カテゴリ:カテゴライズ前・生ログ( 296 )
ブログで言葉をつづること


多分だが

小生が思うに

同じブログで

言葉を綴り続けるということは

同じ車に乗ったり

同じ家に住んだり

同じ町に住むのとは

全体ワケが違うのだろう。





ブロガーは

そのブログが始まった時

理由があって筆をとり

物言わぬ画面を通して

見ず知らずの誰かのために

自分の心を文字に託して

気持ちを紡いでいく。






ひとつの記事は

自分をつつむ繭かとった生糸に過ぎず

ブログそのものが

次第に一枚の反物にように

段々と織られていくのだ。





その反物を使って

仕立てて着るのは読者それぞれであることが、

ブログを通じて知り合った

見知らぬ書き手と読み手たちの

楽しみだったはずである。








ブロガーが

ペンを置くのは

かつてそのブログで編まれた生地と

今の自分の言葉が紡ぐ生地との間に

相容れぬ

質的相違を感じた時だ。






たとえそこに

連続性があったとしても

僕たちが育てた

僕たちのブログは

新たな記事を

容易に受け付けたりはしない。







僕たちの人生は

ある日

突然景色が変わる。






ブログはそれを許さない。






記録はいつだって鮮明なのだ。






ぼくたちの記憶より、ずっとである。







魂よりも

ブログはずっと

その普遍性に拘るのだ。






ブログが頑なに変化を拒む

その一方で

僕たちは

生きていく日々の

練磨と磨耗の連続の中で

時に鋭く

時に文字通り身と心を磨り減らせながら

いつかくる死に

一歩づつ近づきつつ

その時までに

少しでも

確かだと思える何かを

手の中に掴もうと

足掻いていく。






確かめようとさえしなければ、

人は

今のままで

いられる。







確かめようとするほど

人はどんどん

変わっていくのだ。






風の中で

雨の中で

嵐の中で

木の葉を掴むために。







たとえ残るものが

あの日

風に揺れる木の葉を

この手に掴もうとした記憶だけだとしても

掌に宿った気持ちの確かさだけは

空の手の中に

持っていくことができるからだ。






この世で

ただひとつだけ

確かなものは

宿る気持ちの中に瞬く

瞬間の確かさだけだとしても

それすら僕たちは

わが手で確かめなければ

それが

そこにあることに

気がつけない。








確かめようと

紡いだ糸と

織り続けた生地には

命が宿るけれど

それは

人間とは違って

そのから先を

自ら確かめようとはしないかわりに

僕たちに

そのままでいることを望む。






まるで

あの時のままで

いないのに

なお書くことは

これまでを

汚すことだと

叫ぶように。









馬鹿みたいな話、

自分の命をそのまま透写するようにして

書いた記事とブログは

失われれば

自分の一部を失ったかのような

喪失感に誘われる文字通りの半身である一方で

再び書き始めることを許さない

焼けた鉄の手枷足枷にもなる。





まるで

乗り換えを許さないのが

心と魂であるからだと

いわんばかりに。









車や家や街とはワケが違い

ブロガーの住む

ログの世界には

新天地はなんぞありゃしない。





捨てない限りは

始められない人生があるように

ブログはいつまでも

主人の影を追う。







ある人は

永久に筆を置き

青春の記憶と一緒に

かつて紡いだ魂のログを

再開することなく

日々に戻っていく。





ある人は

いつか

どこかで

新しい記録箱に出会い

また

書くことを通じて

確かめる術を

自分の中に見出す。






そしてまたある人は

君の前に現れるのだ。










いつか

「友よ、還ってきたぞ」と。
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by 201V1 | 2008-12-03 00:00 | カテゴライズ前・生ログ
新PC・IBM

新参のPCである

IBMのR51が

この度ついに正常に動作するようになりました。




妻用PC2代目にあたる「東芝丸」が

参号機の投下した「液体爆弾」で完全沈黙したのが

4ヶ月ほど前。



小生の4年愛用していた「中越デル号」が

鋭意デフラグ中に妻に布団を被せられた結果

アイスノンの上でしか作動しなくなり

最終的に小生による素人的強引さが特徴の外科手術を経て

音沙汰が絶無と化したのが

さかのぼること2ヶ月とちょっとまえ。




東芝丸と中越デル号の後釜にと

中古で仕入れた家族共用PC

シャープのメビウスさんでしたが

起動からわずか60日で

参号機による「黄金水爆弾」の洗礼を直撃し

帰らぬ人となりました。




というわけで

なんだかんだで小生は

中古ノートPC歴がかなりあり

そのほとんどすべてを

OSなしリカバリCDなしという状態でネットで仕入れ

「ファーストPC」として使ってきていたりする。




実際のところ

うちの親のPCも

妻の親のPCも

小生が手配した

OSなしリカバリCDなしのハード単体系の中古ノートを

小生が「 正常動作するところ 」まで

様々な方法で強引に持っていった奴を使っているわけで

今のところは

「小生に動かせなかったマシンはない」感じである。

※ものすごい苦労の果て。




勿論

中古ノートPCという奴は

メーカーや機種ごとに相当の癖があり

ハード単品で購入した場合(HDは勿論白紙状態)

正常に動作させる為にとらなければならない手段と過程は

てんでバラバラである。





基本的には

どんなノートPCだろうが

メーカーが「その機種で使えますよ」と言ってるOSを入れて

機種を構成している各デバイスのドライバを全部突っ込めば

問題のマシンは「正常動作」するようになるわけで

要するにリカバリCDさえあれば何も問題ないわけなんだが

流通する中古PCの大部分にはリカバリCDはついておらず

リカバリCDつきのものは決まって割高な価格設定がなされているのが相場なので

まぁ

名にしおう中古ノートPCには

大原則として

リカバリCDなんかついていない。(まんま機体だけである)





また

中古PCショップが掲げる

「OSインストール済」という言葉の裏には

往々にして「再インストールできないですけどね」という

裏キャッチが隠されているため

むしろ不要であるといえる。



小生の場合

XPのインストールディスクを3枚と

プロダクトキーを複数もっているので

OSに対して新規でかかる費用は常にゼロである。(ビスタなんぞいらん)



というわけで

小生が常に戦うことになるのは

「ドライバの入手」という局地戦であり

この戦いにおいて

コンピュータのド素人が常勝街道を驀進するには

相当の知恵と工夫と忍耐がいることになる。






メーカーはおおむね

中古PCユーザーには総じて冷淡であるといえ

我々への弾圧の為に

新品PCユーザーへの最低限のサービスもカットする有様で

「リカバリCDがハナから新品にも添付されてないなんてのは当たり前田のクララが立った。」

「再インストール用CDとリカバリCDはユーザーがHDから勝手に作れ。」

「でも作れるチャンスは1回しかあげませんよ・」

「リカバリCDはいくら金を積まれても売らないし譲りません。」

「デバイスの詳細も公表しませんし、必要なドライバの種類なんか絶対教えません。」

「中古ユーザーとは口をききたくないでる。」

というのが昨今の流行であり(特にシャープとかデルとか)

なんというか

ここまでくるとイジメではなく無差別テロであり

各メーカーがこぞって高らかに歌う

エコやリサイクルとかいう言葉が

利益の前では偽善と幻想に過ぎないのが

鮮やか過ぎる状態であり

中古PCユーザーには

初手からこれらの暴虐と戦い抜く覚悟が要求される。(特にシャープな←怨念)





で、

今はレノボ、むかしむかしのIBMである。





すばらしいの一言に尽きるんである。



メーカーサイトにて

機種ごとのデバイス情報と

その対応ドライバが全部ばら撒かれ公開されており

自由に引っ張れるDLできるんである。




まさに中古ノートPCユーザーにとっては

逆ブルータスみたいな存在と言える気配りであり

IBMの顧客に対する良心的な姿勢は

まさに至誠の二文字が当てはまるものと言える。





「やっぱIBM!となればR51だな!」




というわけで

小生はIBMを買った。

ペンMのメモリ1ギガである。

一昔前は20万とかしたモデルも

中古価格は当時の5分の1以下である。




OS入れた。(xp)




ハナ歌まじりに

ネット接続のための設定進める。





「 ドライバ~楽勝♪ ダウンローォード♪ 」







「!!」



















「 エラー・・・・。ネットワークカードがありません・・・。」



























・・・・・・・あえてレアなデバイスを使うIBM。




ものすごいユーザーエクスペリエンスが待っているのが

中古ノートPCワールドであり

醍醐味といえるが

今回の展開で明言できるのは

IBMもまた

割と中古ユーザーを弾圧してくる点であり

やはり味方はいないという事実である。











中古ユーザーよ永遠に!





それでもがんばればである。

よい中古ノートPCは

ジャンクでなければ

手間隙かければ見事に動くし

下手なメーカーの新品エントリーモデルより

ずっと早く

安定して動作するんである。





ビバ・中古ノートPC!
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by 201V1 | 2008-08-23 03:41 | カテゴライズ前・生ログ
息子、2歳まで2週間
ペンタックス K200D

開封翌日・多摩動物園にて初の実戦投入。

ダイナミックレンジ200パーセント
ファインシャープネス+4
6メガ保存のK200D3大裏ワザ、
設定方法皆目わからず、
初期設定のまま
レンズキット付属のDA15-55mmF3.5装備のドノーマルで望む。



総員戦闘配置!

順光十分!

焦点距離55mm!

絞り5.5でボケ少し!

ISO感度400.(なにがしたいんだよお前は

AF・シャッタースピード60分の1!(機械任せだ

手ぶれ補正機能、オフのまま。(説明書を読め

っ激写!






a0013690_238561.jpg

↑ttp://pentatoys.com/pentacom/bin/toycam_sa_help/にて
ロモっぽく加工。(懐古ロマン派を標榜する小生←ただのへたくそ










ちなみに加工前はこんなん。↓
a0013690_2411031.jpg






なお、一瞬後にはこのような状態。
a0013690_310299.jpg










直視に耐えうる写真を生み出すシャッターチャンスは

500枚に1枚くらいという現実が

自分の腕やレンズうんぬん以前に

「次こそは!」と撮る者に雪辱を誓わせるんであろうか。






とりあえず説明書を読みながら機械の特性の把握に努める今日。

気がついた事実がひとつ。

「 もうすこし操作性をどうしにかしろよペンタックス・・・ 」






やらなきゃいけないことはわかっても、

どうすれば任意の設定をいじれるのか

さっぱりわからん仕組みにするなよ。(泣







だいたいにして
暗いところだと上部パネルが全然見えねえ。(バックライトがねえ







心眼で撮れって言うのかよ。
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by 201V1 | 2008-08-02 02:37 | カテゴライズ前・生ログ
けふのわにぐちけ

 ドラクエの復活の呪文よろしく、突如始まる和魂劇場。






 一昨日夕方、

 20年選手のダイキンエアコン(賃貸備付)が唐突に沈黙。




 代休を利用して、

 閑古鳥万歳状態の貸切多摩動物園にて、

 オープンラストで遊んで帰宅した刹那であり、

 当然小生ら一家は全員汗だく+いい感じに発酵しており、

 ぶっちゃけスエットなスエたスメルがスルメちっくな具合であり、

 お天道様は

 ガチでいっぺん死んだほうがいいと思う。





 


 その結果、

 問題の旧型エアコンに

 至極当然のように自動修復機能が備わっていないという

 これを設計企画した昭和一桁世代の怠惰と堕落と驕慢と愚鈍のせいで、

 アマゾンクラスの劣悪な室温が維持されること、

 すでに50時間超。





 現在の状況は依然として、

 ヒートアイランド万歳。

 東京砂漠の灼熱地獄、

 不快指数フルスロットルV9オーバードライブであり、

 葬儀屋からドライアイスを強奪してくる計画が浮上してしばらくな感じ。

 






 さらにナチュラルデザート・アマゾンと違い

 夜でも普通に熱波なのが

 コンクリートジャングルのパワフルに迷惑であり、

 開けっ放しの窓から聞こえる隣の室外機の音が、

 不特定多数の面識のねえ人々への殺意高揚にテキメンだ。






















 だれかぶっ殺します。(ご時世を考えろ











 










 で、

 遂にその生誕以来、

 「リアル永久機関」の名をほしいままにしてきた、

 歩く不眠症・もうすぐ2歳の三号機が、

 2日間の蒸し風呂攻勢に体力を削られ、

 遂に本日20時すぎに撃沈。(普段は24時前後に寝るか午前様に寝る)









 ぶっちゃけ、

 暑いがとても平和である。

 (こうしてブログがかけるのが証拠である。遠い目)






 
 でだ、

 何も小生はエアコンの故障について

 ぶつぶつもぐもぐ言うために

 わざわざエキブロにログインしたわけではなく、

 当然、前回の続きも書かない。(かけよ







 重要なのは、

 小生が、

 遂に、

 一眼デジレフを買ったつー点であり、

 いま、

 小生は、

 ハマッてるんである。(万年オンリーミー






 まぁなんつうか、

 一眼デジレフは、

 ここ数年のゲッポッポにより、

 画質・実用性・価格そのすべてにおいて、

 遂に旧来の一眼フィルムレフの風上に、

 控えめに言って

 圧倒的かつぶっちぎりの30馬身で優位に立った感が強く、

 2008年初頭には、

 「どのようなドケチでも食指がムービング」する地平に到達したといえると思う。





 というわけで、

 ドケチの更に上を行く、

 兵站のほとんどをヤフオクに依存している

 まずもって一切合切プロパーではモノを買わんという

 日本経済に貢献しないの鰐口家(和魂要塞第七世界支部)も

 遂にこの夏、

 買ってしまったんである。






 
 

















 PENTAX K200D
 

 








 老舗・旭の血を受け継ぐ、

 カメラメーカーの古豪・ペンタックスが送り出した、

 一眼デジレフ史上、

 堅牢性と多様性においてグンバツの性能を誇る

 クラス無視のスペックを備えた

 商慣行をぶち壊す反則級エントリーモデルである。









 現在、

 一眼デジレフ市場の80パーセントは、

 キャノンとニコンが等分割シェアしている状態であり、

 あまりのうちの10パーセントをソニーが、

 その残りカスのそれぞれ4パーセントをオリンパスとペンタックスが、

 ニッチの中のニッチとして、

 コアな2パーセントをシグマ・ライカ・マミヤが分け合っている状態にあり、

 上位2大メーカーが

 ランチェスター的には安定目標値に達しているところから鑑みると

 よほどの下手をトップ2が打たない限り、

 当分この版図=勢力地図は変わらないといえる。

 





 しかしながら小生は、

 敗者の美学や

 マイノリティーの自負や

 ブランドへのこだわりをもって

 ペンタックスを選んだわけではなく、

 かの老舗メーカーがHOYAの手下に零落した不憫を思い、

 同情で買ったわけでもない。












 なぜペンタックスなのか?







 なぜPENTAX K200Dなのか?


















 乾電池で動くからである!













 ご存知の通り、

 小生は、

 アフリカ帰りのインド帰りであり

 被災地帰りの復興支援あがりであり

 たぶん最初期のブログ婚であり

 そのときは住所不定無職であり

 子供ができたときも依然として無職だった。(いい加減にしろ







 要するに小生は

 満足に充電ができるインフラが整備された環境に

 人生の3割くらいの期間いないわけで

 乾電池しか信じていない。







 一切の家電の本体は「電源」であり、
 
 明日も知れない毎日がデフォルト設定だった小生は

 生きんがために最も確実な心臓を尊ぶ。

 実際小生は「乾電池」という動力源の選択がありえる家電においては、

 原則それを購入判断基準の最優先事項にする。(電気シェーバーとかも)







 いざという時に機能しないものに、

 用はないんである。(基準は兵器とおなじである)






 小生はドイツの整備兵ではないので、

 可動率が消費税以下のポルシェティガーなんかでは戦争はできん。





 戦車よりジャムらない機関砲1門をとって肉薄する。

 



 ぶっちゃけていうと、

 「プロのように写真を素人がとれる仕組み」に関しては、

 大手中堅の国産5社のエントリーモデルに絶対的な差異はないんである。




 撮像素子のサイズや種類による

 解像力やライブビューへの対応力に確かに差はある。

 


 ペンタプリズムかペンタミラーかによる

 ファインダーサイズの倍率や明るさに確かに差はある。




 手ぶれ機能がカメラ内臓かレンズ依存かという

 それぞれの設計思想の長所短所は確かにあるし

 実際これに関してはレンズ価格に跳ね返ってくるところから

 ユーザーはもう少しマジで考えてもいいとは思う。




 だがしかし、

 特別な意味において

 この機種が圧倒的に高い確率でスゲエ綺麗な絵がとれて

 この機種がどーやってもまるで全然ダメな絵しかとれず壊れる

 なんてことは

 実際問題現時点ではないわけで

 要は撮る奴のセンスとウデとレンズであり

 センスは美意識と選択眼であり

 ウデは知識と錬度と経験と天秤であり

 レンズは資金力と判断力である。

 

 
 カメラ本体がなければ写真はとれないが

 カメラ本体では写真は撮れない。



 まもとも考えて、

 印象に残る広告の写真のような美しさは、

 写真家の腕とレンズの賜物であり、

 同じ写真家が同じような特性のレンズを使い

 同じモチーフを異なるメーカーのエントリーモデルで撮影したとき

 どっかの第三者がなんのレンズかも知らずに

 「この写真はα100で、こっちはD40で、あれはX2で、それはK10」

 なんてことは、古今東西金輪際ありえねえし、

 画質面での絶対的な差は、

 傾向こそあれ

 シェアから考えてそもそも生まれようがないだろう。

 シェアという結果から考えれば、

 国産5社に圧倒的な技術力の差がないことは歴然なんである。

 
 


 簡単な話、

 マーケティングで買った奴が売れているに過ぎない。

 賢い消費者は自分の本当に望むものを買い、

 愚かな消費者は広告で買うのが世の常だからであり、

 賢と愚の比率は常に後者のほうが多く、

 この為に実力が伯仲しているメーカー間のシェア争いでは

 マーケティング(ブランディング含む)で勝敗が決するんである。

 

 



 むしろ論理的にはカメラの機種を当てるより、
 
 「 これは〇mm位のF1.4レンズで

    距離〇m程度でシャッタースピード〇とし

    露出補正-Xで撮った写真に見える

           ザラツキからISOは200くらい

                色調から考えて設定は多分鮮やかモード 」 



 という化け物じみた経験が裏打ちする見解が出てくる公算の方が

 「 ぜんぜんありえる 」のが怪力乱心の実在しうるカメラの世界だと思う。





 実際、全部が全部マニュアルだった

 あたったら死ぬ銃弾が飛び交う戦場で

 「フィルム一本何十枚しか撮れません・連射も知れてます・露出は自己責任で」

 なんて理不尽な機械を手に

 完璧な写真を撮って残した本物たちに言わせれば、

 上の小生の皮肉も含め

 「 いいからマニュアルで10000枚撮ってからモノをいえ 」

 と言われてしまうのが

 昨今の一眼デジレフのレビュー合戦参加者への正当な文句であろうと思われる。

 



 しかしながらである。



 ぶっちゃけ小生には

 マニュアルでドムみたいな機動性を誇る3号機を撮る自信は絶無であり、

 わずかな間接照明の中で眠る女房の横っ面を激写することさえままならんこと必至であり

 のっけからそんなエベレストみたいなハードルを設けられたら時には

 まずもって一眼レフなんぞ買わねえ!(断言









 安くてなるたけイイのが欲しいんだ!



 買ってから後悔したくないんだよう・・・・






 というわけで、

 ビギナーほど入門機選びは迷うんであり、

 小生も購入前日にはPCに座りっぱなしで10時間悩んで選んで買ったんである。






 非常に面白いことに

 小生の感覚から言うと、

 上位2大メーカー・キャノンとニコンは、

 全然魅力的ではなかった。





 なぜならキャノンとニコンの一眼デジレフは

 初心者には必須ともいうべき手ぶれ補正機能が

 カメラのボディに内蔵されておらず

 レンズの手ぶれ補正機能の有無に依存する仕様だったからである。





 「手ぶれ補正機能を付加するのには金がかかるはずだ」

 「ということは、キャノンとニコンで手ぶれ補正常時機能を目指せばレンズは割高のはず」

 「検証作業・おおー、レンズ高ぇ・・・・」

 「ソニーとオリンパスとペンタックスなら手ぶれ補正はボディ内臓なのでレンズは結果割安」

 「検証作業・おおー、割安感あるなあ・・・・ペンタはロシアンレンズもいけるのか・・・・」

 「アンチダストと肌色再現はオリンパスがアツイ・・・。だがCFカードはでかくて嫌だ」

 「パナソニックはライカレンズが使えるがライカレンズは持ってないので意味ねえ」

 「ペンタックスは防塵防滴で剛性高くて乾電池で持ってる8ギガSDHCが使える」

 「なぜかペンタの事実上のミドルクラス機種K200Dレンズキットがキタムラで49800円!」

 「買った!」



 というわけで、

 明日は写真をウァップしまする。
 
 ※三号機・再起動。現在時刻24時。








 






 












 
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by 201V1 | 2008-08-01 00:08 | カテゴライズ前・生ログ
半年前速報~


約半年前に家に届いた実父からの年賀状。














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正月早々から大躍進な父。








脳内文革漸進中。













将来、どの時点で奴がボケ始めたのか、最早ぜんぜんわかんないと思う。













また、

さっき婆さんのところにいったら、

10年くらい前に20年飼ってた猫が逝った後、

後継機として買い入れた「オムロン製ロボットキャット」が、

実に10年ぶりに物置から発掘され、(婆は買って3日で飽きた)

うちの餓鬼の相手をさせられてましたが、

息子は迷わずロボキャットの義眼にサミングを行っており、

才能の片鱗を見せており、

先々は少年院確定です。






ロボキャットの所有者の婆で思い出しましたが、

奴は確か今年で82歳の筈なんだが、

この間小生が十八番のかくし芸「 亀の産卵 」を、

ピンポン玉と全裸をもってして一族郎党の前でシラフで披露という離れ業をやった時、

1才8ヶ月の小生の餓鬼の教育上最悪との判断から、

投げてはいけない硬度の玉を、

小生の顔面に高速で放るという確信的危険球に及びやがり、

あの鉄砲肩なら22世紀まで生きるとのは確実かと思われ、

高齢化社会による治安の悪化が懸念されます。






小生の「亀の産卵」という感動的シーンの形態模写は、

感性の愚鈍な和魂一族郎党におおむね例外なく不評なネタですが、

妻にも俄然不評なわけですが、

妻は妻で小生のもうひとつのフェイバレット技「 桶マン 」のファンです。







これは小生が15歳くらいのときに流行った、

少年ジャンプの「変態仮面」からヒントを得た荒業で、

エレクトした男性自身で桶の落下を防ぎつつ猥褻物の陳列を阻むヒーローの形態模写であり、

善悪の自己完結と人の矛盾を体現する陰陽の化身たらんとする気概を世に問う構えであり、

尊崇の対象となりえる仏性を秘めたダンスであり戯曲なのですが、

小生が、真剣な面魂で「桶マン!参上!」とか決めポーズをとると、

妻は腹をかかえて笑います。









また、

彼女はこの間のGWに小生の実家に行ったとき、

小生秘蔵の劣情系レア同人誌(まんだらけにて購入)を、

閲覧させよと迫った挙句、

いやだと小生が言うと、

「どんな感じかだけでいいから教えて」というので、

これっきり訊くなという条件で、

小生が「 羽根が生えてる女の子が後背位で年上の男性にみたいな展開の漫画 」というと、


「 デビルマンレディが趣味なのか 」とガチで訊いてきました。

どんだけ変態なんだ俺は。










ちなみに、

この間、

というか昨日、

妻が「 ゴルゴ13なら上手に描けるから思い出し描き勝負しよう 」と、

無謀にも小生に戦いを挑んで来たために一蹴しておきましたが、

念のため、

彼女の描いたゴルゴ13をアップしておくと、

こんなんであり、




a0013690_019401.jpg








思い出し描きという以上は、

記憶に頼って描いている(出力)しているはずなので、

脳の拡張子が完全無欠にオカシイか、

ミラクルに低画質(200キロピクセルとか)で保存されてるかなので、

ついては「 ちょっとまて、過去の記憶ってマジでこんな感じで記憶されてるの?」と訊くと、

「 ちゃんと思い出せるがそのとおりに描けないのだ 」という返答であり、

「 自分の最大の描画技術を駆使して描いた結果がこれなのだ 」という主張であり、

小生は、

「 ならば描いてる途中でこの絵には再現性が絶無である事になぜ気がつかないのだ 」

と問いましたが、

彼女は「 途中で?????とは思ったが、最後まで描いた 」とか、

蛮勇的発言に及び、

毛沢東みたいだった。



































尚、余談だが、

今日久々に、

実母のヒステリー爆発の瞬間を見てしまったが、

平時のご機嫌メタボリックモードから、

ひとり戦時体制にあたる虐待系アトミックモードへの蒸着(赤射・焼結)までに要した時間は、

実に0.2秒くらいであり、

絶対に彼女は脊髄反射でキレてる事が判明。(大脳経由では0.37秒を要する)















しかも一旦スイッチが入ると2週間位継続確定という傾店の爆裂機なので、

小生の子供時代はまぁ、

楽園7のゲットー3という感じであり、

ゆとり圧政であり、

すげえストレス。(和魂ストレス耐性UPの背景)






































・・・・・過去に実母になにがあったのだろう?(根の元凶はお前だ和魂)













親の心、子知らず。子の心、成人までは親知らずに耐えるがごとし。

働かざること山の如し。(働け)

反発すること火の如し。(よそでやれ)













というわけで、

和魂要塞は不断に元気です。












皆様も、いく久しゅう。














でわでわ。
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by 201v1 | 2008-05-15 00:01 | カテゴライズ前・生ログ
半年前速報~


約半年前に家に届いた実父からの年賀状。














a0013690_22341243.jpg































正月早々から大躍進な父。








脳内文革漸進中。













将来、どの時点で奴がボケ始めたのか、最早ぜんぜんわかんないと思う。













また、

さっき婆さんのところにいったら、

10年くらい前に20年飼ってた猫が逝った後、

後継機として買い入れた「オムロン製ロボットキャット」が、

実に10年ぶりに物置から発掘され、(婆は買って3日で飽きた)

うちの餓鬼の相手をさせられてましたが、

息子は迷わずロボキャットの義眼にサミングを行っており、

才能の片鱗を見せており、

先々は少年院確定です。






ロボキャットの所有者の婆で思い出しましたが、

奴は確か今年で82歳の筈なんだが、

この間小生が十八番のかくし芸「 亀の産卵 」を、

ピンポン玉と全裸をもってして一族郎党の前でシラフで疲労という離れ業をやった時、

1才8ヶ月の小生の餓鬼の教育上最悪との判断から、

投げてはいけない硬度の玉を、

小生の顔面に高速で放るという確信的危険球に及びやがり、

あの鉄砲肩なら22世紀まで生きるとのは確実かと思われ、

高齢化社会による治安の悪化が懸念されます。






小生の「亀の産卵」という感動的シーンの形態模写は、

感性の愚鈍な和魂一族郎党におおむね例外なく不評なネタですが、

妻にも俄然不評なわけですが、

妻は妻で小生のもうひとつのフェイバレット技「 桶マン 」のファンです。







これは小生が15歳くらいのときに流行った、

少年ジャンプの「変態仮面」からヒントを得た荒業で、

エレクトした男性自身で桶の落下を防ぎつつ猥褻物の陳列を阻むヒーローの形態模写であり、

善悪の自己完結と人の矛盾を体現する陰陽の化身たらんとする気概を世に問う構えであり、

尊崇の対象となりえる仏性を秘めたダンスであり戯曲なのですが、

小生が、真剣な面魂で「桶マン!参上!」とか決めポーズをとると、

妻は腹をかかえて笑います。









また、

彼女はこの間のGWに小生の実家に行ったとき、

小生秘蔵の劣情系レア同人誌(まんだらけにて購入)を、

閲覧させよと迫った挙句、

いやだと小生がい言うと、

「どんな感じかだけでいいから教えて」というので、

これっきり訊くなという条件で、

小生が「 羽根が生えてる女の子が後背位で年上の男性にみたいな展開の漫画 」というと、

奴は、

「 デビルマンレディが趣味なのか 」とガチで訊いてきました。

どんだけ変態なんだ俺は。










ちなみに、

この間、

というか昨日、

妻が「 ゴルゴ13なら上手に描けるから思い出し描き勝負しよう 」と、

無謀にも小生に戦いを挑んで来たために一蹴しておきましたが、

念のため、

彼女の描いたゴルゴ13をアップしておくと、

こんなんであり、












思い出し描きという以上は、

記憶に頼って描いている(出力)しているはずなので、

脳の拡張子が完全無欠にオカシイか、

ミラクルに低画質(200キロピクセルとか)で保存されてるかなので、

ついては「 ちょっとまて、過去の記憶ってマジでこんな感じで記憶されてるの?」と訊くと、

「 ちゃんと思い出せるがそのとおりに描けないのだ 」という返答であり、

「 自分の最大の描画技術を駆使して描いた結果がこれなのだ 」という主張であり、

小生は、

「 ならば描いてる途中でこの絵には再現性が絶無である事になぜ気がつかないのだ 」

と問いましたが、

彼女は「 途中で?????とは思ったが、最後まで描いた 」とか、

蛮勇的発言に及び、

毛沢東みたいだった。



































尚、予断だが、

今日久々に、

実母のヒステリー爆発の瞬間を見てしまったが、

平時のご機嫌メタボリックモードから、

ひとり戦時体制にあたる虐待系アトミックモードへの蒸着(赤射・焼結)までに要した時間は、

実に0.2秒くらいであり、

絶対に彼女は脊髄反射でキレてる事が判明。(大脳経由では0.37秒を要する)















しかも一旦スイッチが入ると2週間位継続確定という傾店の爆裂機なので、

小生の子供時代はまぁ、

楽園7のゲットー3という感じであり、

風塵雷神2金属疲労のジェットコースターみたいでした。

ぶっちゃけ、すげえストレスでした。(和魂ストレス耐性UPの背景)






































・・・・・過去に実母になにがあったのだろう?(お前だお前)













というわけで、

和魂要塞は元気です。












皆様も、いく久しゅう。














でわでわ。
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by 201v1 | 2008-05-14 23:59 | カテゴライズ前・生ログ
半年前速報~


約半年前に家に届いた実父からの年賀状。














a0013690_22341243.jpg































正月早々から大躍進な父。








脳内文革漸進中。













将来、どの時点で奴がボケ始めたのか、最早ぜんぜんわかんないと思う。













また、

さっき婆さんのところにいったら、

10年くらい前に20年飼ってた猫が逝った後、

後継機として買い入れた「オムロン製ロボットキャット」が、

実に10年ぶりに物置から発掘され、(婆は買って3日で飽きた)

うちの餓鬼の相手をさせられてましたが、

息子は迷わずロボキャットの義眼にサミングを行っており、

才能の片鱗を見せており、

先々は少年院確定です。






ロボキャットの所有者の婆で思い出しましたが、

奴は確か今年で82歳の筈なんだが、

この間小生が十八番のかくし芸「 亀の産卵 」を、

ピンポン玉と全裸をもってして一族郎党の前でシラフで疲労という離れ業をやった時、

1才8ヶ月の小生の餓鬼の教育上最悪との判断から、

投げてはいけない硬度の玉を、

小生の顔面に高速で放るという確信的危険球に及びやがり、

あの鉄砲肩なら22世紀まで生きるとのは確実かと思われ、

高齢化社会による治安の悪化が懸念されます。






小生の「亀の産卵」という感動的シーンの形態模写は、

感性の愚鈍な和魂一族郎党におおむね例外なく不評なネタですが、

妻にも俄然不評なわけですが、

妻は妻で小生のもうひとつのフェイバレット技「 桶マン 」のファンです。







これは小生が15歳くらいのときに流行った、

少年ジャンプの「変態仮面」からヒントを得た荒業で、

エレクトした男性自身で桶の落下を防ぎつつ猥褻物の陳列を阻むヒーローの形態模写であり、

善悪の自己完結と人の矛盾を体現する陰陽の化身たらんとする気概を世に問う構えであり、

尊崇の対象となりえる仏性を秘めたダンスであり戯曲なのですが、

小生が、真剣な面魂で「桶マン!参上!」とか決めポーズをとると、

妻は腹をかかえて笑います。









また、

彼女はこの間のGWに小生の実家に行ったとき、

小生秘蔵の劣情系レア同人誌(まんだらけにて購入)を、

閲覧させよと迫った挙句、

いやだと小生がい言うと、

「どんな感じかだけでいいから教えて」というので、

これっきり訊くなという条件で、

小生が「 羽根が生えてる女の子が後背位で年上の男性にみたいな展開の漫画 」というと、

奴は、

「 デビルマンレディが趣味なのか 」とガチで訊いてきました。

どんだけ変態なんだ俺は。










ちなみに、

この間、

というか昨日、

妻が「 ゴルゴ13なら上手に描けるから思い出し描き勝負しよう 」と、

無謀にも小生に戦いを挑んで来たために一蹴しておきましたが、

念のため、

彼女の描いたゴルゴ13をアップしておくと、

こんなんであり、












思い出し描きという以上は、

記憶に頼って描いている(出力)しているはずなので、

脳の拡張子が完全無欠にオカシイか、

ミラクルに低画質(200キロピクセルとか)で保存されてるかなので、

ついては「 ちょっとまて、過去の記憶ってマジでこんな感じで記憶されてるの?」と訊くと、

「 ちゃんと思い出せるがそのとおりに描けないのだ 」という返答であり、

「 自分の最大の描画技術を駆使して描いた結果がこれなのだ 」という主張であり、

小生は、

「 ならば描いてる途中でこの絵には再現性が絶無である事になぜ気がつかないのだ 」

と問いましたが、

彼女は「 途中で?????とは思ったが、最後まで描いた 」とか、

蛮勇的発言に及び、

毛沢東みたいだった。



































尚、予断だが、

今日久々に、

実母のヒステリー爆発の瞬間を見てしまったが、

平時のご機嫌メタボリックモードから、

ひとり戦時体制にあたる虐待系アトミックモードへの蒸着(赤射・焼結)までに要した時間は、

実に0.2秒くらいであり、

絶対に彼女は脊髄反射でキレてる事が判明。(大脳経由では0.37秒を要する)















しかも一旦スイッチが入ると2週間位継続確定という傾店の爆裂機なので、

小生の子供時代はまぁ、

楽園7のゲットー3という感じであり、

風塵雷神2金属疲労のジェットコースターみたいでした。

ぶっちゃけ、すげえストレスでした。(和魂ストレス耐性UPの背景)






































・・・・・過去に実母になにがあったのだろう?(お前だお前)













というわけで、

和魂要塞は元気です。












皆様も、いく久しゅう。














でわでわ。
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by 201v1 | 2008-05-14 23:58 | カテゴライズ前・生ログ
人々と世界と君と

 年が明け、

 いいかげん今年は、

 週一くらいのペースで更新することにしようと、

 小生は初日の出に誓った。(古来、熟睡しながら天才は誓う)



 問題は、

 職場の健全さが度を越している点であり、

 アニマルランド系社員が中核を成す会社だというのに、

 ノー残業の定時上がりの休日完全取得フルスロットルという、

 アドレナリンのまるで出ない状況のため、

 「地獄の沙汰も肝次第・度胸千両・一人火の玉 」的話題に欠けるので、

 かつてのような鬼気迫る社畜生活の暴露ができねえ次第であり、

 何を書けばいいのだという事になるが、

 過去の与太話を今さらつづったところで埒もねえし、

 じゃあ何だ、

 何を書くんぜよと考えれば、

 帰結するところは、

 やはり手堅い「 テラ妄言 」という、

 得意の駄法螺に落ち着くので、

 その路線で攻めることで大本営は方針を決め、

 ここに今年度中の、

 大東亜共栄圏の実現を、

 確信するに朕は至った。(至ってしまった馬鹿)






 というわけで、
 
 凡百諸君、

 皇紀2668年、明けまして。

 革命的ニートの魔窟・和魂要塞・城代・201V1です。

 小生は、過去に丸4年ニートでした。(赤裸々





 えー、去年丸ごと一年あまり、

 小生は当該ブログの更新をさぼり疎かにしておりましたが、

 実は去る皇紀2666年の7月に、

 当要塞の侍大将であった「 音隅 陣愚郎 」というゲッシメが、

 老衰と不断の食べすぎで身罷ったため、

 1年喪に服していた為であり、

 まぁそんなこんなで、

 こんなこともあろうかと、

 小生は事前に喪に入るという蛮行に及んで、

 今日まで凡そ、月日にして3年半くらい、

 泣き暮らしていたわけです。はい。( 恐ろしいすり替え )





 今回の本格的再開の背景はそんな感じで、

 まぁ全部が全部、うそなんだけど、(うそなんだけど?
 
 気にしない小生は豪胆。(←ほめちゃった馬鹿





 というわけで、始める。

 なにがって、

 馬鹿が聴いてなかったらしいので、

 念のため、

 形而上学的寝言である。(新年早々犬も食わない企画がスタート←しかも4クール保障)






 記念すべき初回は、

 「 自己完結 」についてである。

 さぁ、金にならない匂いが猛然とする感じだが、

 安心しろ!

 このブログは昔から、

 読めば読むだけ、丸ごと全部、

 暴走する狂気侠気の突き進むその先は、

 特急で貧に繋がり、漏れなく鈍して万人が窮する仕組みであり、

 そーゆー未知のメカニズムが備わっているんである。(有害図書万歳







 

 小生は、

 まぁ、

 端的にいって、

 人付き合いが嫌いなわけだが、

 珍獣ゆえの悲しさか、

 単純に貴重という属性のために、

 もろもろの人々の友人リストにおいて、

 「 大事ではないがキープする知人 」というカテゴリに登録されているため、

 歩く音信普通と認められている割には、

 人に会う機会がままある。(普通の人の2割程度は






 で、

 人に会うにつけ、小生はふと思い至った。

 人々との団欒のヒトトキに対する「 めんどうくさい度 」が、

 卓を囲む相手の自己完結の程度に多大な影響を受ける事実に関する、

 核心についての興味である。




 平たく言えばだ。

 「 自己完結 」って何?ってことである。





 「 自己完結 」の程度が、

 どんな感じかは、

 30年も苦界を彷徨っていればサルでもできるようになるわけだが、

 そもそもこの「 自己完結 」って何ってのが味噌なんであり、

 再定義なくしては、

 人は永遠に知恵を知らぬサルで終わる。




 さて、

 賢明な読者諸兄のうち、

 何割かは、

 現段階ないし、

 当該記事の読後に、

 改めて「 自己完結 」に関して辞書るかウィキるか考えておられると思うが、

 フツーに調べたんでは、

 「 プチ自閉・没交渉 」的なネガティブ解説しか、

 「 自己完結 」という言葉には注釈がない。



 そもそもが、

 個人主義を歌いながら、

 一方ではブログだミクシィだなんだと、

 人との繋がりを求めて止まぬ時代において、

 「 自己完結 」なんて形骸の権化みたいな言葉が、

 セメントで議論されるワケがねえわけで、

 個々人が好き勝手に解釈している事例の最たるのが、

 この「 自己完結 」なる言葉であろう。



 
 それぞれが今、

 「 自己完結 」ってなんですか?と自問したとき、

 イメージするものはまるで違うものになる。




 それほど、

 言葉というのは、

 不安定で、

 信用ならん、

 相互コミュニケーションツールなわけで、

 言霊を扱うには、

 厳密には個々人が言葉を再定義した上で、

 定義の差異を認めなけりゃならんが、

 実際には、

 人は、

 漫然と喋るし書くのが常態なので、

 コミュニケーションは言葉に頼ると成立しない。






 突き詰めれば、

 言葉より行動が全てになってくるわけだが、

 詰めまくるとまた、

 和魂要塞が再び3年ほど放置されるのが目に見えているので、

 ここでは事実から目をそむけ生暖かい視点で人生を俯瞰し、

 自己完結について言及する。



 

 実際問題として、

 「 自己完結性 」に関し、

 真面目に考えて何者かは、

 憂うべくことに「 軍隊 」しかない。





 極限まで平たく言えば、

 自己完結性とは、

 「 インフラが断絶した中で戦闘行為を継続できる 」性質を指すんであり、

 個人レベルに置き換えた場合のそれは、

 「 単独での生存競争の継続 」を意味する。






 よーするに、

 バイタリティ=生命力であり、

 最後まで突き詰めれば「 戦場の根性論 」である。






 自己完結性の高低は、

 つまるところは、

 そこなのだ。








 我々の人生には、

 実際問題、

 「 一切のインフラねえな 」という、

 気を抜くと死ぬか、

 再起不能のダメージを蒙る局面がある。






 言い換えれば、

 「 丸腰で助けを呼べない状況 」で、

 「 踏み間違えてはいけない階段 」を、

 「 満身創痍に近い体調・精神状態 」で、

 登らなきゃいけない瞬間があるということであり、

 ここで試されるのが、

 「 自己完結性 = バイタリティ = 戦場の根性論 」であり、

 生還できる兵士としての資質なわけだ。










 いろいろあり、

 小生は、

 このあたりをもって、

 「 自己完結性 」を定義し、

 個々人の中のその程度を、

 見極め、

 その人の根っこを診ている。






 

 生まれて死ぬまでの、

 半世紀と少しの間。





 人は多くの人と関わりを持ち、

 そのうちの幾人かと、

 深い繋がりを持って、

 生きて、

 死ぬ。




 
 その関わり合いの、

 ほとんどは、

 反応に過ぎないが、

 それ以上の関係=繋がりを作ることが人間にはできる。






 その繋がりが意味を持つのは、

 日々と、

 危機においてだ。





 問題は、

 誰と繋がるのか?という点であり、

 生存競争からの脱落を拒否して天命のマットウを望むなら、

 希望の無い表現を恐れずに行うならば、

 戦場の根性論的見地における弱者との繋がりは、

 自身の生存に関し不利に働くことが自明となる。






 なぜならば、

 我々は、

 愛するものを、

 切り捨てることはできても、

 見捨てることができないからだ。





 その意味で、

 バイタリティの不足は、

 不幸の源泉に他ならない。






 
































 生まれて、

 生きて、

 死ぬのは、

 なんて難しいのだろうか。








 人の親になって1年半が経とうとしている今日まで、

 息子の中の何を育ててやれるのかを考えてきた。






 優しさか、

 慈しみか、

 違うと直感は告げている。





 それは、1番大事なものではないと。




 とても大事なものだが、それが全てではないと。

 そんなに世界は甘くなかった。




















 一番大切なのは、不幸の元と戦う力だ。









 人生には、

 自分の命そのものを、

 試される瞬間がある。







 息子よ、

 そのとき、

 君は、

 ひょっとすると、

 ひとりではないかもしれない。






 そのためにこそ、戦う力を持っておけ。

 愛する人を、不幸から守るために。





 この世界と、戦う力を。

 
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by 201V1 | 2008-01-06 03:30 | カテゴライズ前・生ログ
オクトーバー

さて、

小生は、

まぁ、

なんつうか、

ミナマデ言うな的な、

スチャラカ人生をこれまで、

捨て鉢万歳的な無策のもと、

ヘラヘラやっつけてきた訳なんだが、

ここんとこは割かし、

なんつーか、

女房子供に容赦せず、

国替え(引越し)・主替え(転職)とかを、

躊躇なく連打してる分際で我ながらどうかとも思うが、

それは置いとくとして、

ここ数年は、

まんざら真面目であったと思う。(死ね
































何より働いてた。(だいたいは←どかん



















というわけで、

この間、

女房に、

「 振り返らないのが男だと小生は解っちゃった遂に! 」とか、

ギャバンの影響で、

OP見て泣いた直後に宣誓した矢先に、

全体どうかとも思うが、

土台これまでの生き様がどうかってのが全体的に破綻全開なので、

まぁもうこの際、

そういうことを振り返るのは抜きに、

ここ数年の総括が行われつつある当該ブログ。







はっはっは。

読者諸君。

油断するなよ。

もう始まってるんだぞ。

許可とか、もぉ、全部無視で!(いつも

振り返るんだよ人生を!( ギャバン教・脱退

男なんだろ!?

ぐずぐずとか、

いうな!









というわけでだ。

もういいからついて来い。(無理矢理

大事な話なんだから。(嘘をつけ







で、

まぁ、

平たく言うと、

小生は、

ぶっちゃけちゃうと、

中越における、

ビバ・人柱!

猫、火柱!的、

青春の大噴火を満喫し、

燃え尽きちゃってた。(2005年夏)


















魂を灼熱に焦がす、

最深部の火種が、

やるだけ全部やって、

2005年の春に、

霧散したんであり、

見事消えたんである。

















15歳から実に、

27歳まで、

12年間ずっと、

身を焦がしてきた、

「 火達磨になって炸裂したい 」という、

防性の自殺衝動が、

ようやく消えたわけで、

小生はつまるところ、

やっと自由になったんであった。





それは、

まさに、

恐怖からの解放そのものといえる、

本当の意味での自由といえた。











振り返れば、

小生の、

「 燃え尽きるんだ絶対に! 」という衝動および行動は、

自殺をも辞さぬ「 同化 」への断固たる拒絶であり、

実に少年らしい自衛の一手段であったわけだが、

文字通り、

火事場同然の戦場で、

目的を同じにする仲間達と、

最後(小生にとっての)までやった挙句の果てに待っていたのが、

やっぱり「 小生 」であったことで、

最早、

自衛の意味がない自身に気がついたというのが、

小生の中で起きた変化の実態で、

つまるところは、

小生は、

12年をかけ、

どうやら、

メッキの狂気がムクの狂気になってた模様で、

要するにもう、

同化の余地がナッシングな地平まで、

まるごと和魂要塞その人であったんである。











賢明というか、

無駄にコアな読者諸兄は、

死ぬほどご存知の事と思うが、

小生の夢は、

15歳の頃から、

少年の頃に憧れた、

物語の中のヒーローそのまんまの、

魂の色で自らが染まることであり、

ただそれだけが、

望みだった。








で、

全体どうしたかといえば、

小生は、

物凄い怖がりだったくせに、

ヒーローとしての振る舞いを演じ、

信じた偶像ならば選ぶであろう道のことごとくを、

遮二無二に突き進み、

どんどん歳を重ね、

12年間そのままいっちゃったわけで、

馬鹿を通り越してテスラ馬鹿の領域に達するに至るんである。





すなわち、

歴史上の英雄が手にしていた気概であり、

成されるべき事の為に命を投げ出す、

算段を度外視したムクの闘士の精神である。






現場が、

被災地(災禍がすぎた場所)であったのが、

生還の主たる要因だが、

小生はぶっちゃけ、

生きて中越から戻るつもりが、

まるでなかった。





まぁ実際、

最初の任務からして、

余震が続く中で倒壊家屋の深部に潜るなんていう、

自殺志願まるだしの離れ業を繰り出してるので、

あとの7ヶ月とかはオマケみたいなもんなんだが、

あの期間、

小生は、

自分の命の使い場所は、

ここでいいと、

納得していたのであった。










で、

春が来て、

自分の戦場は、

雪溶けとともになくなった。









死に損ねるまでやった自分が、

2005年の春の小生がいた、

境涯である。







見渡せば、

1億2000万の人間が住むこの島で、

そんな気持ちで中越の春を迎える人は、

仲間達の中にさえいなかったんである。











小生は、

まさしく、

このとき、

同化の余地の残っていない自分を発見し、

自衛の妄執から解放されたといえる。








メッキで臨んだ戦いが終わったとき、

立っていた自分はムクで、

削られようが、

割られようが、

砕かれようが、

恐れ知らずの和魂要塞であり、

メッキの下にいたはずの、

14歳の臆病者は、

どこかにいってしまっていた。








いざというとき、

真っ先に同化を始めるはずの、

弱点が、

いつのまにやらなくなっていたんである。






 「 どうやら小生には、

   『 奴等 』のようにはなる余地は、

   最早微塵もないらしい。 」






 

中越が終わったとき、

小生には、

守るべきものがなく、

恐れるものもなかった。






春が、

自由を運び、

風が、

火を消した。














その意味で小生は、

2005年の春以降、

守らなければならないものがない。








あるのは、

守りたいものであり、

どうでもよかった手前の身の上は、

守りたいものを守りきるための、

たった一つの武器であり盾になった。




















































































人生には、

自分はこのために生まれ、

遣わされたのだと、

信じるに足る瞬間がある。






そのどれもがきっと正しくて、

どれもが間違っているのだろうが、

その判断があってるか否かは、

生涯においては瑣末なことであり、

問題は、

信じられる瞬間そのものに、

価値があるのかという問いだと思う。






小生は、

そこには確かに価値があると信ずる。






手前が、

何の為に生まれたのか、

何のために遣わされたのか、

信じられる瞬間は、

人を確信へと導く。







たとえ裏切られても、

間違いだったとしても、

人は信じた分だけ、

確信へと進むのだ。








自分が自分であることへの確信に。

























僕達だけの生涯が。
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by 201v1 | 2007-10-01 01:43 | カテゴライズ前・生ログ
この間のお話

 ご豚さです。

 和魂です。

 











 もはや更新の気配が微塵もねえ当該ブログですが、

 いろいろあって、

 そろそろブロがる暮らしが復活の兆しな昨今、

 新妻とミツケンが鶏八とともに我が家に来ました。





 うち、

 y染色体の含有率が50パセントの2人は、

 24時間以上いました。(どかん





 というか、

 そのうちの妖精に近い方に至っては、

 6・7月における延べ要塞逗留時間が300時間以上であり、

 ガスとかも含め、

 うちの家計に甚大な被害がでているのにも関わらず、

 あろうことか、

 飯を毎回馬鹿みたいに食べやがり、

 さしあたって、

 親ァ、出て来い。















 







 ボランティアじゃねぇんだぞ。(←重くて暗い



 

























 しかしながら、である。






 相手は未成年の不労者であるし、

 大体にして地球規模の浮浪者でもあるし、

 畳み掛けに現役の性的不能者でもあるしだしで、

 まぁ、

 なんというか、

 ぶっちゃけ駄目の三重苦であり、

 彼の基本コマンドの、

 居候とかキセルとかは、

 相対的には瑣末な不埒なので、

 最早全体的に親の責任とかいう次元ではない感じで、

 鶏八は、そういう感じでした。(報告終わり)














 ミツケンとは、

 そういえば会うのは2度目とかなんですが、

 まぁ、

 普段、

 近所に住んでる感があるのが違和感のしねえ、

 爽快な男児でした。






 多分、

 双方ともに、

 彼も小生も、

 それぞれに、
 
 地雷系ロマンスを経て、

 28と29になってるからなんでしょうなあ。(しみじみ























 ミツケンよぉ、






















「 悪夢とか見ねえ? 」




 











 新妻さんとは3度目の邂逅なわけだが、
 
 小生の記憶が正しければ、

 電脳上では、
 
 ヨル・ミツケン・鶏の3人より、

 出会いは古いんだったはずで、

 全体、

 いつぐらいから、

 うちらがツガイになるのを予測していたのか、

 毎回聞きそびれていることに、

 毎回嗚呼と唸るわし。









 なんつうか、












 三人が三人、

 また近いうち会いたい面子で、

 飲めてよかったと思う今日。























 伝説の㈱アニマルランド(社畜の王国 の意)から3年前に分派した、

 ㈱デスコム(デス・コマンド=死兵 の意)に移り、

 再びコンクリートジャングルに戻るまえに、

 古都鎌倉の緩い空の下、

 彼らと飲めていい思い出ができた。



















 さらば鎌倉。











 いざ、故郷の戦場へ。


















 ビバ・決戦販売!







   前傾姿勢で三十路を攻めろ  

 

 
 
















 カーブミラーなんてのは、

 曲がった後での見るもんだ 。
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by 201V1 | 2007-07-24 01:23 | カテゴライズ前・生ログ