考える和魂要塞
冷静&ほにゃらら


トラックバックです。

元記事のbowcreha様の家族への姿勢に敬意を表し、

鐙を外してトラックバックさせて頂きました。

つまり落馬覚悟で書きます。



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弩呉羽(ボウクレハ)様のブログを拝見し、

記事を読み、考えた。

正確には、考えさせられた。

彼のブログには、そういう力があった。

一読の価値があるブログだと感じ入る今夜である。


















小生は、実は非常な人見知りである。

社交性が桁外れに高いので

あんまし露見することはないが、実は激しく人見知りをする。

「 波長があわねえ 」とレーダーが告げると、

心は脱兎の如く離脱モードに切り替わる。

自分の毒を抑制しきる確信の不足からである。

「 性、酷薄 」とたまに女性陣に見抜かれる所以だ。

ダブルエックス染色体は感性鋭く恐ろしい。





ぶっちゃけると、

小生は自分の「 毒性 」を既によくよく知っている。

言葉やテキストに毒があるわけではない。

そんなもんは如何様にも隠そうとすれば隠せる。

問題は、小生そのものが「 猛毒 」って事実である。





自分が「 毒 」であることを思い知らされるたび、

カナリしんどい眩暈を覚える。

結構マジなところで「 存在を呪う 」なんてハメになる。




小生は、「  自分と他人の住む世界は違う。 」という発想で生きている。

「 同じ空だが皆が見上げる天気は違う 」って次第を、

心に弁えさせてから手前の気持ちを感じるようにしている。

したがって、自分と相手の間にある相当の相違について、相手の仰ぐ空を鑑み、その結果、

抵抗なく相手に同意し、同じ場所からスタートできる。( タガをかけてれば





こういう風な「 交わり方 」を覚えたのは、

覚えざるをえなかった背景には、

やらねば小生の「 毒 」で、相手を侵すことになるという実体験がある。




自分の毒が、何人もの人間を廃人の一歩手前まで追い込んだ過去が、小生を変えた。

ぶっちゃけると、実際に何人かは病院送りになっている。

「 耳そぎ 」や「 ノド輪 」でバカを病院送りにすることに抵抗はない。

ぜんぜんない。

むしろどんどんやりたい。

しかしながら、悪意なく相手の心を病ませるなんてのは、

小生の本意とはかけ離れた結果だった。





小生は最近こそ、

「 煮られようが、焼かれようが生き残る 」という気概に変わったが、

ついこの間までは、

「 三枚に下ろされても刺し違える 」というスタンスで生きていた。

ベクトルを誤ったデターミネター(断固たる決意者)という、狂気の人である。






それまでの小生にとって、眼前の障害ってのは障害でしかなく、

「 うまくつきあう 」とか「 いなす 」とかいう発想はなかった。

「 即・破壊 」か「 折を見て・破壊 」の2択のみである。

どっちにしろ全ての障害はぶち壊すことを大前提に生きていた。

万人にとってそれしか有為な選択はない。とかつての小生は考えていた。(ここが味噌

この発想が、「 そんなカンタンな天気の下にいない人々 」にとっては、

「 台風の中で田植えをしろ 」という拷問になる。

廃人へのロイター板になるのである。

そんな無茶な田植えを「 可能 」と断じる小生と、同じ空気を吸うことが。






落馬を覚悟でぶちまけると、

小生は実は未だにバカのままだ。

心の1番奥の方では、

「 人間が火の玉になって、ぶち壊せない問題なんぞ、この世にはねえ 」

と信じている。

信じきってしまっている。

難しいのはここである。






















「  人が仰ぐ空の天気は違う   」

真理である。

無限の共感を生む真理だ。






「  だがしかし、すべての人間はすべて人間である。 」

真理である。

そこには無限の平等がある。








「 人間に限界も不可能もない。 」

真理である。

これがなくば人生はやれん。








以上の3つのテーゼのなかに小生はいる。

い続けている。

結果どうなるか?

ほっとくとだな、こうなる。





「 天候なんか問題じゃねえ。要は気概だ。断じて行なえば打破できねえもんはねえ! 」






























「 やれ! 」





である。





・・・・全部だいなしだ。

破産である。

最早、会話が成立しない金剛羅漢がそこに出現する。




おそろしいことに、未だに小生の本性はコレだ。

まったくもって共感のカケラもない馬鹿者が自分である。

よーするに、ネジのもげた曹操孟徳のよーな

「 甘えを微塵も許さない非道な人 」がそこにはいる。

最悪である。

で、自分は自説なんざ卓袱台返しして、本能の赴くままにやりたい放題である。

はっきりいって、友人に成り難い世紀の暴君だ。






同じような気質を持った人間同士の時はいい。

「 断じてめげることを知らない集団 」の強さだけが際立つからだ。




しかしながら、人間、そんな単純な空ばかり仰いで生きているワケではない。

晴れもあれば雨もある。

天気はそしてよくかわる。








弩呉羽殿のブログを拝見して、改めて考えた。

なんて難しいのだろうかと。







現在の小生は、「 毒 」を押さえる術を知っている。

相変わらず人見知りではあるが、

相手を侵す毒の脅威より、相手の人間的な魅力が勝れば、俄然交流の意気込みが沸く。

しかしながら、問題はそんなもんではないのだ。

問題は、もっと深いところにある。





仮定してみよう。

自分が誰かの抱える病と向き合うってケースを。




小生は、弩呉羽殿の姿勢に大きな感銘を受けた。






小生には、できるだろうか?





自らの行為のもたらす良い結果を信じながら、

良い結果がでない現実もまた認めるって離れ業を。





氏の中では、

「  人が仰ぐ空の天気は違う。  」

「  断じて行なえば打破できねえもんはねえ! 」

という2つの想いが見事に1つとなっている。





俺には未だできない始末だ。






彼のブログに、小生は人間の底力を見た気がした。

愛の偉大さを改めて思い知った。

敵わないと思った。




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201V1、26歳にして未だ愛のなんたるかを知らず。

己の不明に恥じ入り、決意す。

いつか、あんたのような魂を持ちたいと。


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恐れ入った。

凄味のあるブログであった。




またひとり。

目指したい人に出会う。



大海の広さを知り、目が覚めた思いがした。



氏の底知れぬ愛に、万感の想いを込めて、ありがとうと言わせてほしい。








今夜ひとり、氏の勝利を祈る。

愛の勝利を信じて。
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by 201V1 | 2004-09-04 23:07 | カテゴライズ前・生ログ
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