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触媒としての何か
触媒としての作用の宿る文章に
出会った事があるかないかは、
他の様々な巡り合わせ以上の
目覚めを与えてくれる。

私には、ある。

そんな経験が。

訪れた幸運によって開いた目で
かつての自分が埋め立てて
慌てて隠し込んだ
真っ暗い井戸の蓋をこじ開けて
中身をちゃんと確かめようとするかどうかは
それぞれの選択だけど
どちらを選ぶかのこのそれぞれは
当人の意思や心じゃなくて
ただ時による
人の理の外で起きる出来事だと思う。

つまりはそれは、
触媒としての作用が一度働いた時、
蓋を開ける開けないは
本人の意思とは関係なくやってくるという事だ。

蓋を開ける機会が
永遠に訪れない人もいるし
望まないのに開けざるを得ない局面に
度々出会う人もいるだろう。

幾度か蓋を開けて
中身を確かめる体験を経て思うのは
穴の中から引っ張り出した後の始末は
実のところはさして重要ではなくて
片付けようとする意思にこそ
別の価値あるものを掴んで帰ってくる
機会が隠されているという事実に
実は大きな意味があるという大事だったりする。

蓋を開けて穴の中身に手を伸ばし
その結果得られる「穴の底」を見たという経験によって
「その底には何もなかった」とことを
知って送る10年と
知らずに送る10年とでは
見える世界の
過去と今と未来の解像感は
確かに変わる。


「なにもない底」が
それにタッチして帰ってきた者に
なんの祝いか授けてくれるものは
きっと人に応じて千差万別なんだろうけど
私が貰ったお土産は
人の手の届く世界と
人の手で包める世界は
目で見えるよりずっと狭く
ずっと深いという
この先を生きる道標だった。

道標は静かに告げる。

手から零れ落ちるものを
選択し続けるのが人生で
手の中に掴むことを選ばなかったものが
失われることを嘆くのは
今その手の中にあるものを
握り潰したいならやればいい。

全能とはかけ離れた不完全性を本質として
この世に生を受ける僕たちには
全てを手の中に包み
生きていくことは出来ないわけで
仮にそれを行えると信じるとき
人は足元では誰を踏みにじりながら
歩くことになる。

道標は、
それぞれの囚われから
その人を放つ為に在り
それが故にその標識は
見るもの望むものによって姿を変える。

道標すら符合しないまま、
僕たちは同じ道を行く。

なればこそ、足掻くだけの価値はある。


触媒を通じて、10年間そう信じて続けることができた。


触媒としての何かの正体は、
10年を経た今もはっきりしない。

ただ1つ確かなことは
人は10年を経て尚不確かなものでさえ
確かに信じることができるということで
それは時に文章との出会いによって始まる。

人が筆をとる価値は、
文章そのものではなく
それが果たす触媒としての作用が
その人にもたらす
道標を介した継続的効果にこそあるのだ。




筆跡は、残る。

それを読んだ人の心より、その読んだ人の歩みにこそ。

それを書いた人の歩みより、その書いた人の心にこそ。
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by 201V1 | 2013-12-24 02:23
10周年・前夜祭

エキサイトブログβ版、
つまりは遡ること10年前、
日本のブログ文化黎明期に
この電子文壇にデビューした
古参ブロガーとして
エキブロへの恩返し宜しく
暫くの間
ブログを再開してみようと思う。

エキサイトブログとの出会いは
比喩でも誇張でもなく
小生のその後の人生を
決定付けた出来事だったと言える。

仕事のパートナーも
生涯の伴侶も
忘れえぬ友人も
このエキブロを通じて得たからだ。

アクティブなブロガーであった期間は
実質的には半年くらいしかない。

にもかかわらず、
それによって得たものは
それ以前と以後の全部を合わせても
釣り合いがとれるかどうかという
形容しがたい「何か」の凝縮だった。

当時の「ブログ」は、
文字通り「これから」始まる文字媒体で
無限の可能性を秘めていて
それまで自分との折り合いをなんとかつけながら
声にならない悲鳴をあげていた
我々にとっては
正に「憑代」みたいに遣われた。

恐らくはこの先、
当時のように
気力を尽くして一文字を書くことや
赤心を投じて文章を紡ぐ事や
泣きながら筆をとる事は
たとえ望んでも
叶えられないと思う。

自分を知りたいなら
まず自分を
知られなければならないなんて事は
それまでの道程のどこでも知る機会がない災難だったし
書き続けて思い知るその時までは、
それはいつも
予測できない不意打ち同然の気づきだった。

自分を知る以前の世界と
自分を知る以後の世界の間で
苦悩の内に振るわれる筆の切っ先には
書き手と読み手の文才の有無すらを問わず
その人の人生とそれ以外の人の人生に
関与を許すだけの力が宿る。

その意味で、
あの半年間は、
人生で2度と訪れることのない
奇跡の時間だった。

狭間で何故を叫んだあの頃から
10年を経た今
魔法の解けた手で握る筆には
自らの人生を変える力は残っておらず
ここから先は
自前の筆力で文を紡ぐしかない。

つまりは果たして、状況は最悪。

けれどもきっと
これはこれで、
10年後に控える息子との決戦の
模擬戦としては
なかなか意味のある戦いだと思う。



和魂×要塞 第三部 集中連載

[ 馬力×本願 ~ 老いたる馬は道を忘れず  ~ ]


今度は、神がかりなしでキーボードに向かう。
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by 201V1 | 2013-12-23 09:55
低空飛行部に業務連絡
ネームカードにメッセージをお送りいたしました。

ご確認されたし。

以上。

おわり。
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by 201V1 | 2009-08-18 23:59
隣人は魔女


というわけで、

彼女に初めて会ったのは、6月7日の階段だった。



全体会議直前になって、

アニマルランド時代からの上司・火渡が、

「鰐口、三脚どこだ!」とか、

突如言い出し、

エレベーター待ちが死ぬほど嫌いな小生は、

1階から4階まで猛ダッシュしていたわけだが、(どんな30歳ですか)

螺旋階段を絶対運命黙示録を熱唱しつつ駆け上がっていると、

「4」の標識の前に、

そこに彼女はいたのである。






全身を黒衣で包んだ女性。

螺旋階段で会えるという、

伝説の薔薇の花嫁がそこにいた。







小生が、

「こんにちわ」と、

同じビルに勤める者の礼儀として、

挨拶をすると、

彼女は会釈とかろうじて判別できるだけ、

わずかに頭を下げたようだった。






小生が用事があるのは三脚であって、

螺旋の魔女とかはもうこの際、

ジンバブエの未来と同じくらいどうでもいい沙汰であり、

なんだったら死んでくれてもかもわない具合だったので、

この突然の遭遇に関して小生は、

ネグレクト&ゴーのコマンドを選択し、

一路三脚を目指した。




1階で火渡と合流後、

小生は思った。













不審者じゃね!?(おせえよ)









かつては、

あらゆる黒いのの夜道での待ち伏せを、

事前察知する野生の勘の鋭さから、

「ケニヤッタアベニューのバリ5の虎」と恐れられた小生も、

血ダルマ時代から12年、

暗黒時代から10年、

社畜時代から5年、

雪だるま時代から3年がたった今、

大分に神経が鈍磨してきているらしく、

「異常」に対する反応速度に甚大な遅延が見られるようで、

彼女の遭遇に妙な違和感を感じ取ったことに気が付いたのは、

三脚確保の要件が完遂されたあとであった。





しかしながら流石は魔女である。






急ぎ戻って、

ビルを隈なく流しても、

一向、

影も形も見当たらないわけであり、

見事まかれた感が強い。








「火渡総統。小生、魔女狩り失敗しました」





「鰐口よぉー、その人、このビルで働いてる人なんじゃね?」





「かもしれませんが、小生の六感は、奴を敵と感知識別しております」









確かにあの魔女は、

浮浪者・無宿者・ホームレス・乞食に共通するスペック、

「刺激臭」の項目においては見事に一般人に擬態しているといえるが、

てゆーかホノカニ香水の匂いすらしたが、

あのかすかに双肩から立ち上る「駄目人間フェスティバル感」は、

疑いようもなく、

社会不適合万歳街道驀進中の個体特有のもんであり、

絶対にルンペンである。









かくして小生の魔女狩は、

「一生の不覚」からスタートしたのであった。









それからというものの、

小生は、

再び薔薇の花嫁を補足すべく、

来る日も来る日も、

階段ダッシュをやったんである。(腿痛え)










で、今日、

小生は、

もう、

暑くて死にそうだったのと、

明日ニホンサルを売りに、

早起きして江戸川に行かなければならない関係で、

やや弱気であり、

エレベーターがちょうど2階(小生が単独で所属するサル班のフロア)に止まっていたので、

つい4階(火渡の万年仮眠フロア)に用事伺い行くのに、

階段をパスったんである。(折れた心)









するとである。

ドアがあいたその先の、

エレベーターBOXの中に、

奴はいたんである。










この前と、まったく同じ衣装で。(ルンペンフラグ確定)









エレベーターBOXの中に入り、

実家(伊賀百地)に伝わる秘伝「浮き透かしの眼」で、

黒目を動かさずにフロアボタンを見ると、

すでに4階のボタンが点灯しており、

魔女の行き先はどうやら4階の様で、

4階には火渡の仮眠所と馬骨系中小企業のオフィスがあるだけであり、

その馬骨系がモデル事務所の端くれである以上は、

年増の魔女の出る幕はないわけで、

その不自然さはガメラの飛行方法に迫るものがある。







が、

小生は、

確信を得るために一旦火渡仮眠所のドアを開け、

中に入って5秒待ち、

またドアを開けて廊下にでたわけだが、

魔女は今まさにエレベーターに乗らんとしており、

行き先を見極めたところ一階である。






1階から4階にエレベッた後、

何もせずに4階から1階にエレベる訳はズバリ。





「奴は何かを目的に4階に来たが機会を改める選択を採った」んであり、

それは4階に「奴に用事が生じる何か」が存在する事を示唆しているんであり、

要するに4階に鍵はあるんである。

で、可能性として一番怪しいのは共有スペース出るトイレである。





社内で聞き込みを行ったところ、

同僚によれば、

「トイレのパイプスペースにでかいトランクがある」とのことで、

見てみると、

どーみても旅行用の巨大なガラガラトランクが入っており、

ここが奴の巣のようで、

控え目に言って、

ガッツ住んでる!感が爆発である。






小生は、

自然落下を超える速度で階段を駆け下り、

魔女が隣のビルに逃げ込むのを確認したあと、

110番してオマワリを呼んだ。





「ルンペン・トイレ・スンデマス!」







続く。
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by 201V1 | 2008-06-16 21:57
幸せになるために。
オプティミスト(楽観主義)とぺシミスト(悲観主義)。

ポジティブ思考とネガティブ思考。





ポジティブ思考のオプティミストは迷惑千万であり、

ネガティブ思考のペシミストは実用に耐えず、

ネガティブ思考のオプティミストに生産性はない。






というわけで、

小生は、

「 なにより不愉快でない 」という意味で、

悲観主義的観点に立って、

具体的打開策を探るポジティブ系の人材に、

有用性を認めている。







言い換えるなら小生は、

大前提として楽観主義者を全体的に憎悪しており、

ネガティブな発想でしかモノを考えられん手合いを、

用を成さぬあんぽんつくと、

断じているわけだが、

この結論に至るまでには、

人間を始めてから25年以上の歳月がかかっており、

膨大な労力を、

オプティミストとネガティビアンによって、

無駄にされた経験によるもんなので、

一切の異論反論は却下する。







世界を支えているのは、

ポジティブなペシミストたちだ。









オプティミストとペシミスト、

ポジティブ思考とネガティブ思考を考えるとき、

重要なのは、

やはりその「 ククラレタコトバ 」の再定義であり、

馬鹿でこの世が満ち溢れている最大の原因は、

「 ククラレタコトバ 」をてめえなりに紐解かずに使う阿呆の絶対数が、

大分に多い為であり、

不幸の源は馬鹿に尽きるわけで、

小生は不幸と戦うことにした。









まず、

楽観主義とは、

「 うまくいく事 」を前提にスタートする連中であり、

「 手前が絡む限りうまくはいかんのだよワトソン君 」という一般常識を知らぬ、

「 こうなったらいいなあ 」という希望的観測に人格を侵食された

メルヘン世界の住人であり、悪夢のドリーマーである。


彼らの最大の特徴は、

ほとんどの全てのトラブルに対する備えと覚悟がねえ点であり、

それが為に緊急時において入力できるコマンドがパニックしかなく、

混乱の中で思いつくアイデアの悉くに、

ナウマン象も即死するクラスの大穴があるとゆー、

「 バーサクとのメダパニ和え 」的症状が恒常的に見られることに尽きる。

その言動は軽挙妄動の権化そのもので、

結果、経営者・トップに多いという恐ろしいオマケがつく。




これに対して、

悲観主義とは、

「 うまくはいかねえ事 」を前提に、

「 どんなまずいことが起きる可能性(回避不可能なものも含め)があるのか? 」

「 まずくしないにはどうするべきか(事前策の有無)? 」

「 まずくなってから巻き返す手はあるか(対処策の有無)? 」と考え、

起こりうる問題を想定しその解決に対する手配を先回りする、

リアルな戦場に生きるサバイバーである。


連中の特質は、

自分でコントロールできない範囲と、

できる範囲を色分けし、

できない範囲で起き得る問題と逆風を可能な限り想定し、

できる範囲で問題解決の具体策と逆風の利用方法を模索する準備を、

事を始める前に進める点であり、

敗北しないための勝利条件を事前に設定して初めて、

事に当たる点であろう。





ポジティブ思考とは、
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by 201V1 | 2008-01-15 01:56
ハウルと動く要塞

 観た。

 ハウルと動く城をぉ。




 キムの意外な好演に唸る。

 やるじゃねえか、キム。(だれ?)




 問題はソフィー役の千恵子だが、

 登場シーンしょっぱなから、

 「 みずみずしさ絶無 」の声色に、

 俺ぁ、絶句したぜ。




 このことをハニーに伝えたところ、

 「 あの娘は自分を既にお婆ちゃんにしているのよ 」
 
 といわれ、

 貧弱な自分の想像力に絶句。



 宮崎、

 なかなか穿った編成をしやがるな、おぬし。




 総評としては、

 突っ込みどころは満載なものの、

 極めて面白く、

 味わいのある映画であったといえる。




 ありゃあ、恋愛映画だ。




 滅多に無い切り口で描かれた、恋愛映画である。




 テーマは愛であり、愛に理屈はいらん。




 というわけで、

 とりあえず話が纏まったところで、

 本題に入る。




 問題の「 ハウル 」の餓鬼だが、

 観ていて、

 「 うわぁ 」と思った。

 ダメ人間加減が、

 まるで俺である。



 何処がダメかというと、(全部だが)

 もう、

 あの餓鬼は、

 まるで根性がねえし、

 打たれ弱いし、

 触れてはいけない荒地の魔女とかにちょっかいだしてダメージをくらうし、

 ソフィーを矢面に立たせるしで、

 部屋はあんなだしで、

 男として全力で失格であり、

 多くの点で和魂要塞と共通するダメ加減を有する。

 


 恐ろしく、

 ダメなところが相似しており、

 その度合いも酷似の域に到達しよう。




 ようするに、

 この文章を書いている人は、

 いっちゃあなんだが、

 相当に本格的にダメなんだが、

 一方では、

 自らを「 鉄のハリボテ 」と確信する、

 恐れを知らぬ、

 動く要塞であるから始末不能といえる。




 これほどダメなのに、

 この男は、
 
 昔から、

 てめえの火力を理由に、

 年柄自信一杯なんである。




 正月だって楽勝だ。(言ってる意味が不明←いつも




 小生には、

 魔力はねえが、

 火力はある。




 火種の居場所が魂であるだけに、

 それは尽きることを知らぬ。

 消耗戦に限れば不敗を誇ってきた自負がある。(消耗戦て、なんだ




 しかしながら、

 注ぎどころを見出せていなかったころ、

 その勝手には大きな迷いがあった。

 火力を集める場所が、

 よくわからんかったんである。





 いろんな場所に、

 エネルギーを突っ込んでいた。




















































 
 和魂要塞は、

 他人を拒む。





 火力に物をいい、

 相手がどんな凶悪な手合いでも、

 射程距離に入った位では捨ておくが、

 行く手を阻もうものなら理由を問わず踏み潰し、

 気に喰わねば殲滅を厭わぬ。

 断じて要塞の中に余人を入れたりしない。




 非常に閉鎖的で、

 厭世的で、

 戦闘的で、

 勝手の人間である。




 一見してオープンに見えるのは、

 飾りみたいなもんであり、

 嘘である。

 容易には超えられないだけの壁と距離を、

 世界との間に設けている。



 

 人間てなそーゆーもんだと思っていた。




 
 したがって、

 鋼鉄のハリボテの中には、

 当然、

 小生しかいなかった。




















 チビがいる分、

 ハウルのほうがまだマシだ。










 








 ハウルの言うとおり、

 人が鉄の縄を張り、

 空に届く城を築くのは、

 それが荒地だろうが、

 荒野だろうが、

 心の中だろうが、

 電脳だろうが、

 他者を拒むためである。

 




 人が城を築くのは

 それが他人を拒むからである。




























































 和魂要塞の人口は2人に増えた。

 



 ヨルちゃんは、滅多にいない人である。





 これまで、

 誰も開けることの無かった扉を、

 彼女が開き、
 
 鉄のハリボテは、

 ガランドウではなくなった。




 















 ハウルは、

 「 守るものが出来て強くなった 」と言ったが、

 小生のとっては、

 「 支えるものが中に入って強くなった 」と言える。

 ハウルにとっても、

 きっとそうに違いない。







 
 




















 いい、映画だった。












































 どんな魔法より、強い力を、人間てな持っている。

 どんな魔法より大切なものがある。

 


 スタジオジプリが示したものは、

 それだった。





 彼らは、高らかに愛の賛歌を歌ったのだ。












 











 映画を観終わり、嫁さんにキスをする。

 人が城を築く、

 本当の意味を知る。








 僕たちは、愛するものを守るため、

 出会う前からコツコツ城を築くのだ。





 

 会えてよかったと思うこの瞬間のために。




 ともに生きていくために。































 ビバ・ラヴである。
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by 201V1 | 2005-11-21 08:15
化身の代償

 とゆーわけで、更新です。

 連日の激務で罹病し、

 それでも職務の性質上バックレることも叶わず、

 半病人というか、

 もろ病人のテェで仕事をやっつけ、

 よろよろネット世界に帰還を果たした次第。




 これより返信に入ります。(シェアッ













 で、お題です。

 「 被災して、もとい、被災地にて、小生がなくしたもの 」

 について、

 問いがあったので、

 いっちょう紙面を割きます。

 





 内実、
 
 相当に悩みました。






 

 「 再び戦地に赴く事で失う事 」に対し、

 かつてない程、

 大変な恐れを抱いている自身に、

 先の文章の行間で

 あれほど明確な「 恐れ 」の表現をもって自身が語っているのにもかかわらず、

 「 失ったものがなにか? 」をコメント欄にて改めて問われるまで、

 全く意識をしておりませんでした。

 




 端的に言うと、

 恐れている自分に、

 気がつかなかったワケです。






 はて面妖な。






 で、考えた。

 何を恐れているのか?と。

 ようやくにして出た結論は、

 久方ぶりに胸のすくものでした。

 考える機会をくれたことに感謝します。





 確かに小生は、

 彼の地において経験したあれこれによって、

 相当に変わりました。





 まぁ

 大雑把に言えば、

 伸びしろに余りがあったとゆー、

 めでたい話なんですが、

 人間てやつは、

 変わる際に、

 場合によってちゃあ、

 いろんなものを捨てたり、

 拾ったり、

 壊したり、

 取り替えたり、

 投げ出したりするわけで、

 その意味では小生は、

 確かに色んなものを捨てて、

 一皮剥けた次第になります。




 問題は、

 そういった意味合いでの「 捨てる 」ことをして、

 自身が「 失う 」と述べたわけではないことが、

 考えるに従いやおら明確になってきた点にあります。




 小生は、

 全体、

 変化を恐れていないようです。

 


 恐れているのは、自己を捨てるという行為そのもののようでございます。




 
 ご存知の通り、

 小生は生来、

 自分の魂に正直に生きて参りました。

 大げさに言うならば、

 自らの魂魄に、

 尋常ならざる忠誠をもって、

 浮世を渡ってきたわけです。

 そういう人間にとって、

 「 化身 」となることの代償はすなわち、

 自らの本性を放棄する事に、

 極めて近い意味を持つ事になります。





 少々話が複雑になりますが、

 ここから先、

 自身の言わんとしていることを伝えるには、

 民間における災害復興支援の実態を語らねばならず、

 本人大変にめんどいのですが、

 とりあえず書き殴るので、

 心臓の弱い方は、

 すっ飛ばしながら読んでください。






 まずですね、

 初めから終わりまで、

 いちいち言っても埒が開かないので、

 いちいち言わないとわかんねえ馬鹿に薬をつける労力が惜しいので、

 一気に述べると、

 民間の災害復興支援に関わる人間、

 特にその執行部に凡人が携わる場合、

 そいつは個人であることをやめ、

 「 義勇 」の「 化身 」にならねばなりません。

 骨の髄まで。

 コレに関して異論があるド阿呆は、

 被災地ではなく遊園地へ行け。(そして死ね





 で、小生は凡人であります。

 ところどころ飛び抜けた能力は有していますが、

 ところどころどころか全体的にヌケ作でもあり、

 まぁ、

 およそ人を導くに足る資質は備えちゃいない。




 そういう手合いが、

 凡人が、

 民間の災害復興支援団体なんてゆー、

 実態の怪しげな集団の執行部に食い込んで、

 何かを成さんとするなら、

 もう、

 「 化身 」になるしかねえんだよ。




 よーするに、

 人間をやめるわけです。





 それが、

 災害復興支援の中枢に入るってことなのよ。





 



























 俺ぁ一度やりました。


 筆舌に尽くし難い苦痛を伴う徒労がそこにはあります。


 粉飾の通用しない、


 屈辱感に塗れた自失の覚悟なくしては、


 それは完遂することができません。


 自身を見失わねば、


 遂げられぬ役目です。


 







 再び、

 災害が起きたとき、

 再び、

 あの局面と向き合い、

 ベストの結論を、

 忘我の立場で求めれば、

 必然、

 小生は執行部に入る事になるでしょう。




 問題なのは、

 小生がどう変化しようが、

 小生を取り巻く環境がどう変化していようが、

 ベストの道は変わらないという点であり、

 その道は「 化身となる 」ことに他ならぬという事実なのです。




 自失という代償を払って、

 機能という報酬を得、

 実現力を手にするのが、

 化身という選択なのです。



 
 自失によって、

 失われたものは、

 2度と同じ姿では手に入る事がありません。

 これはそういう代償です。

























 小生は、これを恐れます。

 そして、

 これを恐れる自身を恐れています。

 








 しかしながら、

 恐れる自身を恐れる心と向き合う事に

 恐れはありません。





 それだけで、

 自分の人生を掌握できるのが、

 人間が人間たるゆえんであり、

 自分が自分である証明であることを、

 小生は多くの経験から知っているからです。









 

















 にひ。

 




 

 重要なのは、

 常に怯むか否かにあり、

 恐怖に駆られることそのものにはない。

 


 





 僕たちは、

 真剣に生きようとすればするほど、

 沢山の恐怖と向き合わねばなりません。

 そのなかには、

 掘り起こさねばならないものもあります。

 捨てておけば永久に気がつかないでいられるほど、

 遥か深部にくすぶる恐怖とも対決せねば進めない歩みもあります。

 しかしながら、

 勝負は恐怖によってはじまりはしても、

 勝敗を決すのは、

 それに怯むか否かという一点にあります。

 その意味で、

 希望は常にそばにある。






 
























 









 怯まぬ心を。


 恐怖と共に。






























 光は、闇の中ほど強く瞬く。





 そりゃあもう、新月の夜の鬼火のように。
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by 201V1 | 2005-09-26 03:14
撃沈コメント その1
糞喰らえですな。人の機能は歴然です。気の違った歯車にかまっていては、万事の機構の機能の維持は不能である。機構そのものの機能を保全するために、癌細胞を取り除くのは当然の帰結にすぎん。
それとも何かね。貴女は、大切な誰かが、癌の告知を受けたとき、放っておくのかね?癌も同じ細胞よなんて寝言は、質の悪い冗談にもならん。有能無能を決めるのは、個人が下す判断ではなく、実証である。

すべてを受け入れる度量なんぞと引き換えに、あたら有能な人材を見殺しにしてたまるものか。糞っ喰らえである。

俺ぁ極論を吼えているのだ。あらゆる局面で有能な人間なんぞこの世の中にゃ存在せん。それでも人は、立場に応じた責めを果たそうとしなければならんのだ。

往生せよ。
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by 201V1 | 2005-09-06 02:20
お返事
 
 えーなんだ。俺ぁ人の人物評はそれほど好まないが、このケッタイな餓鬼は、極めて繊細で、たまに参るが、なんというかまあ、大した野郎である。結果を急がないという蛮勇がそれである。だがしかし、自分のブログの記事で「 本当はどうでもいい 」とかぬけぬけとぬかすところが、素でむかつく。俺がこんなに真剣なのにだ。なんだこの餓鬼は。くそったれめ。

で、だ。用件はだな、まぁいろいろある。いろいろあるので最重要課題のみを選抜して、あとは全部省く。当方は多忙だが、それ以前に極度の筆不精なんである。アフリカ放浪中、半年実家に連絡を入れずに、死んだものと仮定されていた過去を舐めてもらっては困る。

でだな。ひろちんよ。俺とお前さんは、つまるところは、極めて近い感覚で、別の視点から、この世界にムカポンきてんだよ。俺ぁ、いろいろあって、4年も前から、脳に蛆の湧いた数多のオヤカタ様たちのもと、50人以上の人間を部下として、指揮してきている。直属の部下の悔し涙を、俺ぁ何度もぬぐって来たぜ。そんな俺がたどり着いた結論と、未だこれからの貴兄があたためている結論が、同じである道理が、そもそもありゃあしねえのさ。

たとえ同じ思いが出発点にあったとしても、辿ってきた道や、今いる場所や、これから立たんとする山が違えば、速度も方角も、そのぶんだけズレるんだ。誰も並走なんかしてくれねえんだぜ。

俺はね、有能たらんとし、使命を完遂せんとする部下を、守りたいんだ。概念の話じゃねえんだよ。体験から明言できる自分の想いを記事に丸ごと投げつけたんだ。一遍の理想も持ち込んじゃあいねえぜ。

俺の叫んだ理屈の背後にある想いを、直に理解させるのは、その人間の哲学でも頭でもねえんだ。戦場で食ってきた飯の数が、物量で理解させるもんなのだよ。貴兄が戦士であることは、疑うべくもない真実だ。だがね、貴兄は未だ、兵卒ですらない、一匹の鎧武者なんだよ。一蓮托生の悪夢を知らない、孤高の鎧武者には、兵卒の叫びは理解できない。絶対にだ。

俺も、かつて、一匹の鎧武者だった。そして、地獄みてえな兵卒時代を経て、いまは下士官か、精々が三尉ってとこにいる。集団の中でね。

論理的には、貴兄の書いた反論には、破綻がない。確かにないぜ。今は十分だし、身相応の立派な所見だ。だがね、そりゃあ俺達にゃ、「 先刻承知のこと 」なんだよ。それでも俺達が、「 くたばれ無能とも 」と仲間や部下の為に叫ぶ理由が、確かに世界にゃ待っていることを覚えておけ。貴兄が受け取るべきメッセージは、そこにこそある。

俺の叫びに、許されない側面があることを、理解できない大人は、まずもっていないぜ。だがね、それでも、日々努力を無に帰されている人々は、俺の叫びに手を上げるだろう。それがこの世界の形なんだ。

結果を急ぐ必要はねえぜ。兵卒になれば、自分がどっちの立場をとるかいずれ選ばなきゃならない立場になるんだ。選ぶのは、その時でいい。有能たらんとして、有能であるに至り、さらに上を目指す、愛しき者達と、そいつらの楔としての機能性だけを増していく努力をしねえ連中の、どちらの幸福をとるのか。それまでの自分を捨てて選べばいい。俺にゃあ生憎、どっちもなんて選択は、出来なかったぜ、心情的にも状況的にも全ての面で。

言葉は言霊である。悪霊もいりゃあ自縛霊もそこには宿る。俺達が、文面から汲み取らなければならないのは、その文意ですらなく、書いたものの心霊に、そうまで叫ばせた何者かの、本質だ。

友達だからといって、相手の全てを肯定できていて自然なんてのは、大人の抜かす寝言だぜ。そんな同化政策みてえな信頼関係なんぞウスラ寒くていけねえや。

渡世に励め。生き方は、自分で選ぶんだ。生き方ってのは、何を犠牲にして、何を守るかだ。俺ぁ俺が守りたいものだけを、守り抜く。守り抜くために、一切の邪魔くさいもんは、くたばろうがわめこうが、縁ごと丸ごとぶった切る。俺ぁそういう生き方で、残せる未来を選ぶ。

どんな未来を選ぶかが人生だ。すべての自由は貴兄にある。残せる未来を、残せるだけの生き方を、貴兄が自信をもって、天に宣言し続けることが出来ることを願いつつ筆を置く。

武運長久を祈る。
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by 201V1 | 2005-09-05 02:33
署名運動・開始。
お願い

ヨコの会にて、悪質な電脳ストーカー・荒らし撲滅の為、

「 特定IDからのカキコミ制限機能追加 」の署名運動を行っております。

以下に、ヨコ記事を転載。

ブロガー魂を結集し、エキサイトブログに荒らしの存在できない強固な地盤を造りましょう。

砦の上に、我らが世界を!


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エキサイト 様

私達は、エキサイトブログのある生活を楽しく、充実したものとする為に、「特定IDからのコメント制限機能」の追加を要望します。

エキサイトブログ向上委員会の下記エントリにもあります通り、ブログ開設数の増加と交流の活発化に伴い、ブロガー間のトラブルも増えてきており、心ないコメントによってブログ閉鎖または更新不能となったブログも散見されます。

エキサイトブログ向上委員会:お願い

明白な利用規約違反はエキサイト様で対応して頂けることと思ってはいますが、意味不明のコメントを多数書き込まれるだけでも、日常生活に支障が出るほどの恐怖を感じることもあります。コメントを無視したり、削除すると逆上されて攻撃を悪化させる恐れがあり、現状の機能では被害者が我慢を強いられることになっています。

自分のブログのみならず、良好な交流関係を築いてきた他のブログにまで迷惑が及ぶことを予防する効果的な対策として、利用者が指定するIDからのコメントの書き込み制限およびそれを解除する機能をエキサイトブログに追加して欲しいのです。

せっかく培ってきたエキサイトブログの良好なコミュニティを守る為、早急のご検討をお願いします。

この要望が多くのユーザーの声であることを当エントリのコメント欄の署名でご確認頂きたく、「エキサイトブログ向上委員会」および「エキサイト社長、山村幸広のインターネットブログ」へトラックバックをさせて頂きます。

なお、署名が追加されましたら、一定単位をまとめて再度トラックバックを送ることをご了承下さい。

では、よろしくお願いします。




この要望に賛同して頂ける皆様へ

当エントリのコメント欄へ署名をお願いします。

記入する内容は下記フォームを切り貼りしてお使い下さい。

●ブログ名:
●URL:
●エキサイトID:

ご意見・ご質問等は、こちらのエントリへコメントするようにお願いします。




この要望を皆様のブログで告知する場合

当エントリの URL を記載した下記テンプレートを記事末尾に貼り付けるようお願いします。

**** 特定IDからのコメント制限機能追加要望 ****

エキサイトブログのある生活を楽しく、
充実したものとする為に、
「特定IDからのコメント制限機能」
の追加を要望します。

多くの署名を集めてエキサイトブログ向上委員会へ
送りましょう。

署名場所:ヨコの会
http://yokoyoko.exblog.jp/1099077/

この要望を自ブログの記事とするときは、
このテンプレを記事末尾に貼り付けて下さい。

***********************************

なお、当エントリおよびエキサイトブログ向上委員会へのトラックバックは任意ですが、強く推奨します。


以上、文責:HarryBlog

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この記事へは、署名しないでね。

署名場所は http://yokoyoko.exblog.jp/1099077/ です。

ではでは、読者のお歴々の署名、お待ちしておりまする。
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by 201V1 | 2004-10-01 13:12