古くても新しく
新解釈スパイダーマン























やりたい放題な製作。

誰か助けて。
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# by 201V1 | 2007-05-18 00:38 | カテゴライズ前・生ログ
三号機の近影

 さて、

 三号機がロールアウトしてから、

 既に8ヶ月が経過し、

 もうじき9ヶ月なわけだが、

 人間の子供の育つ速度は、

 犬猫のそれよりずっと遅いはずなのに、

 間近で見続けている親の主観では、

 恐ろしく速く感じるという毎日が、

 ちょいと寂しい昨今である。












 2週間の早産で、

 2000ちょっとしか目方がなかったころ、

 生まれたばかりの三号は、

 「 ふにゃあ・はにゃあ 」と、

 子豚だってもうちょっとしっかりしてるだろうにと思われる頼りなさで、

 小さく泣くことしかできなかったもんだが、

 いつのころからか、

 爆弾みたいに炸裂する音量で泣けるようになり、

 仰向けから寝返りにでうつ伏せに転がるコツを掴み、

 拙かった匍匐漸進が急激に高速化し、

 今では、

 仰向けから伝い歩きまでの一連の動作を、

 独力で完遂できるようになってしまい、

 最近までほとんど植物状態だった分際で、

 もはや動物全開・迷惑千万である。

 








 三号が今、

 ハマッている遊びは、

 「 お父さん登り 」と「 お母さん越え 」というアスレチックであり、

 これは、

 父の胸を崖に見立てて乳首に爪を立ててよじ登り、

 母の顔面を峠に見立てて鼻の穴に足をかけて乗り越える、

 非人道的な遊戯で、

 肉遊具としての運命を強要さるる若夫婦には、

 かなりの肉体的苦痛と精神的疲弊を免れえず、

 まんざら赤ん坊でなかったら全殺しの心境の日々が続いていたりし、

 他人事でないのが残念でならぬ。





 

 






 

 

 あっという間の8ヶ月であった。











 

 

 

 

 赤ん坊は、

 どんどん大きくなる。













 毎日、

 毎週、

 毎月、

 新しい三号が姿を現す。













 ひとつづつ獲得されていく能力の影で、

 ひとつ何かができるようになるたびに、

 何かが遠のき、

 何かが近づくのがわかる。











 子育てが、

 やり直しがきかないのは、

 時間が戻らないからではなく、

 獲得されたことで失われたものは、

 いつ振り返っても、

 記憶の中にしかないからだ。






 そのときの我が子には、

 そのときしか逢えないという真実を、

 新生児から幼児への発達を急速に遂げた三号は、

 我々新米の父母に教えてくれた。












 









 「 二度は逢えないんだぜ。今このときの俺には。 」






























 生涯を通じて関わりあう相手にすら、

 一期一会の気概で望めと我が子は言う。

















 


























 末恐ろしい餓鬼である。
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# by 201V1 | 2007-04-28 22:26 | カテゴライズ前・生ログ
直下型
a0013690_22573751.jpg























アオリで激写した場合こんな始末。













































































惑星?
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# by 201V1 | 2007-03-23 23:00 | カテゴライズ前・生ログ
現実世界の和魂要塞


 曲がりなりにも勤め人なので、

 誰がって、

 この俺がだが、

 現行の職務の性質上、

 他の部署との連携はむろん、

 同じ部署の連中とも、

 いろいろ連絡せねばならん案件が、

 雑多な日常があるわけだが、

 まぁ、

 ざっくばらんにいって、

 小生の生きる様に定められてしまっている場所は、

 例によって、

 強制冷却なしのオーバークロックがデフォルトな、

 だのにメモリは全然タランチュラな感じなわけで、

 結論、

 小生は、

 めんどうくさかったので、

 用がある場合はどんな複雑な案件でも電話で済ませ、

 用がねえ場合はどんな単純な案件でもメールで済ませており、

 要するに、

 「 電話はかけるが出ないもの。 」

 「 メールは読むが書かないもの。 」

 という、

 言語道断なビジネス姿勢を死守していた。

 
 








 



 10ヶ月くらい。( 約1年ともいう )


























 で、

 今日も、

 同僚が

 メールで、

 まぁ、

 わりかし重要な連絡事項を、

 送ってきたので、

 「 了解した。だからどうした。糞して寝ろ。 」 と、

 心の中でつぶやき、

 無情に放置したわけなんだが、

 そうしたらだ、

 約5分後に、

 「 鰐口くんって、いつも返事くれないね 」

 とかいう、

 ビターなコンテンツの電文が、

 チャラリランランとかいう、

 有頂天な着信音と同時に入ってきたわけで、

 どうやら裏をとってみると、

 小生の「 聴く耳ナッシング姿勢 」は、

 社内で結構評判らしく、

 平たく言って悪評らしく、

 まぁ、

 なんというか、

 返事1本いくらの歩合がつかねえ限りにおいては、

 断じて改める気はねえんだが、

 ふと思ったことがあったわけで、

 記念にそれを書いておこうと思った。











 と、

 まぁ、

 そんなわけよ。

 ベイベィ!
 

 

 

 



 



























 和魂要塞は、

 電脳でも、

 実社会でも、

 お返事しません♡ 
 
 ( しろ。

 
 
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# by 201V1 | 2007-02-12 22:28 | カテゴライズ前・生ログ
なかま

 小生のドタマの中では、

 ともだち と、

 なかま と、

 この2つのコトバは、

 まったく違うもんである。








 ともだち<なかま

 でも、

 ともだち>なかま

 でもない。












 






 






 


 

 前者は、

 いつか、

 空が落ちてきて、

 海の底が抜けても、

 変わらない想い人であり、

 たとえ彼らに背後から撃たれても、

 それをひっくるんで尚、

 世界を祝福できる、

 そんな、

 自分の生涯に価値を与えてくれる、

 魂の持ち主を指し、












 そして後者は、

 かつて同じ空の下、

 世界に抗おうとした、

 同輩のことを指す。
















 今日は、

 その、

 なかま たちの、

 話をしよう。






























 小生は思うに、

 世の中というのは、

 まず、

 まぁ、

 非人情の大海原みてえな代物であり、

 世間はどう取り繕おうが鬼ヶ島であり、

 渡世は奥歯を削ってナンボのもんであり、

 やってられず、

 端的にいって、

 浮世はセメントで碌なもんじゃねえ訳で、

 今現在の小生の目ェ一杯の幸福とはまったく別個に、

 世は世でやはり、

 ド腐れて久しく、

 一向にむかつくのが変わらぬ実態である。









 認めようが、

 認めまいが、

 飲み込もうが、

 吐き出そうが、

 なにがどうあろうが容赦なく、

 目を開ければ、

 地面に打ち上げられた鯨の骸のような世界が、

 眼前にそびえる。






 




 ようこそ。

 ここが、

 世界だ。












 なされるべきことはなされず、

 なすべきことを人がなすには、

 それこそ、

 尻の穴に茄でも突っ込んで往生せねば、

 飛び降りられん清水のソデが、

 我々の人生の舞台であり、

 背中に翼はナッシングである。











 

 
 我々は、

 まぁ、

 どこで生まれようが育とうが、

 とりあえず、

 おんなじ世界にいる。









 暗黒大陸の途上国はどうだとか、

 ジャングルのヤノマミ族はどうだとか、

 利権がらみの戦火の下にいる人はどうだとか、

 小賢しい連中のくだらねえ比較論で、

 「 彼らに比べたら幸せ 」なんて軽薄な理屈で、

 人の人生が幸せになるんなら、

 神棚の世話も犬の世話も金輪際必要ねえわけで、

 たとえそいつが大富豪だろうが、

 たまたま飢餓状態にあろうが、

 まぁ、

 世間は基本的に人権なんてのは認めてはくれないので、

 自分の血筋が折り目正しかろうが、

 馬の骨同然だろうが、

 油断すれば不幸はダマになって襲ってくるから大丈夫。

 人はいつだって、

 たいした理由もなく、

 ある日突然、

 全てといえる何かを喪って、

 希望を失って、

 はじめて世界の全貌を知ることになる。













 絶望というやつが、

 この世界の本当の名前であることを、

 そのときに僕たちは思い知るのだ。
















 我々は、

 絶望の中を、

 生きている。
















 ほとんど全てのひとが、

 知っていて、

 目をそむけている真実。


 







 世界自体には、

 命を削って生きる価値など、

 微塵もない。













 しかしながら、

 希望なき世界が、

 本当に、

 絶望に満ちているならば、

 それが世界の真実の姿であるならば、

 希望の正体は、

 人の正体そのものでもあるはずだ。

 

 

 

 





 希望とは、

 絶望に満ちた世界に、

 抵抗する人の心を指す。








 希望とは、

 闇の中を行く、

 船の先を照らす、

 暗黒を切り裂く光のことである。










 希望そのものである人は、

 希望そのものたりえる。













 人生が希望に満ちているのは、

 人そのものが希望であるからだ。










 小生の言う、

 なかま とは、

 意識 無意識を問わず、

 世界という名の絶望と、

 自らという希望を武器に、

 勝敗を問わず戦おうとした連中のことである。
















 なかま というのは、

 そんな、

 ほとんど馬鹿の手前というか、

 先というか、

 まぁ、

 碌な修飾のつかない聖戦に、

 手前の前途の考慮を忘れて、

 参戦した手合いを指す。

 

 









 

 どっかのだれかの、

 希望が、

 絶望に飲み込まれるのを、

 せき止めるダムの人柱に、

 はからずもなってしまった連中のことである。














 許せねえ なかま もいれば、

 尊敬してやまぬ なかま もいる。









 侮蔑の感情と共に思い出される顔もあれば、

 感嘆とともに思い出される顔もある。






 

 








 どれもがみな、

 たしかに、

 なかま であった。




















 小生にとって、

 なかま とは、

 そういう妙なものであり、

 知人とは、

 かなり趣が異なるものである。


















 知人は、

 脳の記憶の片隅に。

















 なかま は

 あの日の気持ちの内側にいる。







 




















 ろくすっぽ、

 風呂にも入ってねえ顔で。





















 狂っていないふりをして。
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# by 201V1 | 2007-02-10 00:08 | カテゴライズ前・生ログ
ともだち

 さて、

 小生、

 振り返っても前を向いても、

 後にも先にも金輪際、

 果たして何の抵抗もなく、

 ともだち と、

 呼べる誰かは、

 どうやらとても少ない様である。




















 知人はまぁ、

 最近までの因果な人生の分、

 胡散臭い過去の分、

 豪快な選択の分、

 目鱈に多い方なんであろう。










 ただし実際には、

 その知人の大部分というか、

 ほぼまるごと全部とは、

 年単位はおろか、

 オリンピック単位で音信不通なため、

 あくまで既知の人という意味での知人であり、

 かつての彼・彼女の、

 いい加減な生活状況や、

 血の巡りの具合・神経の鈍磨の程度などは、

 断片的に記憶していても、

 現在連中がどうなってるのかは、

 全くもってシランジュラであり、

 そう考えてみると、

 真っ只今の彼等は、

 やおら知人とは呼べず、

 ナニフヨ?

 という世界であり、

 ナニフヨ はスワヒリ語で「 誰だ、てめえ? 」の意味であり、

 もはやスワヒリ語なんぞこのフレーズくらいしか覚えていないが、

 要するに、

 小生にとっての過去の知人とは、

 邂逅と遭遇を除いて、

 まぁ、

 そんな無礼千万の対象にすぎず、

 最早どこにいったかすら定かではない、

 高校の卒業アルバムみたいな感じなわけである。

 

 

 

 

 




 興味ナッシングなわけだ。要は。(どかん











 小生にとっての、

 知人とは、

 そういう感慨をもってしても、

 語る傍から忘却の彼方に飛んでいく相手であり、

 袖振り合うも何かの縁などというゴタクは、

 ハナから馬の耳に茶釜であり、

 人脈は金脈に続くなんて格言はどうやら本当だが、

 そんなもんが真実なら貧乏も甘んじ、

 甘んじてタタキ(強盗)を俺はやる。

 









 


 こういう、

 手前勝手な人格が災いし、

 当然普通では大事にするべき人脈というものも、

 小生にはこれを、

 要所要所で、

 転機転機で、

 全霊で断ち切らんとする傾向があるため、

 30を目前にしてこの様、

 リンク切れの曲霊みたいな有様なわけだが、

 人間にゃあ性分というものがあるんであり、

 小生はそういうのが趣味なんである。

 

 

 

 

 重要なのは、

 そういう人間にすら、

 ともだち というのが、

 いて、

 かつ必要だという点であろう。










 ここ数年、

 久しく自己分析を怠っていたが、

 小生が、
 
 かような、

 ある種の人間不信に凝り固まって有頂天な経緯は、

 どう考えても高校時代のアレがあるわけで、

 小生は、

 この惑星の知人という知人に対し、

 人間的な何かをわずかでも期待するという心理が、

 まるでねえのが、

 冷静に自分を見つめてみて俄然歴然であり、

 誇張なしに、

 数多の知人が明日の朝刊に、

 連続誘拐殺人犯とかで同時に掲載されても、

 無衝撃の中、

 「 人間だからな 」の一言で、

 総括が済む手前の姿がありありと目に浮かぶ。

 











 人間的な何かを知人に微塵も期待しないことで、

 裏切られたと感じる切欠を塞ぎ、

 傷つく要因と、

 傷つけられる糸口を、

 この世界から予めすべて取り除いておくことが、

 弱ったら最後瞬く間に仕留められる環境で思春期を生きた、

 小生が身につけた最初の処世術であり、

 それはいつしか基本戦術を通り越し、

 行動原理の中にすら組み込まれる。












 で、

 この今があるわけで、

 小生には、

 あの北国で共に冬を越した仲間たちにでさえ、

 仲間以上の呼称で呼ぶことに、

 弱くねえ抵抗がある。































 ともだち とは何か?
































 自分の心に聞いてみて、

 考察と推敲の対象として、

 興味深い質問というのは、

 ありそうでないものだが、

 小生とっては、

 この、

 「 ともだち 」とは何か? 

 という問は、

 大変興味深いもんだといえる。
























 自分が、

 如何に世界を信じていたか、

 信じようとしたかが、

 鮮明に思い出されるからである。




















 小生にとって、

 ともだちとは、

 こいつになら、

 こいつらになら、

 後ろから刺されても無様じゃねえと、

 漠然と思える相手である。













 

 

 

 



 






 

 




 そいつのいる世界が好きなら。

 そいつに刺されて世界が終わっても、

 満足がそこには、

 あるはずだからだ。










 信じるとは、

 自分は裏切ぎられるかもしれないという気持ちを誤魔化すことでもなく、

 彼は裏切らないと心から思えることを指すのでもない。







 そんなもんは欺瞞だし、

 甘ったれのいうことである。








 覚悟が足らねえ。





















 ともだちとは、

 裏切るか、

 裏切らないか、

 信じられるか、

 信じられないか、

 そんな瑣末な違いで決まるのではなく、

 たとえ彼らすら、

 自分を裏切る世界であっても、

 彼の存在することを選んだその事実だけで、

 世界を祝福できる、

 そんな相手を、

 ともだちと、

 僕たちは、呼ぶのだ。










 








 紛い物だらけの世の中の僅かに確かなもののひとつとして。











 


 

 

 



 




































































 背中は空けとく。







 いつかまた。










 ともだちよ。


 








 君らに会えてよかった。









 
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# by 201V1 | 2007-02-08 00:17 | カテゴライズ前・生ログ
ネットのある暮らし



 小生のネットデビューは、

 前世紀の末であり、

 アフリカから帰ってきてしばらく経ってからである。





 暗黒大陸にいた時分は、

 大体において電気も通ってないところにいたわけで、

 ネットに触れる機会は微塵もなく、

 もっぱらマラリア除けのネットをかぶっていたわけで、

 もっと前の高校の時分は、

 あれはオタクのするものだと思っていた。( ・・・・時代だナァ

 

 






















 ネットデビュー時、

 小生は、

 ちょうど20歳をすこし越えたくらいで、































 童貞ではなかった。( だれも訊いてねえ







 

























 誰かとは違った。( うるさい





















 で、

 そのころのインターネットの世界は、

 まぁ、

 なんつうか、

 黎明期全開で、

 現在を大海原とするなら、

 まるでバケツに張った水のような感じの、

 醍醐味も何もねえ世界だったように記憶する。













 コンテンツが、

 すべてにおいて、

 ただただ、

 貧弱だったわけだ。



















 情報の集積という意味でも、

 意思疎通する手段としても、

 実生活を快適にする道具としても、

 市場としても、

 今とは比較にならん出来だったわけ。










 それが、

 いつの間にか、

 万能に近づいて、

 今日に至っている。









 まったく恐れ入る次第であり、

 そんな素晴らしい発展の最中、

 世間ではIT革命とか騒がれている頃、

 2004年春、

 和魂要塞は開店し、

 あまつさえ回天しちゃい、

 妄言街道を驀進していたわけだが、

 回線はぶっちぎりのナローであり、

 詳しくはISDNはじめちゃんであり、

 そんな状態でADSLですら一瞬止まる重さの「 重ブログ 」を、

 文字通り「 日夜 」更新していた訳で、

 まぁ当時小生はバリバリの攻性ニートだったからそんな無茶が出来たんだが、

 冷静に振り返るとまるで馬鹿。

 気違い丸出し。

 だいたい攻性ニートってなんだってことになり、

 働け手前。

 ごめんなさい。































 ・・・・・謝って済むなら共産主義は結論打倒できないが、

 赤ってなあ所詮はそういう風だと相場は決まっているんだが、

 まぁとりあえず、

 俺のことは今も昔も当座どうだっていいので、

 大事なのはこれからの未来であり、

 今日のテーマはそれだ。

 それなんだよ、ワトソン君。

 わかっちょるのかね。

 ナイフとフォークは外側から使うんだよ?

 プロレスごっこは地面が硬いところでやるんだよ!











 でだ、

 ようやく本題だ。( このノリを忘れるな





 ついてこいよ、手前ら。( 何様だ










 いくとこいくぜ?( 逝け


















 でだね、

 ネットってのが何を変えたかというとこだがね、

 ひらたく言ってだな、

 政府は増税とか断行したり、

 借金をなかったことにするために、

 空前のインフレの準備とかしているわけだが、

 まぁそんなことしてもあんまり意味ないんだけど、

 とりあえずこれの被害にもろにあう運命にある、

 非貴族階級(つまり俺我)がだな、

 ネットを上手に使える組と、

 そうでない組で、

 リッチとプアーに分離しちゃう模様なんであり、

 これはある意味で、

 山奥に暮らしている(いた)という状況下での、

 車とその免許の有無(なかった)によって左右される、

 生活の具合(不便)にも等しい、

 大変な差異(それどころの騒ぎでない)のわけ。








 


















 なんでって、

 ネットを上手に使うとね、

 散財が減るだからですよ。( 何語?










 原則、

 稼いだら稼いだ分、

 税金で絞られるニョッポンのシャラリーミャンの場合、

 年収500も1000も実際の禄高に大差はねえわけで、

 手取りの高々の違いより、

 対費用効果の高い生活スタイルか否かが、

 暮らしのユトリにつながる勘定になってくる。










 この差は実際強大であり、

 ものを買うバンタビ、

 売り手が8割の粗利を得るのを可とみなす人・阿呆と、

 2割すら許さん人・鬼畜とでは之、

 散財の速度がダンチであり、

 前者は消耗激しくオケラ街道を驀進暴走、結果大破轟沈は免れず、

 後者はシブトク財を遺し、

 老後は南国で蛮勇豪遊の酒池肉林でクーデター食らって失脚である。







 ようするに、

 調子をぶっこかず、

 後者を淡々とやりゃあいいわけで、

 ネットってなあ。

 まさくしそれを可能にする。


















 端的に言えば、
 
 敵の足元を見て、

 非人情丸出しで買い叩けるのだ。

 ネットがあれば!





 冷静に見て、

 電脳世界の物価は、

 すべてがリアルの6掛け以下であり、

 液晶の鏡の国の御天気は、

 終日デフレスパイラルハリケーン。

 プロパーで物を買うのが阿呆らしくなる世界が待っている。

 

 

 


 箱代と人件費を抉ると、

 物の値段がここまで下がる良い見本で、

 その上広告宣伝費用も削った始末にゃ、

 それこそ原価に毛が生えたくらいで利益が十分とれる訳で、

 かくして電脳世界では物価が暴落しているわけだ。






























 ちまたでは、

 違法コピーだ、

 著作権だと騒いでいるが、

 音楽だの映像だのゲームだのの情報だけが、

 ネットを介して得られるもんでもないわけで、

 実際には、

 ネットを駆使できるか否かという違いがもたらすのは、

 広義の情報の収集というオタク的満足だけではなく、

 身の回りの日常品という実生活に密着した部分に既に到達している。

 























































 
 小生は、

 思うのだ。

 

 

 

 


















 確かに便利だ。













 でも、

 その先にある未来には、

 今より、

 笑顔があるんだろうかと。















 この10年は、

 そういう未来に至るための、

 10年だったんだろうかと。



















 

 




 

 

 

 


 

 

 
 



 

 














 

 

 














 

 









 
 









 堂々巡りに思うわけだよ。













 思うわけだよ。














   
 誰もが勝てないじゃねえかってさ。















 誰もの負けるところを、

 誰だって見たくねえのに。
















 
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# by 201V1 | 2007-01-27 23:57 | カテゴライズ前・生ログ
要塞5人

 で、

 針さんが我が家にやってくることになり、

 実際やってきた。






 はるばる仙台からである。





 恐悦至極という四文字は、

 こういう局面において使うべき、

 言葉であり、

 感じ入る感覚なんですな。

 








 そういうわけで、

小生は、

 長らくホッタラカシにしていた要塞に戻り、

 例の1本指打法にて、

 画面の方を見ねえという特殊なブラインドタッチで、

 一筆書く気になった次第。







 皆さん、

 しばらく。







 不肖・和魂要塞、

 気分は、

 浦島です。( 永らく、 ロムってすらいねえ








 
 ロムからすら、

 遠ざかっていた理由は、

 まぁ、

 ぶっちゃけた話をすれば、

 扶持を稼ぎつつ、

 無限体力を有する新生物の管理を行うという、

 埒の無さ過ぎる日々において、

 この上電脳上で他国と国交を持ち、

 人為発揚を狙った扇動的妄言を叫ぶ、

 もろもろの動機が絶無であったことに尽きる。









 事実上の鎖国・更新停止に入る以前に、

 人生のある定点にてイデオロギーの限界点を観測しただの、

 プロパガンダそのものへの疑念が生じただの、

 筆を折るには一応の複線と背景があったわけだが、

 絶筆以降、

 小生の精力の注ぎ込むところは、

 まるごと実生活であったといえる。






 ブログというツールを、

 実生活とリンクさせない和魂要塞の場合、

 セメントで手前の人生にエネルギイを注ぐと、

 有様としては、

 電脳面においてはニートになるわけで、

 このあたりはまぁ、

 2ちゃんねらーの逆を地でいく感じといえる。( ひさびさの暴言





 さしあたって、

 小生の、

 今の勤めは、

 ぬるい。





 客単価100万という状況で、

 月に1~2000万くらい売上を叩けば、

 あとは寝て暮らせるからである。



 客単価100円という状況で、

 日に50万の売上を叩かねばならん前職を、

 豆鉄砲でハエを撃ちまくる仕事とすれば、

 現職はカノン砲で象を撃つのに似る。


 難度そのものはママゴトに近い。

 

 




 したがって、

 仕事は片手間でやっつけるとして、

 当然力を尽くさねばならんのは、

 問題の新生物の管理ということになる。




 


 やおら5ヶ月にならんとする、

 我が家のベビ。





 誰に似たのかは明らかだが、

 彼は、

 底なしの体力で、

 全力で人生を謳歌する。





 したがって、

 親は死力である。








 端的に、

 問題のベビが、

 全体どんな生物かというと、

 さしあたってぜんぜん寝ないのは朝飯前、

 果ては意識が途切れるまで、

 「 最優先で俺と遊べ 」なる、

 自己完結してない放蕩を継続という、

 悪夢のような傾向が全開丸出しであり、

 ようやく寝たかと思うと、

 わずか10分でフル充電で復活する。
























 何度倒しても起き上がってくるんである。

 毎回フル充電状態で。










 そのため、

 仕事と称して戦線から離脱できる小生は別として、

 妻であり母であるヨル嬢は、

 この5ヶ月というもの不眠不休で母乳の生産と供給に追われ( うちは完全母乳 )、

 同時に奴の放蕩につき合わされるという、

 族の溜まり場と化したコンビニの店主みたいな憂き目にあっており、

 ビバ・人災。

 




 その暮らしは被災地住民の暮らしを凌駕する過酷加減である。






 ボランティアワーカーが必要だ。( 勝手















 というわけで、

 こと、

 関東圏においては、

 ほとんどホームレスというか、

 まるで無宿者である、

 鶏八の「ちく( フロム・テキサス」を、

 飯と寝床( まじでただの床 )で釣り、

 無賃金で乳母をやらすという作戦が立てられたわけで、

 今回、

 その犠牲者の碑に、

 針さんも名を連ねることになったんである。( フロム・仙台 )

 ( これ以前には、zillとCANDANAも犠牲になっています )
















 というわけで、

 先日のリアル和魂要塞には、

 和魂とヨル嬢と、

 その分身・参号機と、

 ちくと針さんの、

 5人がいるという、

 錚々たる顔ぶれが実現した次第で、

 中途で針さんが出来上がってしまったりした上、

 肴がちくの童貞属性の長すぎる耐用年数だったりで、

 初フライト(初夜)を大事にしすぎる21歳ちくに対し、

 和魂が妻の前で、

 「 昔ァ、どうやって縁を切るか考えつつ今夜寝るための口説きをやったもんだ 」と吼え、

 「 脱出ボタンに指当てながらなら、何にだって乗れる 」とかほざき、

 針さんも口を滑らせ、

 「 若いころは何台も同時に乗っていた 」とか物凄いことを言い、

 皆が帰った後とかは、

 小生がヨル嬢に、

 「 で、だ。21歳はまぁ、いいとして、30で未経験でどうよ実際? 」とか訊き、

 「 それはひく 」という結論をヨルが即決し、

 同時に多分ちくはそうなるとか、

 そういう結論も家族会議で満場一致出たりして、

 なんというか、

 悲惨な結果になった。( だれにとって?






















 楽しい時間でした。









 さんくす。








 お客人たち。

 


 
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# by 201V1 | 2007-01-11 17:51 | カテゴライズ前・生ログ
ふりかえって1年 第一話

 さて、



 
 ブログる暮らしから遠ざかって、

 やおら数百日経過するが、

 最近の365日を振り返って思うのは、

 この竜巻みたいな日々は、

 何年経っても色褪せまいといふ、

 気持ちの有り様である。






 結婚・妊娠・免許・転居・転職・出産。

 最初の8ヶ月でこれだけのことが起きていった。

 で、

 それから4ヶ月。

 生後120日が経過した我が子が、

 隣にいる。

 竜巻のような1年。













 とはいうものの、

 昨今、

 当該ブログの更新頻度が極端に落ちていた理由は、

 上記のような、

 竜巻な日々の所為ではなく、

 もうちょいセンチな訳からであり、

 弱な雄には、

 そういうことがたまにある。





 具体的に述べた場合、

 災害復興支援に、

 正気を捨てて身を投げてみた果て、

 結果獲得した欠片と、

 結果喪失した欠片と、

 結果変質した欠片と、

 結果そのままに意味消失した欠片とが、

 それが本当に「 そう 」なのかが、

 それらが、

 本当に、

 獲得されたものなのか、

 喪失されたものなのか、

 変質されたものなのか、

 そのまま意味消失したものかが、

 判断しかねている状態にある自分が、

 筆をとって、

 モノを書くのを、

 はばかったのが訳になる。









 要約すると、

 煮え切らぬ文章なんぞ、

 金輪際意味がねえという事で、

 生焼け肉は犬も喰わんぜという信念の元、

 小生は娯楽プロパガンダムとしての職務を放棄していたわけだ。










 総括不能のまま、

 立ち止まらないで生きるのが、

 人生の妙であることは自明の理であるが、

 およそ「 書く 」ということに関しては、

 総括未完了の状態でそれに望むのは、

 オムツもとれていないのに銭湯に行く無法に似る。

 





 



 無法には、

 無恥か狂気か覚悟が要るが、

 そのどれも、

 ここんとこの小生には、

 一人の書き手として、

 引っさげて出るに足る持ち合わせが、

 なかったんである。






 



 自分は、

 何と戦おうとしたのか。

 自分は、

 何と戦っていたのか。

 この2つの問いに、

 結論を見つけることがかなわぬままに過ぎる時間と、

 さらには、

 その戦いに勝利する事の難しさは、

 勝敗より、

 勝負することそものにある事実に直面し、

 戦うことそのものが困難な敵との闘争って悪夢に、

 世界に、

 ぶっちめられていた。

 この結果は、

 事前の想像通りの展開であった一方、

 結末が引き起こしたショックは想像を絶して凄まじかったと言える。









 

 
















 「 ゴーストファイトだ 」





  

 自分がやろうとしていることは、
 
 幽霊との喧嘩みてえなもんであり、

 自分が望んでいることは、

 幽霊をノックアウトすることだ。









 無茶だぜベイビー。

 勝負にならんぜ。

 相手は幽霊、

 お前の手には負えないぜ。








 まぁ、

 かるいジャブというか、

 おもいアッパーというか、

 フックというか、

 その連打というか、

 とりあえず、

 そんな悪寒満々のゴースティな、

 予想通りのコンビネーションと、

 予想をはるかに上回るダメージが、

 小生をメンタルに襲ったわけなんである。




 災害復興支援に、

 自分を一機能として投じることで、

 色々非道な想いをすることは予測の範囲内のことであったが、

 実際食らったダメージは覚悟の量を超えていたわけだ。







 覚悟が足らぬプロレスラーはふつう、

 技を受け損ねて、

 死ぬ。




 














 

 ビバ・しょんぼり。





























 オー・シャンゼリゼ・うつ




















 そういうわけで小生は、

 しばらくセンチにへこたれており、

 筆をおき、

 さてどうするかと、

 考えていたわけだ。





























































































 無論。

 幽霊への、

 反撃の手段をである。

 

 

 

 へこたれるのと、

 牙を研ぐのを同時にやるのが、

 人間の人間たるである。

 で、

 小生は大体にして身体ごと牙みたいな馬鹿である。

 なめるんじゃねえ、幽霊。

 手前がたとえどんなだろうが、

 戦い続けることが唯一絶対の勝利条件だということを、

 人間は、

 人っ子一人、

 断じて忘れはしないのだ。




























 






 
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# by 201V1 | 2006-12-14 23:58 | カテゴライズ前・生ログ
不覚
http://www.youtube.com/watch?v=lL4gBKOQLck


久々に仰け反った是。

ちなみに、うちの参號機の子守唄はこれだったりする。(ありえん
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# by 201V1 | 2006-09-12 00:16 | カテゴライズ前・生ログ