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酒客・和魂要塞
エキブロ病院TB企画第3弾:お酒


小生は、ストレスで呑むタイプである。

いわゆる「 酒好き 」とはちょっと違う。

怨嗟を洗い流す為に呑む。

そういう酒が圧倒的に多い。

企業戦士時代は親の仇を討つように呑んだ。

自殺する勢いで朝まで呑み、2時間だけ寝て、日に16時間とか働いていた。

自分が不死身だと知った2年である。( 巨大な過信





旧来の仲間たちと集まって、大酒を喰らうケースはまずない。

毎回唇を湿らす程度である。

純然たる儀式だ。

彼らといれば酒はいらない。

雰囲気だけで十分酔える。






恋人と2人きりで呑む酒だけが、

「 いい酒 」である。





よーするに、小生が飲んできたアルコールの殆どは、

怨嗟を流す洗浄剤としての液体だった。




普通、この手のストレス発散の位置づけで呑まれた酒は、

人間を「 酔っ払い 」にする。

しかしながら、小生は決して「 酔わない 」。

無様がキライだからである。




小生は、なんだかんだ言って、美学に五月蝿い。

頑固爺である。

「 美しいか否か 」ってのがカナリ重要な選択のファクターになる。

世間でいう「 カッコイイ 」とは感覚が甚大にズレているため、

あまり指摘されたことはないけれど、

間違いなく「 美学の人 」ではある。

とりあえず、ナルシシストであることは天地神明に誓える余談を赦さぬ事実である。




いきつけのショットバーでは、

「 酒に強い 」という評価を必ず貰うが、実際にはてんで弱い。

呑みまくった挙句、酔わなくなっただけである。

限界は結構早めにやってきて吐き気が来る。

実際、マラリアを五回患っている小生の肝臓は、

一時は崩壊の一歩手前まで追い込まれた。

お蔭で20歳から23歳までの3年間は一滴も体が受け付けなかった。

コップ半分のビールで吐いた。

現在の「 強さ 」は莫大な酒量(自棄酒)が培った賜物である。




「 酔わなくなった 」のは、

「 酔ってないように見える 」のは、

自棄酒を煽らねばやれないクソ環境と、

乱れることを赦さないクソ美学の生んだ結果である。





小生は、酔っ払いが嫌いだ。

正確には、勝手にラリって絡んだり潰れたりする手合いが、キライである。

潰れるのは、まあいい。

可愛いもんだ。

不細工だが、可愛い。

無様だが、まあ赦せる。

潰れる一歩手前の酔っ払いなんか大好きである。

フラレて呑んで潰れてる人なんかも好きである。

しかしながら、酔って絡む馬鹿は殺す。

万死に値する。

そういうわけで、歓楽街で小生に絡んできた酔っ払いは、

その尽くが大地から引っこ抜かれて、地べたにアタマから叩き落とされている。

死んだってかまわないつもりで毎度毎度投げている。

全力投人である。( こわすぎる造語

大抵、血が吹き出してるが、当然の帰結だ。

小生は、絡んでくる阿呆には容赦はしない。

年齢を問わず、天運尽きたと諦めてもらう。




酒を呑む自由は万人にある。

酔う自由もしかりである。

しかしながら、

酒を呑むというコトは、

そのまま一顧の酒客として「 酒界の末席 」に名を連ねることだという事実を忘れれば、

そこにいるのは只のラリ公である。




酒はドラックだ。

マリファナなんざメじゃない中毒性をもつ兇悪な薬物である。

酒客となるか、ラリ公になるかは、個人の意識の問題だ。

小生はラリ公が嫌いである。

絡んできたら、必ず地獄へ送っている。

なぜか?

連中は百害合って一利もないからだ。

楽しい気分を台無しにするのが「 ラリ公 」である。





飲酒のスタイルはそれぞれである。

どれを「 よし 」とするかは文化による。

西洋の飲み方はスマートだ。

彼らは「 楽しい雰囲気 」の為にアルコールを使う。

日本の歓楽街の無様な酔っ払いのような溺れ方をするのはホームレスくらいだ。

小生は、多くの日本人が行なっている「 ラリリ酒 」が嫌いだ。




酒を呑むのは個人の勝手である。

日本文化がラリ公を肯定するならすればよかろう。

だがしかし、小生は容認なんかしてやらねえ。

絡んできたら、仕留める。






いい喧嘩をしよう。

ラリ公諸君。

小生は、絡まれたら全力で投げる。







大地にアタマ打ち付けて、酔いを醒ましたまえ。







諸君らは、無様だ。

そんな姿をガキドモに晒す機会は。

一刹那だろうと貴様らには与えん。




「 呑んでも酔っても断じてラリるな。 」




酒客の最低限のマナーである。
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by 201V1 | 2004-08-31 17:33 | カテゴライズ前・生ログ
子育て


小生も、いつか親父になるのだろうか?

昔から、まま考えてきた未来図である。



まぁなんというか、

小生は見た目とは裏腹に、クソのごとき意味不明な労役に対しても

屁とも思わず心血を注ぐ頑丈さがあり、いざとなればサイボーグばりに働く。

動物の世話をさせたら必ず太らせる世紀のブリーダーでもある。

胎教の意義や、発達心理学的立場における幼年期の重要性にも知悉している。

親父とお袋のいいところをマネして、悪いところをマネしなければ子育ては楽勝だろう。

悪いところを真似して好い所を放棄すれば

悪夢のようなガキが育ってそれはそれで一興である。




キーになるのは奥さんが、

小生の駄法螺を「 ボケ 」と断じる不世出の女傑であるか否かであり、

端的にいうと、

小生に必要なのはメーテル的女傑である。(メーテル女傑論←前代未聞

小生を甘やかしつつケツに蹴りを入れる女性が現われるか否かがすべてである。

明暗を別けるのはここである。








とゆーわけで、

この点を押さえさえすれば、

おそらく家庭内に不安材料はない。

あるとすれば「 小生が小生である 」という一事に尽きるが、

埒がねえので捨てておく。

とゆーわけで、今回のお話は小生の駄目加減ではなく、

話題は「 家庭外教育 」であり、

「 子育てのジレンマ 」に関する一考だ。





小生の感性は、少々崩れている。

「 雪崩れ式武士道 」が自身の規律であり、

「 血飛沫色の浪花節 」が人生の挿入歌である。

常駐坐臥「 有事 」であり、通年戦闘状態にあるワケだ。

気分は終日最前線であり、1人火の玉であり、本土決戦であり、もうほとんど病気である。

骨の髄までマトモではない。

実際には酒呑んで寝てるだけでも脳内は最大戦速で回転してる。

フルスロットルジャイアントスイング!

何を生み出すわけではない。

空前の空回り観覧車。未曾有の大赤字。

甚大なエネルギーの無駄使い。

無風人間風車とは小生の為のコピーである。

発電せずに独力で回転、余計な嵐を悪戯におこし、カマイタチで通行人を無差別殺傷する。

保険は利かない。

で、それはイマイチ日本の社会にマッチしない。





よーするにだ。

小生は、まぁなんというか、社会性が本来はない。全然ない。

ないがそれでは「 やれん 」ので仕方なく「 マトモ 」なフリをして世を偲んでいる。

タガを外せば「 即 」お縄にかかって相違ないアウトサイダーである。

実際、オマワリにはよく追われている。

ご苦労なこった。( 他人事かよ

端的に言えば、小生はハズミで議事堂を爆破する先鋭的な表現者だ。( テロリストじゃん

世の中の全てに腹が立つ。

なにもかもメタクソにしたい人間である。

いっぺんサラ地にして世界を正しく塗り替えたいと本気で切望するヴァカ。

それが小生の本来であり、同時に生来の気性だ。

ぶち壊すのに意義を感じるスサノオみたいな魂である。

破壊こそが創造だ。

世が世なら、革命家にまっしぐらのアホタンチンが201V1である。






とーぜん、このような魂は「 一般社会 」に馴染み難い。

なんでって「 破壊衝動 」で生きているからである。

小生は、これまでずっと「 破壊 」で押し通ってきた種類の人間であり、

通った後には色々な残骸が打ち捨てられている。

過去に小生が所属した部活・学校・企業などは、その尽くが「 破綻 」の憂き目にあっている。

行きがけの駄賃に小生が核を落として去るからである。(立つ鳥、後を焦土と化す。

小生は、頭にきたら命懸けで破壊する。

ズタボロになってでも仕留めに行く。

相手がなんだろうが知らない。

リスク?なにそれ?の世界である。

ただただ全力で粉砕する。

で、この気性は子育てに甚大な影を落とす。





小生は、「 学校教育 」の狂信者に弾劾されて今日に至っている。

彼らは自己の瑣末で矮小な倫理と正義を「 荒ぶる子供 」に擦り付ける。

雄大に羽ばたこうとする子供の精神を嬲り者にするのが連中の本懐である。

規律ってなあ、己で己に課すものである。

断じて帰属集団の「 了解 」に埋没することを言うのではない。

子供のとき、人は規律を自ら模索するのである。

モラトリアムとは、己の規律を己でひねり出す猶予を指すのだ。

断じて「 染まる為 」の時間を言うのではない。




「 教育者 」とはなにか?




それは人類の主席に列する人々に与えられる号であるべきだ。

一介の役人風情が冠していい種類の号ではない。

自身の子供が、己が接してきたのと同じような木っ端役人共に蹂躙される未来図を思うと、

虫唾が走るのが本音である。

天下国家を憂う意義も知らぬ、文部省の腐れ官僚どもの傀儡に過ぎぬ小役人に、

どうして我が子の存在を託すことができるのか?

正気の沙汰ではない選択である。

小生は、教育システムの破壊を熱望する。

腹の底から教師面した全ての匹夫の存在を憎む。

しかしながら、己の不屈の気概を養ったのは、紛れもなく彼ら愚物の存在だった。

ここがジレンマである。






小生の子供は、おそらく小生に非常に似るものと思われる。

で、その場合重篤なのが、

小生の父方母方どっちに小生の子供が似ようと、

同じような馬鹿が生まれる公算が高い点であろう。(和魂パパ・ママは革命闘志←悪夢

似てなきゃ似てないで、それに越したことはないが、

まぁ、似てたら問題は上記のように複雑になる。

「 異常な兆候 」が見られれば、小生はきっとセメントでそれを助長するだろう。

両親がそうしたように。

中庸なんてのは、成人してから覚えりゃいい技能である。

「 破格 」の器に育ちうる可能性を潰すなんて馬鹿は断じてできない。

小生は、そうやって子供を埒外に育てる。

「 こうやるともっと無茶苦茶になるぜ? 」って教育方針である。

本来ガキの有する、クソのような社会を「 寝言ぬかすな 」と断じうる蒼い気概を伸ばす。

逸脱することを恐れながら畏れない、モノホンのクソガキを潰さずに育てる。

好きに生きりゃあいいんだ。ガキは。

親の務めは「 保護 」であり、「 監視 」じゃねえ。

「 保護 」ってなあ、ギリギリ生かすってことである。

あたら無駄に監督する「 奴隷化 」を指すんじゃねえ。

ガキの命はガキのものだ。

土壇場で生きるか死ぬかはガキ自身の天命が決める。

それに抗うのはガキ自身の魂だ。

しのごのほざいて監視して解決できる問題じゃねえんだ。











学校教育を憎む余り、

義務教育の場を通信講座に求める親たちがいる。

果たして正気だろうか?

なんと安易な選択だろう。

全くの他人だらけの集団の中で暮らす経験を奪うことのハンデを

彼らはまったく斟酌していない。

純粋培養で育まれるのは「 健やかさ 」であって「 頑丈さ 」ではない。

人に必要なのは双方である。





小生は、ブチ込む。

クソのような学校に。

気のままに育てた、役人共が「 悪夢 」と天を仰ぐような、

火の玉みたいなガキを匹夫の巣窟に解き放つ。






痛い目に合えばいい。

そうやって、クソ社会のクソ加減をガキは身をもって知ればいい。

巨大な援護射撃でバックアップはしてやろう。

前衛はガキ。

突進するのもガキ。

血反吐はくのもガキ。

親がやってやるべきなのはしかるべきタイミングの空爆である。

ガキの躾を放棄したのは親だ。

躾をくだらんと断じた帳尻は空爆で埋める。

親父やお袋がそうしたように。

ガキは自ら血路を開き、親は「 援護 」をしてやればいいのだ。

「 愛してるぜベイビー。露払いはまかせろ。お前は突っ込め。」ってね。







本音を言えば、小生は2度と再び小役人共と同じ空気を吸うのは御免である。

連中を粉砕することで学ぶべきことは既にもうないからだ。

「 子育て 」とは、人生の反芻に近い。

やっと抜け出したクソのような少年時代をガキを通じて再体験せざるをえないのが、

「 子育て 」である。

悪夢だ。







小生は、いい親父にはなるだろう。

ガキに必要なのは「 自由 」と「 試練 」と「 善悪 」である。

「 善悪 」なんざ叩き込むのはカンタンである。

「 弱者を守れ 」って一事だけ幼年期から骨身にブチ込めば事足りる。

ガキに必要なのは「 先行オルグ 」である。

真理はガキ自身が年月をかけて掴めばいい。

親の務めは目的地の方角を、ガキの血肉に注入することだ。

小生はそうやって、育てられた。

正しくこれは正解だった。

親父とお袋は「 体内磁石 」だけ注入して、あとは野放ししてくれた。

要所要所で空爆しながら。





子供を愛することに不安はない。

子供に愛される親父になることも容易だろう。

ジレンマは、もう一度クソみたいな少年時代を反芻する一事である。





未だ見ぬ我子よ。

父ちゃんは、イヤだ。

お前に付き合うのが。

だがよ。

親の務めは果たすぜ。

腸を煮えたぎりらせながら、露払いはしてやる。

好きにやれ。

ひっかきまわせ。

魂の命ずるまま、全てをなぎ倒して暴走しろ。





ベイビー。愛しているぜ。

お前は自由だ。

ただただ、世の不条理に立ち向かえ。




魂の告げるまま、気炎ひとつで己が道をぶち抜いてみろ。




万日の人間力を戦火の只中で培うのだ。




クソ世界に打ち勝つために。




父の屍を越えていけ。
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by 201V1 | 2004-08-31 16:31 | カテゴライズ前・生ログ
ドープ


4年に一度のオリンピック。

アスリートの正念場である。

ここでメダルを取ることで、人生が変わる種類の人々がいる。

普段「 無関心 」を決め込まれているマイナー競技の選手にとっては、

オリンピックは「 活躍 」の唯一の機会ですらある。

報奨金で家族の暮らしがどん底から好転する人々がいる。

命懸けの舞台である。

ドープを行なう人間が現れる。




スポーツに限らず、

人が「 能力 」の限界に挑もうとする時、

いつも眼前に「 カベ 」が立ちはだかる。

アスリートが、限界の前にそびえ建つ障害を、

「 カベ 」と認識できる間はドープを行なうものの気質は限られてくる。

競技者とは、本来限界に挑むことを好む人種だからである。

それは挑戦者の意気だ。

しかしながら、それを「 鎖 」だと人が感じた時、

ドープによって自身を縛る「 限界 」を断ち切ろうとする者が気質を問わず現われる。

おそらく、ドープを行なっているか否かの間に、

多くの場合、精神的な貴賎の差はない。

ドープは人間の証明にはならない。

あるのは「 認識 」の相違だけである。






ある種の人々が常に「 限界 」に挑むのは、

「 必ず越えられる 」という理屈をブチ抜いた確信があるからだ。

挑戦者とは、その感覚の中で障害を克服していく喜びに魅入られた人々である。

「 このままで終わること 」に納得できない人種だ。

可能性に賭ける人々である。

この種の人々が、障害を「 カベ 」ではなく「 鎖 」だと感じた時、

全てのドーピングは彼らの中で肯定される。

そしてそれを否定する権利は世界にはない。





「 強くなれる 」

「 速くなれる 」

「 殻を破れる 」




ドープによって得られる「 記録 」を、

「 薬の力だ。」と感じながらドーピングを行なっているアスリートは殆どいないはずだ。

彼らにとって、ドープは「 殻 」をぶち破る為の起爆剤に過ぎない。




ドーピングが全面的に開放されたケースを想定する。

おそらく殆どのアスリートが薬物に手を伸ばすだろう。

「 かけっこ 」に人生を賭けるならば当然の選択と言える。

小生は、彼らを肯定する。

手段を選ばないその姿勢に、一塊の美しさを認める。




アヌシュ選手は卑怯者と後ろ指を指されるのだろうか?

吊るし上げを喰らうのだろうか?

また世界のくだらん倫理に「 食い物 」にされる者があらわれるのか?




少なくとも、「 記録 」に命をかけたことのない人間に、

彼を非難する一切の権利はないはずだ。




確かに彼らは、誘惑に負けたかもしれない。

ルールを破ったかもしれない。

ズルをしたかもしれない。

ドープを行なわなかったものから勝利の瞬間を奪ったかもしれない。

だがしかし、彼らは全てのリスクを承知でそれをやったのだ。

その彼らを罵倒する権利を、小生はここに放棄する。




メダルは剥奪されてしかるべきだと思う。

記録は抹消されてしかるべきだと思う。

しかしながら、

何人たりとも彼らを「 卑劣 」と罵ることができるだろうか?



小生は、彼らの味方でいてやりたい。



ドープは、精神の貴賎を証明する材料にはならない。








「 死んだっていい 」






そんな想いで競技に命をかける人々が、薬の力を借りたという事実だけで、

人非人扱いを受けなければならない道理を、小生は知らない。





だれか知っているのだろうか?

そんなクソみたいな道理を。
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by 201V1 | 2004-08-31 09:21 | カテゴライズ前・生ログ
似顔絵



小生は、なんだかんだ言って、絵が上手である。

とゆーか、漫画家志望なんだから当たり前なんだが、(じゃなきゃ困る

手前の技量への自信過剰が災いし、

街角で似顔絵描きを見つけると、ついつい依頼をかましてしまう。




なんとゆーか、小生は、美大どころか美術部ですらあったことがない。

高校時代は元柔道部であり、運動部を圧倒する脚力の幽霊パソコン部員である。

伊豆の韋駄天といえばそれは小生のことであった。(警官というオプションが後ろにつく




よーするに、正規の美術教育を受けていない。

オールまっさら独学である。

中学の美術の成績は2である。(10段階です

ラクガキから始まり、美術書で技法をマスターしたトンチキである。





なんつーか、当然何も見ないで骨格標本が描ける。

何も見ないで皮を全部剥いだ筋肉人間が描ける。

屁のつっぱり。

人物画なんてのは、筋肉が全てだ。(自論



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↑2年ほど前のラクガキ







全ては模倣から上達する。

小生はそうやって上手くなっていった。

技ってなあ盗んでナンボである。

で、かつて似顔絵が不得意であった小生は、

街角の似顔絵描きから「 キモ 」を盗もうと、

よく描いてもらったことがある。




上手い人も下手な人もいた。




で、一個見つけたキモがある。

「 上手な人 」の描く似顔絵には、悪意がない。

ここで重要なのは「 上手 」ってのが「 描いてもらった人間が気に入る 」という意味で

ってトコである。



単に似せるだけならカンタンである。

「 悪いところ 」を誇張して描けばいいからだ。

しかしそれじゃあダメなんである。

そんなモンは絵心があれば猿にだって描ける。

「 ウマイ 」ってのは「 妙 」って意味であり、

描いてもらった人間が後生大事にしたくなるような作品を描く腕を言うのだ。




残念ながら、小生はそーゆー絵描きに当たったことがない。

「 正義のヒーローみたいなカオですね 」

とか埒のない寝言をほざくカイワレ野郎にしか出会えなかった。

ただ、そーゆーモノホンの絵描きの作品を知っているだけである。




いつか、似顔絵を描いてみたい。



街角で。



生霊を宿すような、暖かくて、おっかない似顔絵を。
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by 201V1 | 2004-08-30 21:19 | カテゴライズ前・生ログ
ニューエイジ和魂要塞

小生は、「 世界の謎 」を追ってきたボケナスである。

知りたかったのだ。

全体どおして人がここにいるわけを。

全体どおして世界がここにあるわけを。

14歳からずっとである。





小生は、自他共に認める単細胞だが、

そのぶん執念深い。

さっぱりしてる分、諦めが悪い。

納得いかなきゃ天地が割れても腑に落ちない。

したがって、おそらくこの命題とは一生向き合っていくことになる。





答えは既にもっているが、

もっと深くもっと確かにって気持ちは、ちっとも昔と変わっていない。

きっと死ぬまでこの気持ちは変わらない。




「 世界の謎 」を追って追って、いつか、前のめりにくたばる。



そういう人生でいい。



生き死にの際まで、それでいい。



















答えのありそうなもの全てに首をつっこんだ。

そのなかには、疑似科学であるニューエイジも含まれる。

今回はそのお話である。














小生が惹かれたのは、その中の「 形態形勢場 」という概念であった。

ルパート・シェルドレイク ( Rupert Sheldrake )というオッサンが提唱した概念だ。

小生が彼の提唱する「 形態形勢場 」と出合ったのは、20歳の頃である。








■シェルドレイクの形態形成場(モルフォジェネティク・フィールド)の仮説とは

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生物の同一種が同じ形態になるのは、形態形成場に時空を超えた共鳴現象が起きることによる、という説。

これは形態に限らず、行動パターンにも現れ、数が多いほど顕著になる。

ロンドンの実験室でラット千匹にある行動パターンを学習させた場合、

ニューヨークでまったく別のラットがこれを学習する時間は、ロンドンの実験よりも速くなる。

このぶっ飛んだ奇説が発表されて以来、シェルドレイクの仮説を検証するさまざまなテレビ実験も行なわれ、論議をよんでいる。
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「 形態形勢場 」の概念は、

カンタンに言うと

心理学で言う「 超自我 」や「 集合的無意識 」のといった

< 種の共有意識 >の存在を現実の世界において尚、提唱するものである。





よーするに、思い切りオカルティックなニオイのする疑似科学なわけだ。





日本におけるニューサイエンスの旗手となると、

有名なのは「 たま出版 」のニラサワさんである。

御存知の通り、彼はエセであり、ペテン野郎であり、パープリンであり、キチガイだが、

シェルドレイクは本来はマトモな科学者だった。



■ルパート・シェルドレイク Rupert Sheldrake ▲

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ケンブリッジ大学で自然科学を修めた後、ハーバード大学で一年間哲学と科学史を学ぶ。ふたたびケンブリッジに戻り、生化学で博士号を取得。1967年から73年まで、同大学で生化学と細胞生物学の研究員・講師をつとめながら植物発生学や細胞老化の研究を推進。74年から78年まで、インドのハイデラバードで国際作物研究協会の半乾燥地帯研究所(ICRISAT)研究員として熱帯作物の生理学の研究に従事。その後、同研究所の植物生理学のコンサルタントをつとめる。英国王立協会会員。
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シェルドレイクの形態形成場の概念は、

長年心理学者が主張してきた「 観念世界における超自我・集合的無意識 」の存在を、

一気に現実世界にひっぱり出す。



シェルドレイクの仮説によれば、「 個体が獲得した経験 」は「 種全体が共有 」する。



面白い実験データがある。

同種のネズミの2つのグループを、別々の施設でそれぞれ用意し、

2つのグループの「 迷路突破 」のタイムを継続的に記録したのだ。

まず初めにAグループの実験がロンドンで行なわれた。

Aグループのネズミ達は何度も同じ迷路にトライさせられるに従い、次第にタイムを縮める。

迷路の道を覚えるのである。

Aグループの平均迷路突破タイムが1分を切ったのは、50回目のトライであった。

次に、Aグループの実験施設とはまったく離れた場所ニューヨークで、

Bグループのネズミに同じ迷路をトライさせる。

彼らの平均タイムが一分を切ったのは、トライから20回目のことだった。

ネズミ達は、個体のカベを越え、距離を越え、記憶を共有していた可能性がでてくるワケだ。







小生は、こーゆーファンタジーが好きである。

仮説を立てるとすれば、「 スカラー波 」が「 形態形成場 」の正体である公算はすこぶる高い。

スカラー波とは、未だ確認されていない「 縦の電磁波 」のことである。

オカルト世界で「 残留思念 」の正体と目されている「 世界に足りないパズル 」がこれだ。




ぶっちゃけた話、スカラー波を「 実在 」するものとして「 神怪世界 」を考えると、

「 あの世 」や「 霊 」や「 予知 」や「 テレパシー 」や「 サイコメトリー 」などの

ほとんどのコトに説明がついてしまう。





形態形成場とは、スカラー波の満ちた世界の「 層 」のことを指す概念と考えればいい。

その意味では、確かに「 あの世 」と「 この世 」は重なって存在している。

スカラー波で満たされた世界では時間は意味を成さないため、

「 この世 」は「 時間のない情報世界・あの世 」とも重なっていると考えられる。




小生は、この発想が好きだった。




「 繋がり 」の存在を明確にする概念だったからである。













シェルドレイクと出会って6年。

形態形成場の概念は、姿を変えて小生の中で生き続けている。




和魂イズムに姿を変えて。

















繋がっているんだぜ。

重ねられた世界の向こうで。

全ての時空の魂は。
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by 201V1 | 2004-08-29 10:18 | カテゴライズ前・生ログ
受験を控えた君に


入試合格符。

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ガツンと受かれ。

人生は気合だ。

がんがれ!若人よ!
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by 201V1 | 2004-08-28 19:28 | カテゴライズ前・生ログ
お習字大会・緊急参戦
お習字大会最終日
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恋愛成就符。





道教のお札から、需要が高いと思われるものを選別致しました。

コチラを想う相手を念じつつ書写・携行頂きますと想いが届きます。



お使いくだされ。( ・・・・お習字大会の出品がこれかよ。






和魂要塞でございました。
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by 201V1 | 2004-08-28 16:01 | カテゴライズ前・生ログ
発作


えー、小生は一見「 物静かなチンピラ 」ですが、

実際は「 荒ぶるリベラリスト 」だったりします。



つまりですね、

たまに無性に殴り合いがしたくなるのである。( つまり、が接続詞として機能してない



特にである。

シナリオのトリートメントなんてゆー陰気な作業を10時間もやってればなおさらだ。

もう、何も考えずに誰かとノーガードで殴り合いがしたくなるのだ。

比喩ヌキで。

ぶん殴り合いたい。



火花を見たい。

チカチカしたいのである。



したいぞ諸君!



とゆーわけで、上京したら誰か小生とたまに殴り合ってくれる方を募集します。



無論、素拳です。



男性限定。



有志募る。( 無茶苦茶
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by 201V1 | 2004-08-27 14:47 | カテゴライズ前・生ログ
共感検索で1位だった言葉たち


根性

気概

肝魂

度胸

不屈

喧嘩

意気地

血達磨

浪花節







・・・・・・・・どんなブログだよ。
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by 201V1 | 2004-08-27 14:36 | カテゴライズ前・生ログ
和魂トラバ企画・ブロガー数え歌

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

イカサマブロガー・和魂要塞主催の珍しいトラバ企画です。

参加は自由っ。ルールは極めて簡単。

「 自身のブログ 」のテーマ曲を宣言し、

同時に「 お気に入りのブログ 」のテーマ曲を「 勝手に決め 」ます。(おい



狙いは「 イメージの格差を明らかにして共有する 」というトコロですね。爆笑




自分や相手がプロレスラーだったら、

「 こんな曲が流れる中でリングインしてえ 」

って曲をお願いします。






そもさん!( いや皆きっと納得してねえから

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

↑お約束のコピペ。トラバ記事先頭にどおぞ。









ふっ。




というわけで、和魂要塞のテーマ飛べ和魂要塞にキマリです。

赤い般若の面を被った201V1が颯爽とリングインするシーンをご想像ください。

対戦相手は「 低空飛行の山田 」です。




ちなみに小生のなかのイメージでは、山田はスカイハイが流れる中、リングインしてきます。

小癪な野郎です。

小生、激怒。

山田、大流血。

言葉屋乱入!








ということで、トラックバックよろぴこ。

ふだんロムラーに徹している方も、お願いだから参加してね。( 懇願
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by 201V1 | 2004-08-26 13:32 | カテゴライズ前・生ログ