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それでも天は見ているぞ。

 さて、和魂要塞は、

 ブログも当人も総じて、

 一見して無計画のように見える。

 というか、

 「 我輩の辞書に計画は無い 」という妄言が極めてよく似合う位、

 無軌道な半生が、

 振り返れば厳然として在る。

 断じて振り返らないが。( 頼むから振り返れ。で、学べ。 )



 

 

 しかしながら、

 この馬鹿は意想外に

 実際のところ結構悪辣な謀を企む暗黒系の策士であり、

 焼け糞に裏打ちされた権謀術数で渡世をやってきた。、

 


 
 中越では、

 情報操の限りを尽くし、

 団体に参加してわずか一週間で組織理念を、

 「 俺たちは必要とされなくなるために存在する 」という、

 手前の好みに丁稚上げ、

 短期間の間に団体の実権をゲットし、

 不埒な善行三昧の挙句、

 ドサクサに紛れて造反したり、

 やりたい放題やった上、

 今尚スタッフの信任はグンバツだったりする。( 何か間違っている世の中 )






 というわけで、

 現在も都内某所において、

 例に漏れず、

 悪辣外道な情報操作と巧みな職務怠慢・要所要所の命がけというスタンスで、

 裏で実権を握りつつ、

 表ではNO2のポジションに居る。

 ようするに、

 やりたい放題だ。( 地獄に落ちろ )





 で、考えてみた。




 何故、

 かように都合よく、

 物事が上手いところに転がるのか。

 


 結論はさておき、

 まぁ、

 なんというか、

 手前で豪語するのもどうかと思うが、

 軽輩は、

 万事に命がけである。

 

 

 職務ってのは、

 任務であり、

 人から務めをもぎ取ったら、

 後には人間の形をした糞袋しか残らない以上、

 受けたからには断じてやる。





 経過は知らんが結果は出す。

 ベストを尽くして命を削る。





 で、

 人の魂をマトモにぶっつけられて

 俄然無事なものは

 そうそう世の中には無いので、

 まぁ

 不可能という文字にも亀裂くらいは入るのはままあることで、

 なければないで繰り返せば弾みでどうにかなる筈なので、

 後は一番具合が悪化している部位を、

 反則を承知でえげつなくド突きまくれば、

 適当な結果が生じ、

 そうやって出した成果にどっかの誰かが文句を吐いたなら、

 そのド阿呆を仕留めれば当初の問題は混沌の中に消えるし、

 結果論点がずれ、

 いずれにせよ、俺の土俵になる。( なんて奴だ手前は





 要するにだ。

 敗北への複線を潰しておけば、

 人間は不敗神話を築けるんである。

 気合と根性とヤケクソが土性骨が十分ならば必ず。





 不敗において、

 一番大切なのは何か?


 
 それは、

 実現までの方法論の欠如した「 浮ついた目標 」ではなく、

 決意に裏打ちされた「 情熱的な計画 」である

 という天理である。




 世界においては

 結果が全てだが、

 結果を出すのは、

 目標ではなく、

 経過を実現させた計画であり、手法であり、方法論であり、

 それを完遂させた気力である。




 人生に必要なのは、

 絵空事みてえな目標ではなく、

 鬼気迫る計画性だということだ。



 
 ロマンチストに飯を食らわせる程、

 この星の飢餓状態に在る人間は少なくないし、

 そんな夢想馬鹿の存在を赦すほど、

 ご先祖たちは生半可な生き死にをしてきていない。




 だから俺ぁ、生半可なロマンチストが嫌いである。




 人は、

 気力で不可能を可能にしようとする策士であれば、

 あるほどに、

 「 浪漫があった 」と死ねるのだ。



 
 でなければ、

 手前の人生を総括して、

 「 大儀であった 」なんて、

 いえるものか。



 

 皆のもの。

 満足の中で、

 生きて、

 死ね。






















 天は見ているぞ!






 


 
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by 201V1 | 2005-08-20 23:48 | カテゴライズ前・生ログ
漸進・馬力本願

 どっこい、それでも人は、蒼天の下、地を行く。

 

 気がつけば、真夏。

 炎天直下の、

 コンクリートの渓谷で、

 過労死目前の馬車馬よろしく、

 粉骨する自らを鑑み、

 入道雲の隙間から、

 天を仰ぐ。





 「 馬力本願! 」





 余人の三倍の速度で社会復帰を目論み、

 スパルタ式再起動を導入すると、

 全体的に肉体はどのような始末になるのか。

 実際にやってみると「 馬鹿 」の一言に尽きる。



 体脂肪率は3パーセントを切り、

 筋肉が寄り合わせた鉄線のような具合になる。

 文字通り、死線を彷徨うリハビリである。



 0.1トンの男性を、軽々とお姫様だっこできる自分。

 マレー熊程度ならば、きっと徒手空拳で殺せる。



 熊、秒殺。



 生涯、最強の時期であろう。




 尚、現在の仕事には、

 何処まで突き詰めて考えても、

 微塵も筋力はいらない。( 馬鹿 )

 









 

 





 災害復興支援を経ても、

 この辺のピントの狂い加減は依然健在だが、

 8ヶ月渡って駐屯した戦地・中越での暮らしは、

 小生を変えた。






 人は、

 いろいろ考え、

 想い、

 語るが、

 在るのは只、

 成果でも、

 思い出でも、

 感慨でもなく、

 事実を受け入れる人々でいい。

 





 前を見据えて、退路を断って生きることも、

 後ろを振り向いて、活路を見出す事も、

 ハナから同じことだ。




 
 

 







 歯車としての機能が要請され続ける瞬間の連続が、

 人の生涯であるならば、

 命は、

 必ず尽くす価値がある。










 要請される事柄の取捨選択に、

 人生の精髄があるならば、

 答えは極めて明快だ。





 儒者の寝言に付き合って、

 ズタボロになる事で得られるものより、

 俺ぁ自在を選ぶ。




 いつか終わりの来る人生で、大切なことはそういくつもない。

 手に入れることのできる大切なものが少ないからだ。




 
 今、戻ってきた自分を知る。




 15歳のとき、

 俺ぁまさに自在であった。





 





 
 
 あの頃の俺ぁ、まっしぐらに、命を謳歌していた。

 夢も糞もなく、

 まっしぐらに、生きていた。






 
 夢が生き方であるなら、

 人は自在でなければ

 夢を実現できないことを、

 長らく俺ぁ忘却し、

 足掻いていた模様である。





 



 自在でなければ、

 撃ち落せない敵がいる。





 研ぎ澄まされた切っ先でしか、

 穿てない壁がある。





 余計な衣を脱ぎ捨てて、

 真っ裸でぶち当たらねば、粉砕できない層がある。











 一糸纏わずマッパで生きる。





 
 マッハ・マッパ!

 音速裸族!

 エレクト!( しなくていい )





 



 裸で生きて尚、

 美しくあるために、

 人は魂を磨くのだ。






 愛する人を愛せる人間になるために。

 愛する人の愛を無駄にしない人間になるために。







 違うか。

 諸君。




 

 全裸で踊れ。





 命を尽くせ。




 魂を磨け。






 世界六十億が笑っても、

 俺は貴様を祝福しよう。





 
 
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by 201V1 | 2005-08-19 17:52 | カテゴライズ前・生ログ