カテゴリ:カテゴライズ前・生ログ( 296 )
壁紙屋・開業!

えーこのページでは、小生自作した壁紙を配布してます。



メイン壁紙として使ってください。





「 和魂要塞」 や、「 りりここころのままに 」

のような、

「固定式壁紙」として使われることを前提に製作された仕様です。

以下にリンク!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~









懐かしのメカニコングの壁紙(誰もしらねえよ




懐かしのメカゴジラの壁紙(誰が使うんですか?




大迫力・シャークアタックの壁紙(誰が使うんですか?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今のところ3点です。

これからもガシガシ増やします。

更新された場合は、バナー博物館の上のスペースで告知!



お使いになる場合、コメント欄に一言どおぞ。

壁紙を固定するコードを送らせて頂きまする♪




壁紙倉庫を見逃すな!

でわでわん。
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by 201V1 | 2004-07-06 18:58 | カテゴライズ前・生ログ
和魂要塞の終わり

 ~ 終わりとは始まることである ~






先人が残している公算が果てしなく大ですが、

上は小生のオリジナルです。笑




6月の4日を境に、急激に変容した和魂要塞のテキスト。

その連歌の終わりとともに、

再び本来の「 娯楽プロパガンダ 」へと様式が戻った次第ではありますが、

執筆後、自分が書いたテキストを、一両日後に読んでみて、

「 明らかに以前とは違うなあ 」と感じた今日。




改めて筆をとろうと思います。





自身のテキストをメタ分析するという行為は、

少々奇異ではありますが、

土台気のふれたブログなので何卒ご容赦くださいませ。









出刃をひさっげたかのような、ヒリヒリとした文章。

和魂要塞の真骨頂とも言える「論説」。

「罪と罰」がアップされました。






魂を込めた白刃を、仏様の顔面に全力で叩きつけるかのような印象は、

かつての和魂要塞のテキストにも共通して見られる特徴です。

けれども何処か、今日の「罪と罰」は以前のテキストと趣を異にしています。






なにが前と違うんだろう?

自問。

どこが変わったのだろう?

繰り返される自問。






「罪と罰」編をお読み頂き、

皆様がどのような感想を持ったか、小生にはわかりません。

曰く、健在。

曰く、熱い。

曰く、パワー全開。





読後感に共通して見られるのは小生の 「 気概 」であります。

そのなかに、「 ちょっとテイスト前と違うね 」ってのはまだありません。

しかしながら、一部の読み手は感じ取っているかもしれません。

和魂要塞、同じ攻性テキストでも、5月と7月、ちょっと毛色が違います。










まぁ、「罪と罰」、書いてるとき、半泣きだったんですが、(なんでだ。

一両日置いたあと自分で読んでみると、

「 嗚呼、これは歌なんだなあ 」と、感じました。







以前のテキストを

読み手の存在を意識した、

アジテーションの傾向が強い文章とした場合、

再起動後の文章は、「罪と罰」に限らず、その全てが

「独白」というスタイルで書かれています。

つまり、読み手を意識してない文体なんですね。







プロパガンダというのは、本来は国威の発揚の為の喧伝です。

それは読み手の意識の変容を目指した、思想注入のツールと言えます。

これに対し、独白は「 声にならない魂の叫び」 であるといえるでしょう。






ぶっちゃけるとですね、

読み手が受け取る「 気概 」ってのは、結局は一緒なんです。

アジだろうが独白だろうが、記事の中身は小生の魂そのものなワケで、

素材は変わりありません。

ただね、

前後じゃまったく調理法が違うのです。







以前はね、煮たり焼いたり蒸したりしてた。

魂を。

そーゆーものを、お皿に盛って、ページに 「でえい」 って出してました。









現在は、「 未加工の魂 」を、生のまま、丼にぶち込んで出してます。笑

容赦なく。

商売抜きで。笑

「 ニギミタマの踊り食い 」

メニューこれのみ!  (どんな店だ。












馬力3倍の理由はコレです。笑

たぶんコレでしょう。

パワーアップも当然といえます。

なんてったって生。

未加工なので、びちびちばたばた、活きてます。















子供もどしどし生める状態!















色気全開っ!(馬鹿











とゆーわけで、

こんな危険なものだけを「 出す 」わけにも行かないので、

今後は、粋を凝らして味付けを加えた「魂」と、

「 マルのままの魂 」を織り交ぜて、

テキストを書いていく所存です。









願わくば、読み手がそのつど、

「 あ、コレは生♪」

「 こっちは煮出してる♪ 」

などと、

楽しめるブログにしていきたいなあ、と思う小生。







皆様の支援によって、少しづつ、和魂要塞、前に前にと前進してます。

感謝を。

いつか会えたらいいですね。

卓袱台囲んで酒飲んで♪

未成年をみんなで弄って。笑






というわけで、メタテキストはこれにて終了。

そろそろ幕の時間と相成りました。





和魂要塞、引き続き、応援よろしくお願いしまする。

うちのネズミの 「 じんぐる 」。

1日1回可愛がってね♪  ( 最後のシメはそれかよ






でわでわ。

お後もよろしいようで。 (よろしくねえ



さらば蛇!



「 がぶり。 」




ぐはあ。  ( ハブに噛まれて終わるテキスト。←普通ない
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by 201V1 | 2004-07-06 02:46 | カテゴライズ前・生ログ
ウナギAへ。

えー、ウナギAが、カギつきでコメントくれました。

彼はあんましキーボードを打つのが早くありません。

したがって長いコメントは 「 しんどい 」ハズなんですが、

ぎゃんばって打ったようです。

以下の文章は、ウナギAのコメントへに対するリコメント。

だから一般の方には、何がなんだかチンプンと思われます。

でもね、小生は、ここに書きたかったの。



~~~~~~~~~~~~~~~~




ウナギAへ





以前、っていっても、ついこの間、言ったばっかしだけど、

今、つくづく、思う。



ラジカルってことは、すげいなあって。






小生は、自分の生きてる、

この惑星のことが知りたくて、

普段、「 面 」でしか見えない世界を

いろんな角度から捉えて立体化することで、

その箱の中の、自分の収まるべき位置を探してきました。

そーゆー風に生きてきた。






そうやってね、世界のなかの、自分の命の置き場を探してた。







15歳からずっとです。







Aはどーかな?って考えると、

小生とは、相当に、「世界の捉え方」が違うのね。

小生から見たAの世界って、

長い間、生身のまま、面の世界を何枚も突きぬけながら、

それぞれの「 世界 」をしっかり見てきて初めて得られる「 捉え 」なんだと思う。

この意味で、2人は違っているのよね。






箱のなかの位置を模索するスタイルと、

面を連続して突き抜けていくスタイルは、

結果として世界観を大きく変えます。







今日ね、その意味で、AとZILは似てるなあって思った。

2人ともね、小生とは違うの。

面を貫いて生きてきてる。






小生は、勝手に生きてきました。

果てしなく、勝手に。

そーゆータワケた真似ができるヌルイ環境で育った。

Aがね、3年前に言ったように、

小生の育った環境ってのは、とってもね、勝手の効く、

のほほんとした空間だったの。

切羽なトコで「 やんなきゃならない 」って場面のない世界。

そーゆー時代が長かった。

よーするにね、無聊だったのよ。

そして勝手に振舞えた。

だからいつもね、1番欲しいものの為に、他のものを投げ打って生きれた。

箱の中の自分の命の使い場所を見つけたくって。

ヒマだったって言い方もできる。

余裕があったって、嫌な見方もできる。




でもね、段々と、

AやZilのスタイルに、近づいてきてるんだぜ。

いま、Aがちょこっと、小生の捉える世界に足を踏み込みつつあるように。






Aは、小生を、「 やっぱ特別じゃなくて普通 」って評したね。

アタリ♪

小生は、いたって普通です。

人並みに泣いて、笑って、悔しがり、怒ったり、嗚咽したりします。

皆と同じように悩み、皆と同じように痛みを感じる心を持ってます。







特別な人間て、なんだろうね。

けっこうな時間、考えてきたテーマです。




それはきっと、極の先にいる人達のことを指すんだと思う。

いわゆる逸脱しちゃった人々。

サイコパス・ソシオパスって言われる犯罪者群が、「 特殊 」な人々。

「異常」ってのは、器質的な障害がハートを変容させてしまった人々を指す言葉。

小生は、そう考えてます。

あとはね、ちょこっとづつ、毛色が違うだけ。

皆、それぞれの生きなきゃならなかった世界を通じて、

世界を捉え、

また捉えなおすことを繰り返し続けてます。






ブログを始めてみてね、

客観的な「 評 」ってゆーのが、

知人以外の人々からもらえるようになった。

これはね、結構な衝撃。

あやふやだった自分の個性があらわになる。

結果ね、どうしようもなく否定できないのは、

小生が、ちょこっと毛色が変てこと。








これは珍念の「 評 」なんだけどね、

彼のHPのエビエビってテキストで、

彼は小生のことを、「 どこまでも行っちゃう人 」って書いてます。

Zilは、小生に「 お前は多分一生満足なんか出来ないはずだ。」って言いました。

これはね、凄く的を得た言葉だと思う。






小生には、アフリカに置き忘れてきた「 夢 」があって、

この間、それを8年ぶりに思い出しました。

笑っちゃうかも知れないけれど、

自分がどうしてアフリカに渡ったのか、Zilに

「お前が満足することなんてない」って言われて、

「嗚呼」って思い出したの。






小生が「 変 」なのは、この「 夢 」の所為です。

資質的には、石を投げれば当たる只のタワケに過ぎません。







人の思い描く夢は、色も質量もサイズもてんでバラバラ。

億千万の夢の中で、

小生の夢は、人の身じゃ、決して掴めない無茶な夢です。

でもね、掴もうと足掻かないわけにゃいかないのよ。

そのために、磨いてきたの。

物語を人の心に届かせるためのいろいろを。







きっとね、この夢がなかったら、全然違う人間になってると思うの。

どうなってるんだろうね。

バリバリの営業で喰っていく道を選んだかも知れない。

コンサルタントみたいなイカサマなシゴトが向いてたと思う。

でもね、忘れた夢が、いつだって急かしてた。

8年間。

で、先月ようやく思い出す。





自分が「 普通 」でよかったと思う。

じゃないと、何も書けやしないから。

Aがいなかったらどうだろうね。

小生は、まだ箱の中しか見ようとしなかったかもしれない。

今はね、ちゃんと「 面 」と、面とぶつかってます。

Aのお陰で。






その意味で、やっぱり君は、特別な友人。

兄弟に1番近いのに、兄でも弟でもない人。







俺らの会話にね、意味はあるよ。

ケタ外れの意義がある。






小生は、面と向かって生きる様を見て、それを知って目が覚める。

Aは、箱の中の命の置き場って発想を知って、命の始末を考える。




どっちもね、とっても大事なこと。




だから俺にゃ、君が要る。

ずっと必要。





正直ね、6月の一件がなかったら、

俺らは生涯、通じ合えなかったかもしれない。

小生、生半可なことじゃ、素顔さらさないからね。

誰もが仮面に騙される。

親兄弟すら小生の素顔にゃ気がつかない。笑




ぶっちゃけると、「 彼女 」だけが、弱点なんだよ。笑

他の事じゃあ、毛程も動揺しないのにね。

この先ね、あんな有様は見れねえぜい?(へらへら




あの一件を通じて、

多くの人と、素顔で交わって、

やっぱ小生は大きく変わったと思う。

ちょっとね幅がでてきた。

一皮むけた。




今度はね、Aの番。

ぎゃんばって一皮むけてね。

でも、そーなると、また差をつけられちまうなあ。

きょまったぜい。




ちょっとね、待っててくれてもいいよ。

小生も、ぎゃんばりゅ、から。




ぎゃんばる。って、いい響きだね。




ぎゃんばる。ぎゃんばる。ぎゃんばる人生。  ぎゃんばる悔いなく。  ( 天然記念













また飲もうね。










でわでわ。







追伸・

何度も連絡してるんですけど、

電話繋がりません。

全体いつ電話すりゃいいのよ?怒
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by 201V1 | 2004-07-05 10:26 | カテゴライズ前・生ログ
201v1という名前。
妙なハンドルネームですね。

まるで暗号です。

「どりる」ってゆーHNを4年間も使っていながら、

なんでわざわざこんな数字な名前にしたのか?

全然、日本的ですらない。

今回はこのお話です。







皆さんは、テレビゲームってしますかね?

小生は、あんまししません。

若い頃(10代)はやりましたが、

オッサンになってからは殆どやんないです。

なんでって、つまんねえもの。





小生は、テレビゲーム程、

作り手の気迫が現れる表現媒体はないと思っています。

ぶっちゃけるとね、

単価7000円ぽっちの商品に、

数人から数十人の人間が、血眼になって作り上げる現在のゲームってな、

てんでワリに合わない商売です。

9時5時の公務員と比較すると、その差は歴然でしょう。

だからね、尚更作り手の気概が作品に現われるのです。






世間一般でいうところでは、

小生はかなりディープなゲーマーの部類に、かつて入っていました。

だからかなりの数のゲームをやってます。

しかしながら、本当に面白いゲームってなそうそうあるものではなく、

いつかまたやりたいと思うゲームって4本くらいしかないです。





まずね、FF6と聖剣伝説2とタクティクスオウガ。

3つとも、スーファミの作品です。

正直ね、当時ぶったまげた。

あんまりキレイだったから。

ぶっちゃけ文句のつけようがなかったよ。

システムにもゲームバランスにも何処にも。

低性能ハードでよくここまでやったと唸った。

のめりこんだよ。



特に最後のタクティクスオウガは、

ボスニアヘルツゴビナの内戦が行なわれた直後に、

それと同様民族紛争のなかの群像劇を描いた作品で、

小生はどこまでもこの物語に惹き込まれた。

大人になった今でも、目を閉じると彼等の雄姿が目に浮かぶ。

設定とかが書いてある攻略本が、バラバラになるまで何度も読んだ。

何度も何度もプレイした。

作り手が命懸けで創った作品だってことが、やればやるほど深く心に刻まれた。




これがもう10年も前の話。

それからね、今年まで、出会うことがなかった。

誰かが命懸けで作ったゲームに。

ハードがどんどん高性能化して、

グラフィックが華麗になればなるほど、

製作コストが増加する。

それでもソフトの単価は上げられない。

たぶん、今のゲームクリエイターも命懸けなんだろうとは思う。

ただね、あの頃の作品群には、遥かに遠く及ばない。





小生は思う。

きっとね、ゲームの黄金時代って、

スーファミからプレステにハードが移行する最後のあの瞬間だったんだと。

スーファミでできる限界点。

そこがね、きっと1番クリエイターが死ぬ気になれた時代だったんだよ。

制限された中で創られ、今よりずっと人に余裕があった時代。

あの時代のゲームには、限界ギリギリまで頑張る人間の魂がこもってる。

だからプレイヤーを掴んで放さない魅力があるんだ。





もうね、会えないだろうと思ってた。

限界まで突き詰めて、超えられないカベを越えた作品には、

会えないだろうと思ってた。

それがね、会えたの。

今年の春。

作品の名前を、「 ガンパレードマーチ 」っていってね、

それは素晴らしい、ゲームだった。

完全な物語であるにも関わらず、

それは小説やアニメや漫画では絶対に出来ないことを実現していた。

あらゆる意味で圧倒的なゲームだった。

先の3作品ですら、このゲームとは比肩できない。

まさに別格だった。






その決して新しくない作品は、

シュミレーションゲームで、

プレイヤーは「 学兵 」という特殊な立場で、

この世界とは微妙に違う歴史をもった世界に生きている。



真の意味で物語を進めるのは一人の少女。

彼女はどこまでも気高く、勇敢で健気だった。

26歳にもなって、年甲斐もなく熱中した。

古いゲームだった。

何年も前のプレステ1のゲームだ。




そこにはね、

もう2度と会えないと思っていた、

「 限界を超えようとする作り手の魂 」が篭っていたよ。

そしてその少女の生き方に、

どうしようもなく、惹きつけられた。

それは間違いなく、作り手の心の代弁だった。

痺れたよ。

心が震えた。







その作品のなかで、

学兵を招集するシーンがある。

戦闘の前に必ず入るカット。




「 201V1、201V1、全兵員は現時点を持って作業を放棄。可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す、201V1…」




201は戦闘区域の、V1は敵の出現時間をさす暗号。

小生はいつも、この命令に従って、戦闘に出てました。

学園生活から、兵隊に。

この放送がかかるたび、戦いへと向かっていました。







それは鬨の声に似た、戦いの幕開けを告げる歌でした。

201v1とは、小生にとっては鬨の声の代名詞となったのです。






201v1と呼ばれるたびに、思います。

命懸けで生きれるのかと。

自分は、できるんだろーかって。

答えはいつもイエスです。

「やったる」ってゆー、ちょっと変な答え。





命懸けで、ことに当たりたいですね。

和魂要塞、そーゆーブログにしたいです。

これまでも、これからも。





下にね、ガンパレードの公式ページと、

今は隠されている秘密のページのURLを乗っけます。

公式ページには、ガンパレの小説がありオススメ。

和魂テイストな小説。笑

秘密のページは製作秘話のページ。

世界観が極めて複雑なので、わけわかんない点多いと思いますが、

それをさっぴいても、読む価値はあると思いまする。




なんたって小生がほれた物語ですからね。えっへん。



でわでわ。

また次回。





















ガンパレ・公式小説。(多分書いてるのはゲーム作者の芝村親父

http://www.alfasystem.net/return/top.html


秘密のページ(戦慄のゲームクリエイター芝村親父の生き様)
http://www.alfasystem.net/game/gp/nazo.html





(解析されると厄介なのでリンクしません。笑)
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by 201V1 | 2004-07-04 23:02 | カテゴライズ前・生ログ
1万ヒット記念!アニメアタック!

はい。

やってききました一万ヒット祭!

勝手に開催っ。

止めたって無駄無駄無駄無駄ァ!


















諭吉ランバダ!







日焼けサロンに通うジュリー!

キモイッ!

1・2・3・ダァーッ!









「ああっ、猪木がシンの腕を折りました!」

「そういえば、昔、キラー・カーンもアンドレの足を折りましたね。」

「コナーポストからのニードロップでしたね」




上の文章、理解できちゃった人、

映像が浮かんじゃった人、




























バカ!

 (バカはお前だ201v1













皆の衆っ!

お祭りだぜい?ぶっとばすぜえ?

ちんどん屋が来るぜ?(来ない












a0013690_175420.gif




一万ヒット記念!

アムロ、行きます!(何処へ?







さあ、さあ、さあ、さあ、喰らわすぜい?

勢いだけは当代随一の高速ギアにハイリッパの和魂要塞、

元来は極めてハト派な著者が、 (嘘をつけ。嘘を

全体どのよーにしてテキストを製作しているのか、

一万ヒットを記念してブチ上げちゃいましょう!

ぎゃはははは。







ウコン: きゃー。ご主人、あたしたちの出番ですね!

サコン: やったあ!







うるっさい、ボケ女どもが、手前らの出番なんかねえ!

アタマ引っこ抜くぞ、へちま野郎!

おらおらおらおら。






Wコン: きゃーっ






あたたたたたたたたたたたたた



















今だ!



















大雪山降ろし!

 (やっぱ投げるらしい













二段! 

(しつよう








Wコン: ぎゃー


ちゅどーん










ふっ、バカ女どもが、いらねえ手間かけさせやがって。(容赦なし




それじゃあ行ってみようかね、

勢いブッチギリ講座!







まずですね、人間の気分なんてのは、ぶっちゃけちゃうと、

ケミカルな汁と、電気信号のスパークです。

有機的な機械が人間です。

したがって、気分は自在に変化させることが可能なんですね。実は。(平然←こわい





小生は、催眠術使いだった時代がありますが、

当方の催眠術は、自律神経失調症の人々の為に開発された、

「 自律訓練法 」なる秘法の応用でございました。




小生自身はいかんせん、「 失調 」するほど繊細な神経がないので、

医者の世話にはなったことは

古今東西金輪際ありませんし、これからも果てしなくナイでしょう。(神経けむくじゃら







しかしながら、こんな面白い素晴らしい技術を、

失調症患者だけに独占させるなんてバカはないわけで、

勝手に勉強・習得しました。(相変わらずの無法ぶり








自律訓練法って何?ってーとですね、

カンタンに言うと、自律神経の操作です。

それでは自律神経って何?ってーと、

カンタンにゆーと、

「 普段、使うぞ、使うぞ。って意識してなくても勝手に作動してる神経 」の総称です。

物凄く大味で、医者が聞いたら激怒しそうな説明ですが、まぁいいでしょう。






体温とか心拍数とかを設定してる体内電波も自律神経です。

自律訓練法とは、この「 普段は隠されてるコントロールパネル 」にアクセスし、

設定を弄るってワザですね。





それでは実際に自律訓練法の詳細を下に列記してみませう。

自己暗示の重ねガケと理解してくれればいいです。(大味






① 暗いトコにいく。 ( 部屋を暗くせよ

② 厚くも寒くもないトコに行く。 ( クーラーを買え

③ 静かなトコロで仰向けに楽に寝転がる。 ( KISSなんか聞いちゃ駄目

④ まずは「 両手が重くなる 」って暗示をかけます。

⑤ つぎに「 両足も重くなる 」って暗示を重ねガケ。

⑥ さらに「 両手足が熱くなる 」って暗示をカケりゅ。

⑦ で、今度は「 呼吸が楽になる・心臓がオトナシクなる 」って暗示。

⑧ 最後に「 額がひんやりする 」って暗示をかける。

⑨ トランス状態発生!空を飛べ。空を!





これが自立訓練法です。 ( 怪しすぎる

人によって被暗示性(暗示にかかりやすいかどうか)は差異があり、

カンタンにできるかどうかは大きな個人差あります。

小生の場合、極めて被暗示性の高い資質だったため、( つまりバカ

あっさり習得してしまいましたが、

最初はなかなかかからない人もいます。

③から⑨までの格ステップは最初は通常5分ずつかかります。








ステップ④から⑨までに行けるようになるまでに、

多くの月日が必要なケースもあるでしょう。

あるステップから次にいけない人もいるかもしれません。

一ヶ月くらいかかる場合もあります。

それでもぎゃんばって続ければ、体温や呼吸や心拍数を弄れるようになります。




で、弄れるようなってなお続けるとですね、

今度はこの回線が高速回線化していきます。

暗示に向かない悪条件の中でも、自在に設定変更できるようになるんですね。

体温・脈拍、弄り放題です。笑





これはどういう理屈かってーと、

例えば、「眉毛」。

左右を個別に上げたり下げたりする技。

全然できない人もいれば、

右は上げれるけど、左を上げようとすると右もあがる~ って人もいますね。

小生も、昔は右しか自在に上げ下げできませんでした。

鏡に向かって訓練し、今では両方個別に、上げたり下げたり自在です。(ヒマ





カラダにアクセスする回線を開発する!





眉毛の場合は、眉毛を動かす顔面の筋肉への回線。

体温や心拍数の場合は個別の細胞や心臓などの器官です。

理屈はおんなじです。






で、自律訓練法によって、

「 普段、勝手にでてる電波 」の制御が行なえるようになると、

気分も自在に操れるようになれます。 (ナンデモアリ

和魂要塞の勢いの秘密はここにあるんですね。 (・・・・・こわい







和魂要塞のテキストは、小生の魂を 「ナマのままぶっつけて」書かれているため、

本質的に 「 どりゃあ 」って勢いがありますが、

小生自身も人間なので、

アンニュイな気分の日だって当然あるわけです。(ホンマかいな

しかしながら、そんな気分では 「 飛んだ文章 」は、かけにゃい。

ブレインストーミングな状態でないと、人間は 「飛べない」のでごわす。(西郷







じゃあ、どうすっか?

全体どうやってハイになるか?

やり方はカンタンです。

脳の 「ハッスルポイント」にアクセス!

ハッスル実行ファイルを起動すればいいんですね♪(だれか止めろ







躁鬱病の人の脳味噌は、活動が活発な部分が偏っています。

鬱の場合は、前頭葉の右側が活発に働き、

躁の場合は、前頭葉の左側が活発に働いているのです。

したがって、飛ぶためにアクセスすべき場所は、

「 前頭葉左側 」となります。

左目の三センチくらい上の場所から、

5センチほど体内に入ったポイントを中心点に半径3センチほどの球状のエリア。

ここらへんに「飛べるファイル」があります。

小生は、飛びたいとき、ここにアクセスします。(自立訓練法を極めれば可能です。

キュイーンって。







すると、あら不思議♪

訳もないのに気分ウキウキ!

タリラリランなムーディ。

脳内麻薬・駄々漏れ。



世界は私のためにある。

星々よ、我がために、空が白くなるまで廻れ!(まわしすぎ

天動説大爆発!



ふははははは。

今なら熊にだって勝てる。

デコピンでホフれる。












こういう寸法ですね。

まぁ、論理的な整合性が求められるテキストの場合は、

これをやると大変なことになるのでヤヴァイですが、

ダイエット編とかの場合は重宝します。





みんな、自立訓練法、やって味噌♪ (やらなくていい






とゆーわけで、和魂要塞の秘密。

1万ヒット記念で暴露。

した意味がイマイチ掴めない昨今。タッコング♪(コンしか合ってない





だいたいなんで女子高生の画像がアップされてるのか意味不明ですが、

USBフラッシュメモリが手に入ったので、

狂った旧PCから画像を新PCに輸送できたので、

昔自分が書いた絵を、とりあえずアップしてみました。(いい加減




自分で描いておきながら、

「ううう、萌えるなあ」

とか思ってしまい、

果たして小生は病気なんじゃないかと疑惑。
























だれかこーゆー娘、知りませんか?

 (バカ)







とゆーわけで、お祭りでやんした。

ちんちんどんどん、ちん、どんどん。



玩読、ありがとです。

でわでわ。

また本編でお会いしませう。
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by 201V1 | 2004-07-04 17:55 | カテゴライズ前・生ログ
くたばる前に、くたばる時に、


小生は、格闘技が好きである。

自身もやる。

ガキの自分から柔道一筋である。




無論、路上でもやる。

死ぬ時は畳の上なんて軟弱なことをほざくにはまだ早いからだ。

身体が動くうちはぎゃんばる。

機会があれば必ず参戦する。



神速の背負いでぶん投げる。

ヘタクソな正拳も打つ。

耳もそぐ。(やりすぎ




なんでって、君っち。

暴漢をほっとくなんて選択は、世界にありはしないのだよ。

武とは矛を止める盾です。

暴を制するのが武なのです。

武道とはそうある為に人が歩む道です。

誰もが歩いているのです。







で、その前線にいる男達がいる。女達がいる。

それは軍人とファイターである。




前者の真の姿を見ることは、極めて困難だ。

映画や私小説、レポートなどを通してしか、彼等の実態は見えてこない。

小生はこの手合いの本をよく読む。

知りたいからである。

何人もの命が散った戦いが何だったのかを。

見届けたいからである。

彼らがどうやって戦って逝ったのかを。




小生も、彼らの戦いと比べればはるかに生易しいものだったけれど、

かつて確かに戦った。

命駆けで、暴に立ち向かった。

だから知っている。

戦う者が、心のどこかで、自分がどんなに勇敢に戦ったか、

誰かに記憶して欲しいという、ほんのちっぽけな願いを。

だから読む。

彼等の最後の数日を、ちょっとでも覚えておいてあげたいから。






けれども、それは映画であり、書籍であり、物語である。

世界に存在する全ての物語は「 架空 」ではない。






人の手で創られる物語とは、

かつて、いつか、誰かが同じように生きた、その記録である。

それは極めて精緻な記録だ。






名前は違うかも知れない。場所も違うかもしれない。時代も違うかもしれない。

けれども、世界の全ての物語に登場する人物は、実在の人々である。

彼らはかつて、これから、確かに地上に存在し、存在する人々である。

全ての物語の登場人物には、それと「同じハート」で生きた人間がいる。

人が描く物語とは、人々とは、確かに実在するのだ。






物語とはそういうものである。






けれどもそれはやはり物語であって、ナマモノとは違う。

ナマモノは後者である。

金を貰って戦うファイターである。






彼らは、磨き上げた武を、観客の前で見せることで食べている。

小生は軽蔑しない。

断言しよう。

職業に貴賎はない。

卑しい働き方ってのはある。

卑しい稼ぎ方ってのはある。

でもね、職業に貴賎はない。

人はどんな仕事だろうと、胸を張れるのだ。

大事なのは生きる姿勢であって、シゴトの名前なんかじゃないのだ。





ファイターは金の為に戦う。

そうでない場合も多い。

自分がどこまで行けるのか、確かめるために戦う人々がそれである。

しかしそれでも金は要る。

だからファイターは確かに武を金に換えている。

暴を止める為の武を売り物にしている。

武を志して暴にいたる軍属と比肩する愚と言えば、確かにそうかもしれない。

けれども小生は、それでもファイターを支持する。






何故か?






それは、

「 戦う 」という、

万人が人生で経験する峠を、

「 越える姿 」を、

ファイターがまざまざと見せてくれるからだ。

ブラウン管を通して、我々の前に現れる「 戦う人間の姿 」は、

戦いを忘れがちな我々に、峠を越えようとする人の強さを教えてくれる。

人が、どれほど素晴らしいのか、何度も何度も教えてくれる。

ファイターとは、肉体を媒体に、魂を人の心に刻む表現者である。

彼らは人がどれほど素晴らしいのか、血達磨になりながら、証明しようとする。

彼らは、証明する為に、戦っているのだ。








格闘技を見ますか?








小生は見ます。

選手の抱えるリスクの大きな格闘技程、特に見ています。

それは、リスクが大きくなるほど、「 人間の証明 」が行なわれるケースが多いからです。

地上波で、現在1番「人の証明」が行なわれる競技は、

「プライド」と「K1」でしょう。(ボクシングは放映が少ないです)

見たことがありますか?

是非1度、見てみてください。

彼等の命懸けの証明を、見届けてください。









プライドは、ほとんどルールのない競技です。

カンタンにいうと、噛み付き・目潰し・金的・後頭部への打撃・顔面への肘撃ち以外は全てOKの競技です。

失神かギブアップで勝負が決まります。

薄いグローブで殴りあい、関節を極め、硬いマットに投げつける、ノールールの戦いです。




小生は、見たことがあります。

それはアメリカ人と日本人の戦いでした。

ドン・フライという、元は消防士のオジサンと、

高山というネイティブアメリカンの血をひくプロレスラーの試合でした。





ゴングと同時に2人は約束でもしてあったかのように、

互いの肩を片手でつかみ、殴りあったのです。

ノーガードでの撃ち合いでした。

避けることも、二人は選びませんでした。

ただただ、全力で撃ち、相手の打撃に耐えたのです。




タップをしない選手は少数ですが確かにいます。

エンセン井上などは、腕が折れてもギブアップしません。



しかしながら、かつてノールール系の試合で、

避けない・守らない・打ち合う。という暴挙が成されたことはありませんでした。

真剣な競技である「プライド」において、そんなことをすればブチ壊れるからです。

けれども2人はやりました。

約束でもしてあるかのように。

彼らは、証明するために、それを行なったように、小生には思えました。

それは生き方でした。

人が、どこまでやれるのか、確かめる生き方です。








小生は思います。

確かめる生き方を選ばなければ、どんな人生がほかにあるのかと。







守りに徹し、一撃にかける生き方もいいでしょう。

足を使って華麗に舞い、ザクザク行くのもいいかもしれません。

カウンターを狙うのも素敵でしょう。

ポイント重視のスタイルも、愚直に前にでるのも、それぞれに美しい。






けれども思うのです。

そうじゃないシーンが、人生にゃなくっちゃいけないんじゃないかと。

努力や根性や勇気ではない、何かを掴まなければ、いけないんじゃないかと。






確かめてみよう。

人がどこまでやれるのか。

どこまでいけるのか。






ノーガードで殴り合うって馬鹿を、生涯を通じて一度でもできたか?

そういう相手に恵まれたか?

応えてくれる器量の人間に出会えたか?

自分は応えられたのか?

その度量があったか?

自分は確かめれたのか?







死の間際、きっと小生が思うこと。








生涯を無駄に送らなかったか。








人が浮世で成し遂げられることは少ないけれど、

確かめたか、確かめなかったは、

その人の生涯の意義を、ことのほか大きく変化させる。







断固、打ち合える人間に。

避けず、守らず。ひるまずに。

ただただ、人間を証明するために。

確かめるために。

































くたばる時は、前のめり。



和魂要塞・再起動。
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by 201V1 | 2004-07-03 22:40 | カテゴライズ前・生ログ