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カテゴリ:カテゴライズ前・生ログ( 296 )
トモダチ
皆さんこんばんわ。

和魂要塞です。

かつては、201V1とも名乗りました。

当時から親しい人は、城代とも呼びます。

このブログを始めたころ、私は26歳でした。

あれから12年と8ヶ月が経過し、まもなく39歳になります。

頭髪には白髪が混じり、生え際は戦略なき撤退を続けています。

つまりは、平等に、時が流れたのです。

2004年にブログが日本に上陸し、
エキサイトブログがベータ版のユーザーを募ったころ
本サイト=和魂要塞は始まりました。

その実際的な更新期間は、わずかに7ヶ月間に過ぎません。

しかしながら、その間、日数にして200日程度の間に出会った人々は、常ならず多様でした。




このブログを立ち上げなければ、二度と再び出会うことができなかったであろう人。

このブログを立ち上げなければ、その心に触れる機会は終生なかってであろう人。

このブログを立ち上げなけば、互いのその後の人生が大いに異なっていたであろう人。




これは私に限ったことではないようです。




その意味で、我々は、それが故に、等しく < 変わった > と言えます。

それは、より厳密には、< 等しく変わった >と表記したほうが正しいでしょう。



あれから流れた12年が、< 等しく僕たちを変えた >のと同じように。


いつか、尋ねたい事は山ほどあるけど。
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by 201V1 | 2016-12-29 03:53 | カテゴライズ前・生ログ
デスマなう
こちらサポセン管理人とデスマなう。

3年間、ずっとこんな感じ。

いつ寝てるのか怪しい感じは
10年前から10年間、
まるで変わってねえ。

この程度のハゲ加速度で
済んでいるのが不思議すぐる。
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by 201V1 | 2013-12-26 04:41 | カテゴライズ前・生ログ
浦島ショックの解決
~ 久しぶりのスキン編集 ~

で、困った。

素材画像のアップロード(投稿ではない)が、
無料版ユーザーだとできなくなってる!!!!!

まじですかー!!!
10年前はできたのに!!!!!


ヘッダデザインを編集してて気がついた。

というわけで、クラック。


ステップ1>
非公開記事の画像つき記事という方式で、
とりあえず画像をアップする。

ステップ2>
アップした記事内の画像URLをコピペ

ステップ3>
1の記事を目障りなので削除

ステップ4>
スキンのCSS編集で2のURLを使う。


黎明期から復帰組にとっては、
「あれ?素材アップロードできなくね?」な現状を
上記方式で
各個打開していただければ幸いです!!!!!!!!!!
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by 201V1 | 2013-12-25 23:16 | カテゴライズ前・生ログ
お知らせ
FACEBOOKで実名にて活動しております。

でわでわ。
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by 201V1 | 2012-04-15 05:11 | カテゴライズ前・生ログ
12年干支一回り
寝牛とLOVE ♪
勃つME ♪
馬執事!
サルトル犬イク!??

※NHK お義母さんと一緒より











ひゃっほー。

みゆき(中島)しか
iphoneに入っていない、和魂です。(みゆきのイメージ大ダウン)

ファイトォ!(俺たちのみゆき)








いやぁ、今年も末期ですね。(縁起でもねえ言いぐさ)



速いもんですナァ。



年月は。




12年前の今頃、
手前が何をしてたのか
思い返すも一興と
やおらプレイバックを試みる小生。


そういやぁ
この前の虎の暮れには
小生は、
まだ日本にいなかったデス。


記憶がすでにアヤフヤになってきているが
おそらく北インドあたりにいたように・・・思う。(葉っぱで記憶がバカになっ)


あの頃の小生は
全体
どんな20歳だったろう・・・・。



実際のところ
あんまし変わってねぇ気がするが
余所から見ると、どうなんだろうね。


錆びたかどうか、どうなんだろうね。

必死に砥いできたつもりだが、

一体ちゃんと、俺ぁ生きてこれたんだろうか。

大陸でコテンパンに負けて、

この国に逃げ帰ってきた、あの日から。
















当時の私から見た当時の私の印象。

当時の私から見た現在の私の印象。

現在の私から見た当時の私の印象。

現在の私から見た現在の私の印象。

当時の私に対し当時の他人が抱く印象。

当時の私に対し現在の他人が抱く印象。

現在の私に対し当時の他人が抱く印象。

現在の私に対し現在の他人が抱く印象。

当時の私が想像する、当時の私に当時の他人が抱くであろう印象。

当時の私が想像する、当時の私に現在の他人が抱くであろう印象。

当時の私が想像する、現在の私に当時の他人が抱くであろう印象。

当時の私が想像する、現在の私に現在の他人が抱くであろう印象。

現在の私が想像する、当時の私に当時の他人が抱くであろう印象。

現在の私が想像する、当時の私に現在の他人が抱くであろう印象。

現在の私が想像する、現在の私に当時の他人が抱くであろう印象。

現在の私が想像する、現在の私に現在の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、当時の私が想像する、当時の私に当時の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、当時の私が想像する、当時の私に現在の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、当時の私が想像する、現在の私に当時の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、当時の私が想像する、現在の私に現在の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、現在の私が想像する、当時の私に当時の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、現在の私が想像する、当時の私に現在の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、現在の私が想像する、現在の私に当時の他人が抱くであろう印象。

当時の他人が感じる、現在の私が想像する、現在の私に現在の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、当時の私が想像する、当時の私に当時の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、当時の私が想像する、当時の私に現在の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、当時の私が想像する、現在の私に当時の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、当時の私が想像する、現在の私に現在の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、現在の私が想像する、当時の私に当時の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、現在の私が想像する、当時の私に現在の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、現在の私が想像する、現在の私に当時の他人が抱くであろう印象。

現在の他人が感じる、現在の私が想像する、現在の私に現在の他人が抱くであろう印象。






秤にかけて比べるには、あまりに不確かな「私」たちの群れ。





他人と手前の期待に埋もれていく手前の実像と、

手前の力と世界と間にあるの埋められぬ溝と、

埋まることのない喪失感が呼ぶ虚無の声が

俺たちの演じる20代のステージとバックコーラスだった。





実際のところ、

思い出の悉くは

大抵において暗く切なく

反吐を催す敗北感で満載だ。



でもきっとそれは

30代でも40代でも

多分同じなのである。


その理由は本質的に世界がクソだからだが

感じ方が年を食らって変わるのは

人が理不尽な運命と手前の無力に対して

どんどん鈍感になっていくからである。

※反面、大衆の悉くが蜜の味(他人の不幸)には貪欲になる。




その意味で、

20代の苦悩を忘れぬ限りは、

俺たちは

10代最後の自分を

裏切ることなく生きていることになる。




12年前求めていたのは、

不確かな何かではなかった。

確かな何かだった。



それが愛なのか、

別の何かなのか、

やっぱり金なのか、

どっかの神なのか、

決めるのは俺たちで、

決めないのすら

俺たちによる。




12年かけて小生にわかったのは

このあたりまでである。




ここまででいいのだ。




俺に今、知れるのは。





この先は、あと12年かけて、また答えを探しに行こう。






俺が探しているのはなんだったのか。

思い出すのではなく、

確かめるために。





だってそうだろ、ベイビー。





俺たちには、確かめる自由だけはあるんだから。








いざ、次の12年へ。














それではみなさん、12年後に会いましょう!(スケールだけ大物
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by 201V1 | 2010-12-09 00:24 | カテゴライズ前・生ログ
和魂要塞再び
皆さんワンバンコ。









老いも若きも生まれてこの方狂い咲き、
結実すべき一切合財、千切って投げて32年!

極東が生んだ世紀の中二病、、
娯楽プロパガンダー・201V1です。(なげえ)


今年も全力です。
(放置が)

さてさて、2010年1月末で無計画にダッサラし、やってみました起業一代。


あっはっは。







お嬢ちゃん。






おじさん、死ぬかと思ったぜ。











・・・・・実際問題、
こうして今日まで生き永らえ
年を越せるか越せないかのところまで
絶息手前で漕ぎ着けたのが
俄かに信じられない次第です。(どんだけギリギリなんだよ)



実に失業率5.4%、
完全失業者334万人!
絶賛デフレスパイラル!(セブンセンシズ!)。

1億昇給顔面ブロック!(石崎大活躍。)

和夫!兄ちゃん!
立花兄弟のスカイラブ派遣切り!←かっけえ

見上げれば満天の死兆星!(ジャンプ連載陣総力戦)

共に同じ空の下!(イヤぁーーーーーーーーーー)







たわけ







落ち着け愚民ども!
まぁなんだ大臣。

ぶっちゃけ334万人とか言われても
総理の俺ぁ
「それってバケツで何杯分?]としか返せんぜ?(国が滅ぶ内閣)






阿呆な大衆にも
一体全体334万人の失業者というのが
一体どんな数なのか
イメージしやすいよう
虫でもわかる感じで喩てやると
超時空要塞マクロス(SDF-1←正式型番)の人口が
大体8万人(兵士と家族2.3万・難民5.8万)位なので
334万人の失業者のスケールってのは
おおよそ
42体のマクロスに
プーさんが8万づつギッチリ詰まっている感じ?
















激メカ!KUMAMOEEEEEEE!
うるせえ







つまり野球だと、
選手全員マクロス(失業者入り)という状態で
1・2軍が入り乱れての東西対抗戦が可能な状況なわけで
もはや野球じゃねえ。





プーさん戦闘配置!
戦争だ!
対艦戦闘準備よーい!





当然、
ダイダロスアタック(21:05)で射出される(乱闘前提)のは
勿論全部が全部、
完全無欠の失業者諸君であり
マクロス同士がダイダロスアタックで
互いに失業者を装甲をブチ抜いて打ち込み合うも
100年経っても失業率は100%だ。

イナバの物置も真っ青である。(意味がわかんねえ




というわけでだ。

ここまでで早速ついてこれない非国民は
マクロス ダイダロスアタック で グぐれ。(無視していいです



和魂要塞は、今日もすごいぜ?(勝手加減が





兎にも角にも
現在、
かつて不沈空母とハゲ曽根が断じた我が国は、
42体の「プーさん満載マクロス」を載せて航海しているんであり
物理法則を無視して頑張っているんであり
民主党で大丈夫なのか昨今甚だ不安だが
元は自民60年のツケなのでケツの持ってく場所もなく
あべし感満々なわけだが
よりにもよってこのタイミングでの起業は
まぁ
手前味噌ながら
匹夫のYOUであり、
ようするにロックであり、
ライフ・イズ・デスメタル!(おぎゃあ






ITドカタ!IT企業万歳!


IT?





あぁん?

ばれちゃあ、しょうがねえ。(自分で言った)
白状するぜ。(自分で言った)
ITドカタだぜ?(さっき言った)
ITだぜ。(もういい)




というわけで、小生の会社を白状する。
ITである。(3度目)




ETではない。



ITという銀河系があった場合、(そんなものはない
小生の業種は、
冥王星の果てのはるか彼方の最外周軌道(どうでもいい場所ともいう)にありながら
不規則に太陽(マイクロソフトとメーカーの利権)に突進する
「英雄的隕石」みたいな
北の香りの玉砕系職種であり、
端的にいうと
「和魂要塞をそのままIT化した」ような戦闘的稼業である。(お察しください。)


当面の敵はマイクロソフトとPCメーカーであり
うちの売上に反比例して連中の売上が落ちるというスキームのビジモデだ。
※なぜそんなのを選ぶんだお前は。


まぁ、ほっといてもモチベーションは上がるわな。(頭おかしい



で、おどろくなかれ、パートナー企業はあの・・・




























ミツケン(こちサポ)である。












つまり軍隊で言うとこんな感じである。




~ 2010~2011年 第二次大東亜戦争 対ゲイツ極東方面戦況説明 ~



秘密研究所=(株)こちサポ/ミツケン社長(新兵器開発=ひとりドイツ)

↑ 古今例を見ない我儘な依頼        ↓ 得絵空事の青写真を元に空前の新兵器を渡す

電子歩兵=(株)和魂要塞/鰐口社長 (人型突進地雷←地雷を越えた地雷←地雷ではない)

↓ 白兵戦(ITなのに肉弾←ここガチ)    ↓ 砲戦(豆)

お客さま                      マイクロソフト他・利権連合。



で、全体大本営はどこにあるのかというと
そのあたりは
弊社(株)和魂要塞の取締役である
「 ジェネラルケロロ 」が
要所を万事さばいてくれるため
結果、
代表が201V1という不安要素を抱えながら
度重なる「乗っ取り勧誘」の魔の手から逃れ
弊社が今日まで存続している次第であり、
この間は、
いろいろあって
妻と
子と
ジェネラルケロロと
小生は、
一緒にカニを食べた後、
同じベットで
川Iの字で寝た。(カオスすぐる)



という感じだ。弊社は!






















君!、うちに来ないか!











勿論、三食昼寝なし、サービス残業200時間、土日祝日出勤だ!

労基なんてものは、おまえ。

あれだ。










都市伝説だ。







ダルマ女やネッシーみたいなもんだから
悪いことはいわねえ
さっさと忘れて
とりあえず働け。







血尿がでてからが本番だ。

それまではウォームアップみたいなものだから
風邪とか引いても出社しろ。






身体が温まっていい感じに仕事できるから♥

身体が震える?

それは武者震いというのさ。








大丈夫!

俺たちに明日はない!











あるのはただ、今日だけだ!














今日を生きろ!同胞よ!









メリークリスマス!

ライフ・イズ・デスメタル!








死ぬときは、前のめりで死ね。




俺はこれから朝まで仕事だ。(タースーケテー
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by 201V1 | 2010-12-07 23:43 | カテゴライズ前・生ログ
果たしてどんな会社を

今月登記である。

何のって、株式の。

500円玉ひとつ、
裸一貫で12月に創業し、
会社員を廃業したのが1月末、
預金ゼロ(去年家買った)にも関わらず
無借金でつっぱしり
とりあえず何とかなっている。



まぁ今後もなんとかなるであろうと
小生は思う。






さて小生の会社を
当和魂要塞において
なんと呼ぶか
ちょいと悩んだが
「株式会社 砦(仮)」とでも呼ぶことにする。


売り物は「時間」である。


そういう雲を掴むような商売で
小生は今、食っている。


追々いろんな方面にも手を伸ばさざるを得ない事は
雇用する兵隊の運用効率の点から考慮して
回避不可能と思われるが
世界に望まれる限りにおいては
小生は当事業「時間売り」を基幹事業にしていこうと考えている。


口銭稼ぎとしては存外割がいいのと
甲斐があるのが
その理由である。


お客さんの「ぎゃはは」という声と顔は
見ていてなんだ
「ああ、生きていてもいいのだな」と思わせてくれる
そういうちょっといいものだ。


破滅願望のある小生には
これが丁度いい。


問題は手前の会社に関してだ。










経営者の使命について
先人はいろいろ言っているし
今もいろんなことが言われている。



いわく雇用を生み出すことだの
利益を追うことだの
小生には関わりがねえことも多い。



そういうのは
銭づくで起業した手合いの話であり、勝手にさらせ。





忘れてもらっては困るが
人は世界に介入するために生まれ
世界に足りないパーツになるために己を磨き
いつか世界を変えるべく
今日この時を生きるのだ。



それ以外の理由など
微塵もねえ。



だので小生は
まず手始めに
手前の会社に関わる全部の人が
幸せになれる企業風土と
仕組みをゼロから作ることにした。



簡単な様で
実際のところはかなり難しい事だが
優先順位の最高位にこれをもってくる限りは
相当に難度も下がるんである。(考えてみりゃあ当然だ)


人間にやってやれないことはねえ。




やれねえのは、やらないからだ。





それだけだ。



だいたいが
日本に住んで働いて構わないという段階で
難度という難度は
限界まで下がっているんであり
達成できないほうがどうかしている。


考えてもみろよ?
1人が99%の富を独占し、
残りの1%を9人で分けてるこの星で
俺たちが
ただこの国に生まれたってだけで
居所を盗んでいる立ち位置を考えてみれば
やれなきゃ間抜けだし
やらなきゃ阿呆だしで
いずれにせよ、果てしねえ馬鹿に違いねえぜ。



資本主義の恩恵を享受しながら
偏在する富の一極の頂点近くに生まれ尚、
届かない夢があることを認めるなんては
およそ人間を名乗っていい根性ではなかろう。


父は子になんというのか。



父さんには、作りたい世界があった。








でも諦めたよ。
駄目だった。








俺ぁ死んだってごめんだぜ。

















見ろ、これが父さんの作りたかった世界だ。










男が戦う理由は、これだ。











俺たちは、世界を変えるために、ここにいるのだ。









ふざけろ。








なめるんじゃねえ。












大人になったからって、諦めるか、この馬鹿が。






俺を殺したければ、17年前に殺しとけ。
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by 201V1 | 2010-06-07 03:53 | カテゴライズ前・生ログ
アイデンティティについて

仕事は堅調である。




まったくもって

収入もスケジュールも安定しねえが

生まれてこの方

勤労意欲や情緒はおろか

社会的地位も信用も

身の安全と主義思想すら

総じて不安定な身空では

一切合財が纏めて安定していない

現状こそがデフォなので

精神的にァ、まま自適。







不言実行を座右の銘とする小生が

これから書くぜとコトワッテ

勝手に絶筆してから

果たして如何ほどの年月が経過したのか

皆目見当すらつかないが

久々に筆をとった事に

さしたる理由は当然ねえ。









いつだって

人は

いつか筆をとる時のため

生きて

明日も生きていくのだ。






お題はそんな

我々のアイデンティティに纏わる

一考に関する

恒例の不定期世迷い事である。









自己の同一性=アイデンティティというやつを

平たく砕いて格式をなくすと

きっとそれは

人が

「 やあやあ、我こそは 」と名乗りをあげる時

「 すっこんでろ、腐れ野郎!」と啖呵を切る時

その人の脳髄の真芯を走る

唯一の確信、

または一千の狂気になる。








つまるところ、

それは

人が

その魂を

剥き出しに生きる時

てめえを背開きにして

やおら脳髄を引きずり出すための

出刃ァそのものと言っていい。







必然、切れない出羽ァ無用である。

しかるに

自己同一性とは

人が生き死にの際にだけ使う

唯一絶対である道具の

切れ味そのものを指すはずだ。




結果として

人間というやつは

本気で生きている奴ほど

これの実用性に拘ることになる。





この場合

拘るとは、

苦しむことと同義である事を

賢明な読者諸兄は既にご存知のことと思う。





なお

久々に和魂要塞を読む方のため

念のため補足しておくと

当ブログにおける

「本気で生きる」とは

鉄鎖と軛を皿ごと呪って

反吐を吐きながら泥水を糧に

敵意まるだしで膝行する気概であり

狂人賛歌万歳な筆者の妄想なので

原則として右から左で構わない。








大切なのは

俺達が

どうしてコイツの切れ味を

鍛え

磨いて

磨いて磨いていけるか

この一点に尽きる。















鉄は熱いうちに叩けと

先人は言う。





先人にしては至言である。





若い時分に

出刃がまさに

形作られるべきその時期に

身の上のいう金床と

世界という名の鉄槌の間で

サンドイッチマン宜しく鍛えられることなく

産地を唯一の売りにして

市場にでてきた

数打ちのナマクラなんぞ

その後1000年

自称名人が心血を注いで磨いたところで

すぐに錆びるし容易に折れる。






幸い

狂人の多くは

世のマジョリティーにとって

無聊を紛らわす為の

迫害・弾圧・搾取・蹂躙の絶好対象だので

我々は若い時分に

ごくごく稀に必要なだけ

ほとんどの場合は圧倒的必要以上に

世間の悪意に揉まれ叩かれ陵辱され

ほどよく鍛えられかつ

性根は芸術的曲線を描きつつ

捩れた大人になっていく。



そうやって

大人になっていった時

ちょうどその頃

大人になるかならぬ頃

兎にも角にも俺達は

てめえ一人を刺身にするには

申し分のない出刃を飲んで

社会に殴り込みをかけられた。







難しいのは「その後」だ。






切れ味を維持するのは

大人になった「その後」からのほうが

ずっと難度が増す。





それはなんというか

虐殺ゲーム=戦国無双でいうところの

「やさしい」と「地獄」ほどの違いである。





初期状態のまま

生きて死ぬ我々生の人間にとって

「地獄」モードでの無双プレイには

にエンターテイメント性は絶無である。






だからほとんどの狂人が

道の途中で

エンターテイメントに重きを置いて

狂うのをやめ

自他共につまんない人間になっちまう。





小生は

それを恐れながら

15歳から生きていた。




恐怖したのは

てめえを

背開きにする出刃が錆び付いた

後に続く人生だった。





自分がどんな人間か

確かめ続けて生きられないなら

生きる動機がないことだけが

唯一信じられる絶対だったからだ。




自分ですら

どこの誰かわからない奴に

ひょいと預けて生きるには

てめえの命の価値は

あまりに軽すぎたのである。




確かめ続けなければ

生きていく

申し訳が立てられなかった。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・














・・・・・・書いてみて

初めて気が付いたが

小生はどうやら

15歳からこっち17年くらい

てめえの原罪性に関して

非常な脅迫観念を抱いていた模様である。








まぁ

半ば育児放棄され

犬に育てられた手前の背景とか鑑みるに

毎週盛大に犬猫を虐殺している

保健所運営する種族に帰属し

あまつさえその繁栄による幸福の享受を貪っている身上を

改めて察すれば

これくらいの葛藤は

想定の範囲内というところだが

当該駄文作成途上で

たった今発見されてしまった

「犬」という

小生のアイデンティティーについては

この際「気が付かなかった」事にし

話を戻さねば

断筆を余儀なくされることは明白なので

ここはひとつ

例によって

なかったことにして進めることを宣言する。



いいか凡百、

一旦「「犬」のことは忘れろ。



あいつらは

1週間くらいは飯をやらなくても大丈夫だ。

飢えて人を襲うだけだ。



死ぬのはたったの1回だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




さて

問題は「確かめる」というこの行為の本質にある。



アイデンティティーに関する人の懊悩を

いっそう複雑にしているものの正体は(・・・こんがらがった奴は読み直せ)

きっとこういうことである。




「確かめる」という行為にはもれなく「危険」が付属し

その「危険」をねじ伏せるだけの「運」と「実力」が不足した場合には

実際多くのものが失われるというペナルティがあるが

まぁ

生きるも死ぬもしゃらくさいのが実際なので

その辺はぶっちゃけ問題でない。

それはもう前提であって上等である。




何より全然上等でないのは

食らうペナルティが

同じパーティの面々に

以上の規模と期間とで降りかかるという

銀河系ローカルルールにある。







小生が

結婚を恐れていたのは

正にこれが原因であったし

子作りを禁忌としていたのも

やっぱりこれが理由だった。





4年前(たしか)に結婚し

2010年現在

継続して結婚関係が成立しているのは

妻が本質的に自分と同じ神経系の

江戸原理主義者という狂人だったからである。







我々夫婦は

その出会いとは無関係に

自分の命など羽より軽いと断じ

それぞれの理念に殉じて生きてきた

双翼主義者(反動浪漫)と

江戸原理主義者(隠れ任侠)なので

互いの命運については

互いに互いの勝手と了解している為

互いの出刃の研磨に支障は出ず

二人だけなら原則として

互いに互いの勝手で

同時に死ね

アイデンティティーは極めて容易く守られた。



2人だけの生活が続いていれば

それはきっといつまでも

喜びとと楽しみは2倍

悲しみと辛いのは半分

死ぬ機会は数倍という

エキサイティングな仕様で

末期ガン的進行速度を保ちつつ

地球の果てに突進していたのは間違いない。





多分小生は

今頃きっと

死んでるか

五体不満足か

脳死状態か

例によって気分は決死隊のいずれかである。







つまりは

結婚によっては

我々のアイデンティティーは

あんまし揺るがなかったわけだ。





崖っぷちという座標で輝く命には

結婚によって齎された

いささかも陰りがなかったのである。





しかしながら

子供ができたのは

いわんや物のはずみであり

今も「いる」のは

我々の決断の結果である。





端的に言って

我々のアイデンティティを揺さぶったのは

三号機・すなわち息子の誕生それだけだった。




誤謬があるのは承知だが

クラゲの様に突如として振って沸き

コウノトリの誤爆よろしく我が身に降りかかってきた

父と母という「新たなるアイデンティティ」は

我々夫婦にとって

裸の原始人が

「服を着て早く学校にいけ。」と

これまで足を向けてきた一神教の腐れ神に

有無を言わさず決め付けられる

強制進化宣告同然の

無法松も裸足で逃げ出す

人生のカンブリアである。。





それでもパニックに襲われなかった理由は

二人とも

「何者かの子供」という生き物が

容易に

その何者かの犠牲者になることを

体験的に知っていたからだろうと思う。





もはや

勝手に生きて

勝手に死ぬという

これまでの半生をかけて

それぞれが勝手を捨てて守ってきた

手前勝手な生き方は

金輪際許されない。






捨てよう、出刃を。





小生と妻は

互いが半生をかけて

研ぎ続けた来た出刃を

たぶん1回捨てた。





双翼主義と金釘文字で銘打たれた

ぶっ細工な長ドスは

中越で刃こぼれしたまま

錆びて土に還ったのだと

てめえでめてに言い聞かせた。






自分は父になるのだからと。




二人して

別人になったんである。





そして4年が経とうとしている。






和魂要塞がはじまって6年?前後、

これは小生が

文章を書き始めた年譜と等しく

振り返れば

小生は

振り返れない進行形のテーマを書くのは

へたくそな上

極力どうも避けてきている。





要するに

今筆をとっているのは

きっと用意ができたからである。





父親としてのアイデンティティーを確立するのに

4年かかった計算になる。





モラトリアムのまま生きるには

小生も妻も

既に年をとり過ぎ

その分だけ

新たな出刃を研ぐ日々に

迷いの深みが見えなかった。





どうやって

自分を磨けばいいのか

てんでわからない日々が

子育てにはある。





それは人によっては

仕事であったり

別離であったり

出会いであったりするだろう。





人の親となる変化を受け入れる事と

人の親への羽化に挑む事は

まったく違うということを

突きつけられながら

サナギの中で

出刃を同時に磨くというのが

我ら夫婦の4年であったと

今にして思う。







少年が青年へと変わる時間と

同じ時をかけ

ようやく手にした出刃は

いま身を裂けば

ようやくにして

「親」という自覚に届くだけの強靭さを

備えるに至った。






やっと血の出る刃になった。







ようやくだ。









ふと

ここに至って気づくのは

アイデンティティーというやつが

ダマスカス鋼に良く似ているということである。





捨てたはずの出刃のかけらは

どうしたものか

ちゃぁんと手前の奥に残っていて

サナギの中で鍛えた新たな刃には

古刀の陰りが

見事なまでに層を成して波打っている。









帰ってきやがったな。






待ち焦がれたぜ。

























アイデンティティーは、確かに揺らぐ。





けれどもそれは

たとえ捨てたつもりでも

ひとつの戦いが終わった後

必ず姿を変えて戻ってくるのだ。






必ずである。








人生は長く

一筋縄ではいかず

わけわからん時期も

晩度だ。













でもよ、同胞、大丈夫だぜ。









あの頃のお前は

決して死んじゃあいねえんだ。






例えお前が

捨てたつもりであったとしても

あいつはいつだって

お前の中に残っている。






いつか

新しい出刃を磨き終わったとき

ひとつの時期が過ぎたとき

かならず「お前」は

お前の元に帰ってくるのだ。







人は

1000年を生きる大樹のように

年輪を刻むようには育たない。





人の人生は

これまでという材料で

死ぬまで刃物を打ち続け

鍛え続ける

鍛冶場みてえなものである。





磨こうにも

そもそも刃物がないまんま

作りかけのダンビラを引っさげて

鍛冶場から喧嘩にいかなきゃならない場面も茶飯事だ。






自信なんぞと無縁のわけは

実際のところこれなのだ。








たったひとつだけ確かなことは


どんな刃物を打つにせよ

どんな刃物で喧嘩をするにせよ

玉鋼は

いつも自前という真実だ。






鍛えた先には必ずかつての自分がいる。





取り戻せない昨日など、

掴むことができない明日など、

世界にありはしないのだ。
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by 201V1 | 2010-05-09 04:00 | カテゴライズ前・生ログ
トラバ企画・戒名エンジン

坊主なんかに任せておけるか。

墓標に刻む諡は

セルフで決めるのがナウなヤングにバカウケ。(死後三連打)



以上の志に基づき当該トラバ企画は、

生前にセルフ戒名を創作しておき、

残された遺族が坊主にだまされて

院居士とかを掴まされ

あたら輸吉が100枚くらい吹き飛ばないよう

事前に堅牢な防御線を張っておくという

坊主干殺し作戦であり

うちの爺さんが実際にやっていた。(どかーん)








というわけで小生のセルフ戒名は以下。




紫院百言居士(ぱーぷりん・ひゃくげんこじ)






でわでわ。
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by 201V1 | 2009-01-13 21:59 | カテゴライズ前・生ログ
謹賀新年

やあやあ2009年である。



昨年は恐慌の予感すら漂う

不穏極まる1年であったが

今年は果たしてどんな1年が待っているのか

100年前の世界を振り返ってみる。




1909年最大のニュースといえば

何を置いても

「韓国併合」の方針が閣議決定された事であり

これによって朝鮮半島は

翌1910年から

WW2日本敗戦までの35年間に渡り

大日本帝国の植民地として

実質的支配下に置かれることになる。



この35年という年月と

「併合」の2文字によって積み重ねられた

人々が歴史と呼ぶ時代に

何が行われ何が起きたかは

それぞれが考査して

各々が信じたい結論に勝手に至ればいい。




1910年から35年後の1945年以降、

2009年までの64年間を

日本と大韓民国と北朝鮮に住む人々が

どんな暮らしを営んできたかは

それぞれが信じたい情報を選別し

ニワカ右翼はニワカ右翼の

カタカナ左翼はカタカナ左翼の

噴飯物の安っぽい持論を手にすればいいだろう。




命もかけずに

得られる情報と

至れる真実なんぞ

所詮個人の

生臭い願望の煮こごりだ。




あの時代に立ち返り

信じたい側に立って剣をとれとは言わない。




死ぬ理由の正当性が欲しいなんて寝言では

戦争が回避できないことは

ガチの神軍や赤軍なら知っている。



すべての出来事は理不尽でそれは前提だ。



いったい何が起きたかは

議論すべき事柄ではなく

各々が命がけで信じ

同胞に伝えるべき歴史の側面だろう。




重要なのは

わずか100年前

我々のアジアが取り巻かれていた状況は

喰うか喰われるかの弱肉強食の修羅場であり

依然として白んぼ列強による侵略の瀬戸際にあったということであり

この土壇場の時点をもってスタートしたこの100年は

日本列島と朝鮮半島南北の人民にとって

決して「同じ100年」ではなかったという一点であろう。






100年の歴史が無言で教えてくれるのは

人は自分の生まれを

血統も時代も選べねえのは勿論

教育も宗教も選べず

賢愚美醜も選べねえが

先代からのツケとオトシマエだけは

手前の手で

次の世代に直接渡せる仕組みの存在であり

どうやらチャンスはあるという事である。




いつだって希望は残されるのが

驚くべき世界の本質ということか。







100年前。







僕たちの曽祖父・玄祖父とその妻たちは

想像していただろうか。




100年後の子孫の僕たちが

希望はいつだって残されると信じることを。




100年後の子孫の僕たちが

もう100年先の曾孫と玄孫も同じように

希望はいつだって残されると信じることを

願うこの日を。








たった3万6500日で

人は5つの世代を超え、

たった7万3000日で

時は10の時代を超える。





これからの100年に、謹賀新年。





次の100年に希望を繋げる100年を。
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by 201V1 | 2009-01-03 03:00 | カテゴライズ前・生ログ