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カテゴリ:■死線 ( 2 )
93式外骨格
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 とゆーわけで、以前予告した「死線編」の推参。(たぶん誰も覚えてねえ)

 今回もノリ的には「読みやすさ」という点でまったくもって改善されておらず、正に真性の「豪快すっ飛ばしブログ」である。(読者が)

 だがしかし、鮮やかな斜め読みは筆者の努力が水泡に帰すのでやめれ。あと、侘しいから、ちゃんとブログ読んだら感想書け。(だんだん本性の傲岸不遜ぶりが露呈してきた昨今の著者)

 で、馬鹿話は程々にして、話は「死線」なんだが、今回のテーマも201V1の私的な自己探求の旅に「読者を友引」という小生の十八番で物語は進行する予定であり、この手法でどこまで引っ張るのか知らんが、いい加減慣れてもらおう。(←どこまでも不遜)

 しかしながら、この手法をとることの利点もないわけではない。友引作戦の理を説くと、1に「読者も一緒に冥府魔界を巡れる為、割とリアル」2に「201V1を通して、読者が苦界での対処方と、脱出方法を予習できる」という点が上げられる。そしてここが一番重要なんだが、最も意義のある効用が「あえて過去の地獄へ潜り、今を探るノウハウが学べる」という点である。以上の3点を踏まえると、当該ブログは言ってみれば「地獄の歩き方」の様な一種のガイドブックであり、冷静に考えてアクセス数が伸びる道理がねえなあ。泣

 自己探求・自己分析の効用は、「己を知る」につきるが、これによってもたらされるプラスの効果は無限である。そしてこれをなしに、人が人間的に成長するには「能動的苦行」が必要であり、そんな無駄なもんはインド人に任せておくに限る。とゆーわけで、しないと大損なので人は自己分析を行う。デバックを行わないで自分を売り物にはできないんである。

 でわでわ。そろそろプロローグは終了し、「死線編本編」のスタートである。

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 1993年、小生は高校に入学したわけだが、騎手候補生選抜で蹴られた影響で腐れていた為、正直高校なんかどこでもよかった。で、あまり熟考することなく、最寄の高校に入ったのだった。

 入学したM高校の状況はといえば、入学してびっくり、90年代だと言うのに「ビーバップ」のそのものの世界が広がっており、既に世間では死語と化して久しい「ソリコミ・染髪・リーセント」「ボンタン・タンラン・カンパ・カツアゲ」が未だ健在全盛期。この世の春を狂い咲きに謳歌していた。加えて「リンチ・呼び出し・タイマンなし」という死角の見当たらない荒廃具合であり、寿町も及ばぬ無法ぶりである。(※寿町・横浜の一角にある。物価は安いが人命も安い)

 騎手を目指すぐらいだから当然成長の遅かった小生は、当時身長158センチ・体重44キロというお粗末君である。中学の頃は必然的に「なめられ」、仲良しだがイジワルな同級生の的にされていた位だ。(境界例のいじめと考えると正確)したがって、こーゆー凶悪な高校で、妙に目立つ貧弱な小僧が、「恐れられ、無視してもらえる」なんて事態にはなりようがないんであって、否応なくサル山の大将争いに巻き込まれることになる。

 M高は、M中・N中・T中の出身者の寄せ集めであり、4月中にこれの統合が行われる。不良同士の派閥闘争と考えてもらえばいい。M高の校内権力闘争には暗黙の規定があり、学年内のノールールのトップ争いのみが公認され、「神の3年。鬼の2年。奴隷の1年」というカーストは不動のものになっていた。そして各学年の幹部陣営には、伝統的に生まれも育ちもアジャパーな札付きの不良が陣取っており、彼らの背後には入学を拒否されたり既に退学した狂犬たち、地元の恥と後ろ指される「売春宿の暴力息子」や「強姦魔本人」や「イジメ殺しの前科者」などの真性の屑が控えているんでアル。よーするに免罪符をもった生粋の人間外道が恐怖政治で牛耳っている社会であり、これを抑止すべき立場の教師や地元の大人達は何をやっとるんだと思いきや、全然なんにもしないので、もう、なんというか、お手上げである。その上、高校はド田舎の過疎化地帯にあるため、1学年4組しかないという空前の小規模であり、これがために不良と一般生徒の棲み分けの余地が絶無で、その結果、毎年4月のボス争いは程度の差こそあれ、原則的に全ての生徒を「渦中の人」にするのである。

 で、小生も巻き込まれた。201V1の学年ではM中の出身者に凶悪な個体が多く、母校のN中は「良い子ちゃん」ばかりであった。当然、次々と友人が毒牙にかかっていく。

 当時の小生はと言えば、この年からガクランからブレザーに変更になった制服を着崩し(2・3年生は依然としてガクラン)、ネクタイをはずして前ボタンは全開。ちいちゃなナリだが頭髪がはハリネズミのようにガチガチにおっ立っており、贔屓目にみても「さあ、殺せ」と言わんばかりに挑戦的な外見をしていた。加えて校内の暗黙の掟である「上級生とすれ違ったら会釈」というルールも完全に無視していた為、これはもう、客観的に見て狙われないのがオカシイんである。

 権力争いにはルールがあった。それは「殴られたら、屈服するか、服従するか、3年間うつむいて生きろ」というものである。まぁ、いうなれば、「男の子の意地を捨てろ」という話であり、「心は四つんばいで歩け」という規則で、小生は嫌だったため、「背中に気をつけて歩く」のを選んだ。

 下校途中の不意打ちを皮切りに、なかなか屈服しない小生に次々と刺客が送られてきた。先鋒からして「校外のチンピラ2人組」というオマケつきであり、このときは耳の骨を割られてCTスキャン送りにされ、次鋒戦では友人の裏切りにあってトイレにおびき出され3人がかりでリンチ。中堅は昼休みに背後からの3名による波状攻撃。顎が外れてずれたままになったのはこの頃である。副将は自転車で轢き逃げという新手の戦法を編み出し、大将戦では突然強烈な頭突きを顔面に喰らい、鼻骨を粉砕された。入学からわずか3ヶ月ではやくも満身創痍である。しかし成果はあった。夏までの間に、多くのものを失ったが、得るものもあったのだ。

 

 真っ先に恋人が去った。彼女は「四つんばい」を望んだが、小生が「やだ」と言ったからだ。

 次に大多数の友人が去った。まぁ、血ぃ見るのと、孤立するのが怖いんだから仕方なかろう。それは原初の本能であり、圧倒的に正しい。

 そして心の中から恐怖が消え、最後に攻撃が去った。小生があらゆる手段で対抗したからである。


 まず刑事事件扱いにした。この馬鹿げた出来事を表沙汰にしたかったからだ。そのために現場での反撃を放棄し、サンドバックに徹する。避けれるときは避けたが、当らなければならない時は防御した。しかし本当に喰らわなければ逆に事態がおさまらないこともある。リンチなんかはその最たるものだ。そのときはしょうがないので急所をさけたり我慢したりしたが、それでもたまにいいのは貰う。結構痛い。まぁでも、こんなもんで全てを白日の下に晒せるなら安いもんである。

 次に行ったのは教師の弾劾であった。あらゆる事件を隠蔽工作で「なかったこと」にし、これをよしとする体制が断じて容認できなかったからだ。根絶やしにする覚悟でことにあたる。まぁ親から受け継いだ「血」であろう。とりあえず「自分の身は自分で守れ」と言った校長から何から片っ端から実名で言動を書面化し、知人経由で県の教育機関に事実をおくり、連中の手足をもぐ。途端に教師陣は態度を軟化させたが、翌年校長を始め3人の教師に左遷の憂き目を喰らわせたことで、以降連中は完全に言うことを聞くようになった。

 初めて襲われた前日、とった脅迫電話の恐怖を、「僕」は、未だに覚えている。体験したことのない恐怖に、胃の中の物が大暴れして一日中吐き気がやまなかった。でも「四つんばい」でなんか生きたくはなかった。一度ついた膝の土は、いつか再び二足歩行の日が来ても、生涯洗い流せないと思っていたからだ。

 最初は「薄っぺらいプライド」が反抗の動機だったが、それで反骨心が支えられないヘビーな精神状況に追い込まれるにつれ、「男の意地」が頭をもたげてきた。そうなると、不思議と一切の恐怖は消え去り、あとには燃えるように熱く陰鬱な覚悟だけが残った。「やるならとことんやれ、てめえらのような外道は、この俺が刺し違えてでも一緒に地獄に引きずり込んでやる」

 命賭けではない。命はぶっちゃけ捨てていた。いうならば「命駈け」である。

 被害者の気持ちで始めた戦いではなかったが、途中からは完全に「狩る者」としても意識で戦いに望み始めていたように思う。

 「なにがどうあっても、てめえらの存在はゆるさん」

 聖戦である。ジハードである。小生はムジャヒディンの気持ちを知っている。それに輝ける栄光はない。あるのは、なにも照らすことのない赤く巨大な焼玉だ。そしてその焼玉は、喜びをもって宿敵との玉砕を受け入れる。10年以上たった今日でさえ、あの頃の自分へとに立ち戻れる僕は、回想し立ち戻るたび、宿敵との玉砕を渇望する自分を今この瞬間、自分の中に見出せる。

 顔つきも変わっていった。中学の頃にあった幼さは消え、どこか均衡の壊れた顔になっていた。憑き物の落ちた今日の自分とは全くの別人の顔がそこにある。最近の友人に当時の写真を見せると、「整形した?」とマジで聞かれる道理である。

 結局、実際的な死線のなかの闘争はわずか半年で終わってしまった。「意地を貫く」という勝利条件は完遂され、結果的に地域全体の不良と教師が小生をタブー視するにいたり、以降双方のグループが息を殺して小生の卒業を待つ形になった。あとに残されたのは、それから長い時間を費やすこととなった、戦後処理と言う名の小生の内面的な均衡を再調整する労苦である。

 2年生になって、柔道の授業で不良たちをボコボコに投げ飛ばした翌日(管理人は幼稚園から柔道をやっているので、投げていい状況では危険である)、校外のチンピラ達が校内に闖入してくるという珍事はあったが、もう何事もおきなかった。

 不良は幼稚な征服欲で動く。教師は保身で動いた。「僕」は自己への信仰で動いていた。ぶちまけると、戦う動機の格が違う。完遂するために捨てているものが違う。敵は何かが欲しくて、何かを守りたくて動いている。こっちは燃え尽きるためだけに命の火を燃やしているのだ。


 得たものとはなにか?長い長い戦後処理が終わった今日、負債を支払い終えた今日、今尚血肉となっている正の遺産はなにか?


 それは「誇り」かもしれないし、「精神の強靭さ」かもしれない。小生の中にある「よきもの」の半分以上はこの戦いで得たものか、もしくは練度をあげられたものである。


 そして、変なクセも身に着けた。良しにしろ悪しにしろ、脅迫的に「人に弱音を吐けなく」なった。

 「弱音」が命取りになる暮らし。 「衰弱」を悟られれば瞬く間に畳み込まれる日常。そして何より「弱りつつある自分」を意識した瞬間に心が折れそうになるヘビーな日々。


心の奥の方に今も、「いつか、何かが、理由なく、必ず圧倒的な力で襲って来る」と確信している部分がある。


 だから、「昔、弱っててね」ってのは言えても、「今現在弱ってます」ってのは言えない小生。

 


 この外骨格の深刻さ、分かってくれる女がいない。


 




 「なんで、教えてくれないの?なんで隠すの?私が信用できないの?」


 



 ・・・・・・・・・・・・・・傷をふさごうとしてくれるのは感謝する。

 

 ただね。

 本人が、必死でふさいだ傷跡を、こじ開けて縫い直そうとするのは勘弁してくれ。

 これは俺が大怪我してやっとこさ勝ち取った個性だ。







※この続編のよーなものが、「一行日記」の「妙な夢」にあります。さらに詳細を知りたい場合は日記のアトにダイエット編をどうぞ。
 
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by 201V1 | 2004-05-11 21:17 | ■死線 
死線編・後記

以下、一行日記「妙な夢」より転載。

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最近、妙にリアルな夢を見る。


「棘」の夢もそーだし、今回のも妙だ。

昨夜は「死線編」で敵対していた1学年上の「大男の不良」がでてきた。

こんなのは、ココ6年ばかりないことだ。

以下にストーリーを記する。

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小生は高校2年生。3年の卒業が間近に迫るある日。(夢時間)

また呼び出しを喰らった。

「奴らも懲りねえなあ。下がコンクリの校舎で<投げ>喰らったら死ぬぞ?」

高校2年の終わり、すでに恐怖とは無縁の学園生活を送っていた小生に怖れはゼロ。おまけに現実世界の本人は「向かうところ敵なし」の「ストリートの鬼・投げ魔人」と変貌しているため、「返り討ち→全殺し」にする覚悟で現場に向かう。(当時より無茶)

現場は3年の教室だった。かつて頻繁にちょっかいをかけてきた大男の不良がいた。奴も卒業を間近に控えている。

「解せん。なんでここに呼び出す?」

普段は人気のないトコロに呼び出し、群れで襲う連中にしては「妙」である。しかもこんな大勢の前で問題を起こせば、彼らの卒業はパーだ。

「キナクサイぞ。なんか、あるな、コレは」

ここ1年おとなしくなったと思っていたら、これだ。野郎。また汚い手を編み出したに決まっている。それで卒業に華を飾る公算か?くそが。先制で仕留めるか?

そう思ったとき、かつての友人で当時「上級生の犬」と成り果てていた坊主が、((大男の机の前にいけ))と目で合図した。

行ってやろうじゃねえか。やれるもんならやってみやがれ。微動だにした刹那に頭ぁ割ってやる。兎に角、全体的に殺す。

いつでも仕留めれる気力を充実させ、大男の机へ向かう。近づくまで気がつかなかったが、野郎は机に向かってビニール袋の中に手を突っ込み、なにやらごそごそやっていた。

椅子に座ったまま攻撃してくるのか?だとしたら机ごと蹴り抜いてくるつもりか?背後は?大丈夫。気配はない。飛び道具の殺気もない。なにがきても、いける。さあこい。さあ殺す。

この当時、あまりにも凄惨な日々を送っていた小生は、目に頼らずに危険を気配で察知できた。ウソだと思う人もいるかもしれないが、「殺気」というのは本当に存在し、それは矢の様に後頭部に刺さる。だから慣れると気配だけで殆どの危機を予知できるのだ。それは背後にも目がついているに等しい。当方に死角はない。くるか?どうだ?

しかし殺気がない。大男にもである。なぜだ?しかし油断はできん。これまで非道・外道の行いを続けてきた悪漢どもである。一瞬先には出刃もって突撃してくるキチガイの巣窟がこの高校だ。

大男は、視線をあわせないように、小生の膝のあたりを見ながら、((渡すものがあるから手をだせ))と目で訴えてくる。



手をだすと、唐突に、ポンと、手のひらの上に「赤いバルタン星人の人形」が放りなげられた。




その瞬間、すべてが分かって、僕は大泣きに泣きだしてしまった。

涙が止まらなかった。

声を上げて泣いた。

床に膝をつき、バルタンをおし抱いて大声で泣いた。泣き続けた。

そしてバルタンを床に落とし、顔を手で覆い、カラダを「くの字」にして、それでも大声で泣き続けた。

涙はとめどなく流れ、おさまることを知らなかった。










こういう夢である。


不思議な夢だった。けれども凄くいい夢だったと思う。


いい夢だった。


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後記の後記

以下は某テキスト上で何の脈絡もなく、唐突に展開された「夢分析」である。一応記念的な意味で残しておこう。あとあと見返すと、我ながら自らの愚かしさに愕然。




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ちなみに、このページとの因果関係は絶無というか「じぇろ」なんだが、当該ブログのシンボル「レッド・バルタン」とは、「認められた証」である。

それは「敵から送られた勲章」だ。

小生は、自分の人生を象徴する「シンボル」をこれまでずっと持っていなかった。いうなれば、これは「世界から孤立した兵士の人生」に等しい。

だがしかし、このたび遂に手に入れた。ゲッチューである

齢26にして、「我、終生の友を得たり」。

シンボル、「レッド・バルタン」とは、プラスチックでできたスタチューであり、チープな人形である。しかしながらその価値は、世界の全ての黄金を集めて作られた大仏像を絶する。

それは夢からの贈り物。栄えある魂への勲章。泣く子がもっと泣く「晴れた日のシンボル」。(詳しくは一行日記の「妙な夢」でぇ


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とゆーわけで、当該サイトのシンボルは「レッドバルタン」らしいです。

どこのどなたか赤いバルタン星人の画像を見つけたら、送ってちょんまげ。
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by 201V1 | 2004-04-11 22:48 | ■死線