和魂要塞再び
皆さんワンバンコ。









老いも若きも生まれてこの方狂い咲き、
結実すべき一切合財、千切って投げて32年!

極東が生んだ世紀の中二病、、
娯楽プロパガンダー・201V1です。(なげえ)


今年も全力です。
(放置が)

さてさて、2010年1月末で無計画にダッサラし、やってみました起業一代。


あっはっは。







お嬢ちゃん。






おじさん、死ぬかと思ったぜ。











・・・・・実際問題、
こうして今日まで生き永らえ
年を越せるか越せないかのところまで
絶息手前で漕ぎ着けたのが
俄かに信じられない次第です。(どんだけギリギリなんだよ)



実に失業率5.4%、
完全失業者334万人!
絶賛デフレスパイラル!(セブンセンシズ!)。

1億昇給顔面ブロック!(石崎大活躍。)

和夫!兄ちゃん!
立花兄弟のスカイラブ派遣切り!←かっけえ

見上げれば満天の死兆星!(ジャンプ連載陣総力戦)

共に同じ空の下!(イヤぁーーーーーーーーーー)







たわけ







落ち着け愚民ども!
まぁなんだ大臣。

ぶっちゃけ334万人とか言われても
総理の俺ぁ
「それってバケツで何杯分?]としか返せんぜ?(国が滅ぶ内閣)






阿呆な大衆にも
一体全体334万人の失業者というのが
一体どんな数なのか
イメージしやすいよう
虫でもわかる感じで喩てやると
超時空要塞マクロス(SDF-1←正式型番)の人口が
大体8万人(兵士と家族2.3万・難民5.8万)位なので
334万人の失業者のスケールってのは
おおよそ
42体のマクロスに
プーさんが8万づつギッチリ詰まっている感じ?
















激メカ!KUMAMOEEEEEEE!
うるせえ







つまり野球だと、
選手全員マクロス(失業者入り)という状態で
1・2軍が入り乱れての東西対抗戦が可能な状況なわけで
もはや野球じゃねえ。





プーさん戦闘配置!
戦争だ!
対艦戦闘準備よーい!





当然、
ダイダロスアタック(21:05)で射出される(乱闘前提)のは
勿論全部が全部、
完全無欠の失業者諸君であり
マクロス同士がダイダロスアタックで
互いに失業者を装甲をブチ抜いて打ち込み合うも
100年経っても失業率は100%だ。

イナバの物置も真っ青である。(意味がわかんねえ




というわけでだ。

ここまでで早速ついてこれない非国民は
マクロス ダイダロスアタック で グぐれ。(無視していいです



和魂要塞は、今日もすごいぜ?(勝手加減が





兎にも角にも
現在、
かつて不沈空母とハゲ曽根が断じた我が国は、
42体の「プーさん満載マクロス」を載せて航海しているんであり
物理法則を無視して頑張っているんであり
民主党で大丈夫なのか昨今甚だ不安だが
元は自民60年のツケなのでケツの持ってく場所もなく
あべし感満々なわけだが
よりにもよってこのタイミングでの起業は
まぁ
手前味噌ながら
匹夫のYOUであり、
ようするにロックであり、
ライフ・イズ・デスメタル!(おぎゃあ






ITドカタ!IT企業万歳!


IT?





あぁん?

ばれちゃあ、しょうがねえ。(自分で言った)
白状するぜ。(自分で言った)
ITドカタだぜ?(さっき言った)
ITだぜ。(もういい)




というわけで、小生の会社を白状する。
ITである。(3度目)




ETではない。



ITという銀河系があった場合、(そんなものはない
小生の業種は、
冥王星の果てのはるか彼方の最外周軌道(どうでもいい場所ともいう)にありながら
不規則に太陽(マイクロソフトとメーカーの利権)に突進する
「英雄的隕石」みたいな
北の香りの玉砕系職種であり、
端的にいうと
「和魂要塞をそのままIT化した」ような戦闘的稼業である。(お察しください。)


当面の敵はマイクロソフトとPCメーカーであり
うちの売上に反比例して連中の売上が落ちるというスキームのビジモデだ。
※なぜそんなのを選ぶんだお前は。


まぁ、ほっといてもモチベーションは上がるわな。(頭おかしい



で、おどろくなかれ、パートナー企業はあの・・・




























ミツケン(こちサポ)である。












つまり軍隊で言うとこんな感じである。




~ 2010~2011年 第二次大東亜戦争 対ゲイツ極東方面戦況説明 ~



秘密研究所=(株)こちサポ/ミツケン社長(新兵器開発=ひとりドイツ)

↑ 古今例を見ない我儘な依頼        ↓ 得絵空事の青写真を元に空前の新兵器を渡す

電子歩兵=(株)和魂要塞/鰐口社長 (人型突進地雷←地雷を越えた地雷←地雷ではない)

↓ 白兵戦(ITなのに肉弾←ここガチ)    ↓ 砲戦(豆)

お客さま                      マイクロソフト他・利権連合。



で、全体大本営はどこにあるのかというと
そのあたりは
弊社(株)和魂要塞の取締役である
「 ジェネラルケロロ 」が
要所を万事さばいてくれるため
結果、
代表が201V1という不安要素を抱えながら
度重なる「乗っ取り勧誘」の魔の手から逃れ
弊社が今日まで存続している次第であり、
この間は、
いろいろあって
妻と
子と
ジェネラルケロロと
小生は、
一緒にカニを食べた後、
同じベットで
川Iの字で寝た。(カオスすぐる)



という感じだ。弊社は!






















君!、うちに来ないか!











勿論、三食昼寝なし、サービス残業200時間、土日祝日出勤だ!

労基なんてものは、おまえ。

あれだ。










都市伝説だ。







ダルマ女やネッシーみたいなもんだから
悪いことはいわねえ
さっさと忘れて
とりあえず働け。







血尿がでてからが本番だ。

それまではウォームアップみたいなものだから
風邪とか引いても出社しろ。






身体が温まっていい感じに仕事できるから♥

身体が震える?

それは武者震いというのさ。








大丈夫!

俺たちに明日はない!











あるのはただ、今日だけだ!














今日を生きろ!同胞よ!









メリークリスマス!

ライフ・イズ・デスメタル!








死ぬときは、前のめりで死ね。




俺はこれから朝まで仕事だ。(タースーケテー
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# by 201V1 | 2010-12-07 23:43 | カテゴライズ前・生ログ
果たしてどんな会社を

今月登記である。

何のって、株式の。

500円玉ひとつ、
裸一貫で12月に創業し、
会社員を廃業したのが1月末、
預金ゼロ(去年家買った)にも関わらず
無借金でつっぱしり
とりあえず何とかなっている。



まぁ今後もなんとかなるであろうと
小生は思う。






さて小生の会社を
当和魂要塞において
なんと呼ぶか
ちょいと悩んだが
「株式会社 砦(仮)」とでも呼ぶことにする。


売り物は「時間」である。


そういう雲を掴むような商売で
小生は今、食っている。


追々いろんな方面にも手を伸ばさざるを得ない事は
雇用する兵隊の運用効率の点から考慮して
回避不可能と思われるが
世界に望まれる限りにおいては
小生は当事業「時間売り」を基幹事業にしていこうと考えている。


口銭稼ぎとしては存外割がいいのと
甲斐があるのが
その理由である。


お客さんの「ぎゃはは」という声と顔は
見ていてなんだ
「ああ、生きていてもいいのだな」と思わせてくれる
そういうちょっといいものだ。


破滅願望のある小生には
これが丁度いい。


問題は手前の会社に関してだ。










経営者の使命について
先人はいろいろ言っているし
今もいろんなことが言われている。



いわく雇用を生み出すことだの
利益を追うことだの
小生には関わりがねえことも多い。



そういうのは
銭づくで起業した手合いの話であり、勝手にさらせ。





忘れてもらっては困るが
人は世界に介入するために生まれ
世界に足りないパーツになるために己を磨き
いつか世界を変えるべく
今日この時を生きるのだ。



それ以外の理由など
微塵もねえ。



だので小生は
まず手始めに
手前の会社に関わる全部の人が
幸せになれる企業風土と
仕組みをゼロから作ることにした。



簡単な様で
実際のところはかなり難しい事だが
優先順位の最高位にこれをもってくる限りは
相当に難度も下がるんである。(考えてみりゃあ当然だ)


人間にやってやれないことはねえ。




やれねえのは、やらないからだ。





それだけだ。



だいたいが
日本に住んで働いて構わないという段階で
難度という難度は
限界まで下がっているんであり
達成できないほうがどうかしている。


考えてもみろよ?
1人が99%の富を独占し、
残りの1%を9人で分けてるこの星で
俺たちが
ただこの国に生まれたってだけで
居所を盗んでいる立ち位置を考えてみれば
やれなきゃ間抜けだし
やらなきゃ阿呆だしで
いずれにせよ、果てしねえ馬鹿に違いねえぜ。



資本主義の恩恵を享受しながら
偏在する富の一極の頂点近くに生まれ尚、
届かない夢があることを認めるなんては
およそ人間を名乗っていい根性ではなかろう。


父は子になんというのか。



父さんには、作りたい世界があった。








でも諦めたよ。
駄目だった。








俺ぁ死んだってごめんだぜ。

















見ろ、これが父さんの作りたかった世界だ。










男が戦う理由は、これだ。











俺たちは、世界を変えるために、ここにいるのだ。









ふざけろ。








なめるんじゃねえ。












大人になったからって、諦めるか、この馬鹿が。






俺を殺したければ、17年前に殺しとけ。
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# by 201V1 | 2010-06-07 03:53 | カテゴライズ前・生ログ
アイデンティティについて

仕事は堅調である。




まったくもって

収入もスケジュールも安定しねえが

生まれてこの方

勤労意欲や情緒はおろか

社会的地位も信用も

身の安全と主義思想すら

総じて不安定な身空では

一切合財が纏めて安定していない

現状こそがデフォなので

精神的にァ、まま自適。







不言実行を座右の銘とする小生が

これから書くぜとコトワッテ

勝手に絶筆してから

果たして如何ほどの年月が経過したのか

皆目見当すらつかないが

久々に筆をとった事に

さしたる理由は当然ねえ。









いつだって

人は

いつか筆をとる時のため

生きて

明日も生きていくのだ。






お題はそんな

我々のアイデンティティに纏わる

一考に関する

恒例の不定期世迷い事である。









自己の同一性=アイデンティティというやつを

平たく砕いて格式をなくすと

きっとそれは

人が

「 やあやあ、我こそは 」と名乗りをあげる時

「 すっこんでろ、腐れ野郎!」と啖呵を切る時

その人の脳髄の真芯を走る

唯一の確信、

または一千の狂気になる。








つまるところ、

それは

人が

その魂を

剥き出しに生きる時

てめえを背開きにして

やおら脳髄を引きずり出すための

出刃ァそのものと言っていい。







必然、切れない出羽ァ無用である。

しかるに

自己同一性とは

人が生き死にの際にだけ使う

唯一絶対である道具の

切れ味そのものを指すはずだ。




結果として

人間というやつは

本気で生きている奴ほど

これの実用性に拘ることになる。





この場合

拘るとは、

苦しむことと同義である事を

賢明な読者諸兄は既にご存知のことと思う。





なお

久々に和魂要塞を読む方のため

念のため補足しておくと

当ブログにおける

「本気で生きる」とは

鉄鎖と軛を皿ごと呪って

反吐を吐きながら泥水を糧に

敵意まるだしで膝行する気概であり

狂人賛歌万歳な筆者の妄想なので

原則として右から左で構わない。








大切なのは

俺達が

どうしてコイツの切れ味を

鍛え

磨いて

磨いて磨いていけるか

この一点に尽きる。















鉄は熱いうちに叩けと

先人は言う。





先人にしては至言である。





若い時分に

出刃がまさに

形作られるべきその時期に

身の上のいう金床と

世界という名の鉄槌の間で

サンドイッチマン宜しく鍛えられることなく

産地を唯一の売りにして

市場にでてきた

数打ちのナマクラなんぞ

その後1000年

自称名人が心血を注いで磨いたところで

すぐに錆びるし容易に折れる。






幸い

狂人の多くは

世のマジョリティーにとって

無聊を紛らわす為の

迫害・弾圧・搾取・蹂躙の絶好対象だので

我々は若い時分に

ごくごく稀に必要なだけ

ほとんどの場合は圧倒的必要以上に

世間の悪意に揉まれ叩かれ陵辱され

ほどよく鍛えられかつ

性根は芸術的曲線を描きつつ

捩れた大人になっていく。



そうやって

大人になっていった時

ちょうどその頃

大人になるかならぬ頃

兎にも角にも俺達は

てめえ一人を刺身にするには

申し分のない出刃を飲んで

社会に殴り込みをかけられた。







難しいのは「その後」だ。






切れ味を維持するのは

大人になった「その後」からのほうが

ずっと難度が増す。





それはなんというか

虐殺ゲーム=戦国無双でいうところの

「やさしい」と「地獄」ほどの違いである。





初期状態のまま

生きて死ぬ我々生の人間にとって

「地獄」モードでの無双プレイには

にエンターテイメント性は絶無である。






だからほとんどの狂人が

道の途中で

エンターテイメントに重きを置いて

狂うのをやめ

自他共につまんない人間になっちまう。





小生は

それを恐れながら

15歳から生きていた。




恐怖したのは

てめえを

背開きにする出刃が錆び付いた

後に続く人生だった。





自分がどんな人間か

確かめ続けて生きられないなら

生きる動機がないことだけが

唯一信じられる絶対だったからだ。




自分ですら

どこの誰かわからない奴に

ひょいと預けて生きるには

てめえの命の価値は

あまりに軽すぎたのである。




確かめ続けなければ

生きていく

申し訳が立てられなかった。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・














・・・・・・書いてみて

初めて気が付いたが

小生はどうやら

15歳からこっち17年くらい

てめえの原罪性に関して

非常な脅迫観念を抱いていた模様である。








まぁ

半ば育児放棄され

犬に育てられた手前の背景とか鑑みるに

毎週盛大に犬猫を虐殺している

保健所運営する種族に帰属し

あまつさえその繁栄による幸福の享受を貪っている身上を

改めて察すれば

これくらいの葛藤は

想定の範囲内というところだが

当該駄文作成途上で

たった今発見されてしまった

「犬」という

小生のアイデンティティーについては

この際「気が付かなかった」事にし

話を戻さねば

断筆を余儀なくされることは明白なので

ここはひとつ

例によって

なかったことにして進めることを宣言する。



いいか凡百、

一旦「「犬」のことは忘れろ。



あいつらは

1週間くらいは飯をやらなくても大丈夫だ。

飢えて人を襲うだけだ。



死ぬのはたったの1回だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




さて

問題は「確かめる」というこの行為の本質にある。



アイデンティティーに関する人の懊悩を

いっそう複雑にしているものの正体は(・・・こんがらがった奴は読み直せ)

きっとこういうことである。




「確かめる」という行為にはもれなく「危険」が付属し

その「危険」をねじ伏せるだけの「運」と「実力」が不足した場合には

実際多くのものが失われるというペナルティがあるが

まぁ

生きるも死ぬもしゃらくさいのが実際なので

その辺はぶっちゃけ問題でない。

それはもう前提であって上等である。




何より全然上等でないのは

食らうペナルティが

同じパーティの面々に

以上の規模と期間とで降りかかるという

銀河系ローカルルールにある。







小生が

結婚を恐れていたのは

正にこれが原因であったし

子作りを禁忌としていたのも

やっぱりこれが理由だった。





4年前(たしか)に結婚し

2010年現在

継続して結婚関係が成立しているのは

妻が本質的に自分と同じ神経系の

江戸原理主義者という狂人だったからである。







我々夫婦は

その出会いとは無関係に

自分の命など羽より軽いと断じ

それぞれの理念に殉じて生きてきた

双翼主義者(反動浪漫)と

江戸原理主義者(隠れ任侠)なので

互いの命運については

互いに互いの勝手と了解している為

互いの出刃の研磨に支障は出ず

二人だけなら原則として

互いに互いの勝手で

同時に死ね

アイデンティティーは極めて容易く守られた。



2人だけの生活が続いていれば

それはきっといつまでも

喜びとと楽しみは2倍

悲しみと辛いのは半分

死ぬ機会は数倍という

エキサイティングな仕様で

末期ガン的進行速度を保ちつつ

地球の果てに突進していたのは間違いない。





多分小生は

今頃きっと

死んでるか

五体不満足か

脳死状態か

例によって気分は決死隊のいずれかである。







つまりは

結婚によっては

我々のアイデンティティーは

あんまし揺るがなかったわけだ。





崖っぷちという座標で輝く命には

結婚によって齎された

いささかも陰りがなかったのである。





しかしながら

子供ができたのは

いわんや物のはずみであり

今も「いる」のは

我々の決断の結果である。





端的に言って

我々のアイデンティティを揺さぶったのは

三号機・すなわち息子の誕生それだけだった。




誤謬があるのは承知だが

クラゲの様に突如として振って沸き

コウノトリの誤爆よろしく我が身に降りかかってきた

父と母という「新たなるアイデンティティ」は

我々夫婦にとって

裸の原始人が

「服を着て早く学校にいけ。」と

これまで足を向けてきた一神教の腐れ神に

有無を言わさず決め付けられる

強制進化宣告同然の

無法松も裸足で逃げ出す

人生のカンブリアである。。





それでもパニックに襲われなかった理由は

二人とも

「何者かの子供」という生き物が

容易に

その何者かの犠牲者になることを

体験的に知っていたからだろうと思う。





もはや

勝手に生きて

勝手に死ぬという

これまでの半生をかけて

それぞれが勝手を捨てて守ってきた

手前勝手な生き方は

金輪際許されない。






捨てよう、出刃を。





小生と妻は

互いが半生をかけて

研ぎ続けた来た出刃を

たぶん1回捨てた。





双翼主義と金釘文字で銘打たれた

ぶっ細工な長ドスは

中越で刃こぼれしたまま

錆びて土に還ったのだと

てめえでめてに言い聞かせた。






自分は父になるのだからと。




二人して

別人になったんである。





そして4年が経とうとしている。






和魂要塞がはじまって6年?前後、

これは小生が

文章を書き始めた年譜と等しく

振り返れば

小生は

振り返れない進行形のテーマを書くのは

へたくそな上

極力どうも避けてきている。





要するに

今筆をとっているのは

きっと用意ができたからである。





父親としてのアイデンティティーを確立するのに

4年かかった計算になる。





モラトリアムのまま生きるには

小生も妻も

既に年をとり過ぎ

その分だけ

新たな出刃を研ぐ日々に

迷いの深みが見えなかった。





どうやって

自分を磨けばいいのか

てんでわからない日々が

子育てにはある。





それは人によっては

仕事であったり

別離であったり

出会いであったりするだろう。





人の親となる変化を受け入れる事と

人の親への羽化に挑む事は

まったく違うということを

突きつけられながら

サナギの中で

出刃を同時に磨くというのが

我ら夫婦の4年であったと

今にして思う。







少年が青年へと変わる時間と

同じ時をかけ

ようやく手にした出刃は

いま身を裂けば

ようやくにして

「親」という自覚に届くだけの強靭さを

備えるに至った。






やっと血の出る刃になった。







ようやくだ。









ふと

ここに至って気づくのは

アイデンティティーというやつが

ダマスカス鋼に良く似ているということである。





捨てたはずの出刃のかけらは

どうしたものか

ちゃぁんと手前の奥に残っていて

サナギの中で鍛えた新たな刃には

古刀の陰りが

見事なまでに層を成して波打っている。









帰ってきやがったな。






待ち焦がれたぜ。

























アイデンティティーは、確かに揺らぐ。





けれどもそれは

たとえ捨てたつもりでも

ひとつの戦いが終わった後

必ず姿を変えて戻ってくるのだ。






必ずである。








人生は長く

一筋縄ではいかず

わけわからん時期も

晩度だ。













でもよ、同胞、大丈夫だぜ。









あの頃のお前は

決して死んじゃあいねえんだ。






例えお前が

捨てたつもりであったとしても

あいつはいつだって

お前の中に残っている。






いつか

新しい出刃を磨き終わったとき

ひとつの時期が過ぎたとき

かならず「お前」は

お前の元に帰ってくるのだ。







人は

1000年を生きる大樹のように

年輪を刻むようには育たない。





人の人生は

これまでという材料で

死ぬまで刃物を打ち続け

鍛え続ける

鍛冶場みてえなものである。





磨こうにも

そもそも刃物がないまんま

作りかけのダンビラを引っさげて

鍛冶場から喧嘩にいかなきゃならない場面も茶飯事だ。






自信なんぞと無縁のわけは

実際のところこれなのだ。








たったひとつだけ確かなことは


どんな刃物を打つにせよ

どんな刃物で喧嘩をするにせよ

玉鋼は

いつも自前という真実だ。






鍛えた先には必ずかつての自分がいる。





取り戻せない昨日など、

掴むことができない明日など、

世界にありはしないのだ。
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# by 201V1 | 2010-05-09 04:00 | カテゴライズ前・生ログ
実際、起業してみた。

男・和魂要塞、32歳。

魔空空間からの七色メダパニ煮飯の影響で

故あって

こっそりガチで起業しており

まぁなんというか

普通に喰えている感じです。




頑張れば

熊くらいは買えるかもしれません。(熊っていくら?)





てゆーか

2月前半のスケジュール

おかしくねえか・・・・。(改めて見返した人)





1・2・3・4日、    都内でマッドエンジニア業務。

5日終日     鹿児島でマッドエンジニア業務。 鹿児島泊

6日午前       鹿児島でマッドエンジニア業務。 午後熊本でメカニック業務 熊本泊

7日早朝~夜   鹿児島でマッドエンジニア業務。 熊本泊???????←馬鹿

8日早朝~終日  熊本でマッドエンジニア業務・深夜帰宅

9・10・11・12日  都内でマッドエンジニア業務。

13日     都内でセレブマダームにPC個人指導&1日召使(栄えある13日目がこれかよ・・・)

14日         初休(仮死予定)



熊本と鹿児島って

そうそう行ったり来たりする距離じゃねえだろうが・・・

スケジュール組んだ奴、絶対殺す。(自殺願望)




というわけで

熊が買えるのではないかという位は
瞬間最大風速的勢いで
俄かに潤いつつある城内ですが
なんというか
起業って思ってたより
割と楽しい。(ビギナーズハイ)





・・・・・・で、

そんな中で32歳になりました。

みんな元気か。

俺ぁ、さいきん、エンジンかけたぜ。もう一回。
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# by 201V1 | 2010-02-11 00:43 | ☆設立・活動理念
低空飛行部に業務連絡
ネームカードにメッセージをお送りいたしました。

ご確認されたし。

以上。

おわり。
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# by 201V1 | 2009-08-18 23:59
トラバ企画・戒名エンジン

坊主なんかに任せておけるか。

墓標に刻む諡は

セルフで決めるのがナウなヤングにバカウケ。(死後三連打)



以上の志に基づき当該トラバ企画は、

生前にセルフ戒名を創作しておき、

残された遺族が坊主にだまされて

院居士とかを掴まされ

あたら輸吉が100枚くらい吹き飛ばないよう

事前に堅牢な防御線を張っておくという

坊主干殺し作戦であり

うちの爺さんが実際にやっていた。(どかーん)








というわけで小生のセルフ戒名は以下。




紫院百言居士(ぱーぷりん・ひゃくげんこじ)






でわでわ。
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# by 201V1 | 2009-01-13 21:59 | カテゴライズ前・生ログ
謹賀新年

やあやあ2009年である。



昨年は恐慌の予感すら漂う

不穏極まる1年であったが

今年は果たしてどんな1年が待っているのか

100年前の世界を振り返ってみる。




1909年最大のニュースといえば

何を置いても

「韓国併合」の方針が閣議決定された事であり

これによって朝鮮半島は

翌1910年から

WW2日本敗戦までの35年間に渡り

大日本帝国の植民地として

実質的支配下に置かれることになる。



この35年という年月と

「併合」の2文字によって積み重ねられた

人々が歴史と呼ぶ時代に

何が行われ何が起きたかは

それぞれが考査して

各々が信じたい結論に勝手に至ればいい。




1910年から35年後の1945年以降、

2009年までの64年間を

日本と大韓民国と北朝鮮に住む人々が

どんな暮らしを営んできたかは

それぞれが信じたい情報を選別し

ニワカ右翼はニワカ右翼の

カタカナ左翼はカタカナ左翼の

噴飯物の安っぽい持論を手にすればいいだろう。




命もかけずに

得られる情報と

至れる真実なんぞ

所詮個人の

生臭い願望の煮こごりだ。




あの時代に立ち返り

信じたい側に立って剣をとれとは言わない。




死ぬ理由の正当性が欲しいなんて寝言では

戦争が回避できないことは

ガチの神軍や赤軍なら知っている。



すべての出来事は理不尽でそれは前提だ。



いったい何が起きたかは

議論すべき事柄ではなく

各々が命がけで信じ

同胞に伝えるべき歴史の側面だろう。




重要なのは

わずか100年前

我々のアジアが取り巻かれていた状況は

喰うか喰われるかの弱肉強食の修羅場であり

依然として白んぼ列強による侵略の瀬戸際にあったということであり

この土壇場の時点をもってスタートしたこの100年は

日本列島と朝鮮半島南北の人民にとって

決して「同じ100年」ではなかったという一点であろう。






100年の歴史が無言で教えてくれるのは

人は自分の生まれを

血統も時代も選べねえのは勿論

教育も宗教も選べず

賢愚美醜も選べねえが

先代からのツケとオトシマエだけは

手前の手で

次の世代に直接渡せる仕組みの存在であり

どうやらチャンスはあるという事である。




いつだって希望は残されるのが

驚くべき世界の本質ということか。







100年前。







僕たちの曽祖父・玄祖父とその妻たちは

想像していただろうか。




100年後の子孫の僕たちが

希望はいつだって残されると信じることを。




100年後の子孫の僕たちが

もう100年先の曾孫と玄孫も同じように

希望はいつだって残されると信じることを

願うこの日を。








たった3万6500日で

人は5つの世代を超え、

たった7万3000日で

時は10の時代を超える。





これからの100年に、謹賀新年。





次の100年に希望を繋げる100年を。
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# by 201V1 | 2009-01-03 03:00 | カテゴライズ前・生ログ
ブログで言葉をつづること


多分だが

小生が思うに

同じブログで

言葉を綴り続けるということは

同じ車に乗ったり

同じ家に住んだり

同じ町に住むのとは

全体ワケが違うのだろう。





ブロガーは

そのブログが始まった時

理由があって筆をとり

物言わぬ画面を通して

見ず知らずの誰かのために

自分の心を文字に託して

気持ちを紡いでいく。






ひとつの記事は

自分をつつむ繭かとった生糸に過ぎず

ブログそのものが

次第に一枚の反物にように

段々と織られていくのだ。





その反物を使って

仕立てて着るのは読者それぞれであることが、

ブログを通じて知り合った

見知らぬ書き手と読み手たちの

楽しみだったはずである。








ブロガーが

ペンを置くのは

かつてそのブログで編まれた生地と

今の自分の言葉が紡ぐ生地との間に

相容れぬ

質的相違を感じた時だ。






たとえそこに

連続性があったとしても

僕たちが育てた

僕たちのブログは

新たな記事を

容易に受け付けたりはしない。







僕たちの人生は

ある日

突然景色が変わる。






ブログはそれを許さない。






記録はいつだって鮮明なのだ。






ぼくたちの記憶より、ずっとである。







魂よりも

ブログはずっと

その普遍性に拘るのだ。






ブログが頑なに変化を拒む

その一方で

僕たちは

生きていく日々の

練磨と磨耗の連続の中で

時に鋭く

時に文字通り身と心を磨り減らせながら

いつかくる死に

一歩づつ近づきつつ

その時までに

少しでも

確かだと思える何かを

手の中に掴もうと

足掻いていく。






確かめようとさえしなければ、

人は

今のままで

いられる。







確かめようとするほど

人はどんどん

変わっていくのだ。






風の中で

雨の中で

嵐の中で

木の葉を掴むために。







たとえ残るものが

あの日

風に揺れる木の葉を

この手に掴もうとした記憶だけだとしても

掌に宿った気持ちの確かさだけは

空の手の中に

持っていくことができるからだ。






この世で

ただひとつだけ

確かなものは

宿る気持ちの中に瞬く

瞬間の確かさだけだとしても

それすら僕たちは

わが手で確かめなければ

それが

そこにあることに

気がつけない。








確かめようと

紡いだ糸と

織り続けた生地には

命が宿るけれど

それは

人間とは違って

そのから先を

自ら確かめようとはしないかわりに

僕たちに

そのままでいることを望む。






まるで

あの時のままで

いないのに

なお書くことは

これまでを

汚すことだと

叫ぶように。









馬鹿みたいな話、

自分の命をそのまま透写するようにして

書いた記事とブログは

失われれば

自分の一部を失ったかのような

喪失感に誘われる文字通りの半身である一方で

再び書き始めることを許さない

焼けた鉄の手枷足枷にもなる。





まるで

乗り換えを許さないのが

心と魂であるからだと

いわんばかりに。









車や家や街とはワケが違い

ブロガーの住む

ログの世界には

新天地はなんぞありゃしない。





捨てない限りは

始められない人生があるように

ブログはいつまでも

主人の影を追う。







ある人は

永久に筆を置き

青春の記憶と一緒に

かつて紡いだ魂のログを

再開することなく

日々に戻っていく。





ある人は

いつか

どこかで

新しい記録箱に出会い

また

書くことを通じて

確かめる術を

自分の中に見出す。






そしてまたある人は

君の前に現れるのだ。










いつか

「友よ、還ってきたぞ」と。
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# by 201V1 | 2008-12-03 00:00 | カテゴライズ前・生ログ
新PC・IBM

新参のPCである

IBMのR51が

この度ついに正常に動作するようになりました。




妻用PC2代目にあたる「東芝丸」が

参号機の投下した「液体爆弾」で完全沈黙したのが

4ヶ月ほど前。



小生の4年愛用していた「中越デル号」が

鋭意デフラグ中に妻に布団を被せられた結果

アイスノンの上でしか作動しなくなり

最終的に小生による素人的強引さが特徴の外科手術を経て

音沙汰が絶無と化したのが

さかのぼること2ヶ月とちょっとまえ。




東芝丸と中越デル号の後釜にと

中古で仕入れた家族共用PC

シャープのメビウスさんでしたが

起動からわずか60日で

参号機による「黄金水爆弾」の洗礼を直撃し

帰らぬ人となりました。




というわけで

なんだかんだで小生は

中古ノートPC歴がかなりあり

そのほとんどすべてを

OSなしリカバリCDなしという状態でネットで仕入れ

「ファーストPC」として使ってきていたりする。




実際のところ

うちの親のPCも

妻の親のPCも

小生が手配した

OSなしリカバリCDなしのハード単体系の中古ノートを

小生が「 正常動作するところ 」まで

様々な方法で強引に持っていった奴を使っているわけで

今のところは

「小生に動かせなかったマシンはない」感じである。

※ものすごい苦労の果て。




勿論

中古ノートPCという奴は

メーカーや機種ごとに相当の癖があり

ハード単品で購入した場合(HDは勿論白紙状態)

正常に動作させる為にとらなければならない手段と過程は

てんでバラバラである。





基本的には

どんなノートPCだろうが

メーカーが「その機種で使えますよ」と言ってるOSを入れて

機種を構成している各デバイスのドライバを全部突っ込めば

問題のマシンは「正常動作」するようになるわけで

要するにリカバリCDさえあれば何も問題ないわけなんだが

流通する中古PCの大部分にはリカバリCDはついておらず

リカバリCDつきのものは決まって割高な価格設定がなされているのが相場なので

まぁ

名にしおう中古ノートPCには

大原則として

リカバリCDなんかついていない。(まんま機体だけである)





また

中古PCショップが掲げる

「OSインストール済」という言葉の裏には

往々にして「再インストールできないですけどね」という

裏キャッチが隠されているため

むしろ不要であるといえる。



小生の場合

XPのインストールディスクを3枚と

プロダクトキーを複数もっているので

OSに対して新規でかかる費用は常にゼロである。(ビスタなんぞいらん)



というわけで

小生が常に戦うことになるのは

「ドライバの入手」という局地戦であり

この戦いにおいて

コンピュータのド素人が常勝街道を驀進するには

相当の知恵と工夫と忍耐がいることになる。






メーカーはおおむね

中古PCユーザーには総じて冷淡であるといえ

我々への弾圧の為に

新品PCユーザーへの最低限のサービスもカットする有様で

「リカバリCDがハナから新品にも添付されてないなんてのは当たり前田のクララが立った。」

「再インストール用CDとリカバリCDはユーザーがHDから勝手に作れ。」

「でも作れるチャンスは1回しかあげませんよ・」

「リカバリCDはいくら金を積まれても売らないし譲りません。」

「デバイスの詳細も公表しませんし、必要なドライバの種類なんか絶対教えません。」

「中古ユーザーとは口をききたくないでる。」

というのが昨今の流行であり(特にシャープとかデルとか)

なんというか

ここまでくるとイジメではなく無差別テロであり

各メーカーがこぞって高らかに歌う

エコやリサイクルとかいう言葉が

利益の前では偽善と幻想に過ぎないのが

鮮やか過ぎる状態であり

中古PCユーザーには

初手からこれらの暴虐と戦い抜く覚悟が要求される。(特にシャープな←怨念)





で、

今はレノボ、むかしむかしのIBMである。





すばらしいの一言に尽きるんである。



メーカーサイトにて

機種ごとのデバイス情報と

その対応ドライバが全部ばら撒かれ公開されており

自由に引っ張れるDLできるんである。




まさに中古ノートPCユーザーにとっては

逆ブルータスみたいな存在と言える気配りであり

IBMの顧客に対する良心的な姿勢は

まさに至誠の二文字が当てはまるものと言える。





「やっぱIBM!となればR51だな!」




というわけで

小生はIBMを買った。

ペンMのメモリ1ギガである。

一昔前は20万とかしたモデルも

中古価格は当時の5分の1以下である。




OS入れた。(xp)




ハナ歌まじりに

ネット接続のための設定進める。





「 ドライバ~楽勝♪ ダウンローォード♪ 」







「!!」



















「 エラー・・・・。ネットワークカードがありません・・・。」



























・・・・・・・あえてレアなデバイスを使うIBM。




ものすごいユーザーエクスペリエンスが待っているのが

中古ノートPCワールドであり

醍醐味といえるが

今回の展開で明言できるのは

IBMもまた

割と中古ユーザーを弾圧してくる点であり

やはり味方はいないという事実である。











中古ユーザーよ永遠に!





それでもがんばればである。

よい中古ノートPCは

ジャンクでなければ

手間隙かければ見事に動くし

下手なメーカーの新品エントリーモデルより

ずっと早く

安定して動作するんである。





ビバ・中古ノートPC!
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# by 201V1 | 2008-08-23 03:41 | カテゴライズ前・生ログ
息子、2歳まで2週間
ペンタックス K200D

開封翌日・多摩動物園にて初の実戦投入。

ダイナミックレンジ200パーセント
ファインシャープネス+4
6メガ保存のK200D3大裏ワザ、
設定方法皆目わからず、
初期設定のまま
レンズキット付属のDA15-55mmF3.5装備のドノーマルで望む。



総員戦闘配置!

順光十分!

焦点距離55mm!

絞り5.5でボケ少し!

ISO感度400.(なにがしたいんだよお前は

AF・シャッタースピード60分の1!(機械任せだ

手ぶれ補正機能、オフのまま。(説明書を読め

っ激写!






a0013690_238561.jpg

↑ttp://pentatoys.com/pentacom/bin/toycam_sa_help/にて
ロモっぽく加工。(懐古ロマン派を標榜する小生←ただのへたくそ










ちなみに加工前はこんなん。↓
a0013690_2411031.jpg






なお、一瞬後にはこのような状態。
a0013690_310299.jpg










直視に耐えうる写真を生み出すシャッターチャンスは

500枚に1枚くらいという現実が

自分の腕やレンズうんぬん以前に

「次こそは!」と撮る者に雪辱を誓わせるんであろうか。






とりあえず説明書を読みながら機械の特性の把握に努める今日。

気がついた事実がひとつ。

「 もうすこし操作性をどうしにかしろよペンタックス・・・ 」






やらなきゃいけないことはわかっても、

どうすれば任意の設定をいじれるのか

さっぱりわからん仕組みにするなよ。(泣







だいたいにして
暗いところだと上部パネルが全然見えねえ。(バックライトがねえ







心眼で撮れって言うのかよ。
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# by 201V1 | 2008-08-02 02:37 | カテゴライズ前・生ログ