「ほっ」と。キャンペーン
カテゴリ:■ダイエット( 4 )
201V1式痩身術その1
a0013690_143634.jpg

小生は昔から体重がなかった。

華奢なんである。メレンゲのよーに。(馬鹿








「おっさん」になりつつある現在も、「身の丈・172センチ」にして「目方・○○キロ」という痩身を維持している。(実体重を書くと大多数の女性陣が退くので伏せる)

・・・・・ってゆーか、伏せてもどーよ?ってんで、バラすと「犬単位」でいえば「中型犬2匹」くらいか?(全然分かりません)


うるっせえなあ。くそったれが。じゃあ何?だいたい50キロの月間誤差+-2キロでいいよ。(怒

ああ?何だぁ?ちくしょうが。へちま野郎が。特設リンクの「珍念」はその「3倍」だよ。(暴発





とゆーワケで、なんか荒れ模様の要塞ですが、馬鹿は放っておいて続けます。


小生は見てくれは「55キロ」くらいはあるんですが、実体重はそれから「5キロ」ほど削ったくらいしかありません。なんで?ってゆーとですな。若かりし頃に「大病」を患った所為で、内臓の脂肪が丸ごとゴッソリなくなってるんですな。丸ごと。



念のため「憤怒痙攣」じゃありません。へらへら。



別の「よく死ねる風土病」です。(おぃ



賢明な読者諸兄は「略歴編」で既知の通り、小生は10代の終わりに、アフリカとインドを2年ほど無帰国で浮浪しており、その間に「5回」ほど「マラリア」に罹患している。で、今回はそのお話であり、それをNGO時代に引っ掛けて語ろうという、壮大な野望というか無謀というか暴投である。


もぅ疲れたので寝るが、(え?)とにかくそーゆー物語である。



本格的な更新は明日になるが、辞書サイトで「NGO」と「マラリア」のふたつを予習しておくと吉であろう。


今回は、「お笑い路線」でいく。原点回帰である。



期待して待て。以下次号。(←やりたい放題







『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『


とゆーわけで、5月16日づけ。しもつかり。おみおつけ的、更新。



色々はしょるが、小生はアフリカに飛んだ。高校を卒業した春である。式の5日後には「空の人」になっていた。雲が低い。あたりまえだ。ここは空だ。だが妙な気分では、ある。

「下賎のものどもよ、睥睨してくれるわ」


とゆー具合。相変わらずの不遜。倣岸極まる世界への態度。そーゆー気概で母国を立つ。ケニアに行く。こんな痴れガキのいく海外である。もちろん退廃しか待っているわけがないんであり、ろくでもねえ物語がやおら開幕。


渡航の名目は「語学留学」である。「語学」ってツラかよ。ってんで、勿論スワヒリ語なんぞ眼中になく、小生は徹底して遊んだ。勉強なんかまるでしねえ。瞠目すべき不真面目加減である。

まず、授業中は寝ている。部屋でである。日が暮れて、のそのそ起床、夜の街へ突進。呑んでは踊り、踊っては呑む。兎に角意識がある間中、酔っ払って踊っていた。リンガラミュージックという品のない曲にあわせて、バーでおどり、クラブでおどり、路上でおどり、泊まってもいねえホテルのロビーで踊っていた。まさに親のカタキを討つように、踊った。


踊っているうちに6ヵ月が経過してしまい。卒業が来てしまった。わちゃあ。踊ったのが祟り、スワヒリ語なんて「挨拶」しか喋れねえ。「ハバーリ?ムズーリ。」で知識の井戸は即、枯渇。現地人との会話はすべて「英語」でやっつけていた為、英語は話せるよーになったが、「スワヒリ語?なにそれ?」の世界である。上達したのは「おどり」である。「おどり留学」である。(たわけ


これでは「マズイ」ってんで、急遽見たこともねえ「教科書」を引っ張り出すが、小生は「語学」が土台ニガテである。高校時代、「得意の数学」と「ニガテの英語」の偏差値の差は、「55」あった。にわかに信じがたい話だが、英語の偏差値は「25」である。(検出するセンターもどーかと思う)


英語は中学の最初にコケ、「be動詞のあとに進行形がこない」という「受動態の妖術」に翻弄され、それ以降「にゃかった」ことにして生きてきた。大学受験の直前に再び「妖術」に戦いを挑み、調伏したが、したところでどうにかなるレベルの「学力」ではなく、最終的に「40」まで届かないまま英語の戦いは終わった。


終わったが、仮にも「現役の受験生のフリ」をやっていた小生の「英語」は、上は30歳までいる「留学仲間」のなかでは「まだマシ」な方ではある。「英語」は「不確実だが新鮮な記憶」ではある。そのうえ小生はよく喋る。まぁ、息次ぎ以外はたいてい何事かをほざいている。だから6ヵ月の「おどり」で「英語」は話せるようになったが、「スワヒリ語?何語?」の世界である点は不変である。


で、やってきました卒業テスト。最早ぜんぜん勉強なんかしていねえ。


スワヒリ語の最終試験を「100満点中、5点」という「学校創立以来空前の赤点」でクリアした小生は、学校を出ると「ねんごろの留学仲間」と一緒に「恋の逃避行」に入った。まぁ、例によってすべての歯車をまわすのは「女」である。



行き先は隣国タンザニアの小さな島、クイーンのボーカル「おかまフレディ」生誕の地、「ザンジバル島」である。ザンジバル島の特徴を述べると、「島民は全員英語が理解できるが、英語で話しかけるとスワヒリ語でしか返ってこない」という凶悪な島だ。つまり、「言いたいことは伝えられる」が「なに言ってんのかわかんねえ」世界がザンジバルなんである。


全般的に生活の尽くが「埒がねえ」ので、小生はスワヒリ語と真面目に向き合うことにした。このままでは生きていけぬ。「痔の薬」を薬局で所望し、かわりに「下剤」を渡されて帰ってきてしまう現状を考えると、「たぶんいずれ死ぬ」というか「近いうちに殺される」。


生きるための「スワヒリ語」である。学ぶ動機の格が違う。小生のスワヒリ語は、島の滞在中にメキメキと上達していった。


2ヵ月後、母校のあるケニアの首都ナイロビに戻ってきた頃には、友人の「キクユ族」や「ルオ族」の青年達が、「なにがあった?」と腰を抜かすほど饒舌に、「文法の怪しいスワヒリ語」が話せるようになっていた。



語彙やボキャブラリーはない。なんたって脳の容量がねえからね。文法は出鱈目。順法意識ねえのでね。(ぎゃふん

だがしかし、「無法、天に通ず」。

兎に角、ネゴシエートの能力が尋常ではなくなった。ザンジバルでの修行を経て、小生は「交渉の達人」と変貌していたのである。

この国の、だれよりも低料金でタクシーに乗れた。現地人より安い値段でタクシーに乗る。すべての値段が交渉で決まる途上国で、交渉能力の高低は、第二の「為替レート」であり、交渉次第でものの値段が10分の1まで下落する。「英語使い」の時代から、小生の交渉能力は「非常識」に高かったが、「スワヒリ語使い」となった今、そのチカラは天にも届く勢いで、「歩くデフレスパイラル」と異名をとるほどになる。すべての知人が、交渉の度に小生を呼んだ。小生、完全に天狗である。


しかしながら、語学ではどーにもならない現実がある。交渉の余地がないケースである。

ザンジバルから戻り、女が一時帰国を果たした日。母校に戻り、倉庫に隠しておいた「旅費」を取り出そうとすると、影も形もなかった。


「とられちゃった。」



夕暮れの中、1人ぼっちで呆然。

ア然。

晴天の霹靂。

赤壁の戦い。

孟徳死す。である。



「軍資金」がない場合、「交渉」の余地はない。「無一文」でこのさき、どーやって生きろとゆーのか?途方に暮れるとはこのことである。天狗の鼻は萎えていた。


「一文無し」で「賭場」に出かけることはできる。
しかしながら
「おあし」がなくては「賭場にすらいけねえ」のが浮世である。(深い



小生はその時、背後に「死神」を感じていた。鎌が首に刺さっていた。


『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『とうびい・こんてにゅ。本日中に更新。




で、更新である。未来への行進である。猫前進である。(無視可
でね、今、ちょっと資料をさかのぼって事実を確認したところ、5年前に書き上げた原稿用紙7000枚に及ぶ「旅行記」の記録と照らし合わせたところ、「上記の記憶」に甚大な混乱があることが発覚。なにか時間軸の記憶がごっちゃになっている模様。まぁ、でも大筋に影響はないし、物語的にも破綻は多分起きないので続投する。小生は、たとえ肩が壊れても投げる。投げぬく。(←激カッチョ


鎌が首にささったまま、小生は考えた。

「死んじゃうぜ?」



死んじゃうんである。留学ビザでケニアに燻っている小生に、就労の権利はない。すなわち働けぬ。金が稼げぬ。収入は恒久的にないんであり、強引に働けば捕まる。だいたい平時でも働きたくねえのに、そんなリスクを犯して働く、労役に尽くす、汗を流す。なんてのは正気の沙汰ではない。断じてサボりたい。額に汗なんて身のケがよだつ。出来ればずっと踊っていたい。

つまり働いてどうこうする。などという正攻法は「ない」んであって、何か抜け道はないか?うまい具合に転ぶ話はコロがってはいねえか?どうよ?全体?(はたらけよ


「親から金を引っ張るか?」


無駄である。だいいち、盗られた金である「25万円」自体が、わずか一週間前に実家から送ってもらった金であり、都合4ヶ月分の軍資金なんである。もともと「25万」で4ヶ月間生きれるのかは、この際忘れるとして、しのご言っても親はこの先4ヶ月は「話にならん」のである。第一盗られたのがバレたら、俺はお袋に「蛆虫扱い」をうけ、親父に「間接を極め」られ、帰国した暁には間違いなく一族に「愚鈍」のレッテルを貼られること請け合い。恥辱である。三千世界探しても、これほど「拭い難い恥」はなかろう。だいだいにして、こんなことが露呈すれば、今後ますます金を引っ張るのがムズカシクなってしまう。それは困る。


「保険金詐欺しかねえのか?」


すでに語学学校の卒業と同時に、海外旅行の保険会社から金を引っ張っていた小生は、この「旨み」を知りすぎるほどに知りすぎてしまい、知りすぎた勢いでゲットした「18万円」はわずか5日間で綺麗サッパリ使い切ってしまっている。大体その「保険金」を受け取ったのが「先々週」であり、ザンジバルから帰ってきた直後という「この間の話」である。何に使ったのかまったく覚えていないが、どうせ飲み代に決まっている。この馬鹿は「呑む・踊る」以外に金の使い方を知らぬ。



「売るか?」


何かを「質」に入れるしか手はないが、「売れるようなもの」は金輪際ない。というか過去に遡ってみても一向に見当たらぬ。金は全てアルコールに化けた。で、アルコールは白昼夢の維持に浪費され、今日この手元にはない。最終手段の「女を質にいれる」にしても、折り悪く「彼女は帰国中」というこの局面。七転八倒。八方ふさがり。いよいよにして四面楚歌。全体どーしろというのか???


「たれかに借りる」

という手も浮かんだが、土台バックパッカーなんて生き物は「貧」であり、「貧な奴ら」なので友人達はアテにならぬ。だいたい巨万の富を持っていたとしても連中のことだ。「貸す約束」をした翌日には赤貧にあえぐような「鈍」であり、「鈍な奴ら」なのでアテにはできん。1番むかつくのが今現在、自分自身が現役バリバリの「貧」で「鈍」で「愚」という「三重苦」だが、これは忘れて今はとりあえず現状の打破に努めねば死ぬる。


「お。あそこがあったな」


いよいよ死ぬ公算が高くなってきた土壇場で、小生は死中に活を見出した。どうやらこれなら生き延びれそうである。とりあえず「死なねえだろう」とタカをくくった小生は、「まぁ、何にしても金はいる。」ってんで新たに書類をデッチアゲ、2度目の保険金の申請を行い、実際に金が入ってくるまでの「2ヶ月間」、生命を繋ぎとめるために、北へと向かって旅立った。


目的地は「ガリッサ」。荒野の寒村である。



まだ学生であったころ、ガリッサには1度行った事があった。ちょっと昔に留学仲間の1人が、町にある天理教系NGOの食客をやっていたんである。

その時には、ガリッサのさらに「北の果て」にある「難民キャンプ」に「後ろ盾なし」で視察に行き、国連に捕まったりといろいろ酷い目にあったが、まぁそれは忘れて「ガリッサ」である。あそこなら「喰わせてくれる」っぽい。顔見知りだしなんとかなる。とゆー粗い計算をした小生は、廃棄寸前のバスに8時間揺られ、ガリッサに着くやいなや「アポなし」でNGOに突撃した。


「やっほー」



底なしの阿呆である。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\とう・びい・こんてにゅ。以下日付変更前に更新。まて次号。
[PR]
by 201V1 | 2004-05-26 21:55 | ■ダイエット
201V1式痩身術その2
あまりにも構成が長くなりすぎたため、=長すぎます。送れません=なんてエキサイトのボケがぬかしやがり、あえなく「分割」を余儀なくされました「ダイエット編」。


こんなブログって他にあんのか?(怒


エキサイト、ぶっ殺す。(すべて他人の所為






で、「食客」である。小生はNGOの「食客」になりたかった。

「食客」という響きには、「食べさせてもらっているお客」という、一種の「ミヤビさ」さえ漂っており、世の中をおちょくった感がある。すげえいい身分であり、これは「人でなし」なら必ず憧れるポジショニングである。言い換えればそれは、バレーで言うところの「玉を拾わなくていいリベロ」であり、ムエタイでいう「戦車に乗ったムエタイ戦士」である。(ドンナ選手デスカ?

兎に角、小生は、食客になりたかったんである。




ここにきて、よもや「NGOの予習をしていなかった読者」はいないと思われるが、たぶん全員予習してねえので、NGOの説明を少しだけやってやらんでもない。

NGOとは、「Nな、Gの、O」であり、・・・・・・・「ノン・ガバメント・奥様」の約である。(うそこけ

・・・・・・大味にいうと、NGOとは「非政府援助団体」であり、今日の「NPO」と似て非なる意味合いをもつ。当時の「NGO」は「金儲けとは無縁」の団体であり、活動を支えるのは主に「義援金」であった。コレに対し、「NPO」は「自分で稼ぐ」。やってることはともに「なんらかの援助ないし活動」である。なかにはタワケた団体も多いが、真性の援助プロもちゃんといる。で、小生の転がり込んだ団体「ミグー・ジャパン仮」は、極めて健全なプロのNGOであった。・・・・転がり込む団体を間違えた。(爆



「ミグー」の中核を担うのは、「スワヒリ語バリバリの土建のプロ」であり、脇を固めるのは「英語バリバリの野戦看護婦団」と「鍛冶屋も兼ねるエンジニア」である。そして末端の手足となる若者達は、若者特有の短慮と馬力と兼ね備えた「どんぶり人間」であり、「肉体で勝負できる資質」があったり、「疲れを知らなかったり」と使い勝手に関しては「グンバツ」な個体群であった。


その中で、小生はどうか?


いっちゃなんだが、小生は「物書き」であり「絵描き」であり「漫画かき」である。ってゆーか「その途上」にあるボケナスである。無論体力もない。
一般に、「作家」という奴は、実社会ではまずもって「鈍」であり、ありていに言えば「愚図」の部類に入る。なぜなら「絵空事」に特化した能力で「食べてる」ないし「食べよう」としている輩であるからで、発展の途上で「実務的な能力」の尽くは必然的に退化しているからだ。もっと穿った見方をすると、人によっては「実務能力がゼロ」な為、必然的に「絵空事」を偏愛し、「妄言野郎」としての人生を強要されている「幸の薄いタコ」もいるわけで、小生なんかはこの最右翼として、一部上場できる気配が濃厚だ。(※この株を買え


車の免許はあった。語学学生時代に、役人からワイロで買った免許である。したがって教習所で習った技術も手伝い、「運転」はできる。しかしながら全然「安全運転」ではない。むしろ「危険」である。よって「運転手」なんていう「職能」はない。

スワヒリ語はどうか?たしかに小生のスワヒリ語は「達者」だが、所属するセクトである「どんぶり隊」の仕事は、たいてい「レンガの学校建設」や「井戸掘り」「給水」などという複雑性絶無な単純作業であって、難しい会話が要求される局面は「じぇろ」である。加えて「どんぶり隊」は若者ばかりなので、現地人と「呼吸」で会話しやがり、意思疎通に全然不便が生じておらず、小生の出番はナッシング。だいたい適当極まる文法で、「通訳」なんて「職能欄」に記入したら、先祖が全力で祟る。



よーするに「無能」である。端的に「お味噌」である。専門職は、「でっち」である。


しかる背景があって、小生の「食客」という夢はやぶれ、生涯初の「丁稚奉公」がスタートした。



仕事といえば、「給水」と「井戸掘り」と「植林」と「炭焼き」に尽きた。

「給水」は、濁った川にポンプ車で向かい、水を溜めて近隣の井戸に溜める作業である。「水が湧かない」という点で、厳密に言うとそれは「井戸」ではなく、「穴」なんだが、それについては誰も触れなかった。

朝、「どんぶり隊」に混じってポンプ車で川にいく。「隊」といっても小生も含めて4人しかいないため、いかな「丁稚」といえども戦力としては極めて大きくなる。小生の責任は重大と言っていい。

そんな小生に任された使命は、「ポンプ車の上に乗っている仕事」であり、論理的に考えて「信楽焼のタヌキ」でも勤まる任務だったが、終日余暇みてえな安穏とした日常が個人的に非常に気に入っていた。

仕事自体は「猿」でもできた。中古の「バキュームカー」を「給水車」と断じ、川の水を汲むだけだからだ。しかし川には「でかいワニ」がおり、やつらは終日、中州でゴロゴロしていやがる。で、たまに人を食べる。

年に何人かはワニに食べられるという危険な川であり、そこでの作業は一種のアドベンチャーと言っていい。川に着いたら、30メートル先の中洲にいる「8匹ワニ」を投石でびびらせる。あまり意味はないんだが、それが慣習となっていた。意味がない理由は、それでも奴らが頻繁にポンプのホースに「喰いつく」からである。たまに本当に「でけえワニ」が釣れた。究極の「外道」である。・・・いろいろあるが、ぶっちゃけ、人生の中で1番楽しい仕事だった。



「井戸掘り」は、旧式の重機を使い、巨大なドリルで縦穴を掘る仕事である。だいたい30メートルくらいで水が噴出するが、「井戸的」には倍以上の深さが要求される。しかしながら、土が水と混ざってドリルが詰まり、エンジンが回転をやめず、しょっちゅうドリルが「ひん曲がる」。そーすると、異常な重さのドリルを「人力」で地下から引っこ抜かなければならなくなり大騒ぎになるが、正直ずぅーと大騒ぎしていた。

可働率は1割未満であり、一日中ドリルを抜いていた記憶がある。その反面、ドリルが動いていた記憶は絶無である点が極めてむなしい。・・・・目的を抜きにして実情だけを見ると、あれは間違いなく「ドリル抜き」であった。



「植林」は苗木に水をあげるという究極の単純作業であったが、ガリッサでは「防人」としての自覚が必要になる。苗木は「ガリッサ緑化作戦」の根幹であり、ミグーのライフワークの要である。しかしながらガリッサは、悪名名高い「ソマリ族」の村であり、彼らのための苗木は、頻繁に「ソマリのヤギの群れ」に食い散らかされた。しかも「ソマリの牧童つき」という確信犯である。

恐るべきことに敵は、200匹とか300匹というヤギの大群を引き連れ、物量で作戦を蹂躙する傾向が強く、当方が苗木に水をやってるそばから、自分のヤギに「食え」などと「棒」で合図してくる始末である。まさに文字通りの「獅子身中の虫」がソマリ族であった。全仕事中、1番人気のない作業であり、毎日必ずやらねばならぬ恐ろしい任務だった。




「炭焼き」は文字通り「炭をつくる。焼いて。」という作業だが、「開けてはならんフタ」を、深夜徘徊するソマリが開けるため、頻繁に失敗に終わった。そうなると大変である。作業の途中で「だいなし」になった「炭のまがいもの」を「カマ」から取り出さなくてはならなくなるが、「丁度いい温度」の「カマ」のなかには大抵「サソリ」がいるんである。「どんぶり隊」は皆「サソリがいる」ことを知っており「刺されると死ぬ」ことも知ってはいるが、人命より炭のほうが大事なので、しょうがなく「カマ」に入る。そうやって虎穴にはいり「腐れた炭」を除くんである。


「おい、今そっちで何か動かなかった?」

「いんや。しらない」

「うそ。よくみろよ」

「ここかね?」

=パカっ=

「ぎゃあああああ」

「おおおおお」

「馬鹿野郎。こっちに投げるんじゃねえ。」

「踏め。踏め。」

「俺、サンダルだって。」

「ふざけんな。いいから踏め。」

「おめえが踏め」

「だからこっちに投げんなって言ってるじゃねえか」

「いいから踏め。」

「うおおおお。こっちにもいる」


という感じで中は「地獄のカマ」と化し、外にいる奴は大抵面白がって出入り口を石でふさぐ。だから「地獄のフタ」は開かない。



どれも興奮とスリルに満ちた仕事であったが、そうこうやっている間にも、小生の体重はぐんぐん落ちていった。


ずうっと凄まじい下痢が続いていたのである。



|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||以下次号。明日の更新を待て。



けっこういい飯は食べていた。

たぶん2年に及ぶ海外放浪のなかで、「1番良い飯」をかっ喰らっていたのが「ミグー時代」であろう。久しくお目にかかっていない「銀シャリ」と「白菜の浅漬け」が、朝昼晩と食卓に並んだし、週末は毎回「ヤギの丸焼き」という豪勢な暮らしである。

流石の「どんぶり隊」も、「ヤギの屠殺と解体作業」に対しては「嫌だ」の一点張りだったため、このときばかりは「なんでもやる」小生が重宝されたが、血生臭い局面に慣れている小生にとって、「ヤギ分解」はプラモデルの逆手間に近く、5頭目あたりからは目を閉じても楽勝であり、楽勝過ぎて解体中に胃袋を傷つけてしまい、全身ヤギのゲロまみれになったりして悶絶していた。

アクシデントは多々あったが、なんにしても「いい暮らし」だったのは間違いない。

途中で2度、マラリアに罹患したが、すでにザンジバルにおいて「2連コンボ」でマラリアを罹患している小生にとっては、こんなもんは「どこふく風」である。


・・・ところで、よもや、よもや「マラリア」の「予習」をしていない痴れ者はいないと思われるが、確実に全員予習してねえ気配がただならぬ。ただならぬので以下に「マラリアのなんたるか」を説明してくれるわ。(怒


マラリアとは、熱帯地方の「死ぬる風土病」として、全てのバックパッカーに畏怖の念を抱かせる恐ろしい「伝染病」である。この病気はハマダラ蚊という「羽がマダラ柄の蚊」によって媒介される。感染者の血を飲んだハマダラ蚊に刺されると、「痒い物質」でできている「蚊の唾液」に混じって、「マラリア原虫」が血中に侵入、これによって感染、罹患後数日後に発病、たまに死ぬる。

「原虫」とは無脊椎動物の一門であり、顕微鏡レベルの「こまい生き物」である。爆発的な増殖力を有する単細胞生物だが、鞭毛などの器官が発達している為、単細胞の分際で恐ろしい機動性を獲得している「手に負えぬ生き物」である。

ものの本には、「ハマダラ蚊は夜行性なので、夜9時以降に刺されなければ大丈夫」などと書かれているが「出鱈目」であり、実際には昼間刺されても余裕で発病する。鎌形赤血球保持者が「感染しない」のは本当で、このためにマラリア汚染地域では長い年月によって「淘汰」が行われ「鎌形人間」の構成比率が他地域に比較して非常に高くなっている。しかしながら「鎌形人間」は「貧血もち」なので、総じてアフリカ人は朝に弱く、彼らが約束の時間に確実に遅れるのはこれが原因との説があるが、昼夜に関わらず連中は時間を守らないので、別の「脳の不具合」があるものと推論される。アフリカン、「たいがい」である。

で、発病すると、「どうなるのか?」だが、「熱帯熱マラリア」「卵型マラリア」など原虫のタイプによって多少症状は変わるものの、発症すれば、総じて「体温が42度くらい」まで上昇する。加えて嘔吐、下痢、腹痛、悪寒、など諸々の苦痛が「芋ずる式」に襲ってくる為、本格的な原虫の増殖を許してしまうと「治療うんぬん」抜きにして「殺してくれ」という状況に行き着く。

一般的な治療法としては「キニーネを飲む」という手段が挙げられるが、この「キニーネ」なる液体は劇薬であり、飲むと「原虫も死ぬ」が「人間も、まま死ぬ」という危険物質である。一命を取り止めたとしても「副作用」が極悪であり、ぶっちゃけマラリアより凶悪な「頭痛・吐き気」が襲ってくることは必定である。だから普通は誰も飲まない。

しかしながらそれは「裕福な白人の世界」の話であり、世間で言う「ド貧」である現地人とバックパッカーは「劇薬キニーネ」である。なんたって「安い」からだ。この「毒薬」以外の治療法では「西洋の薬」と「中国の特効薬」があるが、前者は「大麻・レンガ一個分」と同じ価格であり、後者は「大麻・冷蔵庫一個分」という法外な値段である。現地人にそんな金はなく、バックパッカーは余程の根性なし以外は無条件で「大麻」を選ぶ。私見を述べれば、「西洋の薬」なんぞという「伴天連の情け」にすがる奴は「羞恥」を知らぬ「玉なし」であろう。男なら喜んでキニーネを飲むべきだ。

で、無論、ザンジバルで罹患した小生は、1も2なく「西洋の薬」に命運を託した。恥辱である。

ガリッサで、通算3度目のマラリアに感染した時も、小生に「恐慌」はなかった。なんたって3度目である。流石に馬鹿でも3度目にもなれば「体が重い」のは「発症が近い」からだと推測できる。だから原虫の増殖が進む前に薬を飲み、発病を抑えた。

「ふっ。楽勝だぜ。マラリアなんぼのもんじゃい。」

あまりにも楽勝なので、通常5日間飲み続けなければならない「伴天連の情け」を、小生は2日目で止めた。で、案の上、発病。42度の発熱。ぶっ倒れた。

この回復後、一ケ月を待たずに再び小生は4度目のマラリアに感染し、再び「情け」に泣きつくが、生来の学習能力の欠如は拭いがたく、やはり2日目で投薬を止め、隠れてドブに捨て、大麻を吸い、勿論発病し、42度の発熱。嘔吐。下痢。ぶっ倒れた。


こうしてみると、「ぶっ倒れ」の連続であり、こんな状況でよく働けたと思うが、当たり前である。なめてもらっては困る。小生は「生粋の下男」と恐れられる当世最高の丁稚であり、「昭和最後の飯炊き坊主」である。(飯などぜんぜん炊いていない。


まぁ、贔屓目に見ても、2ヶ月の滞在中、1ヵ月は寝込んでいた。寝たきりである。老人である。で、老人なので深夜徘徊はする。しなければならぬ。ってんで夜になると大麻を吸い、町に繰り出し、例によっておどり、昼間は倒れていた。よーするに「ノン・ガバメント・お殿様」である。(うるさい

しかしながら、そんな暮らしを続ければ、当然追い出されるのが世間であり、渡る世間は鬼ばかり。神仏も念仏もねえ人情砂漠が浮世である。しょうがないので働く。働くふりをする。「ドリル掘り」に行くと見せかけて、フレッシュジュース屋に通う。足しげく日参する。うまいんである。




これが仇となった。




小生は毎日必ず「フレッシュジュース屋」に通い、クーラーボックスに「そのまま」蓄えられている「果物汁」を吸っていたワケだが、後に判明したところによると、この「甘露」には「赤痢菌」などの「あぶにゃい生き物」が満載であり、それ以前に「痛んで」もおり、まぁなんというか「毒液」だったらしい。

NGOに参加して一週間がたった頃から、「水便」がダダ漏れとなる。


「どうせ、でるもんだしなあ」


小生は悠長である。貯金はしないが、悠長だ。(それは郵貯

おまけに遺伝的に気風もいいときている。あるうちは、ばんばん使う。そこに計画性はない。宵越しの金はまるで持たない。あったらあるだけ飲んでしまう。したがって「毒液」も、毎日、腹がぱんぱんになるまで飲んだ。目指すは1日1ガロン。正に、鬼の首を討ったように飲みに飲んだ。(用法がちがう


しばらくすると、水便が治った。


かわりに、年柄年中「変な粘液」がケツから漏れるようになった。


「出たいんだなぁ」


基本的に「出るものは追わない」気質の小生は、この期に及んでも「気にしなかった」。実際問題として「液漏れ」は難題であったが、これに対しては「ティッシュで栓」という物理的な手段で強引に解決し、「尻に詰め物」をしながら、日夜ドリルと戦い、ソマリを追っ払い、大麻を吸い、毒液を吸い、清濁合わせ飲み、おどった。楽しかった。



ガリッサ滞在が2ヶ月を経過し、そろそろ保険金が降りる時期が近づいた頃、「変な粘液」は「コシ」というあらたな性質を獲得し、「コシの強い粘った白液」という「R指定」な物質に変容していた。おまけに量も多い。もう、なんといか土石流である。


体重が減っている気配は全開である。血色のよかった顔は蒼白となり、頬は死神にビンタを喰らったようにコケていた。アバラも干物みたいである。しかしながら小生は、肌の色を気にする「偏見の持ち主」ではないし、ビンタには慣れている。乾物は大好きだ。

「人生は変化である。」

したがって「まぁいいや」である。どおってことはねえ。なんか容貌が幽鬼みてえな按配だが、「鏡がおかしい」と思えば済む。だいたい体が軽くなって身軽になった。なんかフラフラするが、たぶん月に行くとこんな感じなんだろう。(そんなわけがねえ

とゆーわけで、小生の身体は、この時既に、「明らかにおかしい兆候」が満開だったんだが、花より団子の小生は、あまり気にすることもなく、「保険金」をゲットするべくガリッサを後にし、ナイロビに戻り、友人宅で脱糞するに至るのである。(どかん




\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\とう・びい・こんてにゅ。
[PR]
by 201V1 | 2004-05-26 21:53 | ■ダイエット
201V1式痩身術その3
朝、

「バブッ」 という音で目を覚ました。

赤ん坊の声ではない。大体にして、このアパートに幼児はいない。

ってゆうか、赤子はあんな「怪音」はださない。

この日、齢19を目前にしながら、小生は自らの脱糞による「破裂音」で目覚めるという「十字架」を背負うに至る。




「おぎゃあ」




現場となったアパートは、今は孤児院に勤める留学仲間の借家である。ガリッサからナイロビに戻った小生は、次の潜伏先をここに選んでいた。しかしながら「貧な連中」の考えることは皆同じで、今この場には小生を含め、都合「6人」の宿無しどもが雑魚寝しており、この馬鹿共ときたら、一貫して人生に明確な目的がないクセに、「他人の鈍」で浮世に快楽を求める点は「共通で不動」という「体たらく」の性悪揃いときている。まぁ言うなれば、バックパッカーの短所を伸ばして他を削ったような人間外道の群れであり、しかる堕落の権化どもを前にして、「脱糞」の事実がひとたび露呈しようものなら、小生の「基本的人権」は瞬く間に蹂躙されることは必定である。「おもらし野郎・フンダレボッチ」として三国に勇名が轟くのに3日と時間はかかるまい。そうなれば大手を振っての街道の移動に「嘲笑の嵐」がBGMとなることはまず間違いなく、それ以前にリアルタイムで「スカトロマン」呼ばわりされるに決まっている。無体である。断じてそのような扱いをうけるイワレは当方にはない。当方は、「朝一番でうんこをもらした。」だけである。



これ以上の恥辱はない。




思えば恥辱が多すぎる。というか「それのみ」の人生だが、この上の恥の上塗りは、先祖が祟る危険がある。思えば悪辣な先祖である。遺伝子プールの「全てが業」の我が身である。あの道理の通じない連中が「自らを棚上げ」して墓穴から這い出し、自分を祟るのかと思うと、とても正気を保てない。いかな小生といえども気が振れる。(詳しくは「血系編」で


気のふれた小生は、文字通り「証拠の付着した着衣」を、「そのまま丸ごと便所に流す」という豪気な結論に達し、やおら便所へと向かった。


慈悲心の感じられぬ便器を眺めつつ考える。



「流せるのか?」



小生は普段、「ノーパン人生」を強いられて浮世を忍んでいる。それは「洗濯がメンドイ」という「抗い難い衝動」に屈しての結果であったが、これが原因で昨夜もノーパンであり、言下に今もノーパンである。したがって当然の帰結として、「暴発したうんこ」は遮蔽物に阻まれることなくズボンを直撃するという未曾有の大戦果を挙げるに至っていた。


「ワレ、キシュウニ、セイコウセリ」 (やかましい


さらに敵の奇襲部隊は今現在も「尻を汚す」という実力行使を続けている次第で、こうしている間にも着実に小生の下半身は「汚辱で陵辱」という屈辱カーニバルの最中にある。しかしながら、現在隠匿すべき、闇に葬るべき「汚物」は、世間一般に流通している「ぱんつ」とはサイズ的に天地の隔たりのある「一代の大物」である。それは「ソフトジーンズ」などという「弱卒」ではなく、「コーディロイ」と呼ばれる「詰まる気満々」の勇将であり、流すには、無駄に志気が高過ぎる。


この期に及んで「便器を詰まらせ・逆流」なんてことになれば、隠ぺい工作の失敗は勿論、二次災害としては空前の規模で「うんこ一揆」が発生してしまう。それは「尊厳の打ち壊し」を意味し、国を預かる一領主として断じて歓迎できる未来ではない。



「主、主たらずんば、臣、臣たらず」



なんか、書いてる本人もよくわからなくなってきたダイエット編だが、時代設定に錯誤を感じる昨今だが、このままいく。畜生が。だいたい長すぎるんである。それ以前に何処がダイエットなのか甚だ疑問だが、まぁ何?製作が開始された時代の流行が「掴み」であり、コンセプトが一過性サイト名「母乳戦線」と同じという点にすべての原因がある気が多分にするが、まぁいいや。もぉいい。行く。やりゃあいいんだろ。やりゃあ。小生は頑張る。頑張って事態を収拾する。(近年まれに見る収拾の必要な物語


さいわいコーディロイは「茶系」であり、いわば「迷彩仕様」である。したがって侵食による外見上のダメージは今のところ軽微で済んでいるが、本体である「尻」そのものは既に大破しているといってよく、気持ち悪いこと至極である。尻の感覚からしてそろそろ外装にも被害が拡大しつつあり、事態は火急的速やかな打開策を求めていた。この上は最後の手段をとる以外に選がない。





=戦国の世は、天下泰平のため、英雄豪傑の血を欲している=




「誰かが犠牲にならねば、世は治まらぬ」



ってんで小生は、ついに「洗う。真面目に。」という1番気がつきたくない真っ当な方法に着手せざるを得ない状況に追い込まれた。「洗濯」などという労役に服するとは憤懣さめあらぬ事態だが、やらざるを得ない。やる。小生は洗う。天下万民のため、甘んじてこの労役に服す。汗を流す。


意を決した小生は、うんこを「ほふる」ため、洗濯場へと向かったが、半自動洗濯機の中には家主のブラジャーなどの「異次元物体」が投じられており、不可触なムーディ。剣呑な気配が漂っている。ヘタに触ったら「まずそげ」である。家主のイギーの夜の生態は未知であったが、まぁなんというか比較的「おおらかとは無縁」であるらしい噂は耳にしているため、他の「おおらかな友人」の下着と比較してもろもろの病気に感染する危険はない。ないが触るのはまずい。


占領軍に駐屯されている「洗濯機」は放棄するとして、残る戦略上の拠点は「バスルーム」以外にない。しかしながら彼の地は「毛等の支配」に甘んじた負の歴史をもつ暗黒大陸であり、バスルームは洋式である。つまりバスタブ以外に給水口がない。浴室の床に穴がない。つまり、うんこを「いわす」には、人間が浸かるであろう「バスタブ」においてより他は手がないのである。

仮にも人間が湯に浸かる風呂釜において、うんこを「みそぎ」してよいものだろうか?道義的にアリなんじゃろうか?市街地における戦闘行為に理はあるのか?小生は熟考の末、先人達に見習うことにした。













「助さん、角さん、やっておしまいなさい」








黄門様も、市街戦を好んで行われた。というかほぼ全部が市街戦であり、乱闘である。水戸光圀公に許されて、万物の霊長たる小生に許されない道理はない。





「おらおら」






俄然、やる気を出した小生は、「汚染」されたコーディロイを風呂釜にぶち込み、洗浄にいそしむ。無論、洗うには、「脱ぐ」という前提条件があったが、いかに何でも「まるだし刑事」では警官に捕まるので、現地の変な柄の腰巻を巻く。で、洗う。それに準ずる作業を行う。触るのが嫌なのでキャタピラ状の「バスタブのフタ」を丸め、「棒」にして押す。押しまくる。






ゴリゴリ






ニワカに水が濁り始め、大方の予想通り、茶褐色の汚水がバスタブを満たしていく。それと同時にバスルームには異臭が漂い始めたが、まぁ「漏れた量」がダイナミックだったのでこの辺は別に驚くには値しない。




「てい。てりゃあ。」




=  プーン  =





・・・・・まぁ、なんというか、流石は「病人の便」だけあって、ちょっと普通では予測できない「すごい色と匂い」である。大体、なんでシャンプーの泡そのものが「茶色」になるのか理解できん。敵は想像を絶する潜在能力を秘めているようである。ってゆーか、この作業は危険だ。戦場の熱気に刺激され、たびたび後続の部隊が出撃しようとするのである。





「あっ。・・・ああ。」





などど、ひとり、よがりながら、突出しようとする後続の統制に苦心しながら戦うこと10分。しかしながら、一向に水が透明にならない。濁りが増大の傾向を増す。そのときである。なにやら背後に気配を感じた小生が振り返ると、そこには家主のイギーがいた。悪臭の充満するバスルームに佇む彼女の目は、大きく見開かれ、身体は固まっている。



イギーは聖母である。孤児院で孤児の面倒をみる現代の聖女である。このあいだ、同僚の日本人に強姦されかけてブルーになっていたが、「黄色いマリア」との異名をとる彼女の慈悲は海より深いと評判だ。小生は、イギーの真心に期待する。良心にかける。よもや小生に対して非道な扱いをもって接することはあるまい。



イギーは、今、その場で行われている行為をようやく理解したらしく、自失から覚めると、おもむろに口を開いた。















「イヤァ。出てってぇ」












小生は、アパートを追い出され、路上にひとり、ぽつんと立ち尽くしている。腰巻を巻いて。汚物の入ったビニール袋を持って。


あてどなく、我が身の行く末を案じる。この先全体どーすればよいのか?腰巻一丁で考える。いずれにしても宿無しでは生きていけぬ。


次に身を寄せる当てもないままに、バス停へと、へっぴり腰でとぼとぼ歩く。



しかしながら、このような絶望的な状況にあっても尚、降りかかることをやめぬのが「不運」であり、それが人の生涯である。



悲劇はまだ序章に過ぎず、運命の女神は、未だ小生を暗黒の世界から解き放ってはくれなかった。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\      とうびいこんてにゅ。
[PR]
by 201V1 | 2004-05-26 21:49 | ■ダイエット
201V1式痩身術 その4

あーあ。ああ?ああん?おああ?

腐れが。腐れ大根が。腐れダイエット編が。はやく完結しろ。もぉ俺ぁ、この文体は飽きたぜ。(どかーん


というわけで、イキナリ本音が暴発している和魂要塞。あいかわらずエッセイの体を成してません。いやぁ、なんだね、ぶっちゃけるとね、(ぶっちゃけまくり)、小生は今日はアジテーションやりてえ気分なのよ。「軍隊編」のよーな切れ味のいいアジを再度ぶち上げてえ、弾劾裁判なムーディなんだよ。にも関わらず、ダイエット編を書かなければならず、もぉなんというか、やれん。



ぐおお。ぐああ。スケープゴートをよこせぇえ。(ほとんど祟り神


とゆーわけで、馬鹿はほっておいて更新。ダイエット編その4。





『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『



小生は、路上に呆然と立ちつくしていた。

バスタブでの、生涯ただ一度の蛮勇を、家主のイギーにリアルタイムで目撃されたからである。

・・・・・くそが。イギーのくそったれが。(糞たれは、あたし




というわけで、「孤児の下の始末は率先してやる」が「201V1のは断固・嫌」という、イギーの歪んだ倫理観の犠牲となった小生は、いまや万人に見捨てられ、世界から見放され、路上にひとり、尻にティシュを詰めた状態で、なにが悲しいのか往生している。くそう。・・・・・泣き出したい気持ちを抑え、空に向かって叫ぶ。





「やあやあ、我こそは、」

「古の、平家武者が末孫にして、伊賀上野・桃地三太夫が末裔っ。和魂要塞城代・伊豆守百谷焦兵衛豊拓っ。201V1を号する天下無双の威丈夫なりっ。」

「日下開山っ。遠からんは耳をそばだて、近からんはその目でみよ。」
























「拙者はさっき、うんこを漏らした。」






とゆーわけで、しのごの喚いてみたものの、相変わらず事態は極限状態であり、なんとなれば再び漏れそうな昨今。こんな馬鹿を言っている暇はないのであり、どこかに迷惑をかけに行かねば、小生の未来に光明はない。すなわち無明である。

それは困る。ってんで、今、小生は、腰巻ひとつでバス停に向かっている。別にアテはない。心当たりもまるでない。まぁ何処の誰に頼るかは、バスに乗ってから考えよう。全体、何番のバスが来るか知れんが、来たバスに乗ろう。うし。俺は乗る。今度来たバスに。で、たぶんバスはどっかに向かって走るので、路線の途中の何処かには、知人の1人2人は多分いる。いないかも知れんが、その時は見知らぬ他人を頼る。ぬう、名案。


などと、ほとんど狂人的発想で未来に希望を託し、前進・前進また前進。まぁここまではいつもの調子で馬鹿丸出し。しかしながら彼の地は呪われた土地であり、未来永劫、光の届かぬ暗黒大陸であり、この国ではバスに乗るのも大変に難儀なんである。



暗黒大陸における移動のツテは、原則的に「車」しかない。ごくごく限られた区間は「列車」という選択肢も発生してくるが、それは長距離に限った話であって、近距離の移動で電車の世話になりうる可能性は南アフリカを除けば絶無である。その点はケニアの首都ナイロビも例外ではなく、やはり移動は「車」しかない。


当然、ひとくくりに「車」といってもいろいろ種類があるわけで、まずは自家用車という手段、いわゆる「マイカー」が上げられるが、ナイロビの「マイカー」は「信号に捕まる」のと「カージャックに捕まる」可能性がどんぐり状態であり、まますると「鉄の棺桶」と化すため、小生は乗らない。というか買う資本がそもそもないので前提条件からしてクリアできぬ。したがって却下である。


次に「タクシー」という手段があるが、今現在、小生はスカンピンであり、そんな余裕は全然ない。大体が、この尻の具合からして、「交渉」でエキサイトすると「実が出る」公算が高く、そんな危険はとても冒せん。だいたいさっき漏らしたばっかりだ。無論、ない金を、涙を飲んで払って乗るという選択肢もないではないが、「ネゴの鬼」としてそんな妥協案は死んでものめぬ。


以上のような理由から、残るは国営バスと民間ミニバスの2択しかないんだが、小生は後者が嫌いだ。民間ミニバス「通称マタトゥー」は狭い。狭い上に東京の満員電車なんぞ比ではない密度で人間が満載されているのがマタトゥーであり、小生はかつて満載のマタトゥーの中で乗客と鉄棒に「腕を挟まれ」、間接を極められ、その場で「泣いた」ことがある。断じて再びあのような恥辱を再び受けるつもりは毛頭ない。したがって、やはりここは「国営バス」しかないのである。



しかしながら、この「国営バス」という奴がまた曲者で、「よく乗客が客死する」という非常識な乗り物だったりする。

老醜腐敗の権化・モイ大統領の独裁政権による恐怖政治で統治されているケニアにおいて、「国営バス」は民衆に目の敵にされており、そのため大規模なデモが市内に発生するたびに、外資系銀行とアラブ系商店とともに凄惨な土民に焼き打ちの被害にあうのである。

勿論、小生が乗っていようがなんだろうがバスが襲われるのに一向に支障はないわけで、「ぼけー」とバスに揺られていると、突然「人間の頭」くらいの大きさの「無数の岩」が、窓を突き破ってドカドカ飛んでくる。で、これは無論よく人にあたる。あたると無論死ぬ。無論死んだあとも尚あたる。あたり損。という世界であり、当然国営バスの窓ガラスは尽く割れ一枚も残ってはいない。

とまあ、ケニアのバスは全てがこんな具合であり、当然ドアも半ば壊されているため、「好き勝手に開いたり閉まったり」しながらバスは走る。気にもせず。

そして今まさに小生は、このような魔性の乗り物に不具の身でありながら挑もうとしているわけで、その足取りには勇者の威厳すら感じられるが・・・・・・っ。




・・・・・・ぐあああああああ。ダメだっ。限界だっ。上手に韻が踏めねえ。キレがねえ。おまけに筆が全然もって進まねえ。やっぱ。アジだ。今日はアジしかねえ。アジらせろ。怒



というわけで、中断。


気が向いたらダイエット編は続編を書くものと断じ、もぉ今日は絶筆。(むちゃくちゃ

』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』




さて、「議論編」を見事ぶち上げ、少々気の晴れた今日。しょうがないので真面目にダイエット編を完結させます。



しかし何だ。


飽きたぜもぉこの文体は俺ぁよおお。←反省の色なし







で、いろいろあって今、小生はバス停にいる。

無論、時刻表などというものはケニアのバスには存在しない。まあこの点は、時刻表はあるが全然その時間にバスがこない沖縄などと比較すると、ある種の潔さが感じられ、官民一体となって自国のアバウト加減とデタラメ具合をアピールできるケニア人の根性は、ある意味賞賛に値する。

しかしながら、問題は時刻表うんぬんというレベルではなく、ケニアのバスは恐るべきことに、なんと「乗車拒否」が得意なんである。あの巨体で「乗車拒否」をカマし、バス停で思い切りアクセルを踏む神経は理解できんものがあるが、兎に角、ケニアのバスは黒煙を噴出しながらバス停をよく無視する。で、決まってそういうバスはガラガラなんである。

よーするに、ほとんどのバスが、「気分は回送、心は有給」という、とんでもない意気込みで走っているんであり、当然乗客は「全力で走って」バスに追いつき、「飛び乗る」という「よくわからん光景」に毎回巻き込まれることになる。ほとんど意味不明である。

したがって、こーゆーバスが横行している以上、当然マトモな運転手が転がしているバスは、「大混雑」することになる。何故って「走らずに乗れるバス」の絶対数がないから。だから「走れる乗客」は意地でも「回送バス」に飛び乗って混雑を避けようとする。

小生も混雑はいやである。何故って間接が極まるから。だから断固、回送バスに乗りたい。しかしながら「尻が不具」というこの身の上を鑑みると、少々「走る」のは危険である。けれども混雑したバスに乗れば、オシクラ饅頭は必死であり、そうなればまず脱糞は避けられまい。

そーゆーワケで、小生はどうあっても回送バスに乗る必要があった。





バスが来た。

25番のバスである。

どこに行くバスかよく知らない。

知らないが乗る。

来たバスに乗ると決めたので。(浅はか






バスはガラガラであり、極めて不穏な気配を漂わせながら、それでもバス停に止まった。




「いける。このバスはガードが甘い。チャーンスッ!!」






冷静に読むと、にわかに「異常な台詞」だが、ケニアでは至極マトモな発言として受け入れられる。こんな間抜けなバスは滅多にいない。これは天運である。



「乗る。おれはこのバスに。いざってでも、断固乗る。」(※いざる=這いずるの差別用語



小生を始めとした数人の「断固乗りたい人々」が、一斉にバスに向かって突進する。異常な光景なのは確かだが、妥当ではある。こんな天運は2度とないのだ。



足の速い乗客が、バスの扉に手をかけんとしたその時、異変は起こった。


















    = ブ ロ ロ ロ ロ ロ ロ 。ゴゴーン。=




なんとバスが走り始めたのでわないか!。ターボでも搭載してんのかという「ありえねえ」加速度で。


正に意表を突かれたといっていい。その瞬間、小生は「気を飲まれた」。合気道で言う「引き込み」という奴である。


虚を突かれた小生の「括約筋」は、その刹那、一気に弛緩し、本来の機能を失った。つまり「栓のないこと」になったんである。(うまい














   ぶりりん






                              ああっ






本日2度目の脱糞である。


くう。


しかも今回は規模がでかい。


震度でいうと「9」。マグニチュードで「8」くらいの被害である。(全然わかりません


直下型である。(うるさい





みるみる「くちゃい汁」が腰巻を汚していく。しかも巻いている腰巻は、世に言う「都市型迷彩」であり、今回の災害に対する隠蔽力は絶無である。・・・・いいか手前らよく聞け。じぇろなんである。(号泣









ぐはあ




小生はあまりに情けなくなって、思わず泣き出してしまった。

涙が止まらなかった。

声を上げて泣いた。

床に膝をつき、バルタンをおし抱いて大声で泣いた。泣き続けた。

そしてバルタンを床に落とし、顔を手で覆い、カラダを「くの字」にして、それでも大声で泣き続けた。

涙はとめどなく流れ、おさまることを知らなかった。





って、「一行日記・妙な夢」の使いまわし??。(殺せ。さあ、殺せ。殺すがいいさ。←逆ギレ








で、馬鹿は放っておいて、当座の問題は脱糞である。

例によって「うんこが漏れた」という意味での脱糞である。(他に意味はない

ちなみに平仮名でかくと「だっぷん」だ。

カタカナで書いても「ダップン」である。

くううう。全然問題が解決しねえ。







というわけで、またもや「フンダラボッチ」と化してしまった小生は、仕方がないので再度イギーの家に戻り、「なんで戻ってきた」だの「出てけ」だの、散々に非難・罵倒されながら堂々とバスタブで尻を洗い、「誰が洗っていいと言った」だの「死んでしまえ」だのというイワレなき罵詈雑言の嵐に耐えながら、ほうほうの体で体勢を建て直し、再び路上で途方にくれた。




尻の具合は重体であり、先ほどのショックで完全に括約筋がバカになっている。

風が吹けば漏れそうな気配が満々だ。

いつ何時、誰の挑戦でも屈しうる、正に騎虎の勢いで漏れそうである。

逆・猪木イズムである。

1・2・3・ダッー・プン。である。










お客さん、もうだめだぁ。








小生は、ようやく自分が「キワドイ」状態であることに気がついた。

だいたいにして腹が痛てえ。

油汗がとまらねえ。

膝が大笑いしている。

いつから?って3日程まえから。




2度の脱糞によって気力の尽きた小生は、遂に自覚症状に気がつき、「死ぬ」というリアルにピントを合わせ、医者に行くことを決心する。



医者へ行く。




小生は、医者の世話になってやることに決め、運ちゃんの言い値でタクシーに乗り、市内のでかい病院にいき、診断を受けた。






















病名:急性結腸炎。    緊急入院の必要アリ。  加えてマラリア原虫も増殖中。














カルテには、さらにこうも書いてあった。


=患者は身長172センチ・体重41.5キロという状態で、「飢餓状態」にある。=













その場で強引に入院させられた。すぐに点滴が開始され、よくわからない変な色の注射を何本も打たれた。検査が必要とか言われ、血もばんばん抜かれた。


「余計な事はしなくていい」と文句をいうと


ドクターが物凄い表情で「死ぬぞ。」と小生を脅した。






結局、既に手遅れだった小生の内臓はボロボロにやられており、18歳で入院してから23歳になるまでの5年間、一滴も酒を受け付けない身体になってしまった。肝臓が半ば腐っていたのである。

体重もまったく戻らず、20歳で帰国したとき44キロ。23歳で46キロというスローモーな回復しかしなかった。あれから5年たち、ようやく少しずつ飲めるようになったが、8年たった今でも、どんなに筋肉をついけても高校の時の体重には戻らない。内臓の脂肪が根こそぎ持っていかれているからだ。

医者は「生涯、酒は飲めないだろう」といった。










だがしかし、今、小生はバンバン飲んでいる。

だから退院した翌日から大麻もプカプカボンボンやっていた。

無論、入院なんてしゃらくさいコトを黙ってやっているハズもなく、絶対安静なんてのはちゃんちゃらおかしかったので、どんどん脱走して実はそのたびに飲み屋で飲んでいた。阿呆である。




お陰ですっかり身体はぶっ壊れ、えらい目にあったが、ひとつだけ学習できたことがある。





























人間は存外ガンジョーなんである。

なかなかどーして滅多に死なない。

楽勝である。








ダイエットにはマラリアだ。(ぜんぜん学習してねえ


=====================ダイエット編完。続編・入院編を待て。
[PR]
by 201V1 | 2004-05-22 08:07 | ■ダイエット