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現実世界の和魂要塞


 曲がりなりにも勤め人なので、

 誰がって、

 この俺がだが、

 現行の職務の性質上、

 他の部署との連携はむろん、

 同じ部署の連中とも、

 いろいろ連絡せねばならん案件が、

 雑多な日常があるわけだが、

 まぁ、

 ざっくばらんにいって、

 小生の生きる様に定められてしまっている場所は、

 例によって、

 強制冷却なしのオーバークロックがデフォルトな、

 だのにメモリは全然タランチュラな感じなわけで、

 結論、

 小生は、

 めんどうくさかったので、

 用がある場合はどんな複雑な案件でも電話で済ませ、

 用がねえ場合はどんな単純な案件でもメールで済ませており、

 要するに、

 「 電話はかけるが出ないもの。 」

 「 メールは読むが書かないもの。 」

 という、

 言語道断なビジネス姿勢を死守していた。

 
 








 



 10ヶ月くらい。( 約1年ともいう )


























 で、

 今日も、

 同僚が

 メールで、

 まぁ、

 わりかし重要な連絡事項を、

 送ってきたので、

 「 了解した。だからどうした。糞して寝ろ。 」 と、

 心の中でつぶやき、

 無情に放置したわけなんだが、

 そうしたらだ、

 約5分後に、

 「 鰐口くんって、いつも返事くれないね 」

 とかいう、

 ビターなコンテンツの電文が、

 チャラリランランとかいう、

 有頂天な着信音と同時に入ってきたわけで、

 どうやら裏をとってみると、

 小生の「 聴く耳ナッシング姿勢 」は、

 社内で結構評判らしく、

 平たく言って悪評らしく、

 まぁ、

 なんというか、

 返事1本いくらの歩合がつかねえ限りにおいては、

 断じて改める気はねえんだが、

 ふと思ったことがあったわけで、

 記念にそれを書いておこうと思った。











 と、

 まぁ、

 そんなわけよ。

 ベイベィ!
 

 

 

 



 



























 和魂要塞は、

 電脳でも、

 実社会でも、

 お返事しません♡ 
 
 ( しろ。

 
 
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by 201V1 | 2007-02-12 22:28 | カテゴライズ前・生ログ
なかま

 小生のドタマの中では、

 ともだち と、

 なかま と、

 この2つのコトバは、

 まったく違うもんである。








 ともだち<なかま

 でも、

 ともだち>なかま

 でもない。












 






 






 


 

 前者は、

 いつか、

 空が落ちてきて、

 海の底が抜けても、

 変わらない想い人であり、

 たとえ彼らに背後から撃たれても、

 それをひっくるんで尚、

 世界を祝福できる、

 そんな、

 自分の生涯に価値を与えてくれる、

 魂の持ち主を指し、












 そして後者は、

 かつて同じ空の下、

 世界に抗おうとした、

 同輩のことを指す。
















 今日は、

 その、

 なかま たちの、

 話をしよう。






























 小生は思うに、

 世の中というのは、

 まず、

 まぁ、

 非人情の大海原みてえな代物であり、

 世間はどう取り繕おうが鬼ヶ島であり、

 渡世は奥歯を削ってナンボのもんであり、

 やってられず、

 端的にいって、

 浮世はセメントで碌なもんじゃねえ訳で、

 今現在の小生の目ェ一杯の幸福とはまったく別個に、

 世は世でやはり、

 ド腐れて久しく、

 一向にむかつくのが変わらぬ実態である。









 認めようが、

 認めまいが、

 飲み込もうが、

 吐き出そうが、

 なにがどうあろうが容赦なく、

 目を開ければ、

 地面に打ち上げられた鯨の骸のような世界が、

 眼前にそびえる。






 




 ようこそ。

 ここが、

 世界だ。












 なされるべきことはなされず、

 なすべきことを人がなすには、

 それこそ、

 尻の穴に茄でも突っ込んで往生せねば、

 飛び降りられん清水のソデが、

 我々の人生の舞台であり、

 背中に翼はナッシングである。











 

 
 我々は、

 まぁ、

 どこで生まれようが育とうが、

 とりあえず、

 おんなじ世界にいる。









 暗黒大陸の途上国はどうだとか、

 ジャングルのヤノマミ族はどうだとか、

 利権がらみの戦火の下にいる人はどうだとか、

 小賢しい連中のくだらねえ比較論で、

 「 彼らに比べたら幸せ 」なんて軽薄な理屈で、

 人の人生が幸せになるんなら、

 神棚の世話も犬の世話も金輪際必要ねえわけで、

 たとえそいつが大富豪だろうが、

 たまたま飢餓状態にあろうが、

 まぁ、

 世間は基本的に人権なんてのは認めてはくれないので、

 自分の血筋が折り目正しかろうが、

 馬の骨同然だろうが、

 油断すれば不幸はダマになって襲ってくるから大丈夫。

 人はいつだって、

 たいした理由もなく、

 ある日突然、

 全てといえる何かを喪って、

 希望を失って、

 はじめて世界の全貌を知ることになる。













 絶望というやつが、

 この世界の本当の名前であることを、

 そのときに僕たちは思い知るのだ。
















 我々は、

 絶望の中を、

 生きている。
















 ほとんど全てのひとが、

 知っていて、

 目をそむけている真実。


 







 世界自体には、

 命を削って生きる価値など、

 微塵もない。













 しかしながら、

 希望なき世界が、

 本当に、

 絶望に満ちているならば、

 それが世界の真実の姿であるならば、

 希望の正体は、

 人の正体そのものでもあるはずだ。

 

 

 

 





 希望とは、

 絶望に満ちた世界に、

 抵抗する人の心を指す。








 希望とは、

 闇の中を行く、

 船の先を照らす、

 暗黒を切り裂く光のことである。










 希望そのものである人は、

 希望そのものたりえる。













 人生が希望に満ちているのは、

 人そのものが希望であるからだ。










 小生の言う、

 なかま とは、

 意識 無意識を問わず、

 世界という名の絶望と、

 自らという希望を武器に、

 勝敗を問わず戦おうとした連中のことである。
















 なかま というのは、

 そんな、

 ほとんど馬鹿の手前というか、

 先というか、

 まぁ、

 碌な修飾のつかない聖戦に、

 手前の前途の考慮を忘れて、

 参戦した手合いを指す。

 

 









 

 どっかのだれかの、

 希望が、

 絶望に飲み込まれるのを、

 せき止めるダムの人柱に、

 はからずもなってしまった連中のことである。














 許せねえ なかま もいれば、

 尊敬してやまぬ なかま もいる。









 侮蔑の感情と共に思い出される顔もあれば、

 感嘆とともに思い出される顔もある。






 

 








 どれもがみな、

 たしかに、

 なかま であった。




















 小生にとって、

 なかま とは、

 そういう妙なものであり、

 知人とは、

 かなり趣が異なるものである。


















 知人は、

 脳の記憶の片隅に。

















 なかま は

 あの日の気持ちの内側にいる。







 




















 ろくすっぽ、

 風呂にも入ってねえ顔で。





















 狂っていないふりをして。
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by 201V1 | 2007-02-10 00:08 | カテゴライズ前・生ログ
ともだち

 さて、

 小生、

 振り返っても前を向いても、

 後にも先にも金輪際、

 果たして何の抵抗もなく、

 ともだち と、

 呼べる誰かは、

 どうやらとても少ない様である。




















 知人はまぁ、

 最近までの因果な人生の分、

 胡散臭い過去の分、

 豪快な選択の分、

 目鱈に多い方なんであろう。










 ただし実際には、

 その知人の大部分というか、

 ほぼまるごと全部とは、

 年単位はおろか、

 オリンピック単位で音信不通なため、

 あくまで既知の人という意味での知人であり、

 かつての彼・彼女の、

 いい加減な生活状況や、

 血の巡りの具合・神経の鈍磨の程度などは、

 断片的に記憶していても、

 現在連中がどうなってるのかは、

 全くもってシランジュラであり、

 そう考えてみると、

 真っ只今の彼等は、

 やおら知人とは呼べず、

 ナニフヨ?

 という世界であり、

 ナニフヨ はスワヒリ語で「 誰だ、てめえ? 」の意味であり、

 もはやスワヒリ語なんぞこのフレーズくらいしか覚えていないが、

 要するに、

 小生にとっての過去の知人とは、

 邂逅と遭遇を除いて、

 まぁ、

 そんな無礼千万の対象にすぎず、

 最早どこにいったかすら定かではない、

 高校の卒業アルバムみたいな感じなわけである。

 

 

 

 

 




 興味ナッシングなわけだ。要は。(どかん











 小生にとっての、

 知人とは、

 そういう感慨をもってしても、

 語る傍から忘却の彼方に飛んでいく相手であり、

 袖振り合うも何かの縁などというゴタクは、

 ハナから馬の耳に茶釜であり、

 人脈は金脈に続くなんて格言はどうやら本当だが、

 そんなもんが真実なら貧乏も甘んじ、

 甘んじてタタキ(強盗)を俺はやる。

 









 


 こういう、

 手前勝手な人格が災いし、

 当然普通では大事にするべき人脈というものも、

 小生にはこれを、

 要所要所で、

 転機転機で、

 全霊で断ち切らんとする傾向があるため、

 30を目前にしてこの様、

 リンク切れの曲霊みたいな有様なわけだが、

 人間にゃあ性分というものがあるんであり、

 小生はそういうのが趣味なんである。

 

 

 

 

 重要なのは、

 そういう人間にすら、

 ともだち というのが、

 いて、

 かつ必要だという点であろう。










 ここ数年、

 久しく自己分析を怠っていたが、

 小生が、
 
 かような、

 ある種の人間不信に凝り固まって有頂天な経緯は、

 どう考えても高校時代のアレがあるわけで、

 小生は、

 この惑星の知人という知人に対し、

 人間的な何かをわずかでも期待するという心理が、

 まるでねえのが、

 冷静に自分を見つめてみて俄然歴然であり、

 誇張なしに、

 数多の知人が明日の朝刊に、

 連続誘拐殺人犯とかで同時に掲載されても、

 無衝撃の中、

 「 人間だからな 」の一言で、

 総括が済む手前の姿がありありと目に浮かぶ。

 











 人間的な何かを知人に微塵も期待しないことで、

 裏切られたと感じる切欠を塞ぎ、

 傷つく要因と、

 傷つけられる糸口を、

 この世界から予めすべて取り除いておくことが、

 弱ったら最後瞬く間に仕留められる環境で思春期を生きた、

 小生が身につけた最初の処世術であり、

 それはいつしか基本戦術を通り越し、

 行動原理の中にすら組み込まれる。












 で、

 この今があるわけで、

 小生には、

 あの北国で共に冬を越した仲間たちにでさえ、

 仲間以上の呼称で呼ぶことに、

 弱くねえ抵抗がある。































 ともだち とは何か?
































 自分の心に聞いてみて、

 考察と推敲の対象として、

 興味深い質問というのは、

 ありそうでないものだが、

 小生とっては、

 この、

 「 ともだち 」とは何か? 

 という問は、

 大変興味深いもんだといえる。
























 自分が、

 如何に世界を信じていたか、

 信じようとしたかが、

 鮮明に思い出されるからである。




















 小生にとって、

 ともだちとは、

 こいつになら、

 こいつらになら、

 後ろから刺されても無様じゃねえと、

 漠然と思える相手である。













 

 

 

 



 






 

 




 そいつのいる世界が好きなら。

 そいつに刺されて世界が終わっても、

 満足がそこには、

 あるはずだからだ。










 信じるとは、

 自分は裏切ぎられるかもしれないという気持ちを誤魔化すことでもなく、

 彼は裏切らないと心から思えることを指すのでもない。







 そんなもんは欺瞞だし、

 甘ったれのいうことである。








 覚悟が足らねえ。





















 ともだちとは、

 裏切るか、

 裏切らないか、

 信じられるか、

 信じられないか、

 そんな瑣末な違いで決まるのではなく、

 たとえ彼らすら、

 自分を裏切る世界であっても、

 彼の存在することを選んだその事実だけで、

 世界を祝福できる、

 そんな相手を、

 ともだちと、

 僕たちは、呼ぶのだ。










 








 紛い物だらけの世の中の僅かに確かなもののひとつとして。











 


 

 

 



 




































































 背中は空けとく。







 いつかまた。










 ともだちよ。


 








 君らに会えてよかった。









 
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by 201V1 | 2007-02-08 00:17 | カテゴライズ前・生ログ