹む機会には恵まれて生きている。

無能な分、余計に機会を与えられている気がしないでもない。

あまり考えたくはないが、小生は、おそらく、

くよくよしてしかるべき、埒のない人間のはずである。

実際、どうしようもねえポンツクなので、天地神明に誓って、くよくよしていいはずだ。





だが!

しかしだ諸君!

しゃらくさくはねえかね!

くよくよなんざ!

そんな目を出す為に、生まれてきたんじゃねえだろう。




わけのわからねえのが人生であり、己である。

土台、全部が全部上手くは運ばん。

ならば!

ならーば!

全部真正面で受けてやろおじゃねえか、因業人生。




道理の通じない出来事の連続が人生である。

道理はあるかもしれんが、見えねえモンはねえも同じだ。

盲には、盲の気概があっていーはずだ。

とゆーわけで、小生は、断固くよくよなんてしてやらん。

クソったれの神様が喜ぶことは断じてしてやらん。

絶対に奴らを喜ばしてやらん。

それが喧嘩の基本であり、必勝の極意である。






小生にとって、すべての招かれざる不慮のクソ出来事は、予定調和に過ぎない。

来てしかるべき、クソ出来事だ。

来ると分かってるものに、くよくよするバカはいねえ。

それで何が始まるんじゃ。

何が!




とゆーわけで、

小生は、クソ出来事やクソムードが自身を襲ってきた時、

心のゴングが鳴るのを聴く。

構えた心がファイティングポーズをとる。

そういうふうに、心に覚えこませている。

ガッツだ。

燃えろ鰐口!

ここがお前の戦場だ!

生き死にの際だ。

ここが手前の生きる場所だぜーーーーーーーーーー!!!








こーゆー次第であり、

小生は、まずもってクヨクヨしない。

煮えたぎるばかりである。

燃えるんである。

あらゆる困難に!

すきなのだ。

脈絡なく燃えるのが!






自分は苦境に立たされているときのほうが、全力で細胞が生きているなあ。

と思う。





依存しとるなあ。逆境に。

と思う。

物凄く思う。




仕事でも漫画でも、いい感じで心身が活きて来て、

魂魄が「 俺が世界を救うんだモード 」に切り替わるのは、

大抵「 限界を超えたてからズイブンたったあと 」だ。

そして、神が降りてくるのは、決まってくたばる寸前である。



「 くよくよしたって始まらぬ 」のは分かる。

しかしながら、

「 限界を超えてからでないと燃え尽きる一瞬のチカラが出ない 」ってのは、

全体どおゆうコトなんだろーか?

死ねってことか?

くたばりながらしか生きれないのか?

小生は?????








思わずくよくよしたくなってしまうが、

したらしたで大損だ。



ぶっ倒れねば、最高の状態にたどり着けないならば、

逆境に向けて突き進むしかない。

自分で捏造するしかない。

逆境を!( 無茶苦茶




でなければ、最後のネームを切る為の、ダイアローグは引きだせん!

俺は確かに天才かもしれんが、

逆境におらねば才能が開花しないのだ!( ないんじゃねえの?才能。




とゆーワケで、

小生はしばらく寝ないことにする。




飯も喰わぬ。




再び過労死を目指す。





我が魂魄よ!

命よ!

俺の屍を越えて飛べ。




世界を革命するために!( ←段々乗ってきている。
[PR]
by 201V1 | 2004-09-04 15:57 | カテゴライズ前・生ログ
<< おのれ停電 重層景色の矛盾の世界 >>