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転職日記 いきなり最終回

 というわけで、

 年明けからこっち、

 運転免許取得と平行して行っていた就活が、

 遂に決することに相成った。

 ひとまず万歳である。



 


 熊本へのデューダが、
 
 いろいろあって流れた後、

 ゲーム業界への片道切符の欠片みたいのが舞い込み、

 はて、どうすんべえかとか、

 腕組みしつつ、

 考えていたのが去年。





 シナリオで食べていくというのは、

 まぁ、

 人事ならば面白いで済む話だが、

 ぶっちゃけ、

 悪い予感が漲る前途が、

 未来永劫約束される気配が、

 やおら満々の稼業である。





 流石に新卒の餓鬼ではないので、

 ゲーム業界?

 制作会社?

 シナリオライター?

 ほう。

 まぁ、休日は月に4日ないな。

 とか、

 連日サービス残業地獄だな。

 とか、

 ニート系プログラマとのプレコックス感を伴う折衝か・・・・、

 とか、

 とりあえず理不尽の百貨店みたいな暮らしだろうな。

 とかが、

 抵抗ゼロで容易に想像がつく。





 要するに、

 アニマルランド再びであり、

 過労死・鬱病まっしぐらの前途が洋々なわけだ。




 
 確かに給金はいいかもしれん。

 だがしかし、

 人間らしい暮らしは諦めて妥当な稼業であり、

 何度も仕事の関係で人間をやめている自分としては、

 もはや再び人間を諦め社畜に成り下がるつもりは毛頭ない。

 


 仕事の遣り甲斐は確かにあるだろう。

 なんたって自分の描いた物語が世に出るのである。

 ただ惜しむらくは、

 その作品が大人の事情によって、

 本来の姿とはかけ離れた形で世に出ることになるのは必定であり、

 商業ベースでの創作ってのには、

 必ずそーゆージレンマが伴う。

 で、

 なにより小生は、

 こういう意味における協調を魂レベルで苦手であり、

 認知不協和の嵐で脳みそが煮えくるため、

 遠からず、

 大人気なく会議室でちゃぶ台をひっくり返す公算が高い。




 

 火を見るよりも、

 リスキーな世界が、

 ばんばん燃える前途であり、

 火達磨の将来が彼岸に見える。





 うおお。


 

 正直、

 被害者として相当に面白そうだが(※マゾ)、

 興味本位で生活を破綻させるには、

 小生は既に28歳であり、

 年より何より男で夫で父になる。

 いい加減に分別が要るだろう。(今更感爆発)





 というわけで、

 小生は年明けから、

 免許取得と禁煙に平行し、

 転職活動を開始したのであった。





 

 さしあたり、

 小生の場合は、

 最終学歴がケニアなため、

 ファーストインパクトが無駄に強く迷惑な上、

 分類上は非大卒なので転職時の勝手が相当に悪い。






 当然、

 毒にも薬にもならないような、

 「 安全パイ 」の業界は、

 まずもって募集要項の段階で射程から外れ、

 結果として候補に残るのは「 危険パイ気味 」の業界に落ち着く。





 恐ろしいのは、

 候補に残った「 危険パイ 」が、

 実際に「 地雷クラス 」のDQN企業である確率が、

 デフォルトで7割を超えてくる点である。





 東証一部上場とか、

 ジャスダック上場とか、

 非上場とかは、

 企業のDQN偏差値にはあまり関係がないのが実際で、

 本当に上場企業かと疑いたくなる会社が世の中にはゴマンとある。



 

 小生の場合、

 当然職種は営業になるので、

 まぁ、

 DQN打率は他業種に数倍するわけだが、

 営業職の求人件数自体がべらぼうなので、

 非DQN企業の選定の肝は根気の一言に尽きる。

 


 営業という職務の性質上、

 それがリテールだろうがホールセールだろうが、

 結局は数字を追うんであり、

 我々はコンクリートジャングルのハンターであり、

 当然、

 達成せねばならない予算は絶対にある。

 ノルマのない営業などはこの銀河に存在しない。







 では、

 そんなハンタラスな営業職が、

 転職の際にもっとも留意せねばならない点はどこかというと、

 それは、

 商材の一定水準以上の健全性(必要性や適正価格などのトータルバランス)と、

 マーケティングの最適化の程度と、

 業界・企業将来性の3つになる。






 商材の健全性が不十分な場合、

 とどのつまりは悪質企業・悪質セールスで、

 各営業は良心の呵責に苛まれながら職務にあたることになり、

 ストレスで心身を壊すか、

 認知不協和の解決のために自己の正当化を選択し自己同一性が変容する。

 要するに、

 失意のうちに退社するか、

 悪人になって続けるかの2つにひとつのわけである。

 そんな無意味な転職はしないほうがいいに決まっている。



 




 次にマーケティングが稚拙で非合理の場合だが、

 この場合もやっぱりツケは営業に回ってくる。

 この訳を平たくをぶっちゃけると、

 ビジネスモデルやマーケティングの方法論自体が、

 上層部の確信犯によって

 「 9時5時 」の枠を無視して設計されているからに他ならない。

 企画・開発・製造・流通・広告宣伝・販促営業の過程を経て、
 
 売り上げは叩き出され、

 利益は計上されるものだが、

 全部を一人でやっていてはいい加減、

 日が暮れる。

 たとえ売れるものも売れない。

 だから人間は手分けするわけだが、

 DQN企業では、

 徹底した対費用効果の追及(人権無視)という、

 無茶な戦術の選択により、

 「 9時5時 」という前提を無視した、

 「 9時11時の広告宣伝販促営業の仕組み 」が設計され、

 サービス残業150時間が実現し、

 結果、営業は急速に疲弊していくわけだ。※若いだけが取り柄なら成長もするけど

 マーケティングの最適化という概念は、

 経営者や株主にとっては往々にして対費用効果の一言で完結し、

 被雇用者がその犠牲になる。

 営業職の転職時に留意すべき課題は、

 その企業のマーケティングが、

 「 9時5時ベース 」からどれほど逸脱しているかにある。

 一歩間違うと、

 役職なしの分際で深夜残業を強いられる地獄の日々が待っているわけだ。

 


 

 最後の業界・企業に関しては、

 シェア拡大の可能性がある業界企業の方が、

 戦時体制に近いために実力を認められる公算が高い。

 成熟しきっている産業や会社では、

 考えられない抜擢が往々にしてあるのが成長産業・企業である。
 (※ 大日本帝国と自衛隊の昇進速度の差異と同様)

 というわけで、 

 どうせ海に出るなら、

 勢いのある海賊船に乗るのが正しい営業の選択である。

 




 
 以上のような要点を踏まえ

 小生は、

 慎重に転職活動を続けていた。





 
 当然、明らかなDQN企業は避けた。

 DQNかどうかは判然としないが、

 絶対に不幸になるに違いない職種(人材系)も避けた。

 



 転職活動を行う中で、

 自分の中に不思議な感覚があることを、

 意図せずして発見したのは大きな驚きといえた。




 
 
 

 
 

 


 

 
 
 

 

 

 

 




 
 




 

 

 

 



 
 
 





 

 





 









 だいいち、

 小生がヘビィゲーマーだったのは、

 結構な昔であり、

 




 
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by 201V1 | 2006-03-08 18:07 | カテゴライズ前・生ログ
10年の抱負

 2年半ぶりに、

 ケニアにいた頃の同期の桜と、

 会って話した。


 

 アフリカにいた頃。




 小生は18歳で、

 煙を吹きながら、

 常に何かに怒っていた。



 野郎は21歳で、

 一見斜に構えて見えても、

 誰より本気で生きていた。



 

















 あれから10年。

 一筋縄ではいかない3650日を、

 双方が歩んできたことになる。







 野郎は、

 アフリカでの6年を経て、

 残りの4年を日本の大学で過ごした。

 とても懸命に、

 彼は学んだのである。





 小生は、

 間断なき紆余曲折の末、

 10年を、

 自らを裏切らずに生きた。

 やみくもでも全霊で。

 































 小生は28になり、

 野郎は31になった。









 互いにとってこの10年が、

 価値のあるものであったことが明らかで、

 嬉しかった。







 

 挫折と再起と決断と覚悟が支えた、

 10年だった。

 今振り返る10年を、

 想像する力も、

 材料も、

 なかった10年前。

 文字通り、

 全部が、手探りだった。










 ぶっちゃけると、

 小生は、

 18からこっち、

 自らを試す事で、

 自らを少し知る作業を、

 10年の間続けてきたに等しい。

 それは、
 
 練磨とかそういうものとは趣を異にする、

 もっと不確かな確認の連続である。







 お蔭様で小生は、

 自分がどーゆー生き物か、

 だいぶ掴めた気がする。

 



 掴めねばどうこうというわけはなくとも、

 掴まねばならなかったわけは、

 どこまでできるのか、

 見極めるのに必要だったからだが、

 それには、

 崖っぷちから飛んだらどうなるか、

 身をもって知るしかなかったので、

 そうしたという感じである。





 馬鹿で心外だが本望といえば嘘にはならない。






 満足である。






 よき10年だった。

























 






 

 





 





 
 



 









 10年後、

 小生たちは、

 また、

 1日として同じ日のない3650日を経験し、

 10歳加齢している。




 

 たった3650日で、

 人は10歳、

 年をとる。






 


 

 

 
 今度は、

 確かめる事に投じた10年で得られたものを使って生きる、

 3650日だ。


















































 その月日が流れたとき、

 小生は、

 「 不惑の38歳 」でありたいと思う。

 






 10年前、

 不惑の28歳の自分を望んだように。
















 十露盤なんかに囚われず、

 大事なものを、
 
 ちゃんと掴める、

 惑いのない男に。
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by 201V1 | 2006-03-04 02:50 | カテゴライズ前・生ログ